〔ツイッターの声 電網恢恢、疎にして漏らさず〕 終末が近づいてるのに脳天気な国だねぇ
◇ 杉本祐子さん(@ikarostayuu フクシマ、浪江町の自宅 実は耳なしウサギのママなのだ) → http://twitter.com/#!/ikarostayuu
# 終末が近づいてるのに脳天気な国だねぇ。48セットのコンビニ娘や、ぶりっこしすぎてお疲れガキや、原発事故後に聞きたくもないと感じてたフクシマの連発歌が紅白か。もう何十年観ていないだろう、国営洗脳放送は。次の大地震で4号機も浜岡も終わっちまうよなぁ。今度は真冬にお願いしますよ。12月2日
# ネットでN95のマスクを探して、特価品をあれこれ注文したぞ。次の地震で燃料プールが壊れるか、地中での水素爆発が起きるか、5、6号機が爆発するかの時はちゃんと着用するのさ。3月は思い切り吸わせられたからねぇ。また電話が不通になるだろうからスマホでも買うかいなぁ。テレビは嘘ばっかり。12月2日
# 3月は荷物を取りに浪江に戻った避難民達は、砂に半分埋まっている死体を道路脇で沢山見たそうな。犬をつないだまま逃げた避難民達は自衛隊に鎖を外してくれるように頼んだと。彼等は何を食べて生き延びたのか?豚も死体を食らう生き物だ。本格的捜索開始前に道路脇の遺体は無くなっていたそうだが。12月3日
# 白土三平の世界そのものだと知人の電話で言ったらすぐに代議士秘書から電話があった。話をした数日後からやっと遺体捜索は始まった。震災後何日経っていたんだろう。自衛隊は上からの命令が無いと何も出来ないんだそうな。遺体に毛布をかけることさえも。上官に訴えて、やっと許可されたそうだが。12月3日
# 此処で受けた避難民は3号機の爆発まで大堀地区にいた。町に出ても防護服の自衛隊ばかりで意味が分からなかったそうな。爆発さえも音と地鳴りで、何だか分からぬまま寝たきりの奥さん達を連れて逃げてきた。テレビを設置してあげたら4人で釘付けになり絶句していた。これだったのか・・・12月3日
# 津島の避難所は満杯で、国道に止めた車で寝ている人も多く、塩だけの小さいおにぎり1個の配給に喧嘩をしている様を見て、奥さん達を連れてこれないと諦めてたそうな。布団を敷き詰めた12帖の部屋に案内されて此処なら連れてこれると思ったそうな。もっと早く此処を知れば12日に避難できただろうに 12月3日
# 彼等をシャワーで除染できるようにと14日の午後に外で補修作業をしてたら標高500mを3号機の爆発の風が通ったらしく私とスタッフは顔と喉をやられてしまったのだ。二人で真っ赤な顔になり、意味がわからぬままだったが。後々のテレビで14日の15時に三春で1153μと知り理解したのだった。12月3日
# 人口が5千、6千の町村は避難も楽だったが、浪江は2万1千人なので役場も手配不十分で、多くが被曝した。避難所もその後の旅館も間に合わず。玄海、浜岡、泊、伊方、敦賀、柏崎は逃げ切れると思っているんだろうか。立地町村は優遇されるが、他には連絡すらよこさないんだよ。勝手に死ねってか。12月3日
Posted by 大沼安史 at 01:49 午後 | Permalink


















