〔いんさいど世界〕 オバマよ、ガンディーは泣いているよ……
訪印中のオバマが6日、ムンバイの「ガンディー記念館」を訪れ、ゲストブックに署名した。
ゲストブックの「1959年」の欄には、マーティン・ルーサー・キングの署名があった。
オバマが上院議員だったころ、議員室に掲げていたのが、ガンディーの肖像だった。
オバマが昨年、ノーベル平和賞を受賞した際、そのスピーチで、「指針にする」と言ったのは、キング師だった。
キング師はその「自伝」で、最も影響を受けたのは、ガンディーだった、と書いている。
CNNのニュース・ビデオで見た、オバマの顔は真剣だった。
キング師の署名を見た、オバマの表情は真剣なものだった。
⇒ http://edition.cnn.com/2010/WORLD/asiapcf/11/06/india.obama.gandhi/
オバマよ、原点に戻るのだ。ガンディーとキング師の原点に立ち帰れ!
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ガンディーで思い出したことがある。2005年、当時の小泉首相がインドを訪問した時のことだ。
夕方の民放のテレビのニュースで、インドのシン首相が、ガンディーのブロンズの像(彫刻)を、小泉首相に紹介しているシーンが映し出された。
ガンディーの像について、何のコメントもなかった。
シン首相が小泉首相に見せた「ガンディーの像」は、(たぶん)間違いなく、日本人彫刻家による「ガンディー像」である。
ガンディーはスイスの山荘に、かのロマン・ロランを訪ねたことがある。
2人が暖炉の前で話し合う、その部屋に、日本人の彫刻家がいた。あの、高田博厚氏がいた。
ガンディーを見ながら、ペタペタ、粘土を手のひらで、たたいていた。
――そういう事実を、おそらく日本の外務省は知っていたはずだ。 でも、それをマスコミに伝えなかった。
だから、シン首相がせっかく用意した「ガンディーの像」の意味は、われわれ日本人に伝わらなかった。
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1906年の9月11日、南アフリカ・ヨハネスブルクの帝国劇場に、3千人を超すインド系住民が集まり、彼らを二等市民の地位に貶める人種差別立法、「アジア人法修正令(登録法)」を非難した。
参加者の一人が立ち上がり、このような法には服従しないと、神の宣誓を行った。その若き弁護士こそ、あのマハンダス・K・ガンディーだった。
ガンディーは、個人としてのラジカルな行為への共同参画――これについてガンディーは後日、「新しい原則が、その時すでに生まれていた」と語っている――を、「真理の力」、すなわち「サティヤーグラハ」による創造的な閃きと捉えた。それは、史上最も暴力的な世紀だった20世紀を通して、「非暴力」という、偉大なる抵抗の物語を生み出すものだった。
(拙訳、『戦争の家』(ジェームズ・キャロル著、緑風出版、上巻)
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「9・11」には、ガンディーから続く、もうひとつの流れがあったのだ。
オバマよ、もはや明らかであるだろう。
私たちは「テロとの戦争」の口火を切った、「2001年」の「9・11」ではなく、「1906年」の「9・11」に帰らなければならないのだ。
これこそオバマよ――これそこ、本来、君の出発点ではなかったか。
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あらためて、オバマに言うことにしよう。君は「ノーベル平和賞」をもらった人間ではないか。
かのガンディーは、さまざまな妨害に遭い、ついにノーベル平和賞を受賞することがなかったことは、君も知ってのことだろう。
でも、君は――ガンディーが手にすることのなかった「ノーベル平和賞」を、オバマよ、君は手にしている……。
その意味の重さを――オバマよ、君は知らねばならない。
ガンディーの言う、「真理の力」、すなわち「サティヤーグラハ」による創造的な閃きを、オバマよ、君は君なりに、世界に伝えなければならないのではないか。
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ルーサー師の青インクで書かれた署名を見た時の君の表情には、たしかに厳しく、誠実なものがあった。
オバマよ、その思いに正直であってほしい!
かのマイケル・ムーア監督ではないが、それでも民衆は君を好きなのだ。
希望を込めて、好きなのだ。
しかし大統領になって以来の君の所業を、ガンディーは泣いているはずだ。キング師も泣いているはずだ。
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ガンディーに見習い、キング師に見習い、オバマよ、もう一度、世界の不正義に立ち向かい給え!
君よ、立ち向かい給え!
オバマよ、君はインドでガンディーに会うことができたのだから、正気の道――真理の道へ、もう一度、帰り給え!
君よ、原点に帰るのだ!

















