〔フクシマ・記録〕 東京新聞掲載 原発放水 誇れる息子への母からの手紙(全文) 「浴びる程飲ませっつお、待ってろ。ってお父さん言ってた。(追伸)」
福島県猪苗代町などが主催する「母から子への手紙」コンテストで、東京消防庁ハイパーレスキュー隊員として福島第一原発事故で放水活動した息子(謙さん 41)への思いをつづった菊池孝子さん(68)=福島市=が大賞に選ばれた。手紙には、「放射能の中への突入なんてあり得ない、やめてって叫びそうだった」「お母さんの誇り。お疲れさまでした」などと母の思いがつづられている。
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◆母の手紙全文
お母さん、行って来るからとの一報を受けた時は真っ白になった。あまりにも唐突で、気持ちの整理もままならぬ中、頑張ってきなさいと言うしかなかった。本当は放射能の中への突入なんてあり得ない、やめてって叫びそうだった。東京消防庁への道を選んだ時、反対しとけばよかったとさえ思った。これって、お母さんのエゴなのでしょうか。
テレビに釘付けの一日の何と長いこと。無事であることを祈るばかり。そう言えば謙はどら焼きが好きだった、忙しくてしっかり抱っこもしてやれなかった等何故か遠い昔のたわいもないことがどんどん駆け抜けていった。
「ミッション達成」のメールが届いた時は涙が出てしまった。二十ミリシーベルトの放射能を浴び、決死の覚悟で任務に挑んできた一員として、自信にあふれたあなたの姿こそ、お母さんの誇り。お疲れ様でした。
(追伸)浴びる程飲ませっつお、待ってろ。ってお父さん言ってた。(原文のまま)
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菊池謙さんは災害対応部隊の第三HR機動特科隊長を務め、東京消防庁の第一陣として福島原発へ向かった百三十九人の一人。
「母からの手紙」のコピーを見て照れ笑い。今では甘いものがそれほど好きではないが、「同僚が母親の手紙をなぜか知っていて、どら焼きの差し入れをいくつも受けた」と今度は苦笑い。
福島県にいた妹家族は事故後、隣県に引っ越すなど環境は大きく変わった。「原発の収束は見えない。福島を離れた子供が安心して戻れる日まで協力したい」。一方で、「また心配をかけるかも」と母を思いやった。
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コンテストは、同町出身で渡米した野口英世に、母が案じて送った手紙にちなんで始まり十年目。今年は千八百二十八編の応募があった。
Posted by 大沼安史 at 11:43 午前 | Permalink
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