〔フクシマ・ノート〕 東京新聞 社説「20年後を想う危機感」(22日付)に思う
東京新聞が「週のはじめに考える 20年後を想う危機感」という社説を掲げた。
⇒ http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011052202000046.html
「脱原発」のドイツと重ね合わせて日本の未来を問う、本格的な論説である。内容、文章ともに素晴らしい。
書き出しはこうだ。
「東日本大震災を受けて、ドイツがあらためて原発撤退に踏み出そうとしています。被災国を上回るかのような危機感は何に由来するのでしょうか」
その、自ら提起した問題に、ドイツ駐在歴のある社説子はこう答える。
戦争の惨禍を繰り返すまい、と戦後一貫して負の歴史を語り継いできたドイツです。次元こそ違いますが、「3・11」を機に将来起こり得る惨禍に想(おも)いを致し、一際(ひときわ)危機意識を募らせているとしても不思議ではありません……
私はこの部分を読んで、なるほどと思った。
「負の歴史」を語り継いできたドイツ……。
その「負」の部分の中核をなすものはもちろん、ナチスによるあのジェノサイドだろう。
ドイツの人々はチェルノブイリを知っているから、原発災害がジェノサイドであることも知っている。
ナチスのチクロンBも、原発の爆心から放出される放射性物質も、人殺しのガスである点では変らない、ということも知っている。
人倫にもとる、致死性のガス。炉(Herd)のイメージも重なる……。
だから保守のメルケル政権が発足させた原発見直しの委員会の名称は、「倫理委員会(Ethikkommission)」でなければならなかった――と、私は思うのだ。⇒ http://www.faz.net/s/Rub469C43057F8C437CACC2DE9ED41B7950/Doc~E16CF41D6DDF24AC2BBC90DEB3E4864F8~ATpl~Ecommon~Scontent.html
ドイツでは21日、17基(機)ある原発のうち、点検であらたに5機が止まり、運転中の原発は4基のみとなった。
2度にわたる原爆ジェノサイドに目を閉ざされ、ヒバクシャたちの原爆症から目をそらされていた私たち日本人は、いまこそドイツの人々に学び、「ヒロシマ」「ナガサキ」のヒバクシャの目で「フクシマ」を直視し、放射性ガスの流れない、緑の山河を取り戻してゆかねばならない。
Posted by 大沼安史 at 04:03 午後 | Permalink

















