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2011-07-01

〔フクシマ・ノート〕 配電盤が水をかぶったせいか、それとも発電用燃料タンクの流出か?

 ウォールストリート・ジャーナルに1日、「フクシマ・ダイイチ」の事故の背景に迫る、「配置設計の欠陥が核惨事を増幅(Design Flaw Fueled Nuclear Disaster)」と題する、力のこもった記事が掲載された。⇒  http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304887904576395580035481822.html

( 日本語版 ⇒ http://jp.wsj.com/Japan/node_257234 )

 東電の現役、OBのエンジニア、元役員ら12人にインタビューしてまとめた記事だという。

 この記事の英語の見出し、Design Flaw Fueled Nuclear Disaster を見た人は、Design Flaw というからには、やはり原子炉本体に重大な設計上の欠陥があったのか――と反射的に思うことだろう。

 しかし記事をよく読むと、事故の背景にあるのは、欠陥は欠陥でも、現場のエンジニアたちが「メタクラ」と呼んでいた、キッチンテーブル・サイズの配電盤(single kitchen-table-size electric-switching station)と、非常用ディーゼル発電機の設計配置の「ミス」。

 ・ 海側のタービン建屋の中に、配電盤を設置し、ディーゼル発電機を置いていたのがそもそもの大間違い。

 ・ おかげで津波をかぶり、冷却装置を動かし続けることができなかった。

 ・ 「フクシマ・ダイイチ(福島第1原発)」の6号機や、冷却停止に成功した「ダイニ(福島第2原発)」の4つの原子炉にように、原子炉の建屋本体の中に収容しておけば、事故は防げたのに……

  ―― というのが、この記事の結論である。

 1号機から順次、建設された「ダイイチ」の原子炉施設は、最後に設置された6号機を除く1~5号機までは、「古いデザイン」による施工だ。

 GE(ゼネラル・エレクトリック)製の「マークⅠ型原子炉」の「発電施設」を建設したのは、米国の「エバスコ社」(すでに廃業)。この「エバスコ」社による「古いデザイン」の設計では建屋が狭く、結果として、ディーゼル発電機と配電盤を海側のタービン建屋内に置く配置になったという。

 6号機からはしかし、「新しいデザイン」で、炉の建屋内に設置されることになった。

  ということは1~5号機も建屋を改修してスペースを増やし、ディーゼル発電機と配電盤を中に移しておけばよかったものを、東電がコストのことを考えて抜本対策を怠った。

 わずかに、政府の安全基準の見直しの中で、1998年になって、各機に2台の非常用ディーゼル発電機を取り付ける一方、2、4、6号機の山側に新しく建屋を建て、そこに計3台の非常用ディーゼル発電機を置いただけ。

 この山側の3台は「ダイイチ」の1~6号機のすべてに対して電気を供給できる仕組みになっていたが、その電気を流し込んで炉のポンプを動かす配電盤は手つかずのまま、海側のタービン建屋内に「放置」されていたという。

 ジャーナル紙によれば、この山側に置いていた3台の非常用ディーゼル発電機は事故当時、正常に作動したものの、1~4号機のタービン建屋のディーゼル発電機とともに肝心の配電盤が水をかぶり、冷却停止状態に追い込まれた――。

 これがジャーナル紙の描く「フクシマ・ダイイチ」の事故原因だが、それでは冷却停止をまぬかれた5号機と6号機(両機とも定期点検中だったが、炉心とプールに核燃料が存在)の場合はどうだったか?

 まず、原子炉の建屋内にディーゼル発電機と配電盤が設置された「新しいデザイン」の6号機について見ると、「おそらく配管から(海?)水が流入したせい」(東電の説明)で、建屋内にある2台のディーゼル発電機は一時的に停止したものの、配電盤は生き残ったため、山側のディーゼル発電機からの電気の供給で、最悪の事態に陥らずに済んだのだそうだ。(これは「ダイニ(第2原発)」の4機についてもいえる)

 では、「古いデザイン」の1~4号機と同じ「5号機」はどうだったか?

 この5号機についてのジャーナル紙の記述は実にかんたんだ。

 「東電はこの山側の発電機の電力で5号機(の冷却)を動かし続けた」。
 Tepco was able to use that power to keep equipment at neighboring No. 5 running.

 ―― と、だけ。

 しかし、この短い記述から、確実にいえることが2つ、ある。

 ① ひとつは、5号機の海側のタービン建屋内にある配電盤は津波被害を免れ、生き残ったということだ。
 (配電盤が水を被っていたら、いくら山側のディーゼル発電機から電気が供給されても、1~4号機に関するジャーナル紙の記述の通り、冷却停止によって、運転中だった1~3号機の炉ほど急速には進行しなかったものの、5号機でも同様、厳しい事態に陥っていたはずだ)

 ② もうひとつは、5号機と6号機に電力供給開始した山側のディーゼル発電機は、その後も停止することなく、ずっと動き続けたことだ。
 (いつまで動き続けたかは分からない。少なくとも、東北電力の高圧送電線が復旧するまでは動き続けたのではないか?)
 
 なぜ、いま、ここで、この、どうでもいいような、当たり前のようなことをあげつらい、列挙したかというと、この2点からそれぞれ、次のような疑問が湧きあがるからだ。

 ①からは、5号機のタービン建屋の配電盤は、どうして1~4号機のように水を被らなかったか、という疑問が浮かぶ。その疑問は、1~4号機の配電盤も、ひょっとしたら生きていたのではないか、という次の疑問を引き寄せる……

 ②から浮かび上がるのは、1~4号機の発電用とみられる、1号機の海側にあった2基の「燃料タンク」は津波で流出したが、「5号機と6号機」の海側にある「燃料タンク」は無事、生き残り(これは津波後の現場の映像からも確認できる)、それが(おそらく)5、6号機の山側の非常用ディーゼル発電機へ燃料供給を続けたのではないか――という推測である。

 まとめていえばこうなる。
 
 ジャーナル紙が「東電関係者」に取材を重ねて突き止めたという、この「タービン建屋内配電盤、津波で水浸し」原因(真相)説、それはそれでたしかに筋は通るが、どうにも納得できない部分が残る。

 くどいようだが、本ブログ既報の通り、実は1号機前の岸壁際という、最も津波の直撃を受けやすい場所に、(1~4号機用の)発電燃料のタンクを設置していた、「古いデザイン」も「新しいデザイン」もない、実に愚かな「単純ミス」が、最終的に破局を招いたのではなかったか?

 これも本ブログにすでに紹介したことだが、「ダイイチ」を襲ったという「14~5メートル」の大津波は、あくまでも「浸水高(遡上高)」であって、実際の「波高」は5メートル台に過ぎなかった。⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2011/06/post-40b7.html

 ほぼ「想定内」の津波に発電燃料のタンクを、やすやすと持っていかれ、最終的に破局に至った「ダイイチ」。

 巨大な大津波がタービン建屋を襲った起きた想定外の事故。地震で炉はびくともしなかった――だから、日本のほかの原発は「安全です」というのは、「嘘」ではないのか?……

 「ベント」だって手動でも動かなかったというではないか! 地震でまずガタガタになって暴走が始まり、ついには頼みの非常用発電機も「油切れ」で動かなくなって破局に追い込まれたのではないか?

Posted by 大沼安史 at 05:43 午後 |

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