〔フクシマNEWS〕 「放射線量は怖かったが、帰宅して牛たちを見た時、私たちは心の安らぎを取り戻しました」 英紙ガーディアン記者 浪江町の酪農家をルポ
ガーディアン紙の環境問題の専門家、ジョナサン・ワッツ記者が「立入禁止区域」のすぐそばにある、浪江町の酪農家、サンペイさん宅を訪ね、記事を書いた。
「ケイコ」さんが取材に応じた。
帰宅したのは地震一週間後。4月になるまで、その一帯が「ホットスポット」であることを、日本政府から何も知らされなかったそうだ。
「ケイコ」さんは言った。
「放射線量は怖かったが、帰宅して牛たちを見た時、私たちは心の安らぎを取り戻したのです」
"We came back after a week. Even though the radiation was frightening, when we saw the cows again we had peace of mind."
そう語るケイコさんの手を、牛は舐めていた、とワッツ記者は書いた。
搾乳した牛乳は捨てるしかない。
線量計の警報とともに生きる毎日。
放射能汚染がひどいので、牧草を育てることもできない。
避難するしかないのだ……。
ワッツ記者は、牛たちを餓死させてしまった「サンボンマツ」さんにも取材した。
「家族を亡くしたみたいだ」と言った。
肉牛が浪江から運び出された。乳牛については、どうするかまだ決まっていない。
⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2011/may/11/fukushima-fallout-cattle-farmers-radiation
Posted by 大沼安史 at 10:21 午前 | Permalink
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