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2010-10-16

〔いんさいど世界〕 「オズの魔法使い」考

  超巨大な「デリバティブ金融バブル」が破裂した後遺症が、回復どころか、悪化の一途を辿っています。

 お札――通貨に対する信頼も揺らぎ、それが「ゴールド(金)高」を招いている。

 あのジョージ・ソロス氏によれば、「究極の金のバブル」が、ぐんぐん膨らんでいる。

 日銀の「包括緩和」(ゼロ金利、量的緩和=QEⅡ)も、「景気を下支え」することに失敗し、結局は「ゴールド・バブル」の膨張に貢献しただけ、という情けない結果に終わったようです。

 お札より金(ゴールド)……。世界はまた、「黄金」の所有者たちが覇権・権力を行使する、「金本位制(?)」に復帰しそうな雲行きです。

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 これは、今月7日付の本ブログのコラム、「ゴールド 魔法使い 階級戦争」( ⇒ 
 http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/10/post-a709.html)で触れたことですが、今の世界の状況が、あのアメリカの『オズの魔法使い』の物語が「風刺」した時代状況にそっくりなことは、もっと知られてよいことだと思います。

 「オズの魔法使い」の風刺、あるいは「告発」といってもいい批判的な視点を持つことは、私たちにとっても大事なことのように思います。

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 「オズの魔法使い」が私たちにのプレゼントしてくれる、批判的な視点、あるいは情勢理解の目とは何か?

 それを知る鍵は「オズ(Oz)」という魔法使いの名前に潜んでいます……。
 そう、その通り、Ozって、そもそも、金の重量単位、オンス(約30.1グラム)の略号なわけです。

 ということはつまり、「オズの魔法使い」とは、「ゴールド(金)の魔法使い」の意味を含んでいる。

 これを知ることで、私たちは、現代の「エメラルドの都」の「権力」の実態に迫り、その正体を暴くことができるわけです……。

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 さて、映画にもなった『オズの魔法使い』の物語(原作)ですが、アメリカのライマン・フランク・ボームさんという方が、1900年に発表した作品です。
 Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BA%E3%81%AE%E9%AD%94%E6%B3%95%E4%BD%BF%E3%81%84
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%A0

 カンサスの少女、「ドロシー」が愛犬の「トト」と、仲間の「カカシ」「ブリキの樵(きこり)」「ライオン」と一緒に、「エメラルドの都」に行き、「エメラルドの宮殿」で「オズの魔法使い」の正体を見破り、「銀」の靴(この「銀」の靴という点に注意!)の魔法の力で、無事、カンサスの家に戻ることができる――という、冒険ファンタジー。

 1939年には、あの「虹の彼方に」の歌で有名な、ジュディー・ガーランド主演のミュージカル映画( Wiki ⇒  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BA%E3%81%AE%E9%AD%94%E6%B3%95%E4%BD%BF) にもなった名作です。
 
 (原作の題は、The Wonderful Wizard of Oz 。映画では、「ワンダフル」が抜けています。違いはほかにも、いろいろあります。たとえば、原作の「銀の靴」が、映画では「赤い(ルビーの)靴」になっていたり……)

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 では、作者のボームさんはなぜ、「エメラルドの都」の「宮殿」の大魔法使いを、ゴールドの単位であるOz(オズ)としたのか?

 どうして主人公の少女、ドロシーを無事、カンサスに連れ戻す靴が、魔法の「銀」の靴でなければならなかったのか?

 で、いよいよ本題の核心に迫って来たところで、ひとつ「種明かし」をしておかなければなりません。

 この寓話に批判的な意味が込められいることは、もちろん、私の「発見」――ではありません。

 ヘンリー・リトルフィールドさんというアメリカの高校の歴史の先生が突きとめ、すでに1964年に発表〔 ⇒ http://cdlee.files.wordpress.com/2007/11/littlefield-wizard-of-oz-parable-on-populism.pdf〕していたものなのです。

 そしてそれを私は、エレン・ホジソン・ブラウンさんという、アメリカの法律家が書いてベストセラーになった、The Web of Debt という本から教わった……。
 ⇒ http://www.webofdebt.com/

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 ですから、以下の記述は(もまた)、エレンさんの御本とリッチフィールドさんお論文のおかげなのですが、エレンさんの言うとおり(あるいはリッチフィールドさんの言うとおり)、原作が生れた時代背景を知れば、「オズ」をめぐる謎はとけるのです。

 バウムさんがこの物語を書いた1890年代のアメリカは、大変な不況の時代でした。失業率は20%にも達していたそうです。

 当時は金本位制の時代。「ゴールド」を持った(つまり、Ozを貯め込んだ)ウォールストリートの銀行が、それを元手に高い利息で金貸しをして、民衆(農民、労働者ら)を苦しめていました。

 そういう状況のなかで、ポピュリスト(民衆派)の運動が高揚し、1894年には、ジェイコブ・コクシーさん率いる「コクシー軍」の――利息をとらない政府紙幣の発行(リンカーンの時代に行われた)を求めるデモ行進が、オハイオからワシントンに対して行われたりしています。

 で、バウムさん、実はこの方、このポピュリストたちの運動の支持者。
 運動の指導者のウィリアム・ジェニングス・バイヤンが大統領選に名乗りを上げた時も、応援に乗り出していた人です。

 そして、このバイヤンさんてポピュリストの指導者が大統領候補(の候補)として、1896年に掲げたのが、「金本位制」を止める公約。
 より正確な言い方をすると、1873年まで続いていた「金と銀の複本位制」に戻して、金回りをよくし、借金の山にあえぐ農民らを救います、という公約を掲げていた。

 ここまで来ると、当時の状況――物語の時代背景がのみこめますね。
 つまり、バウムさんの原作は、結局、日の目を見なかった、ポピュリストたちの「見果てぬ夢」を託したものだったわけです。

 それだから、子どもたちだけでなく、「風刺」として「年齢を問わず不変の魅力をもって人々の心をひきつける一篇のクラシック」(ハヤカワ文庫版の訳者の佐藤高子さんの「あとがき」より。佐藤さんの日本語訳は素晴らしい!)にもなった!

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 さて、「オズ」の物語の最高のドラマは、全員が「緑の眼鏡」をかけ(させられ)た、緑色の「エメラルドの都」の「エメラルドの宮殿」へ、ドロシーたちが乗り込み、「オズ」という大魔法使いの正体を見破る、あの有名な場面で展開されます。

 (原作では「ついたて」が倒れ、映画では「カーテン」が開きます。オズは魔法使いでもなんでもなく。ネブラスカのオマハから来た「ただの人」だった! そこに隠れて魔法使いのふりをしていただけだった!)

 こうして「7つの廊下」と「3つの階段」(7と3。つまり、複本位制から金本位制にかわった〔18〕73年が暗示されています)のある「エメラルドの宮殿」で、「見えざる手」(この表現は、私・大沼の(C)です!〔笑い〕)でもって「魔法」をふりまき、そこに絶対の権力者がいると信じ込ませていた人為的な「世論=意識操作」が暴露される……。

 このくだりを読んだポピュリストたちは、きっと溜飲をさげたことでしょう。

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 エレンさんは、ドロシーの仲間の「ライオン」(勇気のない臆病なライオン)とは、バイヤン(平和主義者でもあったそうです)を指し、大魔法使いのオズだったのは、当時のクリーブランド大統領のことだと指摘しています。

 なるほど、そういうことだったのですね。

 物語はオズに虐げられていた者たちがみな、力を取り戻し(「カカシ(農民)は脳みそを、「ブリキの樵(労働者)」は心臓を、そしてライオンは勇気を)、それぞれの場所で生きて行くハッピーエンディングを迎えますが、なぜ、この「オズの物語」が今になって再び関心を呼び覚ましているかというと、(これは言うまでもないことですが)物語はそこで終わっても、現実の世界では今なお「物語」が続いているからです。

 権力者が世論操作の魔法を使い、「金融システムの安定のためだ」とか「経済を成長させるためだ」とかナントカうまいことを言って、せっせとお金持ちや権力者(組織)にだけマネーを大放出し、石油や食料の値段を吊り上げ、今や、「ゴールド・バブル」を――さらには「ダイヤモンド・バブル」を生み出すに至っている。

 「エメラルドの都」だけが輝いている。

 恐ろしげな「火の玉」(核兵器?)や「けだもの」(軍事力?)や「巨大な首〔顔〕(テレビ?)」となって、人々を抑え込んでいる。

 これはもう、なんとかしなければならないことですね。

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 つまり、時代は変わっても、状況はひとつも変わっていない。

 「ゴールド・バブル」の波にのって、お金持ちは、新たな、オズの「黄色いレンガ(つまり金塊の寓意)の道」を通って、「エメラルドの都」のカジノに遊び、権勢をふるい、豪勢なわが世の春をエンジョイできるが、ポッケがカラッポな私たち庶民は途方に暮れて、トボトボ歩くだけ。

 これをどうするか?

 これはもう、とりあえずは、新しい「ドロシーと仲間たち」の登場を待つしかありませんね。

 日本の「エメラルドシティー」の実態を、そこにいる「オズ」どもの正体を暴く、日本の「ドロシー」の活躍に期待したいと思います。
(それはたぶん、正義心にあふれた女性ジャーナリストの役目になることかも知れないな!) 

 永田町の「ついたて」を倒し、霞ヶ関の「カーテン」を切り裂き、「ポチ」どもを追い払う、日本の「トト」のガンバリにも期待したいと思います。(オス犬だから、根性のある男性ジャーナリストの役目かも知れないな!)

 もちろん、日本の「ドロシー」「トト」だけでなく、日本の「カカシ(農民)」「ブリキの樵(労働者)」「ライオン(民衆の味方の政治家)」も決起しなければなりません。

 「空飛ぶサル」にも、南と北にいる「よい魔女」たちにも出番がなければなりません。

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 最後に――これも実は先のブログに書いたことですが、物語の中で、オズの大魔法使い(だった男の人)は、ネブラスカの「オマハ」の人で、故郷の町へ気球に乗って、ひとり帰って行きます。

 カカシやブリキの樵やライオンに、それぞれ「力」を授けて。

 つまり、オマハの男は、最後はいいことをしてふるさとに帰って行ったわけです。

 そのオマハに今、偶然にも「オハマの賢人」といわれる、世界一の大金持ちであり、世界一の慈善家である老人が(ほんとうに)住んでいます。

 ことし、80歳になられた、あの有名な、ウォーレン・バフェットさん。

 その「オマハの賢人」の、金持ち階級に対する、手厳しい発言(4年前、のニューヨーク・タイムズ紙での発言です)が今、話題になっています。、

  「そう、階級戦争が続いているんだ。私が属する階級がね――リッチな階級がね、戦争を仕掛けているのさ。そして、私たちが勝利を収めている」

 う~ん、もしかしたら、ウォーレン・バフェットさんて、あの、気球でオマハに帰って行った、あのオズさん(「大魔法使い」さん)かもしれないなあ~! 

Posted by 大沼安史 at 11:41 午前 1.いんさいど世界 |

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