« 〔フクシマ・NHK・福島ローカル〕 渡利地区の住民 賠償を要望 | トップページ | 〔フクシマ・現地報告〕‎ 111106_飯舘公民館前定点測定。線量計を土壌から落ち葉の上に移した瞬間、数字が跳ね上がった。季節の移ろいを告げる静かな枯れ木の落葉が、今や核の凶器に。この地の自然は、まさかそんなことを望んでいただろうか。 »

2011-11-09

〔フクシマ・NEWS〕 河北新報が、見殺し被曝の「津島の悲劇」を検証報道 「証言/高線量地と知らず避難/福島・浪江 沿岸部住民8000人」 福島県庁 SPEEDIメール「気付かず」 取り寄せたファクスも「公表見送り」 

 → http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20111109_01.htm

 津島地区は上下水道が整備されていない。13日夕に支援物資の水が届くまで、井戸水や沢水で炊いた米で作ったおにぎりが支給された。畑には土を掘り起こしただけのトイレが幾つもできた。

 避難者は二本松市に再避難する15日まで津島地区に滞在した。その間、第1原発は12日に1号機、14日に3号機が水素爆発。15日に2、4号機も爆発し、大量の放射性物質が大気に放出された。

 放射性物質は風で津島地区のある北西方向に運ばれた。2~4号機が爆発した14、15日は雨と雪に見舞われ、放射性物質を付着させながら降り注いだ。

 避難者は自分が放射性物質に襲われることを認識できないでいた。「国や東電から何の情報も来なかった」(馬場町長)からだ。

 避難者が情報の枠外に置かれたまま、津島地区の放射線量は見る見る上がった。文部科学省が15日夜に津島地区で測ったモニタリングカーの計器は毎時270~330マイクロシーベルトを指し示していた。

 ……

 SPEEDIを運用する財団法人原子力安全技術センター(東京)は地震発生の数時間後、放射性物質の拡散予想の解析を開始。浪江町津島地区のほか、飯舘村、川俣町など北西方向の地域に広がっていたことが分かった。

 解析結果は3月12日午前3時から1時間おきに福島県庁にメールで送られた。しかし、県災害対策本部に受信確認の連絡はなく、メールの存在に気付く職員はいなかった。SPEEDIの端末に接続できる県庁の設備が地震で使えなくなる不運も重なった。

 対策本部は13日朝、国が前日に避難指示を半径20キロの同心円状に広げた根拠を確かめるため、SPEEDIの解析結果をファクスで取り寄せた。これまでの防災訓練では拡散予想を基に避難域を決めていたからだ。

 この時点で県も放射能汚染が北西方向に広がっていることを認識したが「データが古く、放射性物質の密度も不明だ」と判断し、公表を見送った。

 SPEEDIの解析結果が県民に知らされたのは3月23日だった。

 浪江町民が津島地区に避難したのは3月12~15日。SPEEDIの解析を生かして、一刻も早く同地区を離れるよう促されることはなかった。

 「時機を逸した情報は何の価値もない。町民は人災の被害者だ」。馬場保町長は怒りをあらわにする。

 津島地区に避難した無職谷島政己さん(89)は「避難中に解析結果が出ていればすぐに別の所に移り、余計な被ばくを避けられた。行政も東電も住民を軽く見ている」と憤っている。

 ◎ SPEEDI隠蔽は、「政府」の対策本部だけでなく、福島県庁の責任でもあることが河北の報道で確認された!

Posted by 大沼安史 at 11:09 午前 |

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