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2011-12-07

〔フクシマ・ノート〕 真珠湾発フクシマ 12・7と3・11をつなぐもの 

 昭和天皇が戦後初めて広島市を訪れ、原爆ドームの見えるお立ち台に立ったのは、昭和22年(1947年)12月7日のことだった。

 翌日はもちろん12月8日――12・8は、太平洋戦争の(日本での)開戦記念日である。

 その日朝に発行された、8日付の日本の新聞(朝日新聞)に、陛下の広島行幸はどう報じられたか?

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 天皇陛下の戦後発の広島ご訪問だから、当然ながら、1面トップの扱い――……では全く、なかった。トップどころか、1面のどこにも、記事は見当たらない。

 当時の朝日新聞は裏表2ページ。

 2面を――裏をひっくり返して見渡しても、見当たらない……。
 いや、あった。まさかと思って、目を凝らしたら、あった。

 2段目の真ん中の、ほんとに地味な、目立たない扱い。
 それも、なんとベタ記事。(見出し・記事とも1段の記事。下段には「一二時間ねばった強盗」との2段の記事が出ている)
 写真もなし。(同じ2面の下段には「殺された留守居の女中」さんの顔写真が!)

 開戦記念日前日の天皇陛下の広島入りは、開戦記念日当日の日本の新聞紙面で一応、伝えられはしたが、読者(国民)の目に触れてほしくないような扱いだった。

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 ベタ記事についた見出しは、「陛下、廣島を御視察」。

 たった16行の短い記事には「原爆」のゲの字もなく、あの原爆ドーム前の広島市民の歓迎式については、「……護国神社前の歓迎式では市民三万人の万歳に迎えられた」と、あるだけ。

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 当時の占領軍司令部はなぜ、昭和天皇を「12月7日」にヒロシマ入りさせ、目立たないながら、翌12月8日の新聞紙面で報じさせたか?

 これはもう言わずもがなのことだが、日本の国民に6年前の真珠湾攻撃と、ヒロシマへの原爆攻撃を、因果関係として見せつけようとしたからである。

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 昭和天皇は空襲のすさまじい悲惨を御存じだった。東京大空襲の後も、被爆地を自ら視察している姿が、作家の堀田善衛さんによって目撃・記録されている。

 まして広島は原爆による壊滅的な被災地。
 陛下としては、ヒロシマの人々を励ましたいというお気持ちで「御視察」されたのだと思うが、それにしても太平洋戦争の開戦記念日に合わせた御訪問をどんなお気持ちで、なされたのだろう?

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 ヒロシマ・ナガサキへの原爆攻撃を「真珠湾」にリンクさせ、悪いのは日本だと思わせて、核によるジェノサイドの責任転嫁を図った、当時の米政府(米軍)の意図は、米国でに報道ぶりを見れば、よく分かる。

 米国にとっての「パール・ハーバー」、「屈辱の日」は(時差の関係で)12月7日。

 アメリカ人にとっては、「12・7」こそ、卑劣なジャップがハワイの真珠湾に奇襲攻撃をかけて来た、怒りの開戦記念日なのだ。

 その「12・7」に、天皇ヒロヒトはヒロシマに行った!

 では、パール・ハーバーの日の天皇のヒロシマ入りを、米国の新聞(ニューヨーク・タイムズ)はどう伝えたか?

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 翌12月8日付のニューヨーク・タイムズに掲載された「12月7日、ヒロシマ発 UP電」の見出しは、こうだ。

  Hirohito Rules Out New ‘Pearl Harbor’(ヒロヒト 新たな真珠湾の可能性を排除)

 記事のリード(書き出し)には、こうある。

 Emperor Hirohito pledged today that Japan never again would pursue policies that might lead to another“Pearl Harbor”as he addressed 40,000 persons at this atom-bombed city on the sixth anniversary of the attack on Hawaii

 天皇ヒロヒトは本日、6回目のハワイへの攻撃記念日にあたり、原爆攻撃を受けたこの都市で4万人に対して演説し、日本は決して、もうひとつの「真珠湾」につながりかねない政策を追求することはないと誓った。

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 この1947年12月8日付のタイムズ紙の紙面には、もう1本、関連記事が掲載されている。

   HIROSHIMA VIA PEARL HARBOR (真珠湾経由ヒロシマへ)という見出しのついた、「パール・ハーバーの日のヒロヒト・ヒロシマ訪問」を解説する記事だ。

 この解説記事は、ルーズベルト大統領が12月6日(ワシントン時間)に出した平和を求める最後の呼びかけを、昭和天皇はおそらく、真珠湾攻撃のその時まで、日本政府中枢から知らされていなかったろうと指摘した上で、

  The road from Pearl harbor to Hiroshima is now a road to penitence.(真珠湾からヒロシマへの道はいまや、悔い改めの道となった)

 と書き、

 さらに、広島のお立ち台に立った陛下の前に広がる瓦礫の荒野について、

  This was the terminal point of the road from Tokyo to Hiroshima, via Pearl Harbor.(これこそ、東京発、真珠湾経由、ヒロシマへの道の終着点だ)

 と記している。

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 解説記事の結びは、こうだ。

 It is easy to believe that the cheers Hirohito received from the many thousands who heard him at Hiroshima (almost as many thousands, perhaps, as were killed ther on Aug.6, 1945)came from a real desire for real peace and that the city of Hirosihma, at least, was repudiating the bloddy, barbarous and hypocritical“peace”of 1941. But one would not envy the little man on the platform gazing at the ruins.

 ヒロシマでヒロヒトが数千の聴衆(それはおそらく、1945年8月6日に殺された人の数に近い)から受けた歓呼の声が、真の平和を望む真の欲求から生まれたものであり、少なくともここ広島市が(東条が謳った)血なまぐさく野蛮で欺瞞的な1941年の「平和」を論駁するものであることを信じることはたやすい。しかしながら、お立ち台の上で廃墟を凝視するこの小さな男を、誰も羨むことはないだろう。

 タイムズ紙の筆者は、トーキョー(大本営)で決定され、真珠湾を経由し、ヒロシマの結末を迎えることで日本がようやく手にした「平和」の悲劇的な姿を、原爆ドームに向かってお立ち台に立ったヒロヒト天皇の後ろ姿に重ね合わせて、描き出していた。

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 The road from Tokyo to Hiroshima, via Pearl Harbor. 東京発、真珠湾経由、ヒロシマへの道……。

 悲劇の道のりを経て、敗戦の終点にたどり着き、そこから再出発したはずの日本の戦後は――しかしながら私には、残念ながら、

  The road from Hiroshima to Fukushima, via Washington & Tokyo. ヒロシマ発ワシントン・東京経由、フクシマへの道

 ――になり果てたように思われる。

 米国の核権力は、迎合する戦後の日本の権力(東京)と手を組み、ヒロシマ・ナガサキの悲劇を封印して、唯一の被曝国のこの国を「原発列島」と化し、挙句の果てに、いま再び、核による亡国の淵へと追いやっている。

 米国の核権力の援護射撃をいいことに、我が物顔に暴走を繰り返して来た日本の核権力=原子力ムラ。

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 その道の果てに――放射能の瓦礫の上に、いま亡霊のように立つものは、あのフクシマの原爆ドーム=東電福島第一原発の無残な姿である。

 そのフクイチの爆心からは、爆発後9ヵ月が経った今なお、放射能の見えない噴煙が立ち上がり、死の灰液が太平洋を流出しているのだ。

 天皇陛下を真珠湾の日にヒロシマへ行かせ、原爆攻撃というジェノサイドに蓋をしようとした米国の核権力の、醜く傲慢かつ凶暴な姿は、フクシマという史上空前の原子力大災害を引き起こしながら、被曝地の子どもたちを避難させようともしない日本の権力者の、無責任な姿に重なる。

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 フクシマは70年前の今日、敵への宣戦布告どころか、国民にも何も知らせず、真珠湾を奇襲したと同じ轍の中から生まれた悲劇である、

 無能・無責任な日本政府に棄民され、「安全神話」を粉微塵にしたフクイチの原爆ドームを前に立ちすくむ、フクシマのヒバクシャたちの姿は、あのお立ち台に立たれた昭和天皇の御姿にどこか似ている。

 フクイチを引き起こした、元経済大国、この極東の島国の、私たち、小さな日本人を羨む人はもはや世界のどこにも、いない。

Posted by 大沼安史 at 03:57 午後 |

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