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2011-11-17

〔梶村太一郎さんのベルリン通信〕 ドイツ原発ドキュメンタリー映画 『アンダーコントロール』 日本で上映開始

 → http://tkajimura.blogspot.com/2011/11/blog-post_14.html

 ◇ 梶村昌世さんの映評 → http://melma.com/backnumber_98339_5236137/

 福島第一の原発事故から4ヶ月が立ち、時間が立つとともに、収束はより遠く離れていくことが明らかになってきた。今回の事故は1986年のチェルノビリ以来の最大想定事故、そして津波・地震・原発事故の3重の被災は日本にとっては第二次世界大戦以来の試練であろう。

 ドイツでは、福島第一の原発事故をきっかけに昨年末に政府が決定した2035年までの原発の運転延期を見直し、一番古い8機の即座の運転停止、残り9機の2022年までの運転停止を決定した。原子力というテクノロジーにドイツではついに終止符を打ったようだ。

 今年の2月、まだ誰もがこのような展開を予期していなかった時に、ベルリン国際映画祭のフォーラム部門でドイツ人のフォルカー・ザッテル監督のドキュメンタリー映画『Unter Kontrolle』(『アンダーコントロール』)が世界初公開を迎えた。

 この映画でザッテル監督は自身でカメラも担当し、3年間を渡ってドイツとオーストリアの原発と原発関連の機関を撮影した。美しいシネマスコープの映像はまるで70年代のSF映画のような原発の風景を、テクノロジーと建築に焦点を置いて滅多に観られない原子力発電所の内側を探索する。

 このような映像を撮るために、相当のリサーチと準備をして、そして撮影制限の条件も飲んだという。産業映画のジャンル
を思い出させるこの映画は、機能性の魅力にそって原子力というテクノロジーのリスクと制御、美しさと脅威の狭間を揺れ、そしてその衰運を描く。ドイツのプレス批評で「現代社会の大聖堂」と名付けられた原発は、確かに巨大な規模の建造物と
して空にそびえ立ち、原子力は20世紀のユートピアの一つとして人類に膨大な希望と絶望を与えてきた。

 このような風景の中で、防護服と除染設備の間で淡々と日々の原発運転のコントロールを務めている従業員たちは迷い込んだ異物のように見える。ザッテル監督はナレーションや音楽などのコメントを使わずに、ゆっくりじっと日々の作業風景と
原発という建造物、その中での運転過程を見つめ、一見無機質ささえ感じさせる。

 反原発側はほぼ出演の場がなく、ドイツでは熱く議論されて来た原発問題をここまで冷静に見せられると、いったいこのテクノロジーの中で人間の立場とは何かと聞きたくなる。

 ところが現在運転中のグローンデ原発から地下5百メートルの低中レベル放射性廃棄物処分場モルスレーベンを経て、長い争いの結果運転されることなくレジャーランドと化した高速増殖炉のカルカール原発のシュールな風景が流れ、グライフスヴァルト原発の減築、そして未完成のまま終わった原発シュテンダールの巨大な廃虚に辿り着くと、テクノロジーの魅力と美しさは崩れていき、人の傲慢は今後の世代にとんでもない遺産を残していくという事実がじわじわと押し寄せてくる。

Posted by 大沼安史 at 02:13 午後 |

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