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2010-08-15

〔コラム 机の上の空〕 「言論の自由」の抑止力

 ドイツの作家、ハンス・ファラダ(1883~1947年)の小説の英訳が、最近、英国でリバイバル復刊され、ちょっとしたベストセラーになっていると聞き、取り寄せて読み始めた。⇒ http://www.guardian.co.uk/books/2010/may/23/hans-fallada-thriller-surprise-hit
 Alone in Berlin( 「ベルリンに独り」、ペンギン・ブッスク

 ドイツ敗戦の2年後、ファラダがその最晩年に書いた小説だが、完全なフィクションではない。

 ナチス支配下のベルリンでレジスタンス活動をしてとらえられ、あの悪名高き民族裁判所で死刑判決を受け、ギロチンで処刑された、実在の夫婦の話を下敷きにした小説だ。

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 モデルとなったのは、オットーさん、エリーゼさんのハムペル夫妻。

 ファラダの英訳本の末尾に、ハムペル夫妻のレジスタンスの遺品の写真が掲載されていた。

 名詞のような、小さなカード。

 「自由プレス! なぜ私たちは戦争で苦しまなければならないのか? ヒトラーのプルトクラシー(泥棒国家)に死を!」

 「ヒトラーの戦争は、労働者の死!」

 夫妻はエリーゼさんの弟さんが無意味な戦死を遂げたことからナチスとの闘いを決意し、手書きのカードをばらまくレジスタンスを続けて捕まった。
(小説では主人公の夫婦の息子さんが戦死する設定になっている)

 小説の主人公が手製のカードを、初めてバラ撒きに行くシーンを読んで、その命がけの戦慄を「追体験」した。

 ちっぽけな反戦カードを撒いただけでギロチンにかける、ナチスの凶暴さよ!   

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 そのナチスにかぶれ、同盟関係の縁組に至った「軍国・日本」も負けてはいなかった。
 でっちあげの大逆事件に始まり、小林多喜二らの拷問死、横浜事件と、言論弾圧は苛烈をきわめた。

 ふつうの職人さん(労働者)だったハムペルさんのように、日本でも戦時中、名もない市井の民が、日ごろ思っていることを一言漏らしたばかりに密告され、投獄されてもいた。

 僕が尊敬するジャーナリスト、高田昌幸さん(北海道新聞記者)が、大原社研のHPから事例(「特高月報」記載)を抜粋して紹介しているので、その一部をここに転載させていただこう。⇒ http://newsnews.exblog.jp/2902026

 岐阜・畳職・52歳――「こんなに働くばかりでは銭はなし税金は政府から絞られるし全く困ってしまった。それに物価は高くなるし仕事はなし、上からは貯金せよといって絞り上げる。実際貧乏人は困っている……日本の歴史なんか汚れたとて何ともない」(或一人に話す、1938年9月、陸軍刑法第99条違反で禁錮6ヵ月)

 福岡・理髪業・31歳――「皇軍兵士が戦死する場合無意識の間に天皇陛下万歳を叫んで死ぬ様に新聞紙に報道されているが、それは嘘だ。ほとんど大部分の者は両親兄弟妻子恋人等親しい者の名前を叫ぶということだ」(数名に話す、1938年10月、陸刑99条で禁錮5ヵ月)

 きっと拷問もされたことだろう。
 出獄後、召集され、戦死した人もいたに違いない。

 こんな、当たり前のことを言った庶民を、禁固刑に処していた軍国・日本!

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 この日本もまた、「8月15日」までは、ナチス・ドイツ同様、恐ろしい国だったのだ。徹底した言論弾圧の国だった。

 その意味で「8・15」とは、軍国権力の、日本民衆に対する言論弾圧攻撃が終わった日(正確には終わりの始まり)でもある。

 つまり「終戦」とは、外敵である「鬼畜」たちとの(対外的な)戦争の終わりであったばかりか、日本民衆に対する「鬼畜ども=権力者」の(対内的な)組織的弾圧の終わり(の始まり)でもあったわけだ。

 私たちは「終戦記念日」を、「言論の自由の回復記念日」と位置づけ、再び、権力者どもの口封じに遭わぬよう、警戒心を高める日としなければならない。

 日本の戦後の言論の自由の確立に向けた闘い(開戦)は、「終戦の日」に始まった!

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 さて、何者かの通報でゲシュタポに捕まったオットー・ハムペルさんは、取調官に対して、こう言ったそうだ。

 「ヒトラーに抵抗できて、私は幸せである」と。

 オットーさんの、この、なんとも毅然たる態度よ!
 
 ヒトラーのナチスはだから、ハムペル夫妻を慌てて殺したのだ。夫妻が行使した「言論の自由」に恐怖したから、夫妻を残虐な刑に処したのだ。

 逆を言えば、こうなる。

 「言論の自由」には――オットーさんが書いた、小さな反戦カードには、あのナチスをも震え上がらせるだけの、巨大なパワーが秘められていた……。

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 その「言論の自由」を「平時」において私たちが行使すれば、それは「戦争」を抑止するものにもなるだろう。

 そして、言論の自由の行使は、オットーさんの言うように、幸せな、ハッピーなことでもある……。

 だから「抑止力」は――(日本の首相が言うように、核兵器にあるのではなく)「言論の自由」……すなわち「言葉の力」にあるのである。 

  
〔注〕

ハンス・ファラダ
 ドイツ語⇒ http://de.wikipedia.org/wiki/Hans_Fallada
 英語 ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Fallada 

 オットー・ハムペルさん ⇒ http://www.gdw-berlin.de/bio/ausgabe_mit-e.php?id=370

 妻のエリーゼさん ⇒ http://www.gdw-berlin.de/bio/ausgabe_mit-e.php?id=369

Posted by 大沼安史 at 09:17 午後 3.コラム机の上の空 |

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