〔いんさいど世界〕 戦車と落書き エジプト・オレンジ(?)革命
英紙インディペンデントの世界的な中東記者、ロバート・フィスク氏がエジプト入りし、カイロの街頭に立った。
氏のカイロ・ルポが、同紙電子版(30日付)に掲載された。
4万人が広場に集まっていた。人々は「泣いていた、叫んでいた、歓喜の声を上げていた」。
広場に、米国製のエジプト陸軍の戦車がいた。フィスク氏はその戦車によじ登った。数百メートル先の内務省付近で、武装警官隊がデモ隊に発砲していた。
しかし、武装警官隊は戦車のいる広場には近づかない。
「ムバラクの戦車が、ムバラクの独裁政治から、首都カイロを解放しつつある……」
あのビン・ラディンと何度も単独会見に成功した、歴戦のベテラン記者は書いた。
「歴史的な祝祭……これは、あの(チャウシェスクを打倒したルーマニアの)ブカレストの解放に等しいものではないか。(戦車に登った私は)あのパリ解放のニュース映画を思い出すばかりだ」
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ムバラク政権はアメリカに支えられた政権だった。中東アラブ社会をコントロールし、石油を確保し、イスラエルを守る――そのために、惜しみもなく「援助」を続けて来た。
アメリカの後ろ盾で権勢をふるい続けた政権だった。
そのアメリカが――オバマ政権が、ムバラクを見限っている……。
⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2011/jan/29/white-house-aid-egypt
オバマ大統領自ら、デモ隊に対する暴力的弾圧を辞めろ、と言い、「エジプト民衆がより大きな自由と、より大きな機会、さらには正義の中で生きることができる、そんな未来を導く政治変革の道筋」を拓く「エジプト民衆の権利を高める具体的なステップ」と要求している。
それどころか、ホワイトハイスの報道官は、年間15億ドルの援助(大半が軍事援助)を「見直す」、と圧力をかけている。
オバマ政権の「見限り」の狙いはハッキリしている。「笑う牛」という仇名のムバラクを切って、チュニジアから始まった、怒涛のアラブ革命の勢いを殺ぎたいからだ。
サウジ、ヨルダンへの波及を阻止したいからだ。
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僕がカイロにいた1990年代の初めの頃、すでにムバラクの評判は悪かった。
息子に「第2エジプト航空」を経営させるなど、一族だけが肥え太っている……イスマイリアの宮殿に、女性たちを集めて、堕落したパーティーを開いた……
そんな噂をよく耳にしたものだ。
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最後のあがきでムバラクは、スレイマンという諜報機関の長官を副大統領に据える、乗り切り人事を発表した。
フィスク記者はカイロの広場の戦車のそばで、その「ニュース」を、周りにいたエジプトの若者たちに伝えた(フィスク記者はアラビア語が堪能だ)。
それを聞いて、若者たちは、どっと笑ったそうだ。
そんなことで済む事態じゃないだろ? 「笑う牛」さんよ――若者たちの「大笑い」には、そんな時代認識が――新しい時代が到来したという思いが込められていたはずだ。
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フィスク氏のルポは、こうも報じている。
若者たちは、広場の戦車の車体に「ムバラク出てゆけ」と落書きした。「落書き」を――「言葉」が書かれるのを、戦車の兵士たちは黙認した。
「ムバラクよ、お前の独裁は終わった」――こんなステッカーがカイロ中の戦車のほとんどに貼られている。
戦車のクルーに、デモ隊がオレンジを差し入れた。
(このエピソードから、今回のエジプト革命は「オレンジ革命」と呼ばれることになるかも知れない……??)
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ところでフィスク氏はこの「カイロ街頭ルポ」の中で、見落としてはならないことをちゃんと確認し、記事に書いている。
それは戦車のそばで歓喜する若者らデモ隊のそばで、エジプト最大の野党である「ムスリム同砲団」のメンバーが祈りを捧げていたことだ。
イスラム主義を掲げる「ムスリム同砲団」は貧困地区に診療所を拓くなどして勢力を拡大したが、ムバラク政権によって、これまで徹底して抑え込まれていた(ここから出た最過激派がアルカイダに合流したことは、よく知られた事実である)。
「ムバラク後」の政治情勢の中で、「ムスリム同砲団」がどのような動きをするか?――そこに今後のエジプト情勢……いや中東アラブ世界の全体の動きを占い鍵が潜んでいる。
ムスリム同砲団 Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A0%E5%90%8C%E8%83%9E%E5%9B%A3
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「チュニジア・ウィキリークス革命」「パレスチナ文書」の暴露に続く、今回の「エジプト革命」――。
フィスク記者は、「カイロの街頭は、米欧の指導者たちが真実を摑み損ねていた事実を軽く証明した。君たちが考えているような)時代は終わったのだ」と書いているが、米欧の「米」の中には、追随国家である、われらが「日本」も含まれていよう。