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2011-02-11

〔コラム 机の上の空〕 エジプト 女性・予言・裁き 

 英語で創作活動を続けるエジプトの女性作家、アーダフ・スーエイフ(Ahdaf Soueif)さん(60歳)が即席のインタビューに応え、英語で、エジプト及び中東の今を語ったのは、1月24日のことだった。

 アーダフ・スーエイフさんは、The Map of Love(愛の地図)という、エジプトを舞台とした小説で、ブッカー賞の候補にもなった。英国の大学で言語学を専攻、PHDを取得した人。

 その彼女がユーチューブにアップされたインタビューで、「若者たちが――指導者なしに、若者たちが地域で過去5年間活動を続けて来た。こういう運動は初めてのことだ」と語っていた。⇒ http://www.youtube.com/watch?v=hWpln1-sWzs&feature=feedu (該当部分は、ビデオ開始14分後から)

 1月25日、若者たちが先頭に立って始まった「エジプト革命」! 

 その前日の彼女の発言。

 「エジプト革命」を直前に「予言」していた。

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 カイロ市内のザマレクに住む彼女は、一時、風邪でダウンした以外は連日、タハリール広場に通い、「エジプト革命」の動きを、現在進行形で、ガーディアン、ロサンゼルス・タイムズ、BBCなどさまざまなメディアを通じ、英語でレポートし続けて来た。
 (彼女の個人サイトを参照 ⇒ http://www.ahdafsoueif.com/

 1月27日付けのガーディアン紙に掲載された彼女のレポートは、「エジプト革命」がいかにして始まったかの現場からの報告として貴重なものだ。⇒ http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/jan/27/ahdaf-soueif-cairo-protest

 アーダフ・スーエイフさんは、こう記した。

 「〈彼ら(若者たち)〉とは20ほどの若者のグループのことです。過去5年以内に結成されたものです。問題は彼らがいつ、どんなふうに結合するか、でした。それを彼らは火曜日(1月25日)に行ったのです。彼らはひとつに融合しました。彼ら、若者たちとともに、エジプトのマルチチュードがひとつになったのです。老いも若きも。(チュニジアの)チュニスで起きたことに鼓吹されて」

 "They" is some 20 groups that have sprung up over the last five years. The question has always been how and when will they coalesce? They did on Tuesday;they fused, and with them multitudes of Egyptians young and old – inspired by what happened in Tunis.

  フェースブックやネット及び現実世界での集会の中で、若者たちは周到な計画を練り上げていた。

 カイロ市内では3ヵ所から、デモの流れが生まれた。わき道がたくさんある、アラブ連盟通りなど、人がいっぱいいる場所から歩き始めた。アラブ連盟通りのデモはまもなく2万人の「マルチチュード(大群衆)」に膨れ上がった。

 「エジプト革命」の「マルチチュード」は、若者たちによって、カイロの下町のパサージュの中から生まれたわけだ。

 1970年代の学生運動の経験者たちが40年ぶりに、初めて「街頭」で再会する場面もあった。

 カイロだけではなかった。マルチチュードの反体制運動は南はアシュートから北はアレキサンドリアまで、全国的なものとなって一気に噴き出した。

 スエズでは、1956年の「スエズ動乱」の際、抵抗運動に携わった90歳の老人が立ち上がった。

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 アーダフ・スーエイフさんはまた、1月28日付けのガーディアン紙に、こう書いた。

 彼女が参加したその日、28日、金曜日のデモは、インババ地区の小さなモスクで始まった。20人ほどで歩き出した。路地を歩いているうち、3000人のデモ隊になった。「パンを! 自由を! 社会正義を!」

 その日午前2時、ムバラク政権がインターネットを全面的にダウンさせ、朝の9時には半数のケータイが普通になり、昼前の11時には全部、通じなくなった。

 「マルチチュード」は「催涙ガスの壁」をくぐって、タハリール広場に向かった。催涙ガス対策で鼻の中に酢をしめらせたティシュを詰め、ペプシコーラで目を洗いながら。

 タハリール広場で民衆が歌ったのは、エジプト国歌だった。

 この日のレポートを、アーダフ・スーエイフさんは、こう結んだ。

 「昔、息子がこう言ったのを思い出す。エジプトでは誰もがとても個人主義だけど、しかし、より大きな協同プロジェクトの中にいるんだ、と。私たちは今、ひとつになった。皆が一人ひとりの個人として、協同プロジェクトの中で、この国を取り戻すために」

 なるほど、一人ひとりの民衆による協同プロジェクト、それが今進行中の「エジプト革命」の姿なのだ。それはエジプトの「マルチチュード」なのだ。

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 アーダフ・スーエイフさんは今月(2月)8日のBBCでのレポートで、こんなユーモラスな「エジプト革命」の一面も報じていた。⇒ http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-12393795

 タハリール広場に集まる民衆はホームメイドのプラカードを手にやって来る。大体が「イラー(ムバラク、出て行け)」で始まる、ホームメードのスローガンが書き込まれている。

 その中に、こんなのがあったそうだ。「イラー(出て行け)、もう冗談の種、なくなっちゃうよお!」

 若者たちは、タハリール広場でゴミの回収にもあたっている。
 
 拾い集めたゴミで、広場にアラビア文字を綴った。「国民民主党」――ムバラクの独裁政党の名前がゴミで書かれた!
 
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 「イラー(出てゆけ)」のスローガンは、その後、変わったと、エジプト人の精神科医でフェミニスト作家のナワル・サーダーウィー(Nawal El Saadawi)さん(79歳)が、米国の反戦放送局、「デモクラシーNOW」のインタビュー(今月10日)で語っていた。 ⇒ http://www.democracynow.org/blog/2011/2/10/audio_nawal_el_saadawy_awaits_news_of_mubaraks_departure_but_says_we_will_bring_him_back_to_be_on_trial

 新しいスローガンは「ムバラクを裁判にかけろ!」

 30年に及ぶ不正による蓄財! 若者を中心に数百人もの命を奪った虐殺の罪……「ムバラクをみすみす外国に逃がしてなるものか? 逃げても捕まえて連れ戻し、裁判にかけねばならない」

 ナワル・サーダーウィーさんの自宅はタハリール広場の近くにあり、夕方になると、シャワーをかりに来る人も多いそうだ。

 彼女の家には、エジプトの反体制ブロッガーで、4年間、刑務所にぶち込まれていたカリーム・アメールという青年がいて、一緒に活動しているという。

 ナワル・サーダーウィーさんは、「デモクラシーNOW」のキャスター、エイミー・グッドマンさんのインタビューに応え、こう言った。

 「私は生まれ変わったような気がする。まるで20の娘のようだ。死ぬ前に革命を目の当たりにできたことで、私は幸せだ」

 投獄、禁書、団体の解散……小学生の頃、王政打倒の闘いに参加して以来、人権のために闘い抜いて来た老女闘士は、うれしそうに言った。

 「私たちは苦しんで来た。しかし、私は常に楽観的だった。(民衆の)権力は希望にあり(Hope is Power.)!」

 (彼女については、Wikiを参照 ⇒   http://en.wikipedia.org/wiki/Nawal_El_Saadawi

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 ところで、ユーチューブに自らビデオをアップし、「タハリール広場に1月25日に集まれ!」と呼びかけ、「エジプト革命」を点火した、26歳のエジプト人女性、アスマー・マフフーズさんのことは、すでに紹介しているので(⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2011/02/post-e52b.html#more  アピールビデオ ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=SgjIgMdsEuk )ここでは、もう一人だけ、タハリール広場に立つエジプト人女性を紹介し、このコラムを終えることにしよう。

 「大トリ」で登場していただくのは、エジプトの伝説の映画女優のモーセナ・タフィーク(Mohsena Tawfik )さん。

 タハリール広場の抗議行動に参加している銀幕の女神が、ガーディアンの電子版のビデオに登場し、年老いてなお美しい笑顔で、こう断言していた。⇒ ttp://www.guardian.co.uk/world/video/2011/feb/09/egypt-protests-revolution-people-video

 http://www.guardian.co.uk/world/2011/feb/04/day-of-departure-hosni-mubarak?INTCMP=SRCH

 「私たち(の革命)を止めることができるものは何もない」

 代表作はユーセフ・シャーヒン監督の映画「ツバメ」(1972年)。

 彼女が出演した、同じシャーヒン監督の「アクキサンドリア……WHY」は、78年のベルリン国際映画祭、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞したという。

 エジプトの若尾文子さんか、吉永小百合さんクラスの伝説的大女優もまた、民衆の一人として広場に立っている。

 モーセナ・タフィークさんは言った。「革命は最初の一歩を踏み出したばかり。かんたんには終わらない。エジプトはアメリカやイスラエルによって戦略的に重要な国であるからだ。彼ら(ムバラクら)もかんたんにはしき下がらないだろう。しかし、いま私たちは知っている。私たちがどれだけ強いか、どれだけ高貴か、どれだけ美しいか、私たちは知ったのだ」

 「……私たちがどれだけ強いか、どれだけ高貴か、どれだけ美しいか、私たちは知った」

 タハリールという歴史の舞台で彼女が言った、この言葉もまた、伝説になる言葉だろう。

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 さて、クリスチャンの方なら、ご存知だと思うが、新約聖書の「マタイによる福音書」に、こんな一節がある。

 それは、信者でもなく、聖書読みでもない私にとって、いったいどういうことを意味するのか、謎だったところだ。

 「南の女王が、今の時代の人々とともにさばきの場に立って、彼らの罪を定めるであろう」(8・42)

 このマタイ福音書の「南の女王」とはおそらく、ウォールストリート批判の寓話である、あの「オズの魔法使い」の「南の(善い)魔女」(ドロシーをカンザスに帰してくれる」の下敷きになった(はずの)ものだが、マタイがあまりに唐突に語りだすものだから、いったい何のことやら、私には分からなかったのだ。

 しかし、こうして、「エジプト革命」の先頭に立つ、女性たちの活動ぶりを目の当たりし、その発言を耳にすると、奇跡を信じる私としては、やはりこう思わざるを得ない。いや、正直、こう思いたい……。

 マタイが遺した「南の女王」の福音は、2000年後の世界に対する予言(預言)ではなかったのか、と。

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 小説家のアーダフ・スーエイフさんの予言は「前日」のことだったけれど、マタイの2000年前の言葉も、「過去」から示されたものという点では同じである。

 権力の腐敗と暴虐の構造は、新約の昔も、21世紀初めの今も変わらない。

 そして新約の時代の群衆(マルチチュード)がイエスに付き従う姿は、いまのエジプトの群衆(マルチチュード)の姿に重なり合う……。

 マタイの言葉はだから、今の私たちにも、解かれつつある謎として迫って来るのだ。

 「南の女王が、今の時代の人々とともにさばきの場に立って、彼らの罪を定めるであろう」(マタイ・8・42)

 「ムバラクを裁判に!」と、人権運動家のナワル・サーダーウィー女史は言ったが、彼ら=ムバラクらの罪は、「エジプト革命」という歴史の法廷において厳しく裁かれなければならない。

Posted by 大沼安史 at 10:13 午後 3.コラム机の上の空 |

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