〔フクシマ・ノート〕 「永平寺」と「核の罠」
国連訓練調査研究所(UITAR)アジア太平洋広島事務所長のナスリン・アジミさんが、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に Fukushima in America というエッセイを書いた。⇒ http://www.nytimes.com/2011/05/11/opinion/11iht-edazimi11.html?_r=1&emc=tnt&tntemail1=y
ナスリンさんはイラン生まれ、スイス国籍。2003年以来、ユニタールの広島事務所で平和問題と取り組んでいる。
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ナスリンさんのエッセイ、「アメリカの中のフクシマ」の書き出しは、「永平寺のある福井は日本の原発最多県(14機)」の指摘だった。
700年の歴史を持つ永平寺。道元が開いた古刹を取り囲む14機の原発!
ナスリンさんにとっての「新しい日本の発見」はしかし、日本人である私たちにとっての「日本再発見」でもある。
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「歴史と伝統のある日本」はいつ間にか「原発だらけの日本」に変わってしまっていたのだ。
そしてその「原発だらけの日本」の現実を暴いたのが、「フクシマ」だった。
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それでは、永平寺につらなる伝統的な日本を変えたものは何だったか?
それは「フクシマ」「ナガサキ」に対する原爆攻撃直後に始まった、被曝問題を無視した「原子力時代の夜明け」キャンペーンだったとナスリンさんは指摘する。
トルーマン政権による当時のPRキャンペーンを『アメリカの中のフクシマ』という本に詳しく書いた、ロバート・J・リフトンさん(精神分析家)とグレッグ・ミッチェルさん(ジャーナリスト)によると、私たちが嵌められて来た「核の罠」が仕掛けられたのは、「ヒロシマ」「ナガサキ」の余燼がくすぶり続けていた、この時のこと。
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その罠の中で、日本人である私たちは遂に「フクシマ」を迎えたわけだ。
日本の歴史は「ヒロシマ」後に変わり、「フクシマ」で、その異様な姿をさらけ出した。
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ナスリンさんの友人のジャーナリスト、タシロ・アキラさんがフクシマでの取材から戻り、彼女に避難区域の酪農家の言葉を伝えた。
酪農家は放射線の漏洩を「引くことのないツナミだ」と表現したそうだ。
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アメリカで生れた「夜明けの原子力=原発」は、唯一の被爆国である日本の私たちに対して、ツナミのような容赦のない洗脳PRを続け、罠からの脱出を阻んで来た。
「放射能ツナミ」の発生源はもちろん「フクシマ」の「ダイイチ」だが、もとをただせば「アメリカの中のフクシマ」にある。
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「永平寺」が放射能にまみれない前に、私たち日本人は「核の罠」から這い出し、「原発のない日本」を取り戻さなければならない。
Posted by 大沼安史 at 04:33 午後 | Permalink

















