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2011-10-21

〔フクシマ・ルポルタージュ〕 烏賀陽(うすが)弘道さん 「飯舘村の悲劇」(JBプレス)

 上・放射性物質に狙い撃ちされた村 → http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/24801

 下・放射能に劣らず村人が恐れているもの → http://jbpress.ismedia.jp/search/author/%E7%83%8F%E8%B3%80%E9%99%BD%20%E5%BC%98%E9%81%93

 「下」に 伊藤延由さん(67)のことが書いてある。

 ……東京・上野にあるソフトウエア会社を5年前に退職したコンピューター技術者だ。郷里の新潟に帰っていたが、農業に興味を持ち、元の勤務先が研修施設「いいたてふぁーむ」を開いたのをきっかけに、管理人として飯舘村に引っ越してきた。

 田畑をつくり、やっとの思いで開所にこぎつけたのは2010年の3月25日だ。1年も経たないうちに、3月11日がやってきた。

 中学や高校のキャンプを受け入れた。牧場で羊を飼おう。エコツアーはどうだろう。うつや引きこもりの子どものリハビリにと東京のNPOから相談があった。ようやく盛り上がってきたところで、原発事故にすべてが潰されてしまった。

 「だって、若い人をこんな線量の高いところに連れてきちゃダメですよ」

 ……

 「放射能の入った水を使って、食事を煮炊きして、お茶まで入れて。濃縮までしてしまったわけですね。ハハハ」

 伊藤さんは笑った。が、目は笑っていなかった。

 ……

 伊藤さんも避難先の住宅がある。新潟の実家に戻ることもできる。が、もう村に残ることに腹を決めている。

伊藤さんは村に残ることを決めた 「私の年齢だと、放射線を浴びても、がん化するのに20年かかるそうじゃないですか。じゃあ、寿命じゃないか(笑)。このトシだと、離れるリスクより、今のままいたほうがいいと思いますね」

 「ここまで来たら、私は自分をモルモットにして観察しようと決め込んでいるのです。克明に線量を記録しています。毎日の行動をエクセルでパソコンに記録しています」

 「(過去の)裁判でも(被曝と健康被害の)因果関係は判決で認められていないといいますね。じゃあ、証明してやろうじゃないですか」

 怒りが伊藤さんを駆り立てている。自分の定年後の夢を破壊されたことだけではない。愛する飯舘村の美しい自然が、無残に汚されたことが悔しくて、いたたまれないのだ。

 「イノシシ、サル、キツネ、タヌキ・・・ここにはいろいろな動物がやってきます。稲を育てて田んぼに水を入れることだって、ここでは自然を守ることの1つなんです。都会の子どもを連れてダムで釣りをしたらどうだろう。川でラフティングをしたらどうだろう。きっと喜ぶだろう。考えるだけでも楽しかったのです」……

 ◎ この心揺さぶられるルポを書いた烏賀陽(うすが)弘道さんは「朝日新聞」を中途退社された方だ。烏賀陽さんのさらなる活躍に期待する!

Posted by 大沼安史 at 11:37 午前 |

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