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2011-08-27

〔フクシマ・For the Record・言葉〕 菅直人 26日「退陣」会見 「原発事故の背景に『原子力村』」 「依存しない社会を目指す――これが結論」  「浜岡」後、圧力「ひしひし」

 官邸HP ⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201108/26kaiken.html

 退陣に当たっての私の偽らざる率直な感想は、与えられた厳しい環境の下でやるべき事はやったという思いです。

 政治家の家に生まれたわけでもなく、市民運動からスタートした私が総理大臣という重責を担い、やるべきことはやったと思えるところまでくることが出来たのは国民の皆さん、そして特に利益誘導を求めず応援してくださった地元有権者の皆さんのおかげです。本当にありがたいと思っております。

 世界でも有数の地震列島にある日本に多数の原発が存在し、一旦事故を引き起こすと国家国民の行く末までも危うくするという今回の経験です。

 思い起こせば、震災発生からの1週間、官邸に泊まり込んで事態の収拾に当たっている間、複数の原子炉が損傷し、次々と水素爆発を引き起こしました。原発被害の拡大をどうやって抑えるか、本当に背筋の寒くなるような毎日でありました。

 原発事故は今回の様に、一旦拡大すると、広範囲の避難と長期間の影響が避けられません。国家の存亡のリスクをどう考えるべきか。そこで私が出した結論は、原発に依存しない社会を目指す。これが私の出した結論であります。

 原発事故の背景には、『原子力村』という言葉に象徴される原子力の規制や審査の在り方、そして行政や産業の在り方、更には文化の問題まで横たわっているということに改めて気付かされました。そこで事故を無事に収束させるだけではなく、原子力行政やエネルギー政策の在り方を徹底的に見直し、改革に取り組んでまいりました。原子力の安全性やコスト、核燃料サイクルに至るまで聖域なく国民的な議論をスタートさせているところであります。

 ◇ 質疑応答の中で「浜岡原発」について:

 浜岡原発の運転停止を要請した後に、そういうある意味での圧力が強まったのではないかというご指摘でありますが、これはなかなか、一つの感覚ですので、証拠をもって言うことは難しいところはありますけれども、しかし、非常にある意味厳しい指摘や、いろんな厳しい状況がより強まったということは私自身は、ひしひしと感じておりました。しかし一方では、それを超える大きな力も沸き上がってきているということを感じておりましたので、これからしっかりと、この原発に依存しない社会の実現には、取り組んでいくし、十分その道は拓かれていると、このように感じております。

Posted by 大沼安史 at 08:02 午前 |

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