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2011-01-22

〔コラム 机の上の空) 貫さん

  日本に昔、「貫さん」と呼ばれたカトリックの神父がいた。サルバドル・カンドウ師。
 日本名、「貫道」。
 文字通り、キリストの道を真っ直ぐ貫き通した人だ。昭和の日本に愛をのこし、多くの日本人を励まし、日本の土となった人だ。(らい患者を救い、死刑囚を慰めもした……)

 現代日本にも「カンさん」と呼ばれたがっている、似た名前の権力の亡者が一人いるが、「貫」と「菅」では同じカンでも、大違いだ。

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 カンドウ神父(1897~1955年)はバスク(フランス側)の生まれ。
 司馬遼太郎さんの『街道をゆく~南蛮のみち1』にも紹介されているイエズス会のカトリック神父である。

 日本人より日本語ができた人だ。「貫さん」が編んだ『羅和字典』は、最高水準のラテン・日本語辞典と評価されている。

 カンドウ師の伝記兼関係者による回想集、『昭和日本の恩人――S・カンドウ師――』(池田敏雄編著、中央出版社、昭和41年=1966年刊)を古書店から取り寄せ、読み出した。

 前に読んだ、室谷幸吉著、『日本人の友 カンドウ神父』(女子パウロ会)で知った事実を、もっと詳しく知りたかったからだ。

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 その「事実」とは、カンドウ師が神父になる前、まだ19か20の青年だった頃のことだ。

 カンドウ青年はフランス軍に入隊し、少尉に任官、第1次世界大戦の激戦地、ヴェルダンで戦った。 

 1916年――大正5年のこと。

 私が詳しくたしかめたかった「事実」とは、前線での、以下の2つの出来事である。

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 そのひとつは、「前線での水汲み」。

 ある日、カンドウ歩兵少尉はドイツ軍陣地近くで、岩から清水が湧いているのを見つけた。

 水だ! 新鮮な水!――危険を冒した「水汲み行」が始まった。

 その時のことだ。自軍(フランス軍)の、ドイツ語のできる兵士が、武器を持たず、丸腰で、ただバケツだけを持って、塹壕を出て行き、ドイツ兵に呼びかけた。

 「おい見ろ、武器なんか持ってないぞ。あそこに水がわいているから行くんだ。水はみんなのものだ。君たちも行ったらどうだ。その間おれたちも射たないから」

 ドイツ兵の射撃が止んだ。フランス兵がバケツに水を汲んで帰ると、こんどはドイツ兵が塹壕から姿を見せた。

 カンドウ師はこう書いている。「……この日から水くみは毎日大ぴらに行なわれるようになった…………最初にバケツをさげて出た者の勇気と献身は、敵味方ともあっぱれである」(池田編著、28頁)

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 ふたつ目は、「クリスマスの合唱」。

 塹壕の中で迎えた降誕祭、「われわれは夜になってもつづくはげしい先頭ときびしい寒さに疲れきっていた……そして誰もが心ひそかに故郷のクリスマスのことを思っていた。
 そのうちとうとうひとりが『ああ、今ごろはみんな教会で賛美歌を歌っているんだろうな』とつぶやくと、そばのが……いきなり“天に栄光、地に平安”とクリスマスの成果を歌いだした……たちまち塹壕中の大合唱となってしまった。向こうのドイツ軍の塹壕がなんとなくひっそりしたかと思うと、とたんに張りのある美しい何部合唱かで、われわれのコーラスに加わってきた……」(同29頁) 

 第1次世界大戦では、両軍兵士が自発的に「クリスマス停戦」を行う、合唱したり、パーティーをしたことはよく知られたことだが、カンドウ師も若き仏陸軍歩兵少尉として、そんな現場に立ち会っていたのだ。

 (第一次大戦のクリスマス停戦は1914年に始まった。英軍兵士がプラムのプリンをドイツ軍の差し入れた事実も、当時の兵士の手紙によって最近、確認されている。⇒ http://www.independent.co.uk/life-style/history/the-1914-christmas-truce-a-plum-pudding-policy-which-might-have-ended-the-war-2167090.html )

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 100年前には、戦争の最前線にも、こうした「正気」が消えずに残っていたのだ。

 (ちなみに、ことしの「1月17日」は、アイゼンハワー大統領が退任演説で、「軍産複合体」の「惨憺たる勃興」を警告した、その50周年にあたる。この100年――あるいは50年で、われわれはずいぶん遠くまで来てしまった! ⇒ http://www.npr.org/2011/01/16/132935716/eisenhowers-warning-still-challenges-the-nation?ps=cprs )

 「貫さん」こと、カンドウ師のその後の日本での、神父としての活動の原点のひとつが、100年前の塹壕――「最も非人間的な世界」にあったとは……。

 これはカンドウ師がふるさとのバスクのように愛してくれた、われわれ日本の人間が忘れてはならない「事実」である。

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 カンドウ師でもうひとつ書いておきたいのは、イタリアのアッシジ……あの聖フランシスコのアッシジで、少女から花束を手渡されたときのエピソードだ。

 思わずポケットから硬貨を取り出し、渡そうとした師に、少女はこう言って、小さな、可憐な怒りをぶつけたそうだ。

 きれいな花だから、あなたにあげたい、だけだったのに――。

 カンドウ師は少女からもたった野の花を押し花にして大切にしたそうだ……。

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 クリスマスの合唱も、少女が摘んだ野の花の花束も、まっとうな心から生まれたものだ。

 権力欲にとりつかれ、平常心(正気)を失ったような政治家の心からは決して生れてこないものだ。

 100年前のヴェルダンの塹壕の奇跡をその目で見たカンドウ師が、米国の軍事権力にへつらい、中国を敵視してはばからない、今の日本の権力者の姿を目の当たりにしたら、どうお思いになることか……。
 
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 私はカンドウ師はきっと――(というより、間違いなく)江戸っ子ふうの巻き舌で、こう日本語でお怒りになると思うのだ。

 「バッカヤロー」

 カンドウ師は、世の不正、邪悪に対して、こう啖呵を切る、威勢ののいい、ベランメエなお方でもあった(ということを、池田編著の伝記で、初めて知った!!)。

 「イラ菅」といわれるわが日本の最小、あいや宰相は、気に入らないとすぐカッカする不幸な性格の持ち主のようだが、「イラ貫さん」は違う!

 不正義に怒る「イラ貫」であり、不正に対する「バッカヤロー」なのだ!

 日本の今の貧困を、失業を、絶望と憎悪を、子どもがいじめ自殺する現状を、あの大きな、お優しい瞳でご覧になったら、どこかの誰かのようにヘラヘラ笑いと口先三寸でごまかさず、きっと、為政者たちを怒鳴りつけていることだろう。

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 宮崎の古書店から届いた『昭和日本の恩人――カンドウ神父――』の表紙の神父のポートレートには、ラテン語で、神父のペンで、あの有名なマタイの福音書の言葉が書き込まれていた。

  人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言(ことば)で生きるものである。

 カンドウ師が生きてらしたら、きっと日本の権力者に向かって発せらているはずの「バッカヤロー」も、たぶん、そんな言(ことば)の一つである。  

  

Posted by 大沼安史 at 08:01 午後 3.コラム机の上の空 |

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