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2011-01-31

〔いんさいど世界〕 戦車と落書き エジプト・オレンジ(?)革命

  英紙インディペンデントの世界的な中東記者、ロバート・フィスク氏がエジプト入りし、カイロの街頭に立った。

 氏のカイロ・ルポが、同紙電子版(30日付)に掲載された。

  ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/middle-east-unrest-spills-on-to-streets-of-egypt-2194484.html

 4万人が広場に集まっていた。人々は「泣いていた、叫んでいた、歓喜の声を上げていた」。

 広場に、米国製のエジプト陸軍の戦車がいた。フィスク氏はその戦車によじ登った。数百メートル先の内務省付近で、武装警官隊がデモ隊に発砲していた。

 しかし、武装警官隊は戦車のいる広場には近づかない。

 「ムバラクの戦車が、ムバラクの独裁政治から、首都カイロを解放しつつある……」

 あのビン・ラディンと何度も単独会見に成功した、歴戦のベテラン記者は書いた。

 「歴史的な祝祭……これは、あの(チャウシェスクを打倒したルーマニアの)ブカレストの解放に等しいものではないか。(戦車に登った私は)あのパリ解放のニュース映画を思い出すばかりだ」

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 ムバラク政権はアメリカに支えられた政権だった。中東アラブ社会をコントロールし、石油を確保し、イスラエルを守る――そのために、惜しみもなく「援助」を続けて来た。

 アメリカの後ろ盾で権勢をふるい続けた政権だった。

 そのアメリカが――オバマ政権が、ムバラクを見限っている……。
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2011/jan/29/white-house-aid-egypt

 オバマ大統領自ら、デモ隊に対する暴力的弾圧を辞めろ、と言い、「エジプト民衆がより大きな自由と、より大きな機会、さらには正義の中で生きることができる、そんな未来を導く政治変革の道筋」を拓く「エジプト民衆の権利を高める具体的なステップ」と要求している。

 それどころか、ホワイトハイスの報道官は、年間15億ドルの援助(大半が軍事援助)を「見直す」、と圧力をかけている。

 オバマ政権の「見限り」の狙いはハッキリしている。「笑う牛」という仇名のムバラクを切って、チュニジアから始まった、怒涛のアラブ革命の勢いを殺ぎたいからだ。

 サウジ、ヨルダンへの波及を阻止したいからだ。

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 僕がカイロにいた1990年代の初めの頃、すでにムバラクの評判は悪かった。

 息子に「第2エジプト航空」を経営させるなど、一族だけが肥え太っている……イスマイリアの宮殿に、女性たちを集めて、堕落したパーティーを開いた……

 そんな噂をよく耳にしたものだ。 

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 最後のあがきでムバラクは、スレイマンという諜報機関の長官を副大統領に据える、乗り切り人事を発表した。

 フィスク記者はカイロの広場の戦車のそばで、その「ニュース」を、周りにいたエジプトの若者たちに伝えた(フィスク記者はアラビア語が堪能だ)。

 それを聞いて、若者たちは、どっと笑ったそうだ。

 そんなことで済む事態じゃないだろ? 「笑う牛」さんよ――若者たちの「大笑い」には、そんな時代認識が――新しい時代が到来したという思いが込められていたはずだ。

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 フィスク氏のルポは、こうも報じている。

 若者たちは、広場の戦車の車体に「ムバラク出てゆけ」と落書きした。「落書き」を――「言葉」が書かれるのを、戦車の兵士たちは黙認した。

 「ムバラクよ、お前の独裁は終わった」――こんなステッカーがカイロ中の戦車のほとんどに貼られている。 

 戦車のクルーに、デモ隊がオレンジを差し入れた。
 (このエピソードから、今回のエジプト革命は「オレンジ革命」と呼ばれることになるかも知れない……??)

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 ところでフィスク氏はこの「カイロ街頭ルポ」の中で、見落としてはならないことをちゃんと確認し、記事に書いている。

 それは戦車のそばで歓喜する若者らデモ隊のそばで、エジプト最大の野党である「ムスリム同砲団」のメンバーが祈りを捧げていたことだ。

 イスラム主義を掲げる「ムスリム同砲団」は貧困地区に診療所を拓くなどして勢力を拡大したが、ムバラク政権によって、これまで徹底して抑え込まれていた(ここから出た最過激派がアルカイダに合流したことは、よく知られた事実である)。

 「ムバラク後」の政治情勢の中で、「ムスリム同砲団」がどのような動きをするか?――そこに今後のエジプト情勢……いや中東アラブ世界の全体の動きを占い鍵が潜んでいる。

 ムスリム同砲団 Wiki ⇒  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A0%E5%90%8C%E8%83%9E%E5%9B%A3

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 「チュニジア・ウィキリークス革命」「パレスチナ文書」の暴露に続く、今回の「エジプト革命」――。

 フィスク記者は、「カイロの街頭は、米欧の指導者たちが真実を摑み損ねていた事実を軽く証明した。君たちが考えているような)時代は終わったのだ」と書いているが、米欧の「米」の中には、追随国家である、われらが「日本」も含まれていよう。
  

Posted by 大沼安史 at 10:13 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2011-01-30

〔いんさいど世界〕 あかんな・ほんと ダボスで全開

 菅直人首相がスイスのダボスで開かれた「世界経済フォーラム」で講演したという。

 そう聞いて、グーグルのニュース・サイトを見たら、NHKのニュースが出ていた。⇒ http://www.nhk.or.jp/news/html/20110130/t10013729631000.html

 そこにこうあった。

 ―― スイスで開かれている「ダボス会議」に出席した菅総理大臣は、日本時間の29日夜、世界各国の政財界のリーダーらを前に特別講演を行い、「日本は、精神面と経済面での閉塞(へいそく)を大きく開いていく『開国』が必要だ」と述べ、各国との経済連携を積極的に推進していく決意を表明しました。

 す、素晴らしい「大本営発表」報道!

 な、なんといっても「世界各国の政財界のリーダーらを前に特別講演を行」ったのだから……!!。

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 で、どんな、「特別講演」をしたか、国民の一人として知りたいと思い、「首相官邸」にアクセスしたら、「開国と絆」なる演説の「全文」が出ていた。
 ⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201101/29davos.html

 首相はダボスで「世界各国のリーダーらを前に」、上記のスピーチを行ったという。

 で、念のために、「世界経済フォーラム」のビデオで、演説の内容をチェックした。⇒ http://www.youtube.com/watch?v=WIoaS3lvNl

 すると……首相官邸が発表した「全文」にはないことを、わが菅直人サイショウは、な、なんと口走っているではないか?

 「演説」を始める前に、敢えて付け加えた大事な部分を、首相官邸の「全文」は、なぜカットしているのだ。

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 首相は演説を始める前に、ことさら何を言ったか?

 「エジプト情勢」について語ったのだ。

 ムバラク大統領の対話に期待していると。

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 もう、この男、ホンマ、あかんなおと、やな、とあきれてしまった。

 ムバラクという独裁者を、エジプトの民衆はもう見限っているのに……。対話だなんて!

 IMFにせっつかれて行った、先のマグレグ経済ミッションといい、今回の「エジプト革命」に対する、ものの見方のあまさといい、現政権(外務省)の無能ぶりにはあきれ果てる。

 菅直人は日本の指導部のバカさ(&疎さ)加減をアピールしに、ダボスくんだりまで出かけていったわけだ。

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 菅直人は例によって、ダボスでも「最小不幸社会」論をブチ上げてみせた。

 society with least unhappiness と公式同時通訳者は訳していたが、今、世界の人々が苦しんでいるのは――そして、エジプトの民衆が苦しんでいるのは、least happiness(最小幸福)の生活の現実である。

 「最小幸福」をさしおいて、「最小不幸」を語り、何ら打開策を示さず、あげくの果てに、エジプトのムバラクの「対話」に期待をかけるなどと言いきり、それが自分の政治理念だと言ってみせた、この「あかんな・ほんとに・うとか男」よ!

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 菅直人よ、君は「疎い」のだから、もうい加減、ハジの上乗りはやめにしたまえ。

 「サイショー不幸社会」とは、君が宰相(サイショー)でいる、この日本社会のことだ。

Posted by 大沼安史 at 08:28 午後 | | トラックバック (0)

空から歌が聴こえる Wildfire

⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2011/01/wildfire.html

Posted by 大沼安史 at 12:48 午後 | | トラックバック (0)

〔見ぃ~けっ!〕 阿部加奈恵さんのギャラリー

 鹿児島出身、旭川在住の画家、阿部加奈恵さんのギャラリー・サイトを覗いて、いっぺんにファンになってしまった。
 ⇒ http://abekanae.com/

 みなさんも、ぜひ、どうぞ!

 ギャラリーの作品に、My fish という、ネコちゃんとお魚の絵があって、これがとても愉快。

 

Posted by 大沼安史 at 12:31 午後 | | トラックバック (0)

2011-01-29

〔いんさいど世界〕 自爆・トルストイ・平和

 ロシア最大の国際空港、モスクワのドモジェドボ空港国際線ターミナルでの自爆テロから1週間――。

 200人以上が死傷した自爆攻撃を決行したのは、チェチェンの南に位置する、北カフカスのイスラム武装過激派、「ノガイ」ではないか、との見方が出ています。

 「ノガイ」はチェチェン戦争で独立派とともにロシア軍と戦った人々。最近、指導者を殺害され、その復讐に出たのではないか?――との観測です。

 昨年3月には、モスクワ地下鉄で爆破事件がありました。女性2人組によるテロ。17歳の女性が自爆した。

 憎しみのスパイラル、悲劇の連鎖……解決の道はどこにあるのでしょう?

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 1昨年(2009年)12月6日、チェチェンのスタログラドフスカヤ村で、一人のロシア人作家をしのぶ記念館がオープンしました。

 「トルストイ記念館」。

 あのロシアを代表する「文豪」の記念館が、なんとチェチェンの地に建ったわけです。
 (この記念館は1980年に開設されましたが、チェチェン戦争の影響で、これまで活動停止を余儀なくされていました。今回の「開館」は、正確に言えば「再開館」なわけです)

 この「(再)開館」の話はニューヨーク・タイムズでも報道された(⇒ http://www.nytimes.com/2010/01/02/books/02tolstoy.html?scp=20&sq=chechen%20%20video&st=cse  )ので、トルストイのファンの方なら存知かも知れませんが、「もぐりのトルストイアン」(僕はそれほど立派な人間ではないので、「もぐり」と……)である僕としてうれしかったのは、その記事の中で、こう書かれていたことです。

 「トルストイはチェチェンで広く敬われている」
 
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 つまり、トルストイはロシア人だけれど、(独立派がロシアと戦っている)チェチェンで、トルストイは広く尊敬されている、というのですね。

 そうでなければ、記念館が出来るはずがないのですが、タイムズの記事によれば、チェチェンにはトルストイの名を冠した村さえあるそうです。「トルストイ・ユルト」という村が……。

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 チェチェンのスタログラドフスカヤ村の「記念館」は、トルストイゆかりの地、ゆかりの建物につくられたのだそうです。

 トルストイは1851年、23歳の時、ロシア軍に志願してカフカスの戦線で戦ったそうですが、その時、2年半ほど駐屯していたのが、チェチェンのこの村であり、記念館に改築されたコサックの兵舎だったそうです。

 トルストイはこのスタログラドフスカヤ村で、あの『幼年時代』という自伝的な出世作を書き、文壇にデビューするのですが、気高いチェチェンの人々を知ったのも、この村でのこと。

 曾々孫のウラジミール・トルストイさん(ヤースナヤ・ポリャーナの「トルストイ記念館」館長)によれば、若きトルストイはチェチェン人の友だちがいて、付き合っていたそうです。

 しかし、チェチェンの人々がなぜ、こんなにもトルストイを敬服しているかというと、たぶん、それはトルストイがチャチェン人を小説に書いているからです。

 トルストイの死後に発見された、トルストイ最後の小説に『ハジ・ムラート』というのがあります。

 チェチェンの孤高の英雄を描いた物語ですが、トルストイはなぜ、チェチェン人がロシアと戦うか、ちゃんと書いている。その残酷さに対する反発だと書いている。そして、チェチェンの戦士を人間として書いている。

 チェチェンの人たちがトルストイを敬うのは、こういうことがあるからなんですね。

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 では、そのトルストイは、現代のロシアで、どんなふうに見られているか?

 昨年(2011年)――の「11月20日」(昨年といっても、たった2ヵ月前のことですが)は、実はトルストイの「100回忌」でした。1910年のその日、トルストイは、鉄道の駅舎で82歳の生涯を閉じた。

 ロシアを代表する世界的な文豪の100回忌ですから、ロシアを挙げて、盛大なイベントが行われてもいいはずなのに、ほとんど、音なしで、過ぎてしまった。

 昨年はロシアの劇作家、チェーホフの生誕150年の記念の年でもあったわけですが、チェーホフは華々しく回顧されたのに(メドヴェージェフ大統領がチェーホフ生誕の地を表敬訪問)、トルストイの方は、なぜかほとんど無視されてしまった。

 これは年明けに出たニューヨーク・タイムズ紙の記事(⇒ http://www.nytimes.com/2011/01/04/books/04tolstoy.html?partner=rss&emc=rss
 )の見出しの表現ですが、「トルストイとロシアにとって、ハッピー・エンディングはまだない」――これが、トルストイをめぐるロシア国内の状況なんですね。

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 どうして、こういうことになったのか? 
 ロシア政府はどうして、文豪・トルストイを讃えるイベントを積極的に行わなかったか?

 それを解く鍵はたぶん、トルストイの「絶対平和主義」の中に潜んでいる……。

 トルストイはカフカスでの軍務のあと、クリミア戦争でも戦い、戦争の悲惨さを目の当たりにして、絶対的な平和主義者になって行くわけですが(そして日露戦争にも反対し、非戦論を叫ぶわけですが)、これまでチェチェン戦争を戦って来た、現在ロシア政権としては、トルストイの「反戦思想」が、どうにも気に入らない――だから、トルストイの偉業を讃えない――これがコトの真相なのではないでしょうか?

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 トルストイが今の時代に生きていたら、チェチェンや北カフカスなどの問題で、どんな意見を述べ、ロシア政府に何を求めるか?

 僕には、これを考えることが――トルストイならどうする?――と考えることが、モスクワの空港や地下鉄での惨事の再発を防いで行く、もっとも有効な近道であると思えるのですが、こうした見方は、甘すぎるでしょうか? 理想主義の夢想に過ぎないのでしょうか?

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 ロシアの詩人、アナトリー・ライマンさんは、「私たちの忘れたトルストイ」という文章(⇒ http://themoscownews.com/news/20101122/188220569.html?referfrommn  )の中で、こう指摘しています。

 「トルストイはナイーブとは程遠い人だった。理想主義者ではなかった。彼こそ、世界の変革が人間の道徳を変えることに始まることを最初に理解した一人だった」
 
 そして、「トルストイはロシアに――そして全世界に対して、希望を与えてくれた。トルストイは人間の心を変えることができなかったとしても、人間の心を動かしたことはたしかだ」とも。

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 殺戮が続く世界――私たちの、2012年の世界。

 ナイマンさんの言うように、「私たちの忘れてしまったトルストイ」を思い出すべき時のようです。

 

Posted by 大沼安史 at 12:47 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2011-01-28

空から歌が聴こえる Sugarcoating

⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2011/01/sugarcoating.html

Posted by 大沼安史 at 07:35 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 荒野の正義 "Go in peace."

 
 私が尊敬申し上げるジョン・ディア神父ら14人の「被告」に対して、米ネバダ州ラスベガスの連邦裁判所が「判決」を下した。

 「有罪」の判決だった。

 米軍クリーク基地への「不法侵入」事件。

 ウィリアム・ジャンセン判事はしかし、14人の被告=「クリークの14人」に対して、同時に執行猶予を宣言した。

 ⇒ http://www.lasvegassun.com/news/2011/jan/27/creech-14-found-guilty-trespassing-judge-says-go-p/

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 ディア神父ら14人は、どんな「不法」行為を仕出かしたか?

 彼・女らは2009年4月9日、クリーク米軍基地に「不法」侵入して、抗議の座り込みを行ったのだ。

 何に抗議して?

 同基地からの無人偵察機(ドローン)を使った遠距離リモート殺戮に対する抗議行動に対して――!

 まるでテレビ・ゲーム化した、米軍の無法に抗議したのだ。

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 ディア神父ら14人に対する裁判は昨年9月に開かれた。

 ジャンセン判事は即決での判決を避け、半年間、考えさせてくれ、と言って、判決を年明けに先延ばししていた。

 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/09/post-36ed.html

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 その結果がこれだった。有罪――しかし執行猶予!

 問題はこれをどう見るかだが、僕はディア神父らの「実質勝訴」と見る。

 なぜか?

 それはジャンセン判事が各被告に意見陳述を認めた、最後の訴訟指揮でも明らかだろう。

 法の上では「有罪」だが、人道的には「無罪」――これがジャンセン裁判官の(判事としての判決ではなく)人間としての判断だった。

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 ネバダのクリーク基地から、アフガン・パキスタン国境地帯は遠い。

 クリーク基地のオペレーターにとって、戦場はまるでビデオゲームの画面でしかない。

 ドローン搭載のヘルファイア(地獄の業火)・ミサイルの発射ボタンを押したとしても、目の前の人間に銃弾を撃ち込むほどの罪の意識はないだろう。

 ディア神父ら「クリークの14人」は、そのことに――その非人間的なことに、異議を申し立てのだ。

 距離は無限大かも知れない。しかし、いま、ここから、「組織的な殺意」が、「攻撃」が、人々に向かって発せらる、そのこと自体が問題なのだと。

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 ジャンセン裁判官は判決言い渡しの最後に、14人の被告に対して、こう言ったそうだ。

 "Go in peace."  「平和の中で、行きなされ!」

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 「荒野」は、アメリカの今を象徴するメタファーだ。

 そのネバダの荒野の裁判所で発せられた、この一言の持つ、意味は重いと思う。

  "Go in peace."

 「平和の中で、行きなされ!」

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 平和運動を続けてください、と敢えて言った、ネバダの判事の訴えの意味は――日本の私たちたちにとっても、重すぎるほど重い。 

Posted by 大沼安史 at 07:18 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2011-01-27

〔いんさいど世界〕 最大不幸国家=アメリカ オバマ State of the Disunion 演説

 オバマの一般教書(State of the Union)演説を、サラ・フーロさんという女性が、ボストン・グローブ紙への投書で痛烈に批判していた。

 巨額の戦費を費やし、数千人の若いアメリカ人兵士をカタワにしているイラク・アフガン戦争を、オバマはまるで「進歩と平和のための、もうひとつの、素晴らしきアメリカのプログラム」のように語ってみせた、と。

 サラさんの息子さんは米軍の兵士。米軍兵士の母の言葉は、ストレートに、真実へと向かう。

 We can’t win this war, and we can’t afford it.
 (勝てないし、戦い続けることもできない)

 そしてこう結論づける。

 「愛する者が戦争に中にいる私たちは、イラク・アフガン戦争が財政的・道徳的な破産で終わるほかないことを知っています。この国の負債を積み上げたのは福祉ではなく、終わりなき戦争です」

 ⇒ http://www.boston.com/bostonglobe/editorial_opinion/letters/articles/2011/01/27/state_of_the_union_gets_lost_in_the_fog_of_war/

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 サラさんは、「発言する軍人家族(Military Families Speak Out)」のメンバーだそうだ。

 2002年に出来た組織で、4000人近くが参加している。

 そのサイトに、オバマの一般教書演説に対する会としての声明が出ていた。⇒ http://www.mfso.org/article.php?id=1436

 イラク戦争の戦費650億ドルがあれば、それだけで、100万人以上の失業者を雇うことができる、と。

 声明の中で、モンタナの帰還兵士の妻の訴えが紹介されていた。「夫は3回目の手術を受けたばかりだが、体の75%が不自由なまま。失業手当もカットされた。私がフルタイム働いた稼ぎではやってゆけない」

 モンタナの妻の批判もストレートだ。

 「議員たちはオバマ演説に拍手しているけれど、私はね、請求書を払えればいいだけなの」

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 オマバが米国民にバラ色に語った、「アメリカの現状(State of the Union )」の真実の姿は、日本の総理大臣流に表現すれば、こうなる……。

 「最低不幸国家=アメリカ」

 「最大不幸国家=アメリカ」

 「最悪不幸国家=アメリカ」

 そこにはネーションとしての「Unionn(統一)」は、ない。

  Disunion(分裂)、あるのみ。

  

 

Posted by 大沼安史 at 09:40 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2011-01-26

〔NEWS〕 遂に刊行! 『伝わる!文章力が身につく本』

 畏友かつ親友・同志である小笠原信之(フリージャーナリスト・東京大学客員教授)が書いた『伝わる!文章力が身につく本』(高橋書店、A4判・208ページ、1260円)が、間もなく(29日から)全国の書店の店頭に並ぶ。

 ジャーナリストとして、「日本語」を書き続けて40年。
 彼の筆には、偉ぶったところも、おためごかしも、ズラシもスカシも――要するに、おかしな「ウソ」がない。ごまかさないのだ。
 
 だから、彼の文章は「伝わる」――(これは彼の読者であれば、誰しも同感するところだろう)。

 その彼が、記者人生の全てを注ぎ込んで、「日本語を書くための本」を書いた。

 「日本語」にとって――日本語で生きる私たちにとって、こんな喜ばしいことはない。

 中身の章立て、主な項目は以下の通り。

第1章 文の土台を固めよう……正確に伝える/あいまいさをなくす/スッキリさせる/言葉のレベルをそろえる、など

第2章 内容を豊かにしよう……文に変化をつける/ステレオタイプ表現に注意する/表現を引き締める/文をやわらかくする、など

第3章 語法を意識しよう……主語/助詞/助動詞/述語・述部

第4章 組み立てのノウハウを知ろう……文章の組み立て 

巻末特集 知っておくと便利なこと……表現・表記のルール/同音異義語一覧/言い換え表現一覧/書き終えた後にすること

 
 表紙のデザインもいい。

 まるで、清潔なマチス。
 僕のブログの「机の上の空」、に拝借したくなりそうな、いい感じのデザインだ。

(赤ではなく)黄色い太陽、窓の空の青。その下の机の上の原稿用紙の白。そこに書かれた文字の黒。

 その下の、マリンブルーの、小さな波頭の連続。

 そしてなんといっても、画面に落ち着きとやさしさを与えているのが、根のような、地下茎のような小豆色だ。

 心の中から根によって吸い上げらたものが、意味の世界に波となって浮上し、机の上で文字となり、世界の窓へと開かれてゆく……。

 小笠原信之は、私の――私たちの、日本語の先生である。私自身、これまで何度、文章の間違いを正してもらったことか!

 学生諸君はもちろん、国語の教師、ジャーナリストなど、「日本語のプロを自認している人」にも、ぜひとも読んでもらいたい!

Posted by 大沼安史 at 10:35 午前 | | トラックバック (0)

2011-01-24

〔ウィキリークス NEWS〕 エルズバーグ博士 シリコンバレーで「諸君も続け」と激励

 「ペンタゴン文書」を暴露したダニエル・エルズバーグ博士はこのほど、シリコンバレーを訪れ、ホテルでのパネル・ディスカッションで、会場を埋めたネット文化の推進者らに向かって、「君たちは現場に立っている。君たちは私たちのデモクラシーの深い意味を守る挑戦を前にしている」と述べ、ウィキリークのあとに続き、政府の情報コントロールに立ち向かい、情報の透明性を守るよう訴えた。
 サンノゼ・マーキュリー紙が伝えた。
  ⇒ http://www.mercurynews.com/ci_17143344?source=most_viewed&nclick_check=1

 博士の発言は19日のこと。旧聞ではあるが……。

Posted by 大沼安史 at 05:30 午後 | | トラックバック (0)

2011-01-22

空から歌が聴こえる Arms Of A Woman

 体調を崩してしまった。回復しつつあるが……。

 今は、こういう、静かな歌でないと、聴けない。

  ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2011/01/arms-of-a-woman.html

Posted by 大沼安史 at 08:27 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空) 貫さん

  日本に昔、「貫さん」と呼ばれたカトリックの神父がいた。サルバドル・カンドウ師。
 日本名、「貫道」。
 文字通り、キリストの道を真っ直ぐ貫き通した人だ。昭和の日本に愛をのこし、多くの日本人を励まし、日本の土となった人だ。(らい患者を救い、死刑囚を慰めもした……)

 現代日本にも「カンさん」と呼ばれたがっている、似た名前の権力の亡者が一人いるが、「貫」と「菅」では同じカンでも、大違いだ。

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 カンドウ神父(1897~1955年)はバスク(フランス側)の生まれ。
 司馬遼太郎さんの『街道をゆく~南蛮のみち1』にも紹介されているイエズス会のカトリック神父である。

 日本人より日本語ができた人だ。「貫さん」が編んだ『羅和字典』は、最高水準のラテン・日本語辞典と評価されている。

 カンドウ師の伝記兼関係者による回想集、『昭和日本の恩人――S・カンドウ師――』(池田敏雄編著、中央出版社、昭和41年=1966年刊)を古書店から取り寄せ、読み出した。

 前に読んだ、室谷幸吉著、『日本人の友 カンドウ神父』(女子パウロ会)で知った事実を、もっと詳しく知りたかったからだ。

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 その「事実」とは、カンドウ師が神父になる前、まだ19か20の青年だった頃のことだ。

 カンドウ青年はフランス軍に入隊し、少尉に任官、第1次世界大戦の激戦地、ヴェルダンで戦った。 

 1916年――大正5年のこと。

 私が詳しくたしかめたかった「事実」とは、前線での、以下の2つの出来事である。

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 そのひとつは、「前線での水汲み」。

 ある日、カンドウ歩兵少尉はドイツ軍陣地近くで、岩から清水が湧いているのを見つけた。

 水だ! 新鮮な水!――危険を冒した「水汲み行」が始まった。

 その時のことだ。自軍(フランス軍)の、ドイツ語のできる兵士が、武器を持たず、丸腰で、ただバケツだけを持って、塹壕を出て行き、ドイツ兵に呼びかけた。

 「おい見ろ、武器なんか持ってないぞ。あそこに水がわいているから行くんだ。水はみんなのものだ。君たちも行ったらどうだ。その間おれたちも射たないから」

 ドイツ兵の射撃が止んだ。フランス兵がバケツに水を汲んで帰ると、こんどはドイツ兵が塹壕から姿を見せた。

 カンドウ師はこう書いている。「……この日から水くみは毎日大ぴらに行なわれるようになった…………最初にバケツをさげて出た者の勇気と献身は、敵味方ともあっぱれである」(池田編著、28頁)

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 ふたつ目は、「クリスマスの合唱」。

 塹壕の中で迎えた降誕祭、「われわれは夜になってもつづくはげしい先頭ときびしい寒さに疲れきっていた……そして誰もが心ひそかに故郷のクリスマスのことを思っていた。
 そのうちとうとうひとりが『ああ、今ごろはみんな教会で賛美歌を歌っているんだろうな』とつぶやくと、そばのが……いきなり“天に栄光、地に平安”とクリスマスの成果を歌いだした……たちまち塹壕中の大合唱となってしまった。向こうのドイツ軍の塹壕がなんとなくひっそりしたかと思うと、とたんに張りのある美しい何部合唱かで、われわれのコーラスに加わってきた……」(同29頁) 

 第1次世界大戦では、両軍兵士が自発的に「クリスマス停戦」を行う、合唱したり、パーティーをしたことはよく知られたことだが、カンドウ師も若き仏陸軍歩兵少尉として、そんな現場に立ち会っていたのだ。

 (第一次大戦のクリスマス停戦は1914年に始まった。英軍兵士がプラムのプリンをドイツ軍の差し入れた事実も、当時の兵士の手紙によって最近、確認されている。⇒ http://www.independent.co.uk/life-style/history/the-1914-christmas-truce-a-plum-pudding-policy-which-might-have-ended-the-war-2167090.html )

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 100年前には、戦争の最前線にも、こうした「正気」が消えずに残っていたのだ。

 (ちなみに、ことしの「1月17日」は、アイゼンハワー大統領が退任演説で、「軍産複合体」の「惨憺たる勃興」を警告した、その50周年にあたる。この100年――あるいは50年で、われわれはずいぶん遠くまで来てしまった! ⇒ http://www.npr.org/2011/01/16/132935716/eisenhowers-warning-still-challenges-the-nation?ps=cprs )

 「貫さん」こと、カンドウ師のその後の日本での、神父としての活動の原点のひとつが、100年前の塹壕――「最も非人間的な世界」にあったとは……。

 これはカンドウ師がふるさとのバスクのように愛してくれた、われわれ日本の人間が忘れてはならない「事実」である。

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 カンドウ師でもうひとつ書いておきたいのは、イタリアのアッシジ……あの聖フランシスコのアッシジで、少女から花束を手渡されたときのエピソードだ。

 思わずポケットから硬貨を取り出し、渡そうとした師に、少女はこう言って、小さな、可憐な怒りをぶつけたそうだ。

 きれいな花だから、あなたにあげたい、だけだったのに――。

 カンドウ師は少女からもたった野の花を押し花にして大切にしたそうだ……。

 ####

 クリスマスの合唱も、少女が摘んだ野の花の花束も、まっとうな心から生まれたものだ。

 権力欲にとりつかれ、平常心(正気)を失ったような政治家の心からは決して生れてこないものだ。

 100年前のヴェルダンの塹壕の奇跡をその目で見たカンドウ師が、米国の軍事権力にへつらい、中国を敵視してはばからない、今の日本の権力者の姿を目の当たりにしたら、どうお思いになることか……。
 
 ####

 私はカンドウ師はきっと――(というより、間違いなく)江戸っ子ふうの巻き舌で、こう日本語でお怒りになると思うのだ。

 「バッカヤロー」

 カンドウ師は、世の不正、邪悪に対して、こう啖呵を切る、威勢ののいい、ベランメエなお方でもあった(ということを、池田編著の伝記で、初めて知った!!)。

 「イラ菅」といわれるわが日本の最小、あいや宰相は、気に入らないとすぐカッカする不幸な性格の持ち主のようだが、「イラ貫さん」は違う!

 不正義に怒る「イラ貫」であり、不正に対する「バッカヤロー」なのだ!

 日本の今の貧困を、失業を、絶望と憎悪を、子どもがいじめ自殺する現状を、あの大きな、お優しい瞳でご覧になったら、どこかの誰かのようにヘラヘラ笑いと口先三寸でごまかさず、きっと、為政者たちを怒鳴りつけていることだろう。

 ####

 宮崎の古書店から届いた『昭和日本の恩人――カンドウ神父――』の表紙の神父のポートレートには、ラテン語で、神父のペンで、あの有名なマタイの福音書の言葉が書き込まれていた。

  人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言(ことば)で生きるものである。

 カンドウ師が生きてらしたら、きっと日本の権力者に向かって発せらているはずの「バッカヤロー」も、たぶん、そんな言(ことば)の一つである。  

  

Posted by 大沼安史 at 08:01 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2011-01-18

〔ほんとのコント〕 巣立て! 新卒浪人

 北海道の標準的な某大学の学長 そろそろ卒業式じゃのぉ~! 式辞のスピーチ原稿、そろそろ考えてくれよな! 景気のいいのを、ひとつ、頼んだぞ!

 事務長 そ、そういわれても……! こんな就職状況じゃあ……

 学長 うちの大学の就職内定率、50パ、そこそこって話だろ?! 気にしない、気にしない! 大学は最高学府、高邁な理想を掲げる高等教育機関なんだから、ゴリッパなゴタク並べりゃいいんだよ!

 事務長 はあ? でも、たとえば?

 学長 そうさなあ、こういうのはどうだ?! 「諸君、新卒失業に怯えるなかれ! 諸君は永遠の高等遊民たれ!」

 事務長 はあ?

 学長 人間、ハダカ一貫、フンドシ一丁、パンツ一丁、下着一丁で生きなくちゃいかん! ボーイズ・ビー・アンダーシャツ!

 事務長 そ、それ、アンビシャスじゃないですか?

 学長 昔、そんなこと抜かしたアメ公がいたらしいが、ま、とにかく、超氷河期だからこそ、「熱い言葉」が必要なんじゃ。
 
 事務長 たとえば?

 学長 そうじゃな、「禍転じて福となす」とか「起死回生」とか「今に神風が吹く」とか、「野球と就職は9回裏から」とか、「宝くじもあるでよ」とか。

 事務長 さ、さすが学長! と、とくに「宝くじもあるでよ」はすごい! た、たとえとはいえ、す、すばらしき、ご発想!

 学長 たとえ……? たとえじゃなくて、わしゃ、マジで言っとるんじゃよ。卒業式ではの、新卒浪人諸君には卒業証書に「新春・人生バラ色・卒業おめでとう・あとくされなし宝くじ」を一枚つけて手渡すつもりじゃ!

 事務長 で、でも3月の卒業式シーズンに、そんな宝くじ、ありましたっけ?!

 学長 事務長のくせに、知らんのか? この前、文科省から通達、来ておったぞ。「天下り内定率」100パ維持のため、「新卒支援宝くじ」発売するそうじゃ。くじ会社つくって、の。天下りの指定席を10人分、ガッチリ確保するそうじゃ。なんでも、最低2000万円の年収は保障するそうじゃの。

 事務長 す、すごい……(わたしの2倍もの年収……)

 学長 この国はの、そういう国なんじゃ。だからの、わしは卒業式で新卒浪人諸君に対して、ことしはとくに、こうハナムケの言葉を言うつもりなんじゃ。

 「君たちにお渡しした宝くじは、たぶん(外れて)紙くずになるだろう。しかし、君たちは間もなく、一枚の紙を手にする。投票用紙という一枚の紙を手にする。それは、くじではない。君たち自身が君たちの運命を決める、一枚の紙だ。その一枚に、君たちは自分の未来を託すのだ」

 事務長 さ、さすが、学長!

 学長 そうじゃ! リクルート・スーツを脱いで街に出よ! ハダカ一貫、ボーイズ・ビー・アンダーシャツで出発じゃ!

 事務長 は、はい!!

 学長 あっ、そうそう、君に通告するのを忘れとった!

 事務長 はあ?

 学長 君には3月いっぱいで辞めてもらう。

 事務長 えーっ!!!

 学長 文科省からごり押しがあっての。天下りを事務長で、引き取れ、って言うんだ。

 事務長 そ、そんなあ~!

 学長 大丈夫じゃ、安心せい! 君にも「宝くじ」、ちゃんとあげるから――!

 事務長 卒業生とともに春からハローワーク通い! ああ、最低不幸国家!

 ☆ 北海道新聞に、内定率、北海道50.3%、沖縄に次いで2番目に低い――という記事が出ていた。⇒ http://www.hokkaido-np.co.jp/news/education/269060.html 

          

Posted by 大沼安史 at 07:50 午後 | | トラックバック (0)

2011-01-16

空から歌が聴こえる Mr.Moon

  ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2011/01/mrmoon.html

 僕も全てを失ったけれど、僕の東の窓の向こうでも、毎朝、日は昇る……。

Posted by 大沼安史 at 08:33 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 チュニジアでウィキリークス革命

 チュニジアの民衆革命について、ウィキリークスによる初めての革命だとする見方が出ている。

 たとえば、米国の外交誌、「フォリン・ポリシー」(電子版)。

 The First WikiLeaks Revolution?

  ――と、クエスチョン・マークつきながら、ウィキリークスによる米トリポリ大使館発電の暴露が、今回の、「ベンアリ国外脱出」に繋がったことを指摘している。⇒  http://wikileaks.foreignpolicy.com/posts/2011/01/13/wikileaks_and_the_tunisia_protests

 英紙、デイリー・メールは、クエスチョン・マークなしに、「最初のウィキリークス革命」と断定している。⇒ http://www.dailymail.co.uk/news/article-1347336/Tunisia-riots-blamed-cables-revealed-countrys-corruption-dubbed-First-Wikileaks-Revolution.html

 いずれにせよ、ウィキリークス自体がツイッターを通じて、そうした報道を紹介しており、今回の「チュニジア民衆革命」で、ウィキリークスによる「情報の開示」が大きな役割を果たしたことは、間違いのないところ。

 このまま情勢が安定し、言論・報道の自由が回復されれば、ウィキリークスの暴露を軸に、民衆の決起がどのような形で進んでいったか、よりハッキリすることだろう。

 (ただし、情勢は予断を許さない。マフィアと権力が武装反革命に出ている……)

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 ウィキリークスで、どんな腐敗が暴露されたか?

 ベンアリのレイラ夫人が私立学校の建設にからみ私財を肥やしたこと、ベンアリ政権がチュニジアの経済を支配するマフィアのボスと繋がっていることなどが明るみに出たが、ベンアリの娘婿のエル・マタリ(28歳)のやりたい放題には、チェニジア人でなくてもあきれ果てる。

 英紙ガーディアンが昨年(2010)12月7日に報じた、2009年7月27日、トリポリ大使館発の機密電によると、「チュニジアにマクドナルドを誘致したがっている」この男は妻のネスリン(ベンアリの娘)との、2週間にわたる、サントロペ(フランス南部の保養地)滞在から帰ってきたばかりだが、そのサントロペから自家用機でアイスクリームとフローズン・ヨーグルトを取り寄せ、ディナーを楽しんだ。

 この娘婿の邸宅には「パシャ」という名の虎がペットで飼われていて、1日4羽のチキンを食べる。

 この娘婿はまた、クルージングや製薬会社を持ち、ポルシェやルノーなど外車の独占販売権を持っている……。
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/us-embassy-cables-documents/218324

 ベンアリは1987年の無血クーデターで政権に就いた男で、ブルギバ政権の進歩政策(宗教的な寛容、女性の地位など)を引き継いだ者だが、23年もの長期独裁の中で腐敗し、こうした馬鹿な「婿ど」のご乱行を許し、民衆の憎悪を呼んでいたわけだ。

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 ウィキリークスによる、こうした米国務省電の暴露を、チュニジアの民衆――とくに若者たちはネットを通じて知り、ブログやケイタイを通じて共有するようになった。

 ベンアリ政権は、偽のFacebookサイトに誘い込む手口などを使ったり、ベイルートのアラビア語紙のサイトへの接続をブロックしたりして対抗したが、民衆側は、ブラウザのファイアフォックスにアドオンをつけるなど対抗策を講じてコミュニケーションを確保。

 ウィキリークスを支援する世界的なハッカーグループ、「アノニマス」も、政府サイトへの攻撃を開始するなど、ベンアリ政権を追い詰めて行った。  
 ⇒ http://www.ft.com/cms/s/0/4a18b4d6-1da9-11e0-aa88-00144feab49a.html#axzz1BBLee2vI

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 しかし、チュニジアで、こうしたオンライン革命が起きたのは、むろん、そこに民衆の権力に対する怒りの蓄積があったからだ。

 昨年12月17日、チュニジア中部、シディ・ブージドで。モハマド・ビアジジさんという、26歳の失業中の男性(大卒だった)が抗議を焼身自殺を遂げた。

 許可なしに果物を売っていて、それを警察に妨害されたそうだ。
 ⇒ http://www.counterpunch.org/ridley01142011.html

 これが積年の不満に火をつけ、民衆デモの引き鉄を引いたと、英国人の女性ジャーナリストは書いている。

 今回の抗議行動で民衆の側に23人の死者が出ているが、実際はその3倍の66人が亡くなっている。

 独裁者はおのれの権力の維持を民衆の命より上位に置くから、チェニジアでの民衆の決起も、死を賭した抗議行動にならざるを得なかったわけだ。

 ####

 英紙ガーディアンに、チュニジアの詩人、アブール・カシム・エチェビ(1909~1934)の「世界の独裁者に」という詩が紹介されていた。⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2011/jan/15/tunisia-poet-tyrants-arab-world

 いま、それをウィキペデアに掲載された英訳( ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Ela_Toghat_Al_Alaam )から重訳すれば、こうなる。

  そこの汚い暴君たちよ
  闇を愛する者たちよ
  命の敵よ
  罪もない人々の負傷をあざける
  血まみれの手の平
  存在の喜びを歪め、土の上に悲しみの種子を育てながら
  お前は闊歩し続ける

  ……(中略)
  気をつけろよ 灰の下では炎が燃えている

  棘を育てる者は傷を収穫する者
  ……
  血の海にお前たちは溺れ、嵐に焼き尽くされることだろう

 
 ####

 今回のチュニジアでの民衆革命を最も深刻に受け止めているのは、北朝鮮をはじめとする世界の独裁者たちだろう。

 これに最も勇気づけられているのは、もちろん、権力の腐敗に苦しむ世界の民衆である。

 ウィキリークスなどオンラインのメディアの情報開示とリンクした民衆のプロテストは、こんごとも、世界の各地で続くに違いない。

 それは、格差=貧富の差の拡大が続くこの日本でも、十分、起こりうることである。

Posted by 大沼安史 at 07:30 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2011-01-15

空から歌が聴こえる I Wish I Khew How It Would Feel To Be Free

⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2011/01/i-wish-i-khew-h.html

Posted by 大沼安史 at 05:35 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 アラスカを救う 大和なでしこ 榊原千絵さんガンバレ! フランク安田も応援してるよ!

 「フランク安田」(さん)を、ご存知ですか?

 明治元年(1968年)、石巻(宮城)の生まれ。渡米して捕鯨船でアラスカに行き、北米最北の地、バローで、最北の先住民(イヌイット)、「イヌピアト」の人々と暮らし始めて現地の女性と結婚、ついにはその指導者となり、人々を連れて疫病の広がるバローを脱出、600キロ離れた場所(のちのビーバー村)に新天地を切り拓いた人。

 まるで「出エジプト記」を思わせるその偉業から「アラスカのモーゼ」と言われる日本人です。

 新田次郎氏の小説、「アラスカ物語」のモデルで、映画にもなった偉人。

 フランク安田こと安田恭輔さんは、アラスカの先住民とともに生き、先住民を守り抜いた、すごい人なんですね。

 フランク安田 Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E5%AE%89%E7%94%B0

 ####

 「フランク安田」(さん)の乗り組んだアメリカの捕鯨船が北極の海で氷に囲まれ、身動きがとれなくなったのは、1893年(明治26年)、フランク安田(さん)、25歳のときでした。

 救助を求め、フランク安田(さん)は独り、船を下り、バローに向かって歩き出します。

 そしてバローの手前で倒れる。

 そこにバローのイヌピアトが橇で通りかかって、フランク安田(さん)を助ける。そうやって、捕鯨船の乗組員たちも助け出される。

 それがフランク安田(さん)と、バローのイヌピアトの人々の出会いでした。

 フランク安田(さん)はそのままバローに留まり、ネビロさんという女性と結婚し、捕鯨などで活躍しながら、イヌピアトのリーダーになって行くのですが、やがイヌピアトの人々を麻疹が襲いかかります。

 そのうえ、欧米の捕鯨船によるホッキョククジラの乱獲で、食糧危機にも追い込まれる……。

 そこから、「アラスカのモーゼ」、フランク安田(さん)のイヌピアト集団移住という、もうひとつのドラマが始まるわけですが、いま、このバローの町を、「新たな脅威」が襲いかかろうとし、現地の人々を助けようと、ひとりの若い日本人が闘い始めている……。

 それが、今日の話題です。

 ####

 で、いま、バローに住むイヌピアトの人々に襲いかかろうとしている脅威とは何か?

 それはアラスカ沖の北極の海、「ボーフォート海」で近々、開始される(かも知れない)海底油田の開発プロジェクトです。

 バロー沖の「ボーフォート海」から、その西側、「チュクチ海」の海底に石油が眠っていて、地震波を使った探査活動はすでに始まっている。

 ほんとうは去年(2010年)の夏から、本格的な油田開発が始まるところでした。

 もも4月にメキシコ湾で原油が噴出する事故が発生したせいで、オバマ政権の最終的なGOサインを出せないでいる。

 どうなるか、分からない……というより、いつGOサインが出てもおかしくない状況のようです。

 で、この海底油田開発が、なぜ、先住民のイヌピアトにとって死活問題かというと、この先住民たち、実は伝統的な「沿岸捕鯨」で生きている人たちだからです。

 油田開発が始まれば北極の海は汚れ(氷に閉ざされた海なので、一度汚染されると、なかなか元に戻らないのだそうです)開発の影響で、音に敏感なホッキョククジラはどこかへ行ってしまう……。

 そこで現地では反対運動が湧き上がり、これを放っておくにはいかないと、ひとりの若い日本人が運動の先頭に立っているわけですが、この、まるで「フランク安田」(さん)の生まれ変わりのような日本人――実は、ほんとにかわいらしい、大和なでしこなんです。

 榊原千絵さん。

 アメリカのアパラチア州立大学の准教授。

 愛知県の出身、アメリカに留学し、先住民の研究でPHDを取得した方。

 お見受けしたところ(年齢計算もしたところ)、まだ30歳前後のお若い方!

 このチエ・サカキバラ博士が昨年暮れ、イヌピアトのピンチを訴えるアピール(以下のリンク参照)を発表して、世界の環境保護運動家などの目を、アラスカの北端に向けた!
  ⇒ http://www.climatestorytellers.org/stories/harvard-ayers-chie-sakakibara-inupiaq-people-ask/

 チエさんのこの論文は、さまざまサイトに転載され、僕が毎日必ず覗いている、ネット誌「コモン・ドリームズ・オルグ」にも載り( ⇒ http://www.commondreams.org/view/2010/12/22-5 )、いまこうして、この記事を書いているわけですが、彼女のこのアピールで、イヌピアトの人々と連帯し、北極海底油田の開発を阻止しようとする世界的なネットワークが生れた!

 フランク安田(さん)も、チエさん、よく書いてくれたね!――って喜んでいるのではないでしょうか?
 〔フランク安田(さん)は、キョウコさんとサダさんという2人の娘さんを亡くしてますから、チエさんのことを、生まれ変わりと考えているかも知れませんね……〕
 
 ####

 で、このチエさんのことを、さらに調べてみると、ただ単にフィールド・ワークをこなし、論文を書いて、それで一丁あがり、って研究者じゃないんですね。

 バローの現地の人の、ちゃんと「家族の一員」(?)になっちゃっている!

 海底油田開発も反対するだけでなく、バローの人たちの伝統音楽、口承文学の復興運動にも力を注いでいる。
 (バローでは1946年に、アメリカの女性学者によって、ドラム音楽や口承文学が録音されているそうです。チエさんはその録音の「里帰り」のお手伝いもしている)

 チエさんって人は、イヌピアトの「環境」だけでなく「文化」を守ろうとしているわけですね!

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 チエさんによると、アラスカ(北米)最北のバローの町にも地球温暖化の危機が忍び寄り、(フランク安田さんがいたころの)古い住まいの70%以上がすでに水没しているそうです。

 1970年代には、海面上昇で、市街を3.2キロ、移動させることになったそうです。
 ⇒   http://www.udel.edu/udaily/2009/mar/inupiaq032409.html

 そういう状況の中で、海底油田の開発が進められでもしたら、イヌピアトの人たちは生存の危機にさらされかねない。

 ####

 イヌピアトの人たちって、同じモンゴロイドですから、日本人そっくり。

 タンバリンのような太鼓(クジラの胃袋を張った)を叩いている写真なんか見ると、まるで、日本のお坊さんたち!

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 北極海底油田開発の当面の山場は、ことし夏に向けた、ワシントンでの春先の動き。

 オバマがGOサインを出したら、本格的な戦いが始まります。

 私たちもチエさんに負けず、アラスカの現地の人々に声援を送り、支援しなくちゃなりませんね。

 ####

 チエさんによると、イヌピアトの人たちのドラム(太鼓)音楽って、太鼓をたたくことでクジラの心の中に入り込むことなんだそうです。

 ホッキョククジラたちも、北極の海が汚されることに、危機感を(本能的に)募らせているはず。

 (さすがに、地球環境の危機がここまで深化し、気象パターンの崩壊がここまで進行すると――)僕らの耳にも、チエさんの導きで、クジラの心が、イヌピアトの人たちドラムの音になって聞こえてくるような気がします。 
 
 「チエさんガンバレ」って音になって響いて来るから、不思議ですね。

Posted by 大沼安史 at 11:48 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2011-01-14

〔コラム 机の上の空〕 オバマ 「雨上がりの水溜り(Rain Puddles)」 追悼演説

 雨上がりの水溜りは、子どもたちの遊び場だ。雨が止んで、遊びに出た子どもたちの前に用意された、雨が残した水の遊び場。
 
 水面は鏡になって青空を映し出す。

 その真ん中へ、ジャブジャブ、ハダシで、ゴム長で入り、水遊びをする喜び。写像を、グニャグニャにして、もう一度、戻す喜び。

 雨の少ない砂漠性気候のアリゾナであれば、そのうれしさはまた格別のものだろう。

 ####

 アリゾナ州ツーソンで起きた銃乱射事件で、現地入りしたオバマ大統領が犠牲者の追悼式で演説した。

 演説の結びでオバマ大統領は最年少の犠牲者、9歳の少女、クリスチーナさんを追悼し、こう語った。

  If there are rain puddles in heaven, Christina is jumping in them today.

  もしも天国に雨上がりの水溜りがあるなら、クリスチーナはきょう、きっと飛び込んでいることでしょう。

  ####

 クリスチーナさんは2001年9月11日に生れた子だ。その「9・11」に誕生した50人のアメリカの子どもたちの写真が、1冊の本になっている。『希望の顔(Faces of Hope )』という名の本だそうだ。

 クリスチーナさんはその本に写真が載った1人。

 そして、その本には、その子らのための、シンプルな大人たちの願いが――「雨上がりの水溜りに飛び込んでね(I hope you jump in rain puddles.)」が、記されているという

 オバマ大統領は、このことに触れ、クリスチーナさんに「天国の水溜り」で遊んでほしいと、願いを語ったのだ。

 (このユーチューブの最後の部分を観てください ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=bXd4-9AkWL0 )

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 オバマ大統領の演説はたしかに、アメリカの渦巻く憎しみや苛立ちを洗い清める感動的なものだった。

 アメリカのメディアが、スペースシャトル「チャレンンジャー」空中爆発事故のあとのレーガン大統領の追悼演説に匹敵するものと讃えていたが、それ以上のものとも言えるくらい、心を揺さぶる感動的なものだった。心の傷を癒される思いをした人も多かったはずだ。

 歴史に残る悲劇的な事件は、歴史に残るオバマの名演説を生んだ――。

 「レイン・パドル演説」――アリゾナ大学でのオバマの追悼演説は、AFP通信や、その他、世界のメディアによって、早くもそう呼ばれている。
 (以下はホワイトハウスが発表した演説のテキスト。オバマ大統領は、この原稿をもとに、アドリブを交え演説した ⇒ http://www.nytimes.com/2011/01/13/us/politics/13obama-text.html?_r=2&sq=obama speech arizona&st=cse&scp=10&pagewanted=print)

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 この演説を聴いて私は、オバマ大統領がクリスチーナさんに言及したことで、アメリカの現代史の悲劇の本質が、明示的ではないにせよ、否定できない形で、そこに示された――と思った。

 「9・11」の子のクリスチーナさんは、アメリカの「希望の顔」の子どもだった。

 その彼女が、同じ土地に住む、22歳の青年のテロ行為によって命を奪われた。

 テロを乗り越えるはずのアメリカの希望は、テロによって失われた。

 この閉塞は、恐ろしい。

 ####

 アメリカは9年前の「9・11」以降、憎悪に燃え上がる国になった。暴力的な言辞が飛び交う国になった。

 「9・11」の政治は――「9・11」後の「テロとの戦い」は、つまり、希望を、平和を、生み出さなかったのだ。

 「茶会」のサラ・ペイリンの、敵対者に「照準」を合わせる戦闘的な言辞に煽られるように、アリゾナのツーソンの地で引き鉄が引かれ、希望であるはずのクリスチーナさんの命が奪われた。

 22歳が9歳を殺す、呪われたアメリカ!

 9年後に最悪の国内テロを生み出した、「テロとの戦い」の、この運命のような悲劇的な結末!

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 オバマ大統領は演説で、クリスチーナさんが「この国の未来をつくる日を垣間見始めた矢先に」銃弾に斃れたことを語っていたが、しかし、それは、弱冠22歳でテロリストと化したアリゾナの青年についてもいえることだろう。

 この青年は、「9・11」のとき、13歳だったはずだ。

 アリゾナの少年は、そのとき、世界貿易センターの崩壊を、そしてそのあと、それに続いて起きたイラク戦争の残酷を、さらには今なお続くアフガン戦争の現実を、これまで9年間、目の当たりにし続けて来たはずだ。

 そういうテロとの戦いを戦い続けるアメリカに――マッチョでなければ生きられないアメリカに、夢見るはずの少年は、未来のない青年となって生きて来た。

 この青年にも、「雨上がりの水溜り」があったはずだし、なくてはならなかったことは言うまでもなかろう。

 しかし、この青年に、平和な青空のような心は宿らなかった。

 この現実を、オバマ大統領は(そして、私たちもまた)事実として想起しなければならない。

 ####

 このオバマの「天国の水溜り」レトリックと、パキスタンで無人機を使い、「ヘル・ファイア(地獄の業火)」ミサイルを撃ち込んでいる、「地上の地獄の炎」の現実を重ね合わせ、批判する指摘が早くも現れている。
 ⇒ http://www.chris-floyd.com/component/content/article/1-latest-news/2076-speech-pathology-rain-puddles-in-heaven-hellfire-on-earth.html    

 それはそれで全く正しい。

 暗雲が去った、平和で希望の空を映し出す水溜りの鏡は、アメリカが――オバマのアメリカが、社会を引き裂きながらなおも続ける「テロとの戦い」の現実を映し出すものでなければならないはずだから。

 ####

 クリスチーナさんの「雨上がりの水溜り」は、オバマが言うように「天国」に、ではなく、この「地上」にこそ、なければならないものだ。

 その「鏡」は、いま、オバマに――オバマを最高司令官とする「戦争の家=アメリカ」の軍事権力に、真っ直ぐ向けられている……。

 #### 

 オバマの名演説がこの先、語り継がれて行くことはたしかだ。しかし、アメリカの現状を映し出す「クリスチーナの水溜り」もまた、消えはしまい。

 アメリカの人々は――そして世界の人々は、「クリスチーナの水溜り」を、この地上における希望の在り処として語り継ぐことだろう。

 そうすることで……そうなることで、彼女は再び、アメリカの――世界の、「希望の顔」となるのである。

 (クリスチーナさんの映像は ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=nEyKHe-ZRZk 母親のロクサーナさんが電話インタビューにこたえている……)

Posted by 大沼安史 at 06:53 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (1)

2011-01-12

〔ほんとのコント〕 核をレンタル?

 ナオト おかん、ただ今~っ!

 おかん お帰り。遅かったね!

 ナオト 児童会の総会があったんだ! あ~あ、疲れた!

 おかん 児童会長はタンヘンだね。で、何があったの?

 ナオト タメガキ君から緊急提案が出てね、わが「日の丸小学校」としても「核」を持つべきだ、というんだ!

 おかん えっ? どうして?

 ナオト 「一級校」として「発言力」を持つためだそうだ。

 おかん で、あんた、賛成したの? 最近、あんた、ゲイゴーしてるから、賛成したんでしょ!

 ナオト いや、いくらなんでもこればかりは?……反対したさ。だって「核」を持つだけで、児童会費の大半を持っていかれちゃう。維持費も大変なんだよ!

 おかん じゃ、学芸会もできなくなるよね。

 ナオト そう。それで、みんなで反対したら、タメガキ君の子分が、それじゃあ、「核をレンタル、しようよ。レンタルなら安いから」って言い出してね。

 おかん レンタル料、ロシアや中国なら、きっと安いよね!

 ナオト ところが、タメガキ君も、その子分も「アメリカからのレンタルじゃないとダメだ」なんて言い張るんだ!

 おかん アメリカから「核をレンタル」?…………何、言っているんだろうね?! もうずっと「核をチャーター」してるんだから、レンタルなんかする、必要ないのに!

 ナオト えっ? それ、どういう意味?

 おかん アメリカにはね、高いチャーター料、払って「核のカサ」、さしてもらっているじゃないか? それで安心、心配ご無用って言ってたじゃないか?

 ナオト そ、そうだったよね。アメリカからのレンタル料、高そうだから、反論して否決したけど、ケッコウ、もめたんだ。でも、そのとき、「核のカサ」代のこと、思い出してれば、一発で否決、決着できたのに…………あ~あ、でも腹減ったなあ~。おかん、オヤツちょうだい!

 おかん 何言ってるの! あんた、消費増税にスライドしておこずかい20%もアップしたくせに! あんたの学校も、児童会費、払えない家、増えて、大変だそうだけど、我が家の家計もね、火の車なんだよ! オヤツなんか、ないよ!

 ナオト そ、そんなの、ないよお~……!! あかんな、ホント!!
  

Posted by 大沼安史 at 06:48 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 豪クイーンズランド大洪水 「内陸ツナミ」が襲う

 ノア以来の「聖書」的規模ともいわれる豪・東北部、クイーンズランド州を襲った大洪水は、なお猛威をふるっている。

 英紙ガーディアンによると、ブリースベーンの西、トゥーウームバでは10日、「内陸瞬間ツナミ("inland instant tsunami")」が「水の壁」になって街を下り、路上の歩行者や車をのみ込み、10人が死亡した。⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2011/jan/11/brisbane-residents-flee-homes-floodwaters

 トゥーウームバは標高600メートル。「ツナミ」は渓谷を下って、人口200万の豪州第3の都市、ブリスベーンに向かっている。

 ブリスベーンでは一部で堤防が決壊しており、低地の住民は非難を開始している。

 クイーンズランド大洪水はすでに半月、これまで14人が死亡。40人以上が行方不明になっている。

  ロイター電(邦文)⇒ http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-18973620110112

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2011-01-09

〔いんさいど世界〕 アリゾナの22歳、最後のメッセージ

 米アリゾナ州ツーソンのスーパーで自動小銃を乱射し、地元選出の女性連邦下院議員らを殺傷したジャレッド・ロフナー容疑者(22歳)が、当日の午前5時頃、ユーチューブにアップした「僕が最後に思うこと(My Final Thoughts:Jared Lee Loughner!)を見た。⇒ http://www.youtube.com/watch?v=nHoaZaLbqB4&feature=player_embedded

 22歳の若者は、なぜギフォーズ下院議員の対話集会で自動小銃を乱射しなければならなかったか?

 オバマの国民健康保険法案に賛成したことで、サラ・ペイリンらに「銃眼の照準」を合わせらられ、抹殺を呼びかけられていた、このギフォーズ議員を、この若者はなぜ殺そうとしたのか?――それを解く鍵は、やはり、この最後のメッセージにあるのだろう。

 ####

 3分47秒に及ぶ「最後のメッセージ」は、不思議な言葉で始まる。

 「アメリカで夢見る人間は5%に足らない!」

 次に出て来るのは、やたら数字が並んだ不可解な画面だ。
 (この22歳は、自分が生きる「現在」を歴史的に相対化=無化したがっているようだ。自分を、単なる「今」を生きている者に過ぎないと必死になって思おうとしているように見える……)

 「BCEの年は始まることができない。かくしてADEの年も始まることができない」

 キリスト前の紀元(BCE)も、キリスト後の紀元(ADE)も、ともに始まってもいないと言い切る、この歴史を超越(否定)する構えは、いったい何処から出て来たのか?
(この若者の、歴史とも途切れた、絶対的な孤独よ!)

 しかし、この若者はこれに続いて、自分が否定したはずの「キリスト後(ADE)」を、僕らの中で永遠のものだと言う。「だから、ADEに終わりはない」と。

 この若者にとって、今を生きるとは、歴史のない歴史を永遠に生きることなのだ。その虚無の永遠を!

 そういう歴史意識を告白したあと、この22歳はなぜか(自分がなし得なかった)希望を語るのだ。

 もしも僕が8歳の子に新しい文字(アツファベット)を教えることができれば、その子は古い文字に代わる、新しき文字を綴り、発音することができるだろう――と。

 それも、たったの20分で!(殺戮の時間をたぶん、この若者は20分と想定していたのだ!)

 そしてこの若者はこう言う。

 精神的に力のあるものは皆(Every human who's mentally capable)は常に、「新しい通貨」の発行者になることができる、と。

 (殺戮の決行5時間前に、この若者は、「新しい通貨(マネー)」に言及している、これはいったい、どうしたわけか? 私〔大沼〕は、かつてアリゾナ州ツーソン在住のトーマス・グレコ氏の地域通貨論を訳して出版したことがある。犯行現場のツーソンもまた、地域=コミュニティー通貨運動が盛んなところだ。この若者は、自滅的=自殺的行為の直前に「新しい通貨」に言及していた! これは何を意味することなのか!?)

 自分が発行する新しい第2、第3の通貨の発行!

 (私は人々が自分で発行する「コミュニティー通貨」に、私たちの未来がかかっている、と思っている人間だが、このアリゾナの22歳もまた、たぶんそう思っていた……これは驚きである)

 アリゾナの22歳は、「自分の通貨を創造し、流通させるのだ」と言ったあと、連邦政府に君たちの文法構造(グラマー・ストラクチャー)のコントロールを許してはならない、と主張する。

 そして22歳は、自分で自分の「言語」を創造せよ、と、ユーチューブの視聴者であるアメリカ人(および、われわれ)に迫るのだ。第2、第3の言語を創造せよ、と。

 ここまでが、この5時間後に殺戮者となる若者が、どうしても言い残しておきたかったことであろう。

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 メッセージは一転して、「人は誰しも眠りが必要だ。ジャレッド・ロフナーは人間である。だから、ジャレッド・ロフナーにも眠りが必要だ」と、自分の眠り=死の必要性を語り始める。

 そう、彼の自動小銃の乱射は、彼の自殺行為であるのだ。
 何かを破壊した上での……(あのアキバの加藤被告と同じ心理状態である)

 ジャレッド・ロフナーは殺戮を「眠り」の中で決行しようとする。
 自分は夢遊者(スリープウォーカー)であると言って。

 目覚ましのベルを切って、起き上がった夢遊者であると、自分を規定する、午前5時の22歳よ!

 そしてこの22歳は自分を「意識はありながら夢見ている、まだ眠っている」男だと主張する。

 そして、いきなり(彼にとってはおそらく自然の成り行きとして)「テロリストは」――と書く。

 そして、テロリストを定義づけるのだ。テロル、テロリズムを「政治的な武器」として動員する男だと。

 そうなのだ、このアリゾナの22歳は、自分を政治的なテロリストとして(になるために)、自分に自動小銃の引き金を引かせたのだ。

 しかし、彼はそうテロリストを定義しているにも拘わらず、自分をテロリストと呼ぶことを「人身攻撃」だと言って非難する。

 僕はたしかにテロスリトだが、君たちにテロリスト呼ばわりされるいわれはない、ということか?

 ここから、おそらくは彼の犯行の直接的な動機となった、彼の経験が綴られる。

 アリゾナのフェニックスの米軍ルリクルートセンター(MEPS)で、入隊試験の前に、ポケットサイズの「ミニ聖書」を手渡されたというのだ。
 (ふん、何が聖書なものか!――ということか? ……この22歳は、この米軍入隊試験をパスしなかったそうだ……)
 
 そう記したあと、この22歳は突如、米国市民の大多数は合衆国憲法を読んだこともない、と言い始める。

 読めば分かる。連邦政府の法律など受け容れる必要のないものだと言い始める!

 「聖書」からイッキに、「連邦政府の統治の否定」へ突っ走る、このアリゾナの22歳!

 その批判は、すぐさま「茶会」的な色彩を帯びる。資産家や政府の役員が奪取しなければ、アメリカの土地も法律も、今なお(独立戦争の)革命家の手にあったはずだと。

 「結論として」と、この22歳は言う。

 「僕は、今の連邦政府を信じていない」と。「政府は、文法をコントロールすることで、マインドコントロールた洗脳を行っているから」と。

 そして、(これまた唐突に)「僕は金や銀に裏付けられていない通貨による借金を支払うつもりはない」「僕は神を信じない」と。(この22歳は借金の返済に苦しんでいたのかも知れない……)

 ####

 ジャレッド・ロフナー、22歳がユーチューブの最後のメッセージの最後に乗せた一文は、こうである。

 What's goverment if words don't have meaning?

  もしコトバが意味を持たないなら、「政府」って何なんだ?

 ####

 新しいコトバの文法、新しい経済をつくる通貨――その実現の不可能性の悪夢を正夢と信じ、ジャレッド・ロフナーよ、君は自分と世界の破壊に踏み出したのか?

 マッチョのサンシャイン・ステート、アリゾナの地で、あの「茶会」のコトバに踊らされ、君は他者の存在を認めず、歴史を、政治を、神を、そして自分を葬り去ろうとしただけではなかったか?

 コトバを、これだけ綴ることができる君が、アメリカ人であることの孤独な自己愛、政府を構成できないエゴイズムの罠に引きずり込まれ、こんな悲劇を引き起こしたことは返す返す残念なことだ。

 君の苦しみは分かる。それはアメリカ人の苦しみだから、その苦しさは理解できる。

 でも君は、こう自問すべきだったのだ。

 もしコトバが意味を持つなら、僕は僕の人生を生きることができるはずだ、と!

 君のADE(個人紀元)は、ADE22年であり、この先が、――君の23年が、24年が……50年が、60年があったはずである。 

    

Posted by 大沼安史 at 09:34 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2011-01-08

〔いんさいど世界〕 ハイチのミレーさんの話

 ハイチ大地震(2010・1・12)から1年――。
 23万人の命を奪い、130万人もの人々を震災難民にした、あの巨大地震から、早くも1年が過ぎようとしています。

 この1年前のハイチ地震のことを、震災孤児たちは、こう呼んでいるのだそうです。

 「グードウ・グードウ」

 激震が襲って来たときの音なんだそうです。

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 コレラが流行したりして、復旧作業は1年が過ぎようとしているのに軌道に乗っていないそうです。テント生活を続ける人は、なお100万人以上。

 それでも、ハイチの人は負けずに生きている。

 今日は、そんな1人――ハイチのパトリス・ミレーさん、という方を紹介したいと思います。

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 Millet、ミレー。

 そう、あのフランスの、「落穂ひろい」や「晩鐘」の画家、フランスソワ・ミレーと同名の人(ハイチはフランス語も公用語です)。

 このハイチのミレーさんの、ハイチの子どもたちを元気づける「闘い」が、英紙インディペンデントに出てました。⇒ http://www.independent.co.uk/news/appeals/indy-appeal/independent-appeal-dead-man-walking-and-the-worlds-worst-slum-2149750.html

 49歳になるこの「ハイチのミレー」さん、震災難民の子どもたちのために「サッカー」をプレゼントしている人なんです。

 自分は末期がんと医師から宣告を受けているのに、こどもたちのため、ポルトープラーンスのスラム、「太陽の町」の外れで、サッカー教室を開いている方です。

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 ミレーさんが末期がんの診断を受けたのは、大地震の1年前――今から2年前のことでした。

 ミレーさんはもともと、建設屋さん。仲間と共同経営していた建設会社の株を売って、人生最後の一仕事に取り掛かった。

 それがハイチのスラムの貧しい子どもたちのためのサッカー教室の開催でした。

 自分でサッカー場を3つ、つくって。

 サッカーの練習のあと、子どもたちと話し合いをする。

 社会のことを、人生のことを。自分たちのの夢のことを。

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 ハイチ大地震で、3ヵ所あったサッカー場のうち、きちんと整地された2ヵ所は、たちまちテント村に変わったそうです。

 空港近くのスラムの、野原のような1ヵ所だけが残った。

 そこでミレーさんはサッカー教室をこれまで続けて来た。

 集まって来る子(8~15歳)は1日1食の子どもたち。「痛々しいほど痩せ細った」子もいるそうです。

 練習後、ミレーさんからお米やパスタ、ミルクなどをもらって帰る。

 お兄さんを亡くした(救助作業中、家の下敷きになったそうです)11歳のオーグスト君は、「家族みんなで、日曜日に食べるんだ」と、インディペンデント紙の記者の方に言ってました!

 オーグスト君らテント生活を送る震災難民の子にとって、ミレーさんのサッカー教室は、唯一、プレーを楽しめる場。

 子どもたちには食べ物だけでなく、プレー(遊び)が必要なんですね。

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 さて、心配なのは、ミレーさんの病状ですが、これまで3度、危機的な状況に直面したにもかかわらず、いまは医者も驚く「小康状態」。

 サッカーで甦ったのは――元気を取り戻したのは、子どもたちだけではないようです。   

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 それからもうひとつ――。ちょっとすごいのは、ミレーさんのチーム、U15(アンダー15)の地区大会で優勝し、なんとフロリダのトーナメント戦に出るんそうです。

 ただの(?)サッカー教室と違うですね。

 ボランティアですが、ちゃんとしたコーチもいる。だから、レベルが高い。

 (日本のPKO部隊の自衛隊のみなさんも、チームを組んで、一度、対戦してみたらいい! そのうち、ミレーさんのとこの選手が、ベガルタ仙台に入ってきたりして!!)

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 フランスの画家のミレーには、有名な「種まく人」(岩波書店のマークにもなってますよね)って絵がありますが、「ハイチのミレー」さんもまた、サッカーで未来の種をまいている人ではないでしょうか……。

 人生の秋に、最後の種をまき続けるミレーさん。

 その姿は、遠く離れた日本の私たちの心にも、希望と勇気の種子を、芽吹かせてくれるものです。

Posted by 大沼安史 at 11:07 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2011-01-07

ウィキリースクの諸君にアピール Chiasso(キアッソ)を追うのだ!

 ウィキリークスの編集スタッフに、本ブログから、一点、アピールしたい。

 貴編集部では、「日本」がらみの「米国務省文書」の最優先解明事項として「捕鯨」問題をお考えのようだが、それ以上に(少なくとも、それと同等に)重要な問題がある。

 それは、Chiasso(キアッソ)問題だ。

 2009年6月、日本円で13兆円相当もの米国債をトランクの底に隠した日本人男性2人組が、イタリアからスイスへ、国境の町、キアッソから越境を企て(スイスの銀行の秘密口座に預金しに)、イタリア官憲に逮捕された事件を、君たちはご存知ないかも知れない。

 しかし、この事件こそ、日本がアメリカの属国になっている事実を――戦後の日本の政治がアメリカによって金で買われていた事実を――いわゆる「M資金」(M資金のMとは舞鶴の頭文字のMだ……大沼)というものの真実を、白日の下に暴き出すものであることを、ウィキリークスの諸君、私は君たちに、是非とも知ってもらいたい。

 「Chiasso」のキーワードで、手持ちの国務省文書のデータを検索したまえ!

 ミラノ領事館、ローマ大使館、東京大使館発の機密電報で、きっと出て来るはずだ。
 
 本ブログで以前、書いたことがあるので、詳しいことは省くが、「M資金」とは、戦時中、日本軍が中国で略奪した財宝=金銀その他貴金属(タングステンを含む)を原資とし、アメリカが米国債に換え、戦後日本政治の操作資金としていたものだ。

 敗戦直後、日本海軍は、横須賀に備蓄していた財宝を、旧オランダの病院船に積み込み、再起を期して舞鶴沖に沈めた。

 それを日本側の何者かが占領米軍に通報、米側が潜水艦を使って沈船から回収、「M資金」としたのである。

 これは英経済紙(FT)のジリアン・テット東京支局長(当時)が明らかにしたことだが、「M資金」の残金は米国債のかたちで、1960年代に日本に返還されていた。

 それがなぜ、キアッソを通じ、スイスに運び込まれようとしたのか?

 これは私(大沼)の推理だが、米側はこの「M資金(の残金)」を、ウォールストリート救済資金に充てようと日本側に「返還」を要求(これには、そう言うだけの根拠がある)、これに反発した当時の自民党の安倍政権(中川昭一氏も含む)が、民主党への政権交代を視野に入れながら、スイスの秘密口座で資金の保全を図ったのがまたも何者かの通報によって米側に察知され、キアッソで「拿捕」された――これが真相ではないか、と思われるのだ。

 事件が発覚当時、イタリア当局が押収した米国債はニセモノとのキャンペーンがなされたが、ニセモノなら有価証券偽造・同行使の罪で、日本人2人組は訴追されなければならないが、ウヤムヤにされ、慌しく幕が引かれた。

 日本の主流マスコミはなぜか、見ザル・言わザル・聞かザルを決め込んでいる。

 だから、私としては、君たち、ウィキリークスに期待をかけるのだ。

 キアッソの巨額米国債押収事件を、ぜひとも暴いてほしい。

 (この問題については、本ブログの ⇒  http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/08/post-e3d8.html を参照)

 なぜ私が突如、こんなことを言い出したかというと、それは、君たちウィキリークスが暴露した国務省文書で、2007年、アメリカの財宝ハンターがポルトガル沖で、スペインの沈船(19世紀の初め、大英帝国海軍が撃沈)から5億ドル相当の金銀を引き揚げ、その帰属をめぐってスペイン政府と争っていることが明らかになったからだ。

 米政府が自国の財宝ハンターの肩を持つどころか、スペイン政府側に立ち、その見返りに、ナチスがかつて没収したカミーユ・ピサロの絵画を、現在、所蔵するマドリッド美術館から、カリフォルニア在住の元所有者へ返還する話を進めていることが、君たちウィキリークス諸君の暴露と、ニューヨーク・タイムズの追跡取材で明らかになったからだ。
 ⇒ http://www.nytimes.com/2011/01/07/us/07treasure.html?_r=1&partner=rss&emc=rss

http://www.oceantreasures.org/blog.html?tag=treasure%20hunting

http://www.independent.co.uk/news/world/politics/why-is-there-a-storm-brewing-over-the-right-to-plunder-shipwrecks-1700207.html

 してみればなおさら、舞鶴港沖に沈められた「M資金」をめぐるミステリーも、国務省機密電の底に眠っているのでは……これが私の確信のような直感であり、否定しがたき思いである。

 日本の戦後の過去と現在を解く鍵は、キアッソにあり!

 そしてその「キアッソ」をめぐる真実は、ウィキリークスの手にある「国務省文書」の中に眠っている……。

 もう一度、ウィキリークスの諸君にお願いする。

 「捕鯨」はいったん棚上げして「Chiasso」を追いかけてくれ!

 そこに「M資金」の謎が――日本の戦後史の真相が眠っているのだから!

 (「M資金」=「マイヅル資金」についてお知りになりたい人は、拙著、『NONOと頑爺のレモン革命』(本の森・刊)をお読みになっていただきたい。⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/4196.html )

 

Posted by 大沼安史 at 07:40 午後 | | トラックバック (0)

2011-01-06

〔NEWS〕 オバマ 対中政策をリセット アジア政策担当者、退任へ

 ワシントン・ポストが報じたところによると、オバマ政権は対アジア政策の退任させるなどして、対中国政策をリセットする。
⇒ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/01/05/AR2011010505493.html

 オバマ政権のアジア政策を推進して来たのは、対中政策でタカ派色の強いキャンベル国務省事務次官と、国家安全保障会議のアジア担当、ジェフリー・ベイダーの親密コンビだが、ベイダーは胡錦濤国家主席のワシントン国賓訪問を受け、退任することになった。

 ベイダーの後任には大阪総領事、神戸領事を歴任した「ジャパン・ハンド」のダニエル・ラッセル氏が有力視されているが、日本を重視派の期待に反し、「中国」が、オバマ政権の対アジア政策を引き続き支配して行くことになる――とポスト紙は報じている。

 NATOリスボン・サミットで東方政策へ方向転換はしたものの、その後、中国の巻き返しに遭い、オバマ政権としては、反中・アジア政策面で、息切れ状態。

 「米中対決」から「米中連携」へと舵を戻す――そういう流れなのか?

 ならば、「前原首相」など問題外、選択肢としてはありえない。

 米国と中国はもともと「反日・連合国」として同志であったことを、日本の「あかんなほんとに政権」の面々は、まずもって再確認すべきであろう。

 「反中国」で生き残れるなんて、思うんじゃないぞ! このバカ(ン)なおらんと政権の亡者どもめが!

 

Posted by 大沼安史 at 07:49 午後 | | トラックバック (0)

〔ウィキリークス NEWS〕 ガザを「最小不幸国家」に イスラエルが言明

  日本は、あの、ほんとにおバカな男(あかんな、ほんとに宰相)の言う通り、世界で最も小さな(最小)不幸国家(の少なくともひとつ)だが、ガザ地区もまた、かのイスラエルによって、「最小」な「不幸社会」に貶められている。

 ロイター電によると、ウィキリークスが暴露した米国務省文書を解析したノルウェー紙により、イスラエルがガザの経済(生活)を、「崩壊一歩手前で維持」しようとしていることが明らかになった。⇒ http://www.haaretz.com/news/diplomacy-defense/wikileaks-israel-aimed-to-keep-gaza-economy-on-brink-of-collapse-1.335354

 テルアビブの米大使館の秘密電報で分かった。

 人口130万人。最小不幸国家=ガザ。

 同じ「最小不幸国家」のよしみ、「あかんなほんと政権」は、ガザの人々を支援してはどうか!

Posted by 大沼安史 at 06:34 午後 | | トラックバック (0)

〔ほんとのコント〕 ワレ、日本の菅仙(カンゼン)破壊に成功せり!

  官・艦長 「波動砲、発射用意!」

 賎(せん)国・官房長 「発射用意!」

  「消費税出力5%から10%にアップ!」

 賎国 「カ・カ・カン…艦長、ゾ、増税出力、ネット5%アップじゃ足りません! 企業減税で5%、下げてますから」

  「差し引きゼロかあ!……。こうなったらイッキに消費税出力20パーにパワーアップ!」

 賎国 「しゅ、出力、20UPっぱぱあ~! 発射準備OK!」

  「撃てえ!!」

 賎国 「…………命中! 完全破壊に成功!」

 官 「よ、よく、やった! 霞ヶ関の大本営に打電しろ!」

 賎国 「こちら、賎官ヤマト、ワレ、最小不幸国家の完全破壊に成功せり! 繰り返す ワレ、最小不幸国家、日本の完全破壊に成功せり!」

 *************

 ☆ 熊さん  「あかんなあ」
   八っつぁん 「ほんと」
 

 

Posted by 大沼安史 at 09:35 午前 | | トラックバック (0)

2011-01-05

〔コラム 机の上の空〕 ガザの一家の物語

 イスラエル軍のガザ侵攻が始まったのは、今から2年前、2009年1月3日のことだ。

 1週間、イスラエルの空爆が続いたあと、地上部隊が来た。

 1月4日夜、ガザ地区のアワジャさん一家が住む家を、イスラエル軍が襲った。

 父親と母親が撃たれ、負傷した。息子の一人、イブラヒーム君は撃たれて死んだ。

 アワジャ一家の「その時」「それから」「今」を記録した、アメリカの女性監督、ジェン・マクロウさんが撮ったドキュメント映画、「ガザの一家族(One Family in Gaza)」を観た。
 ⇒ http://www.commondreams.org/further/2011/01/04-2

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 家の外に、イスラエルの兵士たちがいるのを、最初に気付いたのは、長女(当時、12歳)だった。母親を起こした。窓から覗くと、兵士たちと戦車が見えた。

 母親は蝋燭を点した。この家には、人が住んでいると、知らせるためだった。

 父親が起きて来て、怯えるんじゃない、と言った。

 イスラエル軍の攻撃で、屋根が崩れ始めた。

 一家が家を出た時、屋根が落ちた。

 庭のオリーブ木の下で身を寄せ合う一家の前を、イスラエル軍の戦車が過ぎて行った。

 翌朝、午前7時。

 最後の戦車が2台、通過したあと、家に戻ると、瓦礫の山に変わっていた。

 イブラヒーム君が母親に言った。

 「いつも屋根に登りたいと言ってたけど、落ちているよ」

 一家は声を上げて笑った。

 ####

 銃弾が瓦礫の壁を貫通して来た。

 イブラヒーム君が撃たれた。

 父親が抱きかかえ、逃げようとした。

 通りに出たところで、またも射撃が始まった。父親が銃弾を受けて倒れ、イブラヒーム君も地上に転がった。

 助けようとした母親も腰を撃たれ、倒れた。

 父親はイブラヒーム君に声をかけた。「息子よ、愛しているよ」
 息子が答えた。「ごめんね、悪いことして」

 父親が言った。「叱ったのは、愛しているからだよ」

 地上に倒れた父親と息子のやりとりを、母親は朦朧とした意識の中で、たしかに聞いた。

 ####

 イスラエル兵が歩いて近づいて来た。

 「助けに来てくれた」と、父親は言った。

 イビラヒーム君がイスラエル兵を振り向いた。

 銃弾が眼から頭蓋を突き抜けた。

 イブラヒーム君の体が浮いた。母親は息子の死を悟った。

 負傷した父親は死んだふりをしていた。動きたくとも動けなかった。

 ####

 イブラヒーム君を撃ったイスラエル兵が、母親と小さな子どもたちに銃口を向けた。

 銃口から煙が上がっていた。

 母親は両手を前に出して、「撃たないで」と言った。

 イスラエル兵は笑った。笑いながら、母親を凝視し続けた。

 不思議(マジカル)な笑いだった。

 ####

 2日目の夜、10時ごろのことだった。

 またも、激しい銃撃が始まった。

 イスラエル兵らが、イブラヒーム君の遺体を撃っていた。

 射撃はずっと続いた。

 イブラヒーム君の右半身は蜂の巣になった。

 父親は言った。「射撃訓練をしていた」

 母親はハンカチを口の中に入れ、指を噛んで耐え、声を出さなかった。

 ####

 父親は近くのベドウィンのところへ這って救いを求めに行った。

 残された母子に対し、イスラエルの戦車は4両ごとに砲塔を向け、撃って来た。砲弾は一家を飛び越えて破裂した。

 朝が来た。

 母親は朝の風に、イブラヒーム君の髪の毛がそよいでいるのを見た。

 一瞬、生きている、と思った。

 父親が戻って来た、

 一家は傷つきながら、瓦礫の下に隠れて4日間、過ごした。樽の水も底を突き、母親のお乳も出なくなった。父親は脱出を決意した。ベドウィンの女たちが通りかかった。イブラヒーム君の遺体をロバの馬車に乗せ、病院に向かった。

 ####

 テントでの生活が始まった。野犬や蛇に悩まされる生活。

 父親は、子どもたちが変わってしまったと言った。飢えは消すことができても、恐怖だけは消せないと。

 平和と非暴力の中で、子どもたちを育てたいと言った。

 父親は庭でミントやバジルを育て始めた。

 母親の夢の中で、その庭にイブラヒーム君が出て来た。

 だから、庭の世話をするんだ、と父親は言った。

 ####

 父親は言った。もう一度、「家」で暮らしたいとの願いを込めて言った。

 「家」なくして完全なものはあり得ない――と。

 ####

 父親はイブラヒーム君のポスターを作った。

 武器を手にポーズをとる図柄をすすめられたが、断った。

 笑顔のイブラヒーム君と、星と、星を見上げる子どもたちの図柄だった。

 イブラヒーム君が亡くなった場所に、一家は小さな岩を積み上げた。

 イブラヒーム君の墓標のようにも、アワジャーさん一家の、立ち上がるべき新しい家の礎石のようにも見えた。

 その近くに立つ1本のオリーブの木を、母親は「イブラヒームのオリーブ」と呼んだ。

 ####

 イスラエルをどう思うか聞かれ、父親は言った。

 イスラエルの人にもこんな思いはさせたくない、と言った。

 ####

 アワジャーさん一家は新年を、テントの中で迎えたのだろうか?

 崩れ落ちた屋根が再び立ち上がる日の、一日も早く来ることを祈る。

  ☆ 

 この記録映画についての詳細は、以下のサイトを参照 ⇒ http://www.donkeysaddle.org/ 

 

Posted by 大沼安史 at 11:31 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2011-01-04

〔NEWS〕 米軍 アフガンに大規模空中監視システムを導入 居座りを画策?

 ワシントン・ポスト紙が報じたところによると、米空軍はアフガニスタンに、ひとつの町をまるごと、65のビデオ画面で上空からモニターし、生映像を米軍の地上部隊にリアルタイムで送る「ゴルゴン・ステア(ゴルゴンの目)」という「革命的な空中監視システム」(同紙)を間もなく配備する。
  ⇒ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/01/01/AR2011010102690.html

 これまでの無人偵察機による上空からの撮影では、町の一角しか映し出すことができなかった。

 「ゴルゴン」とは古代のギリシャ神話に出くるもので、見るものを石に変える力を持つ。

 一方、ネット誌「RAWストーリー」によると、アメリカのリンゼー・グラハム上院議員(共和党)は米テレビのインタビューの中で、「米軍、アフガン永久駐留」を呼びかけた。⇒ http://www.rawstory.com/rs/2011/01/graham-permanent-military-presence-afghanistan/

 米軍はアフガンに居座り続けるつもりらしい。

 

Posted by 大沼安史 at 08:52 午後 | | トラックバック (0)

2011-01-03

空から歌が聴こえる Morningtown Ride

  ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2011/01/morningtown-rid.html

Posted by 大沼安史 at 07:34 午後 | | トラックバック (0)

〔ウィキリークス NEWS〕 ドバイ・ホテル暗殺事件 犯行グループはマスターカードを使用

 昨年(2010年)1月、湾岸のドバイのホテルでハマスの指導者が暗殺される事件があったが、犯行グループが米国アイオワ州の銀行で発行されたクレジットカードを使用していたことが、アブダビの米大使館発の機密電で分かった。
⇒ http://wikileaks.ch/cable/2010/02/10ABUDHABI103.html

 UAE政府から調査の依頼を受け、ワシントンに連絡した。

 問題は、そのカードがMC、つまりマスターカードだったこと。

 マスターカードは、いちはやくウィキリークスへのカンパ(寄付)の送金を停止したカード会社だが、暗殺犯(モサドのエージェント?!)にはカードを自由に使わせていたわけだ。

 以下はドバイのホテルでの暗殺事件の本ブログ記事へのリンク  ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/02/post-84e5.html

Posted by 大沼安史 at 07:24 午後 | | トラックバック (0)

2011-01-01

〔いんさいど世界〕 2011 初笑い

 明けまして、おめでとうございます。
 
 元旦、ブログ書初め。初ブログです。

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 さきほど、教え子から初電話がありました。その子は僕のところへ、ここ数年来、ずっと、定期的に電話をかけて来るのですが、初電話でその子の「初笑い」声を聞き、こちらも「初笑い」できて嬉しかった!

 彼女は中・高で、教師による体罰と言葉によるいじめに遭い、その時、受けた「傷」がなかなか治らず、苦しんでいた子ですが、昨年あたりから、その「暴力センコー」を「替え歌」で笑い(歌い)飛ばすことができるようになりました。

 で、僕が聞かせてもらった、新年の「初替え歌」は、なんとあの「歓喜の歌」!

 「笑い」は、心の傷を癒してくれるんですね。

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 去年は――去年もまた、この国(日本)の学校で、ひどいイジメが起きました。

 この国の教室には、陰湿な憎悪や恐怖が蔓延していて、安心することができない。だから、笑えない。

 どうして、こんなことになってしまったのでしょうか?

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 愛読する英紙インディペンデントに、英国で子どもたちの「コメディー学校(School of Comedy)」運動が広がっている、という記事が出ていました。 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/education/schools/afterschool-comedy-clubs-heard-the-one-about-the-teenage-standups-2167475.html

 ローラ・ローソンさんという、「マーヴェリック・パイオニア(型破りな先駆者)が始めたもので、同名(スクール・オブ・コメディー)のテレビ番組を持っているほか、ロンドン西部の劇場で、子どもたちによるスタンダップ・コメディー(漫談・漫才)のショーを開いているそうです。

 出演する子どもたちの先生役は、プロの大人のコメディアンたち。

 ローラさんの「スクール」は今のところ、一ヵ所だけですが、新年早々、さらに2ヵ所増設する予定。ゆくゆくは英国すべてのふつうの学校に「コメディー・クラブ」をつくりたい――なんて言ってます。

 ローラさんに負けずに、ジェームズ・キャンベルさんという男のコメディアンの方も、「子どもたちのためのコメディー・アカデミー」というプロジェクトを、全英で繰り広げている。
 
 インディペンデント紙の記事によれば、英国では、お笑いを正課にしている大学もあるそう(「ソレント大学」)。

 さすが、シェークスピアの国のことだけ、あります。

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 でも、子どもたちがスタンダップの漫才に挑戦する動きは、別に英国に限ったことではありません。

 たとえば、アメリカのニューヨークでだって、「キッズ・コメディー」というのがあって、ちゃんとした劇場で、笑いを連発している。
 ⇒ http://gocitykids.parentsconnect.com/attraction/kids-n-comedy-at-gotham-comedy-club-208-west-23rd-street-new-york-ny-10011-5805-us

 英国のローラさんたちに負けず、アメリカにも「スクール・オブ・コメディー」って、テレビ番組があります。 ⇒ http://www.channel4.com/programmes/school-of-comedy/4od

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 英国やアメリカで、こうした「笑いの学校」が成立しているのは、それだけ、子どもたちの間で、「笑い」というものが、大事なものになっているからでしょう。自分の「天職」だと考える子どもたちも出ているそうですから、これは凄い!

 社会を、世界を、ユーモアで包み込みながら、笑い飛ばし始めた子どもたち!

 インディペンデント紙は、情報化の進展で、子どもと大人を隔てる壁が消え、子どもたちも「コメディーが生れる社会基盤」を大人と共有できるようになっていることを、一因として挙げていますが、鋭い指摘ですね。

 子どもたちもまた、大人社会に対する目を、大人と同じに持っていて、大人社会を笑い始めた――。

 日本でも、若いお笑い芸人たちが続々とデビューしていますが、コレって、ひょっとしたら、新しい世代による、笑いによる世直し、かも……??

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 「初笑い」にまつわる、「笑い」の話題を、もうひとつ、紹介しましょう。

 オーストラリアに「ラップ・ニュース」という、人気のお笑い番組があるのですが、この「ラップ漫才」が素晴らしい!

 ラップですから、ちゃんと「韻」を踏んでいる。そして、ドンドン、突っ込みをかける。

 僕がユーチューブで見たのは、「ウィキリークス」による米国務省機密文書暴露問題をネタにしたものですが、小気味よい風刺がズンズン・ズンズン、リズムに乗って続き、スゴイ楽しい!(たとえば「ヒラリー」を登場させ、「アメリカ」なる「ブランド」が一気崩壊したことを嘆かせているあたり、う~ん、なかなか、やるジャン!)
 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=hl4NlA97GeQ

 「ラップ漫才」――これ、日本でも始まらないかな!

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 「笑い」による社会批判、コメディアンによる世直し――といえば、アメリカの社会派コメディアン、ジョン・スチュアートさんに触れないわけには行きません。

 この年の瀬、アメリカの連邦議会の上院で、「ジェームズ・ザドロガ法」という法律が成立しました。

 この「ジェームズ・ザドロガ」さんという方はニューヨーク市警の方で、あの「9・11」の際、現場で救援活動にあたり、有毒な粉塵を吸い込んで、その後、何の補償も受けられないまま、お亡くなりになった方です。

 そのザドロガさんの名を冠したこの法律は、「9・11」の現場で闘い、後遺症で苦しむ消防士や警察官らを支援するため補償を行うというものですが、共和党の議員たちのサボタージュで、廃案になりかけていた。

 その問題を、自分のテレビ・コメディー番組で、立て続けに4回も取り上げ、流れを変えたのが、ジョン・スチュアートさんだったわけです。⇒ http://www.nytimes.com/2010/12/27/business/media/27stewart.html?_r=2&src=ISMR_HP_LO_MST_FB  

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 連帯としての笑い。憎み合い、いじめ合うのではなく、笑いとユーモアで、心と社会を明るく、楽しくする笑い。

 日本の学校で「コメディー」を、たとえば、総合学習なんかでやり出したら、きっと、「イジメ」なんかなくなるんじゃないでしょうか?

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 2011年――さらに厳しい年になりそうです。

 そういう年だからこそ、僕たちは、なおさら「笑い」を忘れず、笑って生きてゆかねばならない。

 あの惨憺たる南北戦争を克服し、無利息マネーを発行してアメリカ社会の再生に成功した、かのリンカーン大統領は、こんな言葉を遺しているそうです。

 I laugh because I must not cry. That is all. That is all.

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Posted by 大沼安史 at 11:46 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)