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2010-12-11

〔コラム 机の上の空〕 「愛」は結びの「ネット」

 僕は、新聞記者をしていた20代の後半(――つまり、今から40年近く前)、札幌で、ある老眼科医を訪ね、話を交わしたことがある。

 その方が私に、どういうわけか、「聖書」を――とくに「新約」を読んだら、いいですよ、と、さりげなくアドバイスしてくれたのだ。

 その時の、その人の表情を――声の響きを、私は今も覚えている。

 僕の置かれた状況を知ってのことと思い、そ知らぬ顔で、「はい、読んで見ます」とだけ、答えたことを覚えている。

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 で――思い出した。

 私が尊敬する加藤周一さんは死の床で、カトリックの洗礼を受けたそうだ。

 そうだ。加藤さんも、言っていた。

 「新約を読め」と。

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 キリスト生誕歴、2010年のクリスマスを前に、私は、思わざると得ないのだ。

 加藤周一さんが生きていたら――そして、あの、温厚な眼科医の紳士が生きてらしたら…………いや、イエス・キリスト、ご存命、ありしかば、ローマ帝国ならぬ、いまのアメリカの「世界軍事帝国」の暴挙を、どうお考えになったか――と思わざると得ないのだ。

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 イエズス会(ジェスィット)の人は、神学だけでなく哲学を学ぶ人たちだ。

 この世の真理を究め、キリスト教神学を、その時代にふさわしいものに発展させる……。

 私の尊敬する、ジェスィットのジョン・ディア神父(アメリカ人)が、書いていた。⇒ http://ncronline.org/blogs/road-peace/phil-berrigan%E2%80%99s-advent-vision

 ことしの今月(12月)6日は、「プロウシェア」(「剣を鋤=プロウシェアに換える」)の運動家、フィリップ(フィル)・ベリガンさんの、8回目の命日である、と。

 反戦運動に一生を捧げた、フィル・ベリガンさんが、もし今、生きていらしたら、今、88歳。

 ご健在でありせば、イラク・アフガン戦争――そして今、ウィキリークスに対して「アメリカ帝国」が執拗に続ける「迫害」に対して、どんな非暴力・直接行動で抵抗されただろう。

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 西暦2010年の「アメリカ帝国」は――オバマが、「ノーベル平和賞」を首からぶら下げ、「大統領」を務める「アメリカ帝国」は…………、あの「ニクソンの王朝」よりも、もっとひどい。

 「ペンタゴン文書」を暴露した、ダニエル・エルズバーグ博士が、こう指摘していた。

 ニクソン政権はこっそり、(博士に)国家反逆罪を適用する陰謀をめぐらせていたけれど、今のオバマ政権は、大っぴらに議論し、脅しをかけている、と。⇒ http://www.democracynow.org/2010/12/10/whistleblower_daniel_ellsberg_julian_assange_is

 FOXテレビで、「米軍特殊部隊にアサンジを殺させろ」と叫んだ、ボブ・ベッケルというコメンテーターがいた。

 共和党の回し者か、と思ったら、違っていた。民主党のコンサルタント。あのモンデールの大統領選選対責任者だった男だそうだ。

 こうした無法に、加藤周一さんは――フィル・ベリガンさんは――イエス・キリストは――あの慈父のような、優しい札幌の眼科医は――どんな言葉を発するだろう。

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 ジョン・ディア神父(51歳)が、イエスとともに平和な世の実現に一生を捧げようと、最終的に決意を固めのは、ガラリア湖の近くの、「山上」の展望台にたたずんだ時のことだった。

 霧に包まれた展望台で、若きディア神父は、こうイエスを問い詰めた。

 「もしも、あなたがイエスなら、いまここで、その証拠を見せてほしい」

 そう心に思った瞬間だった。レバノンに向かう、イスラエル空軍のジェット戦闘機が、霧の中から突然、轟音とともに姿を現した。
 
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 「聖書」について言えば、わが畏友、小笠原信之が伝記を書いた、不屈のジャーナリスト(60年安保で、一人、抵抗の筆を執った、北海道新聞のコラムニスト)、須田禎一さんもまた、戦時中、「朝日」の特派員として上海にいた頃、「聖書」を読んでいた、ことを思い出す。(だから須田さんは『葡萄に歯は疼くとも』(田畑書店)などという本を書いているのだ)

 私たちがもし、「クリスマス」を「商戦」としてではなく、平和と貧困と暴虐に対する戦いの「原点」として思い返すなら、私たちはイエス・キリストの平和の言葉に耳を傾けるべきであろう。

 たとえば、「愛(アガペー)は、結びの帯」――という、あの有名な一言に。
  
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 イエス・キリストが、かりに無名者として、すなわち万人として、復活したのであれば、アサンジさんは現代のキリスト(の一人)である――救世主である。

 誰がなんといおうと、そうである。

 ブラッドレー・マニングさんも、そうだ。

 あの、あどけない顔は、イエスの顔だ。

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 フィル・ベリガンさんの最後の戦いは、「劣化ウラン弾」に対する戦いだった。

 米軍(州兵)の基地に立ち入り、兵器(軍用機)に血を注ぐ戦いだった。

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 いま、ウィキリークスは、ネットでの「機密の暴露」という新たな戦術で、「死神」との戦いを続けている。

 「剣を鋤に」というベリガンさんたちの抵抗運動は、デジタル化された、「剣」を暴き、「鋤」に換える運動へと進化しているわけだ。

 民衆の大地を耕す「鋤(プロウシェア)」としての、情報レジスタンス運動――としての、ウィキリークス。

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 いま、イエスが生きていらしたら――ウィキリークスのレジスタンスを見て、こうお述べになるかもしれない。

 愛(アガペー)は結びの「網(ネット)」として完全なものです、と。 

Posted by 大沼安史 at 07:01 午後 3.コラム机の上の空 |

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