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2011-06-15

〔フクシマ・ノート〕 暮れる「核の未来」 昇る「緑の日の丸」

 ニューヨーク・タイムズが発行するインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙(14日付け。ニューヨーク・タイムズ電子版にも掲載)に「暮れる核の未来(A Dimming Nuclear Future)」という展望記事が掲載された。⇒ http://www.nytimes.com/2011/06/15/business/energy-environment/15iht-SREAGENCY15.html?_r=1&emc=tnt&tntemail1=y

 欧州と米国の原子力の未来が不透明になる中、アジアだけが原子力業界の最後の希望になっている――のだそうだ。
 With nuclear power’s future in Europe and the United States looking uncertain, Asia may be the industry’s last hope.

 とくに中国が――。しかし、その中国さえ、安全問題を考えると、その未来は覚束ない。中国は、世界の新設原発の40%近くを占める建設計画の承認を、新たな安全基準を策定するまで見送っている。
 Even a future in Asia is not guaranteed for nuclear energy. In mid-March, China announced that it was suspending approval of its program of new nuclear plant construction — a program that accounted for almost 40 percent of the world’s planned reactors — until a new national safety standard could be developed

 ハーバード大学の中国人ポスドク・フェローが、こう指摘していた。

 「現時点で中国の規制当局は調査能力を持っていない。もし何か新しいことが起きても、中国は判断なり解決策を打ち出すことができないかも知れない」

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 暮れ行く原発の未来。
 
 私(大沼)は「世界の脱原発の流れ」を「決定づけた」のは、今回の「ソニーとトヨタの国のフクシマ」だと考えているが、「脱原発の世界の未来」を「決定付ける」のも「ハイテクの国のフクシマ」だと思っている。

 それだけ、憧れの先進国、「日本」で破局的な原発事故が起きた意味は重いのだ。

 おまけに「フクシマ」という「人類史上空前の悲劇」は、これから数年、数十年、数百年にわたって展開して行く大事件だ。おかげでかけがえのない地球環境が、「フクシマ」というたった1ヵ所の原発基地から放出される「死の灰」で着実に汚染されて行く。

 いまさら愚かな日本の政府に文句を言っても、事故が起きてしまった以上、「フクシマ発の死の灰」による「地球汚染」は止まらない。

 惑星規模の汚染が拡大・蓄積するにつれ、「フクシマ」はますます人類全体に対する脅威として全世界の人々から受け止められることなろう。

 そうなればなるほど、世界各地の他の原発に対する、人々の本能的恐怖も強まって行く。

 放射能による地球汚染をフクシマだけにとどめるには、グローバル規模で原発を廃棄するしかない――そういう世界世論がますます強固なものになって行くだろう。

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 その場合、真っ先に槍玉に上げられるのは、日本の既存の原発だろう。世界から日本に対して、事故を起こした責任国として、率先して原発を止めろ、という圧力が強まるはずだ。

 日本政府が「原発(段階・全面)廃棄」を拒否した時、日本は再び「世界の孤児」になる……これは間違いない。

 原発の未来は暮れて行くのだから、原発による日本の明日はない。
 時代の明日の夜明けは、脱原発による夜明けでなければならない。

 その時はじめて、日本は斜陽を脱し、日の昇る国に生まれ変わるのだ。「フクシマ」を抱えながら、「フクシマ」によるダメージを最小限に抑えこみながら、「脱原発」で日本は再生する……それに賭けるしかない。。

 どんなに苦しくても、自然エネルギーを頼りに、生きて行く……私たちには最早、その道しか残されていない。

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 日本にも、世界にも、地球にも、「フクシマ後」はないのだ。「フクシマ」からの「死の灰」に染まりながら、汚染された環境の中で、もうこれ以上、汚染しない生き方で生きて行くしかないのだ。 

 灼熱の核燃マグマが赤々と燃える「フクシマ」とともに生き続けて行かねばならないからこそ、私たちは「脱原発」の新しい世界を――新しい日本を早急に目指さなければならない。

 西暦紀元「2011」年で、私たちは新しい、まるで違った時代を生きることになった。まるで違う世界に生きることになった。

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 私たちはかつて詩人の高村光太郎が言ったように、前に道はなく、あとに道が続く時代を迎えた。

 ならば、原発の未来が放射能に汚れた大地に暮れた新しい日本に昇るべきは、高村光太郎が脱出先のパリで目撃した、あの「緑の太陽」であるだろう。

 「ヒロシマ」「ナガサキ」――そして「フクシマ」。

 「原爆」と「原発」で2重にヒバクした唯一の被爆国の国民である私たちはいま、私たちの列島に、世界における「核の廃絶」を願いながら、そのためにこそ、「脱原発」の「緑の日の丸」を掲げなければならない。

Posted by 大沼安史 at 06:13 午後 |

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