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2011-07-12

〔フクシマ・ノート〕 タートルネックで喉を隠したマリアさんの話

 1986年4月。「チェルノブイリ」が爆発し、放射能雲がヨーロッパに広がったとき、マリアさんは5歳の少女だった。

 当時を思い出して、マリアさんは言った。「爆発があったが、危険はないと言われた」。

 マリアさんも、配られたヨード剤を飲んだ。屋内退避せよ、と言われたので、2週間、家に閉じこもった。

 そんなマリアさんの住む町で、甲状腺の疾患が爆発的に増え出したのは、1990年代の初めのことだった。町の甲状腺専門医によると、甲状腺癌もさることながら、甲状腺の肥大、甲状腺の異状が急増した。

 マリアさんの母親は医者ではないが、科学者だ。「チェルノブイリが甲状腺疾患を増やしたと、この国の平均的市民は考えている」と言う。

 彼女(マリアさんの母親)自身、事故から10年後に甲状腺の手術を受けている。彼女の母親(マリアさんの祖母)は2回、甲状腺手術を受け、その大の仲良しもまた甲状腺手術を受けた。
 彼女(マリアさんの母)の高校時代の親友も最近、甲状腺腫を摘出――。

 結局、マリアさん一家で甲状腺に異状がないのは、父親ひとりだ。

 5年前、遂にマリアさんの番が来た。甲状腺が腫れ、気管を圧迫するようになった。マリアさんはそのころ、祖国を離れ、ニューヨークで暮らしていた。ニューヨークの医師に診てもらうと、声帯を失うかも知れない、と言われた。そこで、祖国のわが町に戻って、手術を受け、成功した。

 ところで、25年前、当時5歳のマリアさんが被曝したのは、どこの国の、何と言う町か?
どこのなんと言う町に戻って手術を受けたか?

 ウクライナでもなければベラルーシでもなく、もちろんロシアでもなく……ポーランドのオルシュチンという町だ。

 ポーランドの北東部。チェルノブイリから、実に400マイル(640キロ)以上離れたオルシュニンでの被曝だった

 それもヨード剤を飲んで、防護した上での被曝……。

 手術を受けにふるさとの町に帰省したマリアさんは高校時代の仲良し仲間を訪ねた。「手術、受けに帰ってきた」というと、旧友たちは笑って、自分たちの喉の手術痕を見せてくれたという。

 マリアさんの話をニューヨーク・タイムズのジョー・ノセラさん(コラムニスト)の記事で読んで、原発災害による被曝の恐ろしさをあらためて知った。⇒ http://www.nytimes.com/2011/07/12/opinion/12nocera.html?_r=1&emc=tnt&tntemail1=y

 640キロも離れた場所にいたのに、ヨード剤を飲んでいたのに……

 ジョー・ノセラさんはマリアさんのことを、自分のフィアンセを通じて知った。夏でもタートルネックで喉の傷を隠している人だった。

 「フクシマ」の事故後、ヨード剤の配布もしなかった日本政府。
 原発の作業員並みの被曝基準を子どもたちに課しておいて平然としている日本政府。

 歴史の悲劇はまたも繰り返されるのだろうか?

 5年後、10年後の「フクシマ」にも、タートルネックで喉を隠した被曝者が現れない保障はどこにもない。

Posted by 大沼安史 at 05:34 午後 |

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