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2010-10-18

〔いんさいど日本〕 樺美智子さん 50年後の真実

 詩人で医師の御庄博実さん〔みしょう・ひろみさん 85歳   広島共立病院名誉院長〕は、「60年安保」当時、東京の代々木病院の内科医だった。

 あの「6・15」のあと、愛娘を亡くしたばかりのご両親が医局に見えられ、「娘の死の真相を明らかにしてほしい」と、御庄さんに頭を下げた。

 東大生、樺美智子さんのご両親、樺俊雄氏と光子夫人だった。

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 それから、半世紀――。

 御庄さんは「現代詩手帖」(思潮社)の7月号に「樺美智子さんの死、五十年目の真実――医師として目撃したこと」を書き、隔月誌「市民の意見」の最新122号の特別インタビューに応え、改めて証言を行った。

  「市民の意見」⇒ http://www1.jca.apc.org/iken30/

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 樺美智子さんの死の真相とは何か?

 それは、政府の公式発表の「(デモ隊の)人ナダレによる圧死」は真っ赤な嘘だということだ。

 樺美智子さんは、国会前での機動隊との衝突の中で、殺されていたのだ。

 腹部を突かれて、激しく出血していた。しかも、直接の死因は、扼頚(やくけい)による窒息死! 扼殺!

 「市民の意見」のインタビューから、以下、引用する。

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 (事件の翌日の)16日の診療後、呼ばれて(代々木病院の佐藤猛夫)院長室に行くと、副院長の中田友也先生と日本社会党参議院議員の坂本昭んがいました。坂本さんは、やはり佐藤院長と東大医学部の同級生で、国民救援会の会長もしていた。15日のデモで亡くなった樺美智子さんの司法解剖が、今朝慶應大学の法医学教室で行なわれたばかりで、中田副院長と医師でもある坂本議員がその解剖に立ち会い、執刀医の解剖所見をもらさず筆記したプロトコールを、ぼくが託されました。「伝研(東大医学部の付属機関・伝染病研究所)の草野(信夫)先生にこのノートを見てもらい、解剖学者としての見解を聞き、死因をまとめてもらいたい」と言うのです。
 持って行ったところ。樺さんは、腹部を固いもので突かれたらしい膵臓の激しい出血、そして喉仏の両側の扼頚があることから、直接の死因は扼頚による窒息死というのが草野先生の結論でした。

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 「現代詩手帖」の「手記」では、「草野先生の解剖学者としての見解を語ってもらった」ときの様子を、以下のように詳しく書いている。

 ……ぬいぐるみの熊のような人なつこい、そしてやや怖い感じの草野先生は、しばらくじっと僕を見据えてゆっくり意見を述べられた。僕はこれをメモして樺さんの死因をまとめた。

 ①死体の血液が暗赤色流動性であり、
 ②肺臓、脾臓、腎臓などの実質臓器にうっ血があり、
 ③皮膚、漿膜下、粘膜下、などに多数の溢血点がみとめられ、これらが窒息死によって起こったもの(窒息死の三徴候)であることは疑いないところである。
 ④さらに窒息死の所見以外には、膵臓頭部の激しい出血、
 ⑤および前頚部筋肉内の出血性扼痕があった。

 御庄さんは「手記」の中でさらに「膵臓頭部の激しい出血については、僕ものちに慶応大学法医学教室を訪ねて臓器そのものを見せてもらっている」とも書いている。

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 これだけ明白な真実が闇に葬り去られていたのだ。御庄さんは「現代詩手帖」に、こう書いている。

 五十年前、検察側は国会構内の機動隊の目の前で起こったことをあたかもデモ隊の後方の列で起こった「人ナダレによる」とはやばやと断定し、その後は司法解剖の行なわれた法医学鑑定書を、再鑑定など学問解釈上の体裁をとりながら、虚偽、隠蔽、捏造といったあらゆる手段を用いて、己の都合のよい結論を自ら仕立てた。樺美智子さんの死はこうして隠蔽され、不問に伏せられたのである。

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 検察もまた「虚偽、隠蔽、捏造」するものだとは、今回の大阪地検特捜部の一件で明らかになったことだが、当時の政府権力は、それ以上のことを――「殺人事件」を、人ナダレによる事故死(圧死)、いや「同士討ち」にしていたわけだ。

 この「すり替え」はひどすぎる。

 当時の日本の主流マスコミはみな、あの悪名高き「デモはやめよう・共同宣言」(北海道新聞だけは違った!)で、政府の御用機関に成り下がっていたから、そうなってしまったのだろうが、真相に迫る調査報道がなされなかったことは、つくづく残念なことだ。

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 さて、御庄博実さんが「60年安保50周年」を迎えた今、手記・インタビューで真相を告発したのには、「半世紀」の節目の年であることもさることながら、もうひとつ、大きなキッカケがあった。

 それは、「今年になり、(樺美智子さんと)同じデモの中にいた当時東大の長崎(旧姓榎本)暢子さん〔東大名誉教授〕が、もみ合っているうち気づいたらデモ隊の最前列に押し出され警官隊と対峙していて、お腹を警棒で突かれたり頭を殴られたと証言し」てくれたことだ。(「インタビュー」より)

 「現代詩手帖」の手記によれば、長崎さんはことし4月8日、広島共立病院に御庄さんを訪ね、当時の状況を詳しく証言した。

 それは樺美智子さんが「デモの半ば」にい(て人ナダレに押し潰されたのではなく)たのではなく、デモの最前列の押しだされていたことを裏付ける決定的な証言だった。

 どんな証言だったか?

 長崎暢子さんは「文藝春秋」7月号の座談会でも同じ内容の証言を行なっているので、その部分を以下、引用する。

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 私(長崎さん)も、やはり樺さんは殺されたと思っています。警察は、樺さんはデモ隊の中のほうにいて、警官隊と対峙した場面がないから、そんなことはあり得ないと言っていますが、私の体験からすると、絶対に警官隊と向き合った瞬間があったと思う。
 というのも、私は当日、樺さんよりも(デモ隊の)二列くらい後ろにいたのですが、南門をこじわあけてワッショイ、ワッショイとやっているうちに、後ろや前から押されてどこにいるかわからない状態でした。警棒で頭をポカポカに殴られた記憶しかなく、警官隊と対峙した覚えなんかまったくありません。ところがのちに、樺さんが殺されたことを告発しようと、有名な海野普吉弁護士や坂本昭参議院議員たちと警察に行ったところ、警察が、「これがあなたですか」と小さな写真を出してきた。見ると、列の一番前で警官隊と対峙してスクラムを組んでいる私とあと二人の男性だけ切りとった写真なんです。私でさえ最前列で警官隊と対峙させられた瞬間があったわけで、前にいた樺さんにもそういう瞬間はきっとあったはず。さらに樺さんは羽田ロビー闘争などで活動家として面が割れていたから、狙い撃ちされた可能性もある。
 もうひとつの根拠は、数日後からお腹が痛くて仕方がなくなったことです。それは警棒で腹部を突かれたからなんです。

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 御庄さんはまた、国会前でデモ隊と正面衝突した第4機動隊の現場責任者・岡田理警部補の「ノイローゼ入水自殺」についても疑問を投げかけている。

 「市民の意見」のインタビューから、以下、引用する。

 7月9日……岡田理警部補が『ノイローゼで入水自殺』したとして死体が板橋で見つかりました。坂本議員が調べてくれというので、代々木病院近くの探偵社でアルバイトをしていた詩人仲間に調べてもらったら、死体があったという板橋の場所には水がない。水のない水死体です。戸田橋上流の荒川で水死したとされましたが、船頭組合も水死体が揚がったとは言っていない。遺体確認は親戚大塚の監察医がしましたが、岡田警部補の妻が確認していない。また、岡田家は警察が詰めて遺族に会えない……

 次に、「現代詩手帖」の「手記」より――。

 ……人を頼んで彼(岡田警部補)の日常を調べてもらったが、近所のたちとの付き合いもよく、誠実な人で、柔道の高段者で、ノイローゼとは縁の遠い人であった、自殺という言葉は信じられない、と。

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 御庄さんは慎重に言葉を選んで語っているので、この先は、手記・インタビューを読んだ、元新聞記者としての僕なりの「勘」だが、岡田氏の「入水自殺」も権力のでっち上げの可能性、なきにしもあらずだ。

 岡田氏は機動隊の現場の指揮を任せられた人物である。

 この国もまた、重大事件が起きるたびに、やたら「自殺者」が出る国。
 岡田氏が真実を語ることを恐れた何者かが口封じに出た可能性は全くないとは言いきれないだろう。

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 しかし、それしても、今回の御庄さん(および長崎さん)の「証言」は重い。

 御庄さんは「手記」を、

  ……僕は樺俊雄先生ご夫妻の「美智子の死の真相を!}というご依頼にやっと応えることができたと思う。
 「歴史の流れ」が、音を立てて足元から聞こえてきます。

 と結んでいるが、50年の歳月の流れの中から、今、こうして、1960年(昭和35年)6月15日の夜、国会前で起きた事件の「真実」が明らかになったことは、(哀しいことではあるが)喜ばしいことだ。

 両親はもちろん、樺美智子さんご本人も、御庄さん、そして旧友の長崎さんの努力に、あのひそやかな微笑でもって応えられているのではないか。

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 樺美智子さんの「死」についてはこれまで憶測、疑惑が流れ続けいたが、今回、これだけの証言が出た以上、死因を「圧死」とした「歴史」は訂正されねばならない。

 
 〔注〕 念のために申し添えますと、詩人・医師の御庄博実さんは、ヒロシマの入市被爆者でもあります。

 思潮社から「詩集」が出ています。とくに、組詩「ヒロシマ」の「Ⅳ 消えた福島橋」の「金蝿」の描写は、忘れがたい……。

 「金色の魔性」に対する即物的な告発。

 御庄さんはいま、イラクでの米軍劣化ウラン弾被害を告発する運動にも従事されています。

 以下に、中国新聞の電子版に出ている、御庄さんに対する連続インタビューを。

 中国新聞インタビュー「生きて」 ⇒ http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/ikite/ik100807.html
 ⇒ http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/ikite/ik100731.html

〔アピール〕 今回の「樺美智子さんの死」の真相を突き止めようとする努力は、「代々木・反代々木」の党派レベルを超えたものである。立場の違いは脇に置いて、真相を究明しようという姿勢は尊い。

 立場を超えた真実の追究!―― 60年当時の第4機動隊関係者の方には、ぜひとも証言していただきたい。

 問題と責任はあくまで、国会前でデモ隊の女子大生の命を奪った、当時の政権にある。

 マスコミは今からでも遅くはないから、御庄さんの証言を、報道すべきだ。

Posted by 大沼安史 at 07:07 午後 1.いんさいど世界 |