〔いんさいど世界〕 「風刺」が病巣を抉り、「笑い」で癒されるアメリカ ワシントンで《「正気」の、そして/あるいは「恐怖」の復興のためのラリー》 リベラル派コメディアン ジョン・スチュアート、ステファン・コルバート両氏の呼びかけに応え、全米から25万人が結集
政治や経済など時事問題に対する鋭い風刺で大人気のアメリカのリベラルなコメディアン、ジョン・スチュアート氏とステファン・コルバート氏が、米中間選挙の投票日を3日後に控えた30日、ワシントンDCのモールのリンカーン記念館の前で、「正気」の道を取り戻すか、それとも「恐怖」の道をさらに突き進むか選択を求める大集会、《「正気」の、そして/あるいは「恐怖」の復興のためのラリー(Rally to Restore Sanity and/or Fear)》を開いた。
地元テレビ局の推計によると、主催者側が用意した「6万席(人)」を大幅に上回る25万人に達した。ラリーの模様はネットや電波などと通じ「実況中継」されたことから、視聴。ネット書き込みを通じた「間接的な参加者」を含めれば、数千万――あるいは億人台の人々が加わったことになる。
⇒ http://thecaucus.blogs.nytimes.com/2010/10/30/live-blog-rally-to-restore-sanity-andor-fear/?ref=politics
http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/30/jon-stewart-rally-restore-sanity
ニューヨーク・タイムズは「数千人――いや数十億人?が呼びかけに応える」との見出しを掲げた。⇒ http://www.nytimes.com/2010/10/31/us/politics/31rally.html?_r=1&hp
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両コメディアンは、米国の「ケーブル・衛星」チャンネル、「コメディー・セントラル」の2枚看板。その時事問題に対する皮肉・批判・ユーモアは、日本の「お笑い」とはまるで違うもので、ある種の本格的な「政治評論」とも言うべきレベルに達している。
ジョン・スチュアート氏は、ある男性雑誌のランキングによれば、目下、「アメリカで最も影響力のある人物」。
27日には、自分の番組にオバマ大統領を呼んで、テレビ討論を行い、オバマのこれまでの政治姿勢を厳しく批判、「イエス・ウィー・キャンと言ったあと、どうしてバットがつくの?」と突っ込んで、ますます「威信」を高めたばかり。
(スチュアート氏はオバマが大統領選に立候補した時、熱烈に支援した人だ。しかし、オバマが大統領になって、公約違反を始めてからは、一転、手厳しい批判者に変身、笑いの「口撃」を続けていた。そんなスチュアート氏の番組にオバマが出演したのは、中間選挙での民主党の「負け戦ムード」に対し、一発逆転の技を仕掛けるため。27日の番組でオバマは、なかなかの「役者」ぶりを見せ、今後に希望をつないだ……〔大沼の感想〕)
⇒ http://www.indecisionforever.com/2010/10/27/actual-president-of-united-states-actually-on-the-daily-show-in-actuality/
一方のステファン・コルバート氏は、自虐的な、アイロニカルなユーモア風刺の第一人者。
メキシコからの季節農業労働者の支援で、連邦議会の下院聴聞会に乗り込み、「土が地面にあるなんて知らかった」などと「平均的アメリカ人」の愚かしさを自己批判する「証言」を行った、これまた気骨のコメディアンだ。
⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/09/post-1426.html
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この日のワシントンでの大集会のため、スチュアート氏は「正気を復興するラりー」サイトを、コルバート氏は(アイロニカルに)「恐怖を生かし続ける行進」サイトを立ち上げ、それぞれのファンに結集を呼びかけていた。
スチュアート氏はサイトでこう呼びかけていた。
「くそったれ! もう、うんだりだ」――こう叫んでみたいと思ったことが一度もない人、いますか? いませんよね。叫び声を上げたい(けど、思いとどまっている)人、全員集合!
⇒ http://www.rallytorestoresanity.com/
コルバート氏のサイトでの呼びかけはこうだった。
アメリカは3つの大原則の上に築かれた国だ。フリーダム(自由)、リバティー(自由)――そしてフィア(恐怖)の上に。いま、希望に満ちた力が、われわれの「恐怖」を奪い取ろうとしている……。いまこそ、「真実」の復興を!
(共和党の新自由主義、および(テロなどの)「恐怖」を煽り立てている保守派に対する、あてこすり――大沼)
⇒ http://www.keepfearalive.com/
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両氏が中間選挙直前のワシントンでラリーを開いたのは、オバマ政権に幻滅したリベラル層の「再結束」を企図したものと見られるが(両氏とも、そうは一言も言っていない)、共和党のサラ・ポーリン女史らが9月にワシントンで「名誉復興」ラリーを開催したのに続いて、今月(10月)2日には、FOXニュース(TV)の保守派キャスターが、同じくワシントンで「ワンネーション・マーチ」を行ったことに対する、対抗措置という狙いも込められている。
つまり両氏の「正気か、恐怖か」ラリーには、保守派のメディアを動員した大攻勢に対する反撃という側面もあるわけだ。
で、両氏が呼びかけた、30日の「正気か、恐怖か」ラリーのハイライト部分を、紹介しよう。
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【スライド・ショー】 ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)に、ラリーの模様の写真スライドが掲載されているので、まずはこれを、ご覧、いただきたい。⇒ http://www.nytimes.com/slideshow/2010/10/30/us/politics/20101031-sanity-rally.html
【ユーチューブ】 ユーチューブにはラリーの実況ビデオがアップされているが、これはそのひとつ。⇒ http://www.youtube.com/watch?v=hgzDn4z3mzw&feature=player_embedded
あの「オズの魔法使い」の「ブリキの木こり」のような人も映っている! ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/10/post-8536.html
【「正気勲章」を授与】 ステージで、正気メダルが、4人の勇気あるアメリカ人に授与された。
コルバート氏は「恐怖メダル(勲章)」を、(恐怖を煽り立てている)アメリカの報道機関の贈ろうとしたが、誰も参加していないので、代わりの最初の「正気メダル」を、7歳のふつうの女子に授与した。「恐れずに、ラリーに参加した勇気を讃えて!」
続いて、スチュアート氏から、「正気メダル」を贈られたのは、黒人女性のヴェルマ・ハートさん。
ハートさんは9月のオバマ大統領とのタウン・ミーティングで、静かに、そして決然と、オバマを面罵した女性だ。
⇒ http://www.youtube.com/watch?v=sHv1ENYAulY
「わたしは疲れきっている。あなたを擁護することに疲れきっている。あなたに深く失望している」と、面を向かって言った、その勇気を讃えて!
(「正気メダル」はこのほか、審判の誤審でパーフェクト試合を逃したメジャーリーグのピッチャーと、ある歌を聴いたことで「平和な心」を取り戻したプロレスラーの2人にも贈られた)
【スチュアート氏のスピーチ】 ラリーの圧巻は、スチュアート氏によるスピーチだった。
「このラリーは何だったのか? これは宗教心のある人々を揶揄するものではなかった。活動する人たちを嘲るものでもなかった。自分自身を見下すものでも、熱い議論を蔑むものでもなかった。今の時代が困難なものではない、恐怖するものは何もないのだと言うつもりのものでもなかった。時代は厳しいし、恐怖はある。しかし、私たちは世界の終わりに生きているのではなく、厳しい時代に生きているだけだ。誰かを憎むことはできても、われわれは敵同士ではない」
But we live now in hard times, not end times. And we can have animus and not be enemies.
(しかし、私たちは世界の終わりに生きているのではなく、厳しい時代に生きているだけだ。誰かを憎むことはできても、われわれは敵同士ではない)
英紙ガーディアンは、このスチュアート氏の発言を「オックスフォード引用辞典」へに収録ものだと称賛していた!
スチュアート氏はさらに、メディア批判を、痛烈かつ清潔に、さらり、こう言ってのけた。
「プレスは私たちの免疫システムです。それが、なにからなにかで過剰に反応すると、私たちは病気になってしまう……あ~あ、言ってしまってサッパリした。ああ、なんか言い気分だ。おかしなくらい穏やかな気分だ」
「 メディアのニュースは、この国が破局の淵にある言い立てているが、私たちは一緒に手を組んで取り組んでいないことこと恥である。でも、真実は――(いまこうして)私たちはそれを実行しているのではないか!」
スチュアート氏は最後に、渋滞のトンネルのメタファー(ニューヨークのハドソン河の下をくぐる「リンカーン・トンネル」!)を持ち出し、横入りや抜け駆けではなく、(出口は対岸のニュージャージに過ぎないが〔笑い〕)譲り合いの精神の大切さを強調し、アメリカ人に再結束を呼びかけた。
【プラカード】 英紙ガーディアンのブログでは、ラリーで目にとまった、今のアメリカの(政治)状況の本質を衝く、プラカードをいくつか紹介している。その一部を、ここで「再紹介」しよう。
"War is not free. Teabaggers, pay your taxes."
(戦争はただじゃない。茶党さんよ、税金を払いなさい)
〈ティー・パーティーの「私を踏みつけないで!」スローガンを皮肉って〉"Snakes! Watch out snakes!" (蛇だ! 見ろ、蛇がいる!)
"The Founding Fathers were East Coast liberals."
(建国の父たちは東海岸のリベラルだったよ!)
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以上、「正気か、恐怖か」ラリーのハイライト部分を紹介したが、両コメディアン氏の言うとおり、今のアメリカは、この二つの言葉をキーワードに岐路に立つ社会なのだ。
ブッシュ政権(そしてオバマ政権も)は「恐怖」でもってアメリカ人を怯えさせ、その「恐怖」でもって憎悪を煽り、それが深刻な社会分裂を呼んで、狂気の沙汰のような現状が続いている。
スチュアート氏はラリーの中で、「われわれが恐れるべきはひとつ――それは、恐怖に囚われることだ」とのルーズベルト大統領の名言を引いて、アメリカ人に対し、「恐怖」からの脱出と、「正気」への復帰を呼びかけていたが、同感と共感の輪は、現場のワシントン・モールを超えて、全米(全世界)の草の根へと広がったはずだ。
それが中間選挙での「共和党の大勝利」を阻止するものとなるかどうかは分からないが、民主党の支持層のリベラル派の団結を強化したことは、否めない事実だろう。
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それにしても、今回のラリーで驚かされるのは、先のスチュアート氏のスピーチ(そして、コルバート氏の「自由・自由・恐怖」3原則宣言?)からも分かるように、彼らの言葉づかいの鋭さ、喚起力には驚かされる。
ニューヨーク・タイムズの文化批評家、ミチコ・カクタニさんは、スチュアート氏の風刺を「ディコンストラクション(解体して再構築する)」力の凄さを指摘していたが、同感である。
⇒ http://www.nytimes.com/2008/08/17/arts/television/17kaku.html?_r=1&ref=jon_stewart
そして、ギリギリのところまで引っ張り、うっちゃりを食らわす離れ業!
(ブッシュの「(アメリカの子どもたちは学んでいるのだろうか?」という問いかけを、「サブリミナルに(潜在意識に刻みこんだ形で)」の一言で、ジョージ・オーウェルもビックリ(?)の、背負い投げで切り返す言葉のウルトラC!――ミチコ・カクタニさんの記事からの引用)
さらには、韻を踏んだ対句的な表現で、コントラストを際立たせる、名人芸的な話術!
(オバマ氏についてスチュアート氏はたとえば、"He ran as a visionary, and he's led as a functionary."(予言者として選挙に出馬したのに、単なる手先になりさがった)というような名科白を吐いている――ガーディアンの記事より)
⇒ http://www.guardian.co.uk/media/2010/oct/03/jon-stewart-barack-obama?intcmp=239
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社会分裂と狂乱のアメリカから、「正気」を取り戻そうとする「言葉」が生まれ、その「言葉」によって、社会再結束の動きが生まれた意義は大きい。
(保守派のFOXニュースのキャスターは(悔し紛れ?に)「私は(正気でなく)狂気を好む、などと言っていたが……)
ガーディアン紙は、スチュアート氏やコルバート氏の「言葉」による訴えを、アメリカの人々は「報道そのもの」と見ていると指摘していた。
当然のことだ。
スチュアート氏の番組、「デイリー・ショー」(1991年から続いている)は、大統領選報道で2度も受賞している。
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そして、そのスチュアート氏らの「言葉」に、真偽を嗅ぎ分ける嗅覚を持つ、アメリカの若者たちが、いま、耳を傾けている……。
⇒ http://www.guardian.co.uk/commentisfree/cifamerica/2010/sep/22/young-americans-jon-stewart-news?intcmp=239
http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/30/arianna-huffington-rally-for-sanity
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しかし、今回の「正気か、恐怖か」ラリーに心を揺さぶられているのは、もちろん、若者たちに限らない。
ニューヨーク・タイムズの電子版の記事に「インタビューの音声」が紹介されていた、カリフォルニアから来た58歳の酒屋さんのようなフツーのアメリカ人も、あるいは、スチュアート氏らによって批判される側に立たされたジャーナリズムの人間もまた、心を揺さぶられているのだ。
⇒ http://www.nytimes.com/2010/10/31/us/politics/31rally.html?_r=1&hp
http://www.guardian.co.uk/media/2010/oct/29/midterms-jon-stewart-rally-washington
ニューヨークからバス200台を仕立てて乗り込んだ、ネット新聞「ハプポ」を主宰する、歴戦の女傑、アリアナ・ハフィントン女史は、ワシントンに向かうバスの中で、「泣いた」そうだ。
⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/30/arianna-huffington-rally-for-sanity
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アメリカはいま、「言葉」で甦ろうとしているのかも知れない。
Posted by 大沼安史 at 01:49 午後 1.いんさいど世界 | Permalink | トラックバック (0)