〔コラム 机の上の空〕 ボッサ・ノーヴァ
南の青い海だった。「流出」ビデオで観た、中国トロール漁船の「衝突事件」の現場――。
日中をつなぐ海に、警告音が鳴り怒号が響いた。
ユーチューブを見ながら、90歳でご健在の、あの「李香蘭」として歴史を生き抜いて来た山口淑子さんがこれを……映像とヒステリカルな書き込みをご覧になったら、どんな思いをされることかと心配になった。
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「中国で生れ育った日本人」の山口淑子さんは、「祖国」と「母国」がある人だ。
1972年9月の「日中国交回復」について、山口淑子さんはこう書いた。
(田中角栄、周恩来両首相が)「乾杯し肩を抱き合う姿を見て、知らず涙がこみあげていた。長い戦争を戦い、殺し合い、憎みあい、悲しみを積み上げてきた私の祖国と母国が、いまこうして曲りなりにも手を携えた」(『「李香蘭」を生きて』より)
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ようやく手を携えた「日中」――。
これはきっと山口淑子さん自身、心ひそかに自負していることだろうが、彼女の祖国(日本)と母国(中国)……つまり私たちの「日中」の「国交回復」の土台の一つが、彼女によって戦争末期の上海で築かれたことは紛れもない事実だ。
そこだけは台風の目の静かさだった上海。だれもが、短波放送で日本の負け戦を知っていた上海。
そこで「李香蘭」は中国人、黎錦光(教師時代の毛沢東に教わったことがあるそうだ。戦後、共産中国に加わった)が作詞・作曲した、時代の夜明けを予告する、あの名曲を中国語で歌ったのだ。
「夜来香(イエライシャン)」。ナイト・ジャスミンの花の香り。
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この黎錦光の「夜来香」を、日本人作曲家、服部良一が「シンフォニック・ジャズ」にした。
あの「夜来香幻想曲」。
これを「李香蘭」は上海交響楽団をバックに、敗戦の年、1945年の6月下旬と8月上旬、歌ったのだ。中国語で、上海市民の大観衆の前で、奇跡にように!
「ルンバ、ワルツ、ブギブギに編曲された『夜来香』を次々に」(同書)。
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その上海で昨年(2009年)、ジャズ・フェスが開かれた。
そこで「夜来香」を中国語で、ボサノバ風に歌った日本人歌手がいる。
小野リサさん。
ブラジルで生れ育ち、日本に帰国、今、世界を舞台に活躍する、祖国と母国を持った実力派の歌手だ。
そのステージの映像を、私がユーチューブで観たのは、中国漁船「衝突」事件が起きたあとのこと。
(「流出」したものではなく)上海のファンが、他の人にも見てもらいたいと「アップ」したビデオだった。
小野リサと会場の中国人ファンの、中国語による大合唱。
山口淑子さんが見たら、きっと涙を流して喜び、一緒に歌うに違いない、「夜来香」の大合唱。
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「衝突」ではなく、新たな「交流」!
ここに「日中」が手を携え、ともに切り開くべき、時代の新たな夜明けの光があると思うし、そうでなければならない。
そうでなければ、「夜来香」が生れた意味はないだろう。李香蘭も、山口淑子さんも、きっとそう思うはずだ。
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日中をつなぐ海に流れるべきは怒号ではなく、合唱である。
新しい――ボッサ・ノーヴァ(新しいスタイル)な、友好の音楽である。
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☆ 僕が会員でもある「市民の意見」誌の最新号に掲載していただいた記事を、発行後、少し時間が経ったので、本ブログに再録しました。
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Posted by 大沼安史 at 03:59 午後 3.コラム机の上の空 | Permalink