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2010-08-28

空から歌が聴こえる Somedays You Write The Song

 人生の夏休み! 休んで、休んで、休みまくってやる!……

 疲れがたまっているようだ……。

 でも、僕には歌うべき歌がまだ残されている……はずだ。

 で、ガイ・クラーク爺さんのこの歌を。

  ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2010/08/somedays-you-wr.html

Posted by 大沼安史 at 06:49 午後 | | トラックバック (0)

2010-08-26

空から歌が聴こえる  Deep Purple

 夏の闇……昼間の暑熱に耐えたあと、僕らの心に訪れる、紫の震え……。

⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2010/08/deep-purple.html

Posted by 大沼安史 at 07:03 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 イラク戦争 民営化で永久化へ 「米軍撤退」メディア・サーカス 「戦闘」部隊を「支援」部隊に衣替え 米占領軍 在日米軍並みに イラクの社会基盤崩壊 石油汚職の「悪の華」全開 

 イラクに展開していた米軍「戦闘部隊」が今月(8月)末のタイムリミットを前に、「撤退」を進めている。

 まるで、7年半に及ぶ「イラク戦争」と「イラク占領」に一区切り、ついたかのような、メディアの騒ぎぶりだが、現実はまるで違う。

 看板の塗り替え、傭兵の配備……「戦闘部隊」の「撤退」が完了する月末以降も、在日米軍並みの5万人の正規米軍と対テロ活動の特殊部隊4500人が駐留を継続。さらに7万5000人もの「傭兵」がイラク全土に展開する状況が続く。

 なんのことはない。米正規軍を縮小した穴を、「戦争の民営化」で塞ぐだけのことだ。

 ブッシュが始めた戦争で、「石油」の確保には成功したが、イラク社会は崩壊したまま。汚職の悪の華だけが咲き誇っている。

 海兵隊員「そよ風」伍長
 2003年4月、バクダッドの中心部にある、ファルドゥス広場へ、先陣気を切って到達したのは、米海兵隊第4連隊第3旅団の戦闘部隊だった。

 現場を取材していた、英紙インディペンデントのロバート・フィクス記者は、海兵隊員に衛星電話を貸してやった。

 海兵隊員はさっそく、ミシガンの母親に電話した。「ハーイ、ママ、愛しているよ。元気でいるから大丈夫。戦争は2、3日で終わるから、すぐに会える」

 戦争は数日では終わらず、戦闘状態は7年4ヵ月後のいまなお続いている。

 その海兵隊員(伍長)の名は、デイビッド・ブリーズ(David Breeze)。
 ブリーズ……そう、「そよ風」さん!

 (「そよ風」伍長が、フィスク記者の衛星電話を借りた時点ですでに、日本の神風攻撃にヒントを得た、車を使った「自爆」テロが2件、起きていたそうだ。1件は警察官のよる、もう1件はなんと女性2人による……。そよ風どころではない。怒りの爆風が、もうこの時点で起きていた!)

 フィクス記者は、今月20日付けの「米軍、イラクにグッドバイ」の記事を、こんなふうに結んでいた。

 「彼ら(アメリカの当局者)は、ストーリーの書き換えに忙しい……(しかし)彼らは(イラクに)来て、(イラクを)見て、(イラクで)負けたのだ。そして今、勝った、と言っている……」

 イラク戦争はアメリカにとって、決して「そよ風」のような、やさしく、軽いものではなかった。
 ⇒ http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-us-troops-say-goodbye-to-iraq-2057387.html

 「顧問支援旅団」に変身
 アメリカのメディアは、クウェートに撤退する海兵隊の戦闘旅団の兵士に同行取材し、「米軍、イラク撤退」の「メディア・サーカス」を繰り広げたが、同じ「戦闘旅団」の一部が、「顧問支援旅団」に名称を変更、イラクに残留したことを報じたのは、米国の軍事紙、「アーミー・タイムズ」くらいなものだった。

 同紙によれば、5万人の残留米軍正規軍部隊は、7個の「顧問支援旅団」で編成される。⇒ http://votersforpeace.us/press/index.php?itemid=4638

 ということは、つまり、「看板(名称)」の塗り替えによる、変身トリック。姑息な目くらましである。

 イラク戦争・占領の「作戦名」も、一緒に変わった。
 これまでの「イラクの自由」作戦は、「新しい夜明け」作戦に変わった。

 組織的な殺人・破壊行為である「戦争」が、「自由」から「夜明け」に変わった。⇒ http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=20757

 ところで、この残留正規米軍の「5万人」は、くしくも在日米軍と同じ規模。
 
 そういえば、日本「占領軍」も「進駐軍」に変わり、いまでは「在日米軍」――である……。

 米国防総省に代わり、来年10月以降、国務省が所管することになる、「傭兵」7万5000人にしても、中にはフィリピン、ネパール人の「使い走り」もいるが、たとえば無人偵察機を操縦できるような、高度な軍事技術を持った者が含まれている。

 「イラク」は「戦争の民営化」が現実のものになった、最初の「戦場」である……!!

 摂氏55度・汚職……そして被爆
 イラクの女性団体「女性の自由」の代表、ヤナール・ムハメドさんが、「デモクラシーNOW(DN)」のインタビューにこたえ、バグダッドの市民生活の惨状を語っていた。

 「摂氏55度。部屋に座ってもいられない。電気は1日に3時間、来るだけ。集金人が来て150ドルから250ドルも取って行く。ここには政府というものがない」
 「いろんなデモクラシーのストーリーを聞かされるが、私たちイラク人はそれを感じることもできない」
 「世界最悪の汚職の国に成り下がった」

  英紙インディペンデントのフィスク記者の同僚、パトリック・コバーン記者もDNのインタビューで、悪の華のような、汚職のすさまじさを語っていた。

 米国防総省の監査で、イラク復興資金がなんと90億ドル(87億ドル)も使途不明になっているというのだ。
 イラク政府に支出された12億ドルの兵器調達費など、まるごと「蒸発」してしまったという。
 (このイラクの新支配者による汚職の横行については、パトリック・コバーン著、拙訳、『イラク占領―戦争と抵抗』(緑風出版)を参照)

 (復興資金の「蒸発」問題は、「50億ドル」もの復興支援を行った、日本にとっても重大な問題である。日本のマスコミの記者諸君には、徹底追及してもらいたいところだ。それだけ国民の税金が使われたのだから……)

 インタビューでコバーン記者は、米海兵隊の猛攻撃で廃墟と化したファルージャで、イラク住民の間で、ヒロシマよりもひどい放射線による、白血病などの被爆被害が出ていることにも触れていた。
 (この点については、本ブログの以下の記事を参照。 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/07/post-12f8.html )

 復員兵の怒り
 イラク戦争に狩り出された米軍兵士たちでつくる「イラク戦争に反対する復員兵士の会(IVAW)」(会員数1700人)は、今回の「部分撤退」に合わせ、そのサイトに、「イラクの大失敗 7年戦争が残したもの」という声明を掲げた。⇒ http://www.ivaw.net/node/6111

 それによると、2009年の1年間だけで、245人もの復員兵が自殺を企てているそうだ。

 イラク戦争はイラクを破壊したばかりか、米兵の心も破壊しているのだ。

 「声明」はだから、イラク即時全面撤退、イラク復興への全面的な取り組みを求めている。

 IVAWはまた、ブッシュ政権を戦争犯罪者として告発もしている。

 そのブッシュに命じられ、「テロとの戦い」を支援した日本にも、応分の責任はある。

 小泉政権のイラク政策(対米支援策)も徹底して検証されねばならない。

〈参考〉
 ニューヨーク・タイムズ ⇒ http://www.nytimes.com/2010/08/19/world/middleeast/19withdrawal.html?_r=3
 

 星条旗紙 ⇒ http://www.stripes.com/news/middle-east/iraq/state-dept-planning-to-field-a-small-army-in-iraq-1.111839

 AP ⇒ http://news.yahoo.com/s/ap/20100728/ap_on_bi_ge/ml_iraq_contractors

 毎日新聞 ⇒ http://mainichi.jp/select/world/news/20100826ddm007030134000c.html

Posted by 大沼安史 at 12:30 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2010-08-25

〔ジャック天野の目が点・永田町〕 小沢一郎が、立つ!

 畏友、ジャック天野から、例によって、まゆつばもの――あ、失礼、まゆにつばして「拝聴」しなければならない、「永田町トップシークレット」情報が届いたので、以下に紹介する(紹介しないと、うるさいから……)。

 ◎△◎ ⇒ ☆△☆ ⇒ ・△・

 おい大沼、聞いたか、小沢一郎氏が、ついに決起するそうじゃ。

 もち、民主党党首選じゃ。

 で、な、わしのアドバイス、小沢さん、聞いてくれたんじゃ!

 これ、やらないと、あの菅には勝てんし、日本人民も納得しないといったら、「実はオレもそう思っていたところだ」と言うんだな。

 小沢は、以下の3点、(わしのアドバイスに従い)「やる」と言っておった。

 第一。沖縄に行って、普天間基地問題でアメリカ側と再交渉する、と約束する。(例えば、嘉手納空軍基地への「統合」。イラクでもアフガンでも、米空軍は出血を強いられていない。海兵隊はあんなに犠牲を払ってきたのだから、嘉手納(の一部)に移る権利がある! 嘉手納は本来、沖縄のものだが、かりに米軍の専有施設であるとしても、空軍のものではないはず! 空軍のトップにだって、海兵隊が普天間問題で困っているのだから、嘉手納を開放して助けてやろう、それが友軍というもの、と考えている者もいるはず。だいたいが、お互いに助けられない米軍ってあり? 身内さえ助けられないようなところに、日本の安全を任せておくわけにはいかないジャン!)

 第二。ヒロシマに行って、私は(菅と違って)「核抑止力」を必要とは思っていないことを明言する。

 第三。消費税は絶対上げないと明言する。

 これ、明言すれば、小沢の勝ちじゃな。

 わしは、いちど、小沢にの、首相として、この国の舵取りをさせたいと思っておるのじゃ。

 小沢なら、たとえば、(「円キャリ」のボロ儲け・揺り戻しに過ぎない)今の「超円高」に対処すること、できるじゃろうな(たとえば、為替取引税を導入したりして)。

 なぜ、小沢ならできるか?

 それは、お利口さんの菅直人にはない、(民族政治家としての)動物的な「カン」があるからじゃ。

 菅直人はハイエナのようなやつじゃが、小沢は顔に似て、ボス象さん的なところがある。

 小沢は愛国の小沢なのじゃ。

 だから、わしは小沢に期待をかけておる。

 そうじゃ。ここで菅ごときの軍門に下ったら、男がすたる!
 小沢よ、このまま引き下がったら、男がすたる!

 立て、立つんだ、イチロー! 

 正統な保守の政治家として意地を見せるんだ、イチロー! 
 

Posted by 大沼安史 at 09:15 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 「過ちを繰り返さない」ために

 気ままな「夏休み」を楽しんでいる。ふるさと仙台に戻って2度目の夏――。
 東京の大学を「中途退学」し、仙台に帰郷したのは、ひとつに、ジェームズ・キャロル氏の『戦争の家』(緑風出版)を、もうひとつに、サドベリー・バレー校のダニエル・グリーンバーグ氏の『サドベリー 教育創世記』(仮題)のふたつの大著を翻訳せんがためだった。

 笑わないでいただきたい。私はそのために――その翻訳のために、それだけのために、ビンボー覚悟で仙台に帰ったのだ。

 『戦争の家』(上下)を訳出し、いま『サドベリー 教育創世記』(仮題 緑風出版)を訳し、最後の校正を終えたばかり……。

 肩の荷が下りて、今、ようやく、ほっとした「夏休み」である。

 ####

  今、私は「ほっとした夏休み」にあるが、だからと言って、ことし「2010年の(過ぎ去った)夏」を忘れたわけではない。

 ヒロシマ・ナガサキ65周年――。

 厳しい残暑が続く中、ことしの夏の、ヒロシマ・ナガサキの「暑さ」を、、私もまた忘れ去るわけにはいかないのだ。

 ####

 とくに、ヒロシマの夏――ことし2010年のヒロシマの夏は忘れ去るわけにはいかない。

 そう、秋葉市長が「核廃絶に向けた絶好の機会(チャンス)到来」と言ったその時に、菅直人という「日本の首相」は言ったのだ。

 「核抑止力は必要」だと。

 ####

 菅直人のこの発言を聞いて、私は反射的に、ヒロシマの「原爆死没者慰霊碑」の誓いの言葉を思い出した。

 「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」

 これは、自らも被爆者である雑賀忠義・広島大学教授が揮毫したもので、碑文の英訳は、
 
  Let all the souls here rest in peace ; For we shall not repeat the evi.

  ――である。

 この碑文に対して、さまざまな批判があり、私自身もかつて違和感を持ったひとりだが、今は、雑賀博士の「先見の明」に敬意を表したい気持ちでいっぱいだ。

 ことしの「ヒロシマの日」には、アメリカの大使が初めて列席したが、この「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」の碑文は、ルース大使の胸に、ずしんと響いたはずだ。

  For we shall not repeat the evi. 英訳(雑賀博士訳)の碑文は「私たち」と、ハッキリ主語を明示しているからだ。

 We とは、私たちアメリカ人は、の We (でもあった)だったわけだ。

 その We は、当然、日本の首相である菅直人にもかかる主語であったが、己の「権力維持」しか頭にない、この権力欲にとりつかれた男には、そこまで考えられる知力は残されていなかった。

 だから菅は、被爆者の霊に対し、「安らかに眠りたい? 馬鹿言っちゃいけない。私たちはなんと言われようと、核の傘に下に入り込むからね」と言い切ったのだ。

 おそろしく鈍感な、低レベルの「首相」を、日本人民は得たものである。

 ####

 ヒロシマの日の一週間前の7月30日、原爆=悪魔の兵器を生んだ、米国ニュー・メキシコ州ロスアラモスで、核廃絶を求めるデモが行われた。
 ⇒ http://ncronline.org/blogs/road-peace/gathering-storm-hope

 私が尊敬する、ジョン・ディア神父らが行ったデモだった。

 ロスアラモスの中心にある「アシュレー公園」は、ヒロシマ、ナガサキに投下された原爆が組み立てられたところ。

 神父らはその場所に、抗議の「灰」を撒き、30分間、祈りを捧げたそうだ。

 デモにはヒロシマで育った日本人女性も参加した。イラク・アフガン戦争に反対する、内部告発の元米軍人、アン・ライトさんも参加した。
 
 ####

 このデモのことを、ディア神父の記事で知って、これはなんとしても、そうあらねばならない、と思ったことがひとつある。

 それは、ロスアラモスのアシュレー公園にこそ、「原爆死没者慰霊碑」の「誓いの言葉」がなければならないことだ。

  Let all the souls (there) rest in peace ; For we shall not repeat the evi.

 核という「悪」を繰り返さない――これは、「ロスアラモスの誓い」でなければならない。
 
 ####

 そこで提案! 広島市長の秋葉さんに――ヒロシマ・ナガサキの被爆者団体に、ひとつ提案したい。

 ロスアラモスに、「原爆死没者慰霊碑」の「誓いの言葉」のレプリカを置く運動を繰り広げてはいかがか?

 それはビキニにも、旧ソ連のセミパラチンスクにも、置かれてしかるべき「言葉」だと思うのだ。

 そう、雑賀博士の高邁な「We」には、それだけの――全世界を「核廃絶」に導く力がある……。
 
 ####

 8月6日の「ヒロシマの日」が過ぎても、私たちが「ヒロシマ」を、なかなか忘れてしまうことができないのは(心のどこかに引きずらざるを得ないには)、たぶん、この「We」のせいだ。

 「安らかに眠って下さい (私たちは)過ちは 繰返しませぬから」

 慰霊碑に刻まれた「ヒロシマの訴え」は、次の「ヒロシマの日」に続く――1年後に続く、「ヒロシマの訴え」である。

 ヒロシマの死者を安らかに眠らせるには、核保有国の「私たち」が核を廃棄する――それが絶対の前提であり、それしかない。
  

Posted by 大沼安史 at 07:50 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2010-08-23

〔ジャック天野の目が点・永田町〕 小沢一郎、民主党党首選へ 「新党」結成も

 畏友、ジャック天野より、「永田町極秘情報」が届いたので、中身の重要性にかんがみ、ここに紹介する。

 でも、ほんとかな??

 *△* ⇒ ★△★ ⇒・△・

 おい、大沼、元気か、暑熱死。しちゃ、いまいな?
 
 で、情報じゃ!

 わし、「若い未婚女性との不倫のシーツを、とってつけたような笑顔に貼りつけた」、あの菅とか言う男、好かんのじゃが、小沢一郎がいよいよ、「勝負」をかけるようじゃぞ。

 菅というやつは、対米従属&官僚(財務省)従属を明確化して――鳩山との違いと明確化して、延命を図ろうとした馬鹿モンじゃ。

 純ナマ保守の政治家、小沢にしたら許せんようじゃの。

 9月の民主党代表選に出ること、決めたそうじゃ。
 
 勝ち目?――そんなのどうでもよいのじゃ。菅に負けたら、民主党を出ればいいだけじゃからな。

 そう、「小沢新党」じゃ。

 だいたい民主党ってのはの、鳩山の「融資」で持っている党じゃ。小沢まで出たら、残ったやつらは、ファイナンスできん!

 それにな、わしは小沢を買っておる。

 あのアメリカに反旗をひるがえし、ロッキード事件ではめられた田中角栄の裁判を欠かさず傍聴した男じゃからの。

 義理がたいやつじゃ。

 憂国の政治家じゃ。

 ま、菅直人に比べての話じゃがの。   

Posted by 大沼安史 at 07:10 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 ウィキリークス アサンジ氏に対しネガティブ・キャンペーン激化 「漏洩源」のブラッドレー・マニング氏をマイケル・ムーア監督が支援に乗り出す

 米・NATO軍による「アフガン戦争」の非人道的な「真実」を、米軍極秘文書の暴露で徹底追及する「ウィキークス」のリーダー、ジュリアン・アサンジ氏に対する、恐らくは米国諜報機関、CIAによる「ネガティブ・キャンペーン」が激化しているようだ。

 「ウィキリークス」がサーバーを置く、スウェーデンの当局が、アサンジ氏の「レイプ」事件(それも2件。スウェーデン女性の「訴え」に基づく)で逮捕状を用意し、(あまりに馬鹿げた訴えと分かったらしく)数時間後に、逮捕状を撤回する騒ぎがあった。
⇒ http://www.guardian.co.uk/media/2010/aug/22/wikileaks-julian-assange-denies-rape-allegations

 「アメリカ軍事帝国」は、なりふり構わぬ、「ウィキリークス」つぶしに動いているようだ。

 米国のウォールストリート・ジャーナルによると、オバマ政権は、「ウィキリークス」を「窃盗」の罪で、訴追を検討しているという。⇒ http://www.guardian.co.uk/media/2010/aug/22/wikileaks-julian-assange-denies-rape-allegations

 「戦争犯罪者」が、何を言うか!

 ところで、「ウィキリークス」をめぐって、ちょっと、うれしい話があったので、書いておこう。

 あの「華氏911」のマイケル・ムーア監督が、「ウィキリークス」の「情報源」になったのではないかと見られる、ブラッドレイ・マニング米陸軍特科兵(22歳)の支援に乗り出したというのだ。
 ⇒ http://www.commondreams.org/headline/2010/08/21-1 

 「ペンタゴン文書」を暴露した、あのダニエル・エルズバーグ博士と、同じ、英雄的な「暴露」をしてくれた、ブラッドレー・マニング氏!

 ムーア監督は言った。

 マニングさんは「戦争犯罪」を暴露してくれた人だと。

 そう、その通りだ。

 私たちも、ブラッドレー・マニングさんに伝えたい!

 わたしたち日本人も、あなたに感謝していると。

   

Posted by 大沼安史 at 06:23 午後 | | トラックバック (0)

2010-08-21

〔いんさいど世界〕  「認識を示す」国の「公共放送」 距離と温度 倒錯の 「報道物理学」

 私はテレビを観ない。(受像機を)持たない主義――つまり、家にテレビがない! けど、やはり天下の「NHKニュース」は気になる。

 NHKは、全国の「視聴者」から受信料を徴収して「公共放送」を続けている、我が国最大のメディアだからだ。

 そんな「みなさまのNHK」がどんな「報道」をしているか?……メディア・ウオッチャーの私としては、やはり気になる。

 NHKNHKNHKNH

 ネットの「グーグル(Google)ニュース」で、時々、「NHKニュース」(ネットニュース)が流れることがある。時々、読む。

  グーグルが最近、こんな「NHKニュース」を伝えていた。

 それを読んであらためて思った。いや、愕然とした……。
 う~ん、NHKって、ジャーナリズムなの?――と。

 NHKNHKNHKNH

 まずは、「首相再選支持勢力にも温度差」なる「報道」を見ていただこう――。 ⇒ http://www.nhk.or.jp/news/html/20100821/t10013482251000.html

 これが凄い!

 「民主党代表選挙をめぐって……菅総理大臣は、すでに挙党態勢は確立されているという認識を示す一方で、閣僚からは、まだ十分とは言えないという指摘もあり、菅総理大臣の再選を支持する勢力の間でも小沢氏との距離感をめぐって温度差が出ています」

 例によって、ヨイショ権威付けの「認識を示す」報道。それに加えて、「距離感をめぐって温度差」なる、難解な「物理学的」な表現!

 距離感に温度差?

 どういうこと? サル山の派閥の「駆け引き&様子見」、それだけのことじゃない?

 NHKNHKNHKNH

 もう一個。あきれ果てた例を。
 
 「 電気料金払えず 熱中症で死亡」のニュース報道。⇒ 
  http://www.nhk.or.jp/news/html/20100821/t10013482251000.html

 さいたま市で、電気を止められた76歳のお年寄りが、熱中症で死亡した、との報道である。

 ――警察によりますと、同居していた長男は「収入が父親の年金だけで電気料金が払えず、冷房を使っていなかった」と話しているということで、警察が詳しい状況を調べています。

 「冷房を使っていなかった」?……

 電気が止められていて、クーラーを(そして扇風機が、たとえあったとしても)使いたくとも使えなかったのを「使っていなかった」という、この無神経!

 でも、これはまだ序の口……。「生活保護は受けておらず」という部分を読んで、怒りがこみ上げて来た。

 まるで「生活保護を受けていない」のは、死んだ老人の過失のような物言い。

 事実(?)は「さいたま新聞」( ⇒   http://www.saitama-np.co.jp/news08/17/07.html )などが報じているように、死んだ老人は「10年以上前に長男の生活保護を申請したが認められ(ず、そのころ電気とガスを解約した。男性の年金は、2カ月で十数万円。月5万5千円の家賃を支払うと、光熱費を工面でき)」なかった、のだ。

 NHKNHKNHKNH

 果たして「事実」はどうだったか? NHKは「警察によりますと……警察が詳しい状況を調べています」と、短いニュース報道で、2度、いや3度も「警察……」を、繰り返しているが、報道機関としての、君たちの「取材」は――君たちの「取材」結果はどうなっているのだ?

 政局記事では「温度差」などと軽くノタマワッテいる(気温差に敏感であることを誇っているようでもある)が、扇風機もないオーブンのような家の中で、「暑熱死」しななくちゃならない庶民(お年寄り)のことを、NHKの報道局の諸君よ、君たちはどう思っているのだ?

 距離感?……
 権力との「距離感」をなくしているのは(民衆のための社会の木鐸意識をなくしているのは)、君たち「みなさまのNHK」ではないか?

  (「距離感」に注目する諸君なら、「暑熱死」した「老人」と「行政」の距離感――民生委員との距離、生活保護窓口との距離――にも注目すべきではなかったか?)

 温度差?……庶民の「体温」を感じられなくなったNHKは、「おれさまのNHK」でしかないのではないか?

 (そんなにも「温度差」が気になるなら、「老人」宅の室内温度、亡くなったときの体温についても報じるべきではないのか?)

 NHKよ、恥を知ることだ。襟を正すことだ。

 権力者にごますり、庶民を見下す、強きを助け弱きを挫く、上意下達の君らの姿勢は、ジャーナリズムに求められる、由緒正しき、草の根の「地上の力学」に反するものだ!

 「上(へ)」と「下(へ)」とでベクトルが逆になる、倒錯した、NHK・SM、マゾ・サド、報道物理学! 民の声、地の声を語ることなく、権力の声を電波に乗せて、放射しまくる報道物理学!  

 受信料を払いたくない視聴者が出るのも、当然のことである。

〈NHK受信料の拒否に関心のある方は〉 ⇒ http://www.zipangu.com/nhk/kyohi.html

 

Posted by 大沼安史 at 09:44 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2010-08-19

〔重要 NEWS〕 大気中のCO2 ついに「390ppm」を突破! 

  地球温暖化をモニターしている「Atmosphere Monthly」(ニュースレター)は、大気中の二酸化炭素濃度が米国海洋大気局(NOAA)のことし7月の観測で、390.09ppmに達したと報じた。
 ⇒ http://www.co2now.org/Current-CO2/Atmospheric-News/atmosphere-monthly-august-2010.html
 
 1年前、2009年7月は、387.74ppm だった。

  「390ppm」の大台に乗ったのは、近・現代において初めて。

 「Atmosphere Monthly」によれば、産業革命までの、少なくとも過去210万年の間における、地球の大気中の炭酸ガス濃度は、172~300ppm の範囲に止まっっていた。

  それが今や、「400ppm」になんなんとする勢い。

 アメリカのジェームズ・ハンセン博士は、今世紀以内に350ppm以内に戻さないと大変なことになる(450ppm になったら、破局になだれ込む)と警告している。

Posted by 大沼安史 at 12:09 午後 | | トラックバック (0)

2010-08-18

〔NEWS〕 イスラエル兵士たちの「記念スナップ」写真

 除隊したイスラエル軍の女性兵士が自分の Facebookに載せた、兵役中の記念写真が波紋を広げている。

 目隠しされ、手を縛られたパレスチナ人の男、3人の前で、なぜかうっとりした表情をみせる、イスラエルの女性の名(ファーストネーム)は、エデン(Eden)!

 彼女が Facebook の「写真集」につけたタイトルは「陸軍――私の人生の最高の年」。

 批判が湧き上がってから、彼女はこう言った。「間違ったことしたなんて、今も思っていません」。

 彼女の「記念写真」が問題になったあと、イスラエルの退役軍人でつくるグループ、「沈黙を破って」が、現役兵士らが撮影した「記念写真」を集め、公表した。

 英紙ガーディアンが転載している。死体が横たわる、残酷な写真もあるので注意!⇒ http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2010/aug/17/israel-palestinian-territories#/?picture=365845328&index=0

 イスラエル軍のふだんの「活動」の、日常スナップである!
 
 記事 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/aug/17/israel-soldier-facebook-palestinian-prisoners

      http://www.guardian.co.uk/world/2010/aug/17/israel-soldier-facebook-palestinian-prisoners

      http://www.commondreams.org/headline/2010/08/16-9

Posted by 大沼安史 at 08:46 午後 | | トラックバック (0)

2010-08-16

〔NEWS〕 ドイツ経済、好調 秘密は首切りご法度の「クルツアルバイト(短縮労働)」制度

 ドイツ経済が2010年4-6月期に、1990年の東西ドイツ統一以来最高となる2,2%成長を達成し、ひとり気を吐いている。
 共同電によると、好調は輸出や内需に支えられたせいだという。 ⇒ http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010081301000729.html

 四半期で2.2%とは、年率換算では9%近い!

 これに対してニューヨーク・タイムズが、これに付け加えるべき、重要な社会的なファクターを指摘していた。

 Kurzalbeit(クルツアルバイト)が、ここに来て効果を表している、との見方である。⇒ http://www.nytimes.com/2010/08/14/world/europe/14germany.html?_r=1&hp

 「クルツアルバイト」とはつまり「短い労働」「短縮労働」を意味するが、不景気だからといって労働者の首をきらない企業に対し、政府が補助金を出し、労使双方を支援して、ワークシェアリングを続けながら、状況の好転を待つ仕組み。

 解雇、合理化に走らないドイツ的な知恵が、経済不安の増幅を回避させ、金融危機の下降スパイラルから、ドイツ経済を救ったかたちだ。

 米国サルまね(いやポチまね)のネオリベ人減らし・首切り政策をとって来た、日本の政府当局者はハラキリものである。

  

Posted by 大沼安史 at 10:23 午後 | | トラックバック (0)

2010-08-15

〔コラム 机の上の空〕 「言論の自由」の抑止力

 ドイツの作家、ハンス・ファラダ(1883~1947年)の小説の英訳が、最近、英国でリバイバル復刊され、ちょっとしたベストセラーになっていると聞き、取り寄せて読み始めた。⇒ http://www.guardian.co.uk/books/2010/may/23/hans-fallada-thriller-surprise-hit
 Alone in Berlin( 「ベルリンに独り」、ペンギン・ブッスク

 ドイツ敗戦の2年後、ファラダがその最晩年に書いた小説だが、完全なフィクションではない。

 ナチス支配下のベルリンでレジスタンス活動をしてとらえられ、あの悪名高き民族裁判所で死刑判決を受け、ギロチンで処刑された、実在の夫婦の話を下敷きにした小説だ。

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 モデルとなったのは、オットーさん、エリーゼさんのハムペル夫妻。

 ファラダの英訳本の末尾に、ハムペル夫妻のレジスタンスの遺品の写真が掲載されていた。

 名詞のような、小さなカード。

 「自由プレス! なぜ私たちは戦争で苦しまなければならないのか? ヒトラーのプルトクラシー(泥棒国家)に死を!」

 「ヒトラーの戦争は、労働者の死!」

 夫妻はエリーゼさんの弟さんが無意味な戦死を遂げたことからナチスとの闘いを決意し、手書きのカードをばらまくレジスタンスを続けて捕まった。
(小説では主人公の夫婦の息子さんが戦死する設定になっている)

 小説の主人公が手製のカードを、初めてバラ撒きに行くシーンを読んで、その命がけの戦慄を「追体験」した。

 ちっぽけな反戦カードを撒いただけでギロチンにかける、ナチスの凶暴さよ!   

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 そのナチスにかぶれ、同盟関係の縁組に至った「軍国・日本」も負けてはいなかった。
 でっちあげの大逆事件に始まり、小林多喜二らの拷問死、横浜事件と、言論弾圧は苛烈をきわめた。

 ふつうの職人さん(労働者)だったハムペルさんのように、日本でも戦時中、名もない市井の民が、日ごろ思っていることを一言漏らしたばかりに密告され、投獄されてもいた。

 僕が尊敬するジャーナリスト、高田昌幸さん(北海道新聞記者)が、大原社研のHPから事例(「特高月報」記載)を抜粋して紹介しているので、その一部をここに転載させていただこう。⇒ http://newsnews.exblog.jp/2902026

 岐阜・畳職・52歳――「こんなに働くばかりでは銭はなし税金は政府から絞られるし全く困ってしまった。それに物価は高くなるし仕事はなし、上からは貯金せよといって絞り上げる。実際貧乏人は困っている……日本の歴史なんか汚れたとて何ともない」(或一人に話す、1938年9月、陸軍刑法第99条違反で禁錮6ヵ月)

 福岡・理髪業・31歳――「皇軍兵士が戦死する場合無意識の間に天皇陛下万歳を叫んで死ぬ様に新聞紙に報道されているが、それは嘘だ。ほとんど大部分の者は両親兄弟妻子恋人等親しい者の名前を叫ぶということだ」(数名に話す、1938年10月、陸刑99条で禁錮5ヵ月)

 きっと拷問もされたことだろう。
 出獄後、召集され、戦死した人もいたに違いない。

 こんな、当たり前のことを言った庶民を、禁固刑に処していた軍国・日本!

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 この日本もまた、「8月15日」までは、ナチス・ドイツ同様、恐ろしい国だったのだ。徹底した言論弾圧の国だった。

 その意味で「8・15」とは、軍国権力の、日本民衆に対する言論弾圧攻撃が終わった日(正確には終わりの始まり)でもある。

 つまり「終戦」とは、外敵である「鬼畜」たちとの(対外的な)戦争の終わりであったばかりか、日本民衆に対する「鬼畜ども=権力者」の(対内的な)組織的弾圧の終わり(の始まり)でもあったわけだ。

 私たちは「終戦記念日」を、「言論の自由の回復記念日」と位置づけ、再び、権力者どもの口封じに遭わぬよう、警戒心を高める日としなければならない。

 日本の戦後の言論の自由の確立に向けた闘い(開戦)は、「終戦の日」に始まった!

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 さて、何者かの通報でゲシュタポに捕まったオットー・ハムペルさんは、取調官に対して、こう言ったそうだ。

 「ヒトラーに抵抗できて、私は幸せである」と。

 オットーさんの、この、なんとも毅然たる態度よ!
 
 ヒトラーのナチスはだから、ハムペル夫妻を慌てて殺したのだ。夫妻が行使した「言論の自由」に恐怖したから、夫妻を残虐な刑に処したのだ。

 逆を言えば、こうなる。

 「言論の自由」には――オットーさんが書いた、小さな反戦カードには、あのナチスをも震え上がらせるだけの、巨大なパワーが秘められていた……。

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 その「言論の自由」を「平時」において私たちが行使すれば、それは「戦争」を抑止するものにもなるだろう。

 そして、言論の自由の行使は、オットーさんの言うように、幸せな、ハッピーなことでもある……。

 だから「抑止力」は――(日本の首相が言うように、核兵器にあるのではなく)「言論の自由」……すなわち「言葉の力」にあるのである。 

  
〔注〕

ハンス・ファラダ
 ドイツ語⇒ http://de.wikipedia.org/wiki/Hans_Fallada
 英語 ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Fallada 

 オットー・ハムペルさん ⇒ http://www.gdw-berlin.de/bio/ausgabe_mit-e.php?id=370

 妻のエリーゼさん ⇒ http://www.gdw-berlin.de/bio/ausgabe_mit-e.php?id=369

Posted by 大沼安史 at 09:17 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (1)

〔NEWS〕 ロシア森林火災 核都市サロフの南東17キロに ロシア当局「核を避難」 米政府が緊急支援

 ロシアからの報道によると、森林火災の前線は核都市サロフの南東17キロにあるポポフカ村まで到達しており、勢いは衰えていない。

 ロシア政府はサロフの「核」の避難を終えているとしている。

 米政府の緊急支援は電話での米ロ首脳同士の話し合いで決まったもので、2機の大型輸送機が14日早朝mモスクワ郊外に空港に着陸した。
 また、カリフォルニア州のシュワ知事が決定した救援機も到着した。

 報道は「米国の軍事支援」だと報じている。

 米政府の支援はさらに続く予定。

⇒ http://gulfnews.com/news/world/other-world/russia-receives-us-military-aid-as-fire-rages-near-nuclear-site-1.668292

Posted by 大沼安史 at 10:53 午前 | | トラックバック (0)

2010-08-14

〔コラム 机の上の空〕 「考えを示す」国の報道言語学

 戦時中、軽井沢で日本官憲の自宅監視下にあった、フランスのジャーナリスト、ロベール・ギラン氏は14日夜の段階ですでに、「日本降伏」を知っていた。

 隠し持っていた短波ラジオで、サンフランシスコからの放送を聴いていたからだ。

 そして15日正午――。

 ギラン氏の自宅近くの隣組長の家に集まった村人の上にも、「スピーカーから荘重な声が流れ出した」。

 「しばらく沈黙が続く。それから、一度も効いたことのない声が響く(中略)皆驚く。ほとんど何もわからなかったからだ! 天皇は、天子のみが使う特別な荘重なお言葉で語られたのだ。古い、そしてまるで中国語のようなそのお言葉は、庶民の言葉とはほとんど共通点のないものだった」(ロベール・ギラン『日本人と戦争』(根本・天野訳、朝日文庫、より)

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 「庶民の言葉とほとんで共通点のない」、「中国語のような」言葉で語られた「終戦詔書」――。 

 この「玉音」に、「内閣告諭」の補足説明のアナウンスがなければ、民草は最後までチンプンカンプン、何がなんだか分からなかったはずだ。

 テキスト化された「詔書」の文言を(目でしっかり確かめ、行きつ戻りつしながら)読み進んでも、なかなか理解しにくいのだから、雑音交じりのラジオで一回限り聞かされただけでは、完全に理解しおおせた人は、ほとんどいなかったはずだ。

 ……朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し遺憾の意を表せざるを得ず帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ非命に斃れたる者及びその遺族に想いを致せば五内為に裂く且戦傷を負い災禍を蒙り家業を失いたる者の厚生に至りては朕の深く軫念(しんねん)する処なり惟うに今後帝国の受くべき苦難は固より尋常にあらず爾臣民の衷情も朕善く之を知る然れども朕は時運の趨くところ堪え難きを堪え忍び難きを忍び以て万世の為に太平を開かんと欲す……

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 「漢字」は、当時の権力者の基準によれば、英語同様、まぎれもない「敵性言語」の「敵性文字」だったはずの代物だが(しかし、これだけは使わないわけにいかないので敵性言語としなかっただけのことだが……)、「詔書」ではやたら難しい「漢字」が、これでもか、これでもか、とばかりに多用されていた。

 なぜ、こうした、庶民の言葉にはない「漢語」が乱発されたかというと、それはもちろん、「詔書」の「玉音」を、荘重な響きのある、権威あるものにしたかったからだろう。

 庶民にはわからない、ことさら難しい表現での「権威付け」によるごまかし。

 だから「詔書」に、庶民にもわかる「敗戦」や「降伏」は、含まれていなかったのだ。

 「負けた」とは言いたくなかった。「降伏しました」とも言いたくなかった……。

 「終戦」はその日突然、難解な漢語を弾幕のように張り巡らせる、日本の戦争責任者による「宣伝放送」の中で、意味不明なかたちで告げられたのである。

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 表現をことさら難しくする、「権威付けのごまかし」テクニックはしかし、過去のものではない。

 「詔書」放送から65年が過ぎた今になっても、臆面もなく使われていることだ。

 たとえば、8月9日のナガサキの日のNHKのニュース「首相 核廃絶の先頭に立ち努力」(⇒ http://www.nhk.or.jp/news/html/20100809/t10013251511000.html )を見ていただこう。

  菅総理大臣は、長崎の平和祈念式典に出席したあと被爆者団体の代表と会い、唯一の被爆国として核兵器の廃絶に向けた運動の先頭に立って努力していく考えを示しました。(中略)
  また、菅総理大臣は、6日の広島での記者会見で、核の抑止力が必要だという認識を示したことについて、被爆者団体の代表が「残念な発言だ」と指摘したのに対し(後略)――

 このNHKのニュースの文章で、注意していただきたいのは、「先頭に立って努力していく考えを示しました」と「核抑止力が必要だという認識を示した」の2ヵ所。

 この「考えを示す」「認識を示す」とは一体、どんな意図の下に書かれた(採られた)言葉なのだろう?…………

 まずは、下々の者に「示す」権威付けの効果。

 そして、ぼかしとすかし。

 菅首相がもし「運動の先頭に立って努力していく」なら、それは示しただけで済むような軽い考えではなく、重大な(政治生命を賭けた)「決意の表明」でなければならなかったはずだ。

 また菅首相は、ヒロシマの記者会見で「核抑止力が必要だという認識を示した」のではなく、「核抑止力は必要」と「言明」していたのだ。

 ごまかしは許されない。

 ついでに言えば、NHKの記事の、被爆者団体の代表が「残念な発言だ」と指摘したのに対し……の部分にも重大な問題が潜んでいる。

 被爆者団体代表は、菅首相の発言の「撤回」を求めたのであって、それは残念なことですね、と感想を述べたわけではない。

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 「考えを示す」も「認識を示す」も、「詔書」同様、「庶民の言葉」ではない。

 近所のおかみさんが、私、デパートの特売会場へ一番乗りするわよ、との考えを示した、とは絶対言わないし、そのサンマ、目が死んでる、腐りかけているんじゃないの、との認識を示した、とも絶対に言わない。

 権力者の「意=つまり内心」の玉座から「示された」「考え」なり「認識」なりを恭しく持ち上げ、ぼかし・すかし・ごかましを効かせながら、われわれ下々の者に、さも偉そうに伝える「ニュース報道言語」のゴマスリ・イカサマ・テクニック。

 民草に「無条件服従」を強いる、権威主義の大本営報道はもう、いい加減にしてもらいたい。

Posted by 大沼安史 at 02:52 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2010-08-13

〔いんさいど世界〕 「平和なお盆」をよみがえらせ、「平和な日本」をうみだしたアメリカのボートン博士は、戦前、松島の灯篭流しを観ていた! 

 1945年(昭和20年)8月の「お盆」は、灯火管制の下、迎え火も焚けない状況で、盆の入りを迎えたはずだ。

 戦死者は「軍神・英霊」として、帝都(東京)の「靖国」に収用され、遺族たちは愛する死者たちを親しき「霊」として迎え入れることを憚った。

 けれど、お盆の中日、「15日」の「終戦」が全てを変えた。

 日本の民衆はようやく戻った平和の中で、昔の平和なお盆を思い出し、慌しく迎えれた死者たちの霊と親しみながら、その死を(「喜ぶ」のではなく)悲しみ、平和な日常を噛みしめる中で、死者たちを送り返したはずだ。

 戦争が終結した「8月」は久しぶりに日本にお盆がよみがえった夏だった。

 * * *

  米国のジャパノロジスト(日本研究家)、ヒュー・ボートン(Hugh Borton)博士〔1902~1995年〕をご存知だろうか?

 あのライシャワー博士の友人で、同じ時期、日本研究を始めた、草分けの学者である。

 やがて米国務省の日本部長などの立場で、戦争終結に、戦後日本の設計に主導的な役割を果たすことになるボートンさんがエリザベス夫人と2人の子どもを連れ、東大大学院(文学部)留学のため、日本を訪れたのは、日本敗戦の10年前、1935年(昭和10年)2月のことだった。

 1928年(昭和3年)に初来日し、3年ほど東京で暮らして以来、2度目の来日。

 5月の東大への入学手続きを済ませたボートンさんが蒸し暑い東京を逃れ、家族とともにひと夏を過ごしたのは、宮城県の景勝の地、松島(湾)を一望の下に見下ろす「高山外国人避暑地」だった。

 そこでボートンさんは初めて、松島湾の灯篭流しを観る。

 送り盆の「満月の夜」、「……しばらく地上の家族と過ごしてから天国に戻っていく先祖の霊を表す、明るい蝋燭をのせた小さな舟の大群が松島湾に浮かぶ灯篭流しを、沈黙のうちに見物した」(自伝『戦後日本の設計者 ボートン回想録』より)のだ。

 平和な日本の――松島の盆の灯篭流し。

 * * *

 平和な日本のお盆の夏を松島で過ごしたボートンさん(当時、23歳)は、「すべての人の中に神はいる」と信じる、絶対平和主義のクエーカー教徒(フレンド)だった。奥さんのエリザベスさんもまたクエーカーの信者。

 ボートン夫妻の1928年の初来日も、実はアメリカ・フレンド奉仕団からの派遣。ボートンさんは奉仕団の活動の合間に、東京日本語学校で日本語を勉強、奥さんのエリザベスさんは三田の普連土学園で教壇に立っていた。

 2度目の来日で東大で2年間、勉強し、最初の来日を含め、通算5年の日本滞在を終えたボートンさんは、「徳川時代の農民一揆の研究」でオランダのライデン大学から博士号を取得、米コロンビア大学で研究者生活に入ることになるが、時代は暗転し、世界は一気に「戦争の時代」へと進んで行く。

 クエーカー教徒として「良心的兵役拒否者」の立場を貫くボートンさんに待っていたのは、米国務省で対日政策を立案・勧告する調査アナリストの任務だった。

 * * *

 ルーズベルト・トルーマン政権の国務省で、ボートンさんは実は、大変なことをした!

 日本で暮らし、日本を愛していたボートン博士は、平和を愛するクエーカー教徒としての良心に従い、国務省の日本部長、極東局局長特別補佐などの立場で、戦争を早期に終結させ、平和憲法など戦後日本をつくりあがる仕事に心血を注いだのだ。

 その詳細は、博士の自伝、『戦後日本の設計者 ボートン回想録』(五百旗頭真監修・五味俊樹訳、朝日新聞社)や、五百旗頭真著『米国の日本占領政策  戦後日本の設計図』(上下2巻、中央公論社)に詳しいので、ここでは簡単に紹介するに留めるが、

 戦争早期終結では、「戦争を早期に終結するためには大統領ないし他の政府高官から日本の将来の処遇に関する声明を発表し、無条件降伏は日本民族の絶滅や隷属化を意味するものではないと日本国民に保証すべきである」との「覚書」をまとめ、国務省、およびトルーマン政権内の説得につとめ、

 戦後日本の構想では、後にマッカーサーが、立憲君主制・平和主義を柱とした新憲法の草案づくりをする際、ガイドラインにすることになる、「日本統治制度の改革」なる報告書(SWVCC228)をまとめた。

 そう、日本が世界に誇る「平和憲法」の産みの親は、知日家で絶対平和主義のクエーカー教徒、ボートン博士だった!

 * * *

 早期戦争終結では、残念でたまらない、こんな出来事があった。1945年5月29日のこと、ワシントンの陸軍省のスティムソン長官の執務室で、重要な集まりがあった。

 ボートン博士の勧告に従い、2日後の戦没者追悼記念日(5月31日)に、トルーマン大統領が「対日声明」を発表することを承認する重要会議だった。

 「声明」の草案は「無条件降伏は日本の全ての軍隊の降伏と武装放棄を意味するが、必ずしも天皇と皇室の排除を意味するものではない」というもの。

 会議は、このきわめて重要な「声明」草案をいったんは了承したものの……最後の最後に、マーシャル陸軍参謀総長が「時期尚早」を言い出し、見送られることになった。

 なぜ、マーシャル参謀総長は「声明」つぶしに動いたか?
 たぶん、そこには、日本に早期降伏されてはならない事情があったからだ。

 その事情とは、もちろん、その時点ですでに最終段階にあった、あの「マンハッタン計画」の原爆開発である。

 この時、トルーマンがボートン博士の勧告に従い、「対日声明」を実際に発していたなら、ヒロシマ・ナガサキの悲劇は回避できたかも知れないのに……。

 * * *

 ボートン博士は1948年に国務省を辞し、コロンビア大学の教授を経て、1957年、母校のクエーカーの大学、フィラデルフィア郊外にある、バヴァフォード大学の学長に就任する

 ボートン博士はハヴァフォードでもベトナム反戦運動の学生を守り抜くなど、平和主義を貫き通すが、ここで注目しておかねばならないことは、ボートン博士らクエーカー(フレンド)の人々と日本との、「平和」で結ばれた絆である。

 ボートンさんが初来日した際、東京で食事に呼ばれ、励ましを受けた新渡戸稲造博士のメアリー夫人は、クエーカー教徒。

 ボートン博士がハヴァフォード大学の学長として名誉博士号を授与することになる、あの、現天皇が皇太子だった頃、英語教育に力を注いだヴァイニング夫人もクエーカー教徒。

 帰国したヴァイニング夫人のあとを受け、皇太子の英語教師となったのアスター・B・ローズさん(普連土学園園長)もクエーカー教徒。

 立憲君主制のデモクラシーとして再出発した戦後日本の平和の流れの中で、クエーカーの平和主義が実質的に大きな役割を果たして来たことは、忘れてはならない歴史的な事実である。

 * * *

 さて、この17日は、恒例の「松島灯籠流し花火大会」。

 75年前、若き日のボートン博士が七ヶ浜の高山避暑地で観た、送り盆の行事である。

 そしてことしは、くしくも博士が83歳でお亡くなりになって15年(命日は8月2日)……。日本式に言えば16回忌だ。

 もしかしたら博士の霊も、松島を懐かしがって、高山避暑地あたりに、そろそろもう、いらしているのかも知れない。

 博士のクエーカーの信仰に敬意を表しながら、わたしたちは日本人として作法で、博士のみ霊をお迎えし、お送りすることで、戦後の平和・日本を生み出してくれた博士の功績に感謝することにしよう。   

〔参考〕
 ヒュー・ボートン博士
  Wiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Hugh_Borton

  ニューヨーク・タイムズ 追悼記事 ⇒ http://www.nytimes.com/1995/08/09/obituaries/hugh-borton-92-expert-on-japan-and-ex-college-president-dies.html?scp=1&sq=Hugh%20Borton&st=cse

 (このニューヨーク・タイムズ記事を見てもわかる通り、ボートン博士の対日政策づくりにおける重要な役割は、米国でもあまり知られていない。ボートン博士の功績を発掘し、自伝の執筆を励ましたのは、東大の五百旗頭真教授である)

 「戦後日本の設計者 ボートン回想録」 宮城県立図書館 ⇒ http://www.library.pref.miyagi.jp/wo/opc/srh_detail?otype=local&sid=9810029904&dsp=1&ctype=&reqid=20100813074225opc&page=1&_opcsid=411dc10442ea54ba3befdafb0d9badc2

  英文原書 Spanning Japan's Modern Century: The Memoirs of Hugh Borton
  アマゾン(カバーの写真にボートンさんの写真があしらわれています) ⇒ http://www.amazon.co.jp/Spanning-Japans-Modern-Century-Memoirs/dp/073910392X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=english-books&qid=1281653082&sr=8-1

 「米国の日本占領政策 戦後日本の設計図」(上下2巻、五百旗頭真著、中央公論) 同 
 ⇒ http://www.library.pref.miyagi.jp/wo/opc/srh_detail
   http://www.library.pref.miyagi.jp/wo/opc/srh_detail

 松島灯籠流し花火大会  ⇒ http://www.jalan.net/jalan/doc/theme/hanabi/04_hanabi20.html

 高山外国人避暑地 ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B1%B1%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E9%81%BF%E6%9A%91%E5%9C%B0

 ヴァイニング夫人 ⇒ http://www.nytimes.com/1999/12/01/arts/elizabeth-vining-tutor-to-a-future-emperor-dies-at-97.html?pagewanted=2
  Wiki 日本語 ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0
 ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Elizabeth_Gray_Vining

 エスター・B・ローズさん〔1893~1979年〕
  写真と言葉 ⇒ http://www.friends.ac.jp/our/our.html

 クエーカー(フレンド)について ⇒ http://www2.gol.com/users/quakers/who_areJ.htm

 フレンド・オブ・ジャパンの紹介 ⇒ http://www2.gol.com/users/quakers/borton.htm

 普連土学園について ⇒ http://www.friends.ac.jp/our/our.html

Posted by 大沼安史 at 08:11 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2010-08-12

〔いんさいど世界〕 気象予報士たちのプロテスト 真夏の夜の……夢

 真夏の夜に、小話をひとつ。

 ―― その日の深夜、午後11時台の民放のTVニュース。

 巫女(みこ)のように清楚な、白いブラウス姿の気象予報士が画面に現れ、予言者にように、いつもの歯切れのよい口調で、こんな「天気予報」を、さも確信ありげに告げた。

 「明日もまた猛暑日。最高気温は37度に達することでしょう」

 そのあと、このニュース番組の看板娘といわれる、この巫女のような予報士は、意を決したように、さりげなく、こう付け加えた。「予報原稿」にはない、「アドリブ」のコメントだった。

 「地球温暖化は地球暑熱化の様相を深めて来ました。異常事態です……今夜も寝苦しい夜になりそうです……おやすみなさい」

 …………

 翌日の同じテレビ・ニュース。
 画面に登場したのは、「本日から担当することになりました」新人の気象予報士だった。

 急遽、交代したのだ。

 新人の予報士は、快活な口調でコブシを突き上げ、かわいらしい二の腕をのぞかせながら、こう全国の視聴者に向かって叫んだ。

 「明日も猛暑日。でも、日本は元気、日本晴れ、日本全国、チョー頑張るぞお~っ!」  

 巫女のような予報士は、「地球温暖化のタブー」にふれたことで、番組から降ろされていた……。

 * * *

 こんな小話が浮かんだのも、他ではない。

 「デモクラシーNOW」の女性キャスター、エイミー・グッドマンさんがコラムで、これと同じ問題提起をしていたからだ。
   ⇒ http://www.truthdig.com/report/item/news_at_11_how_climate_change_affects_you_20100810/

 天気予報のキャッチに「気象の極端化」を言うのなら、もっと率直に、「地球温暖化」を言うべきではないのか? 

 そうすれば視聴者は、明日は「薄着で」と思うだけでなく、この酷暑の連続、「気象変動」と、どこかでつながっている、と思い始めるに違いないのに……と。

 * * *

 アメリカの「午後11時」の「天気予報」も、「地球温暖化」にはさわらないらしい。

 なぜか? 

 エイミー・グッドマンさんは、ネットの気象サイト、「ウエザー・アンダーグラウンド」(日本語サイト ⇒ http://nihongo.wunderground.com/ )の創始者の一人、ジェフ・マスターズ博士の、こんな指摘を紹介する。

 「われわれは、資金の潤沢な敵と闘い続けているのだ。科学が示す真実を捻じ曲げ、情報として供給している敵と」

 「資金の潤沢な敵」とは誰のことか?

 言うまでもなかろう。

 テレビ局を動かし、政府や議会さえもロビー活動で操っているものどものことだ。

 * * *

 コラムの中で、エイミーさんが、昨年暮れの、「コペンハーゲン環境サミット」の後の、こんなエピソードを紹介していた。

 南米のボリビアは、サミットで、先進国などの二酸化炭素のさらなる削減を明記せよと迫り、受けれられなかったことから、「コペンハーゲン合意」なる文書への署名を拒んだ国のひとつだが、米政府はその報復に、ボリビアに対する数百万ドルの援助の約束を反故にしたそうだ。

 その時、ボリビアは米国に対して、何と言ったか?

 こう言ったそうだ。
 「その金、どうぞ、お戻し下さい。私たちは、何枚かのコイン(硬貨)のために戦っているのではありません。私たちは生きるために戦っているのです」

 金のためではなく命のために……。
 ボリビアのアンデス氷河もまた、地球温暖化で縮小の一途を辿っている……。

 ボリビアなどの提案に無視を決め込んだのは、米国のオバマだけではない。わが日本政府もそうだったことは、忘れてはならないことだ。

 * * *

 寝苦しい夜に、もうひとつ、「真夏の悪夢」を。

 いや、これは正確には、「悪夢」ではなく、科学者たちによる現実的な警告である。

 グリーンランドの氷床(アイスシート)が今後10年以内に、溶解の「ティッピング・ポイント(tipping point )」に到達しかねない、と警告を発したのだ。
  ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2010/aug/10/greenland-ice-sheet-tipping-point 

 「ティッピング・ポイント」とは何かというと、そこに行き着いてしまったら、何をしようと――どうにも止まらない臨界点を指す。

 破局点、暴走ポイント……どう訳そうが、暑熱地獄の一丁目一番地に変わりない。

 * * *

 午後11時台、巫女さんのような人気気象予報士に代わって登板した新人予報士が、世界で最も権威ある環境ジャーナリズム、上記、英紙ガーディアンの電子版で、グリーンランドの氷床が断末魔にあえでいることを知り、天気予報の最後に、こんなコメントをアドリブで付け加えた。

 「グリーンランドの氷床も、このまま行くと、あと、よくて10年の命。みささん、地球温暖化対策、待ったなしです」

 翌日、その「本日最後のニュース」に登場した気象予報士は、またも「新人」だった。

 番組の後、政府の広報CMが流れた。

 「我が国は景気回復と地球温暖化防止に、今後とも鋭意取り組んでまいります」 

Posted by 大沼安史 at 10:16 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2010-08-11

〔いんさいど世界〕 英国で教育改革法(アカデミー法)が可決・成立 優秀校を「アカデミー」(独立校)と認定 教師・父母らによる「フリースクール」新設の道も スウェーデンをモデルに 保守党主導で連立政権が公教育を改革 

⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog2/2010/08/post-ad69.html

Posted by 大沼安史 at 03:57 午後 2.教育改革情報 | | トラックバック (0)

2010-08-10

〔コラム 机の上の空〕 ルース大使を包んだ ヒロシマの光

 米国の精神分析家、ロバート・ジェイ・リフトン氏が、「デモクラシーNOW」のインタビューに応え、ヒロシマの慰霊式典に、米政府を代表し、ルース駐日大使が初めて参加したことについて、「最初の一歩に過ぎないが、とてつもなく重要なこと(enormously important)」と高く評価していた。
 ⇒ http://www.democracynow.org/2010/8/6/us_attending_hiroshima_memorial_enormously_important

 リフトン氏はヒロシマの生存者にインタビューして、 Death in Life: Survivors of Hiroshima を書いた人。知日家で、戦後、核兵器に反対する立場をとり続けて来た人でもある。

 そのリフトン氏が、「ルース大使出席」を「とてつもなく重要」と評価していたので、最初は戸惑いを覚えたが、その理由を聞いて、僕なりに納得した。

 because it signifies our joining in honoring the dead – that’s what that occasion is about, honoring the dead—and finding meaning in their deaths.

 「なぜなら、それは私たちアメリカ人がヒロシマの死者の追悼に参加することを意味することだからだ。死者を追悼し、ヒロシマの被爆者の死の中に、われわれとして意味を見出す。それが今回の大使参列の全てだ」

 ***

 ルース大使から「明確な謝罪」がなかったことはたしかである。しかし、米政府の代表が、そこに着席し、苛烈なヒロシマの光を浴びながら、そこに流れる慰霊の時間を、被爆者らともにした意味は小さなものではない。

 たかが大使の分際で、と言うなかれ。ルース大使は日本における「米政府の代表」である。その米政府代表が、喪服を着て、犠牲者の追悼に参加した意味を、政治的な打算に還元して過小評価すべきではないだろう。

 むしろ、原爆攻撃をした加害国である「アメリカの代表」が喪服を着て、――一おそらくは、一個の人間=アメリカ人としても――ヒロシマの犠牲者を追悼した、という行為には、核攻撃という、二度と繰り返してはならない決定的な過ちを乗り越えてゆく、可能性を見るべきではないか。

 ――これがリフトン氏が短いインタビューの中で言いたかったことではないか……そう思うことができて、納得したのだ。

 ***

 たとえば中国の南京事件の慰霊祭に、日本の大使が出席し、犠牲者の追悼に加わった時のことを想像すれば、リフトン氏の言わんとする意味は、もっとハッキリするかも知れないが……。

 ***

 もちろん僕の中にもシニカルな部分があって、リフトン氏の指摘を耳にするまでは、ルース大使は心の中でせせら笑って、ヒロシマの夏の暑さを呪いながら、ひたすら時間が過ぎるのを待っていたのだろうか?――などと思ったりもしていたものだが、いまは違う。
 
 リフトン氏同様、そうであってはならない、いや、そうであるはずがない、と僕もまた思うのだ。

 そうであるはずがない理由はハッキリしている。

 ヒロシマの8月6日の朝の光には、偽りを決して許さないものがあるから。

 別席の記者会見では「核抑止は必要」と言った菅首相も、だから式典では明確に「核廃絶に先頭に立つ」と言い切っていたのだ。

 ヒロシマとはそういう場所なのだ。

 ***

 そんなヒロシマの慰霊の式典に、ルース大使も列席していた!

 これを enormously important な出来事と言わずして、ほかにどんな言い方があるだろう。

 とてつもなく重要なことが、ことしのヒロシマの日で(ようやく)、起きた!

 ロバート・ジェイ・リフトン氏の指摘に全面的に同意、賛成する。
 

Posted by 大沼安史 at 06:45 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2010-08-09

〔いんさいど世界〕 ヴァンダナ・シヴァさん頌 祝・受賞で「動物三題噺」

 インドの環境運動家、ヴァンダナ・シヴァ女史に「2010年 シドニー平和賞」が贈られることになった。
  ⇒ http://www.sydneypeacefoundation.org.au/index.shtml

 「シドニー平和賞」は1998年以降、世界の社会運動家に対して贈られている、いわば「世直しのノーベル賞」だ。これまでバングラデュの「グラミン銀行」創始者、ムハマド・ユーナス氏や南アフリカのデズモンド・ツツ氏らに授与されている。

 > > > 

 酷暑の最中、一陣の爽やかな風となって届いた、シヴァ女史の受賞決定のニュース!

 グローバル化した新自由主義による全地球環境レイプが進み、地球暑熱化を耐え切れないほどのものにしてしまった今、シヴァ女史の世直しの訴えが認められ、受賞が決まったことを知って、少しばかり救われたような気がした。

 > > > 

 ヴァンダナ・シヴァさんは、その著作のほとんどが日本語訳されていて、エコロジー運動に携わる人々を中心に、日本でもファンが多い。僕も女史の大ファンの一人だ。

 1951年、インド北部、ヒマラヤに程近い、デーラ・ダンの生まれ。

 元々は、カナダの大学で「量子論」研究で博士号(PhD)を取得した核物理学者。その後、環境学者に転向。
 現在は、有機農業を営みながら、エコロジカルな視点で人権と社会正義を守る世界的な運動の、中心的な存在として活躍している。

 昨年暮れの「コペンハーゲン環境サミット」では、空港からひとっ走り自転車で会場入りし、熱弁をふるって環境保護派を勇気付けた。

 ユーチューブのビデオ(⇒ http://www.youtube.com/watch?v=TZ8hO0oat28 )
 まるで、地球を守るインドの女神! 

 > > > 

 シヴァ女史の経歴及び主張は、Wiki( ⇒http://en.wikipedia.org/wiki/Vandana_Shiva )に詳しいが、そこに触れられていないことを三つ、シヴァさんをめぐる「動物三題噺」(いずれも彼女の著書に出ていました……)として紹介することにしよう。

 最初は「象」の話。

 実はシヴァさん、少女の頃、象にまたがって森の中を闊歩していた人!
 お父さんが森を守る林務官をしており、小さなシヴァさんはそのお父さんとともに、抱かれてではなく、自分で象の背に乗って、森の中に入っていた経験の持ち主なのだそうだ。

 シヴァさんはとても行動力のある人(たとえばことし4月に、南米ボリビアのコチャバンバに開かれた「世界民衆水・エコロジーサミット」に出かけて演説をぶったり)。

 そのパワーの源は、象の背中にあり!

 次は「牛」の話。

 「牛」はインドで聖なるものとされていたが、その「聖なる牛」たちが「聖なる(自動)車」によって追い出されていることを、シヴァさんはエコロジーを破壊する重大な犯罪的行為だとして告発している。モータリゼーションとは何かを、インド的な視点、及び世界史的な視点でとらえ、問題点を抉り出している。

 ヒトラーの、あの「アウトバーン」の建設を、環境・地域破壊の第一歩ととらえている!

 この彼女の視点には驚かされ、目からうろこが落ちるような気がした。
 
 日本の道路公団とナチスの類縁性! 車ファッショ、自動車道ファッショ!

 三つ目は「駱駝」の話。

 シヴァさんの本を読んで、もうひとつ教えられたのは、フタコブラクダの話である。

 コブが2個もあるフラコブラクダ!

 その産地、生息地が、あのアフガニスタンであるというのだ。

 世界最強=最悪な、米NATO軍の機械化された軍事力が破壊の限りを尽くすあのアフガンで、人々の船となり、衣料となり、燃料となり、栄養源(乳)ともなっている(た)ラクダたち!

 ラクダたちもまた、アフガン人とともに「戦争」に耐えているのかと思うと、ますます怒りが募る……。

 > > > 

 最後に「核」の話をして、シヴァ女史の紹介を終えることにしよう、
 
 先にも触れた通り、シヴァさんは核物理学者として出発した人だが、彼女が駆け出しの科学者として核分裂連鎖反応の研究を始めた頃、こんなことがあったそうだ。

 シヴァさんのお姉さんか妹さんのマイラさん(医者)が、彼女に「核の危険(ニュークリア・ハザード)」について教えてくれたのだそうだ。

 それまではそんなこと、深く考えても見なかったシヴァさん、マイラさんの言葉に考え直し、環境科学への転向を決断したという。

 そのあたりのこと、あまり詳しくは書かれていないので想像するしかないが、シヴァさんはきっと、その時、ヒロシマ・ナガサキの惨劇にほんとうに向き合い、「核」の恐ろしさを知って、核科学者の道を捨て去ったのだと思う。

 > > > 

 絶滅の科学者から、いのちの科学者に変身し、活動家として実践家として、土着・有機農業を続ける一方、地球環境を守る運動の第一線に立ち、人々の生きる権利を、社会正義を訴え続けて来たヴァンダナ・シヴァ女史。

 彼女の SOIL,NOT,OIL (「土地だ、石油ではない」)という本に、こんな泉のような、心にしみ入る一節がある。

 「インド哲学では、正しく生きることをダルマ(dharma)と言う。これは天然の資源(arth)と、人間のニーズ(kama)の間に橋を架ける言葉である」

 エコロジー、すなわちダルマ!

 シヴァさんは、人間が環境と調和しながら、「正しく生きること(ダルマ)」を訴え続けて来た人だ。

 暑い国、インドの人であるにもかかわらず、彼女という存在に、爽やかなものを感じるのは、そのためである。  

Posted by 大沼安史 at 06:04 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 海の植物プランクトン 年率1%で減少続く 

 英紙インディペンデントの報道によると、海の植物プランクトンが年に1%のペースで減少しているのだそうだ。
 カナダの研究チームによって明らかになった。
  ⇒ http://www.independent.co.uk/environment/climate-change/the-dead-sea-global-warming-blamed-for-40-per-cent-decline-in-the-oceans-phytoplankton-2038074.html

 毎年1%といっても、過去100年のスパンでみると、なんと40%にも……。とくに1950年代以降の減り方が目立つという。

 植物プランクトン? そんな原生生物のことなんか、わしら知らんよ、と言うなかれ。

 海の植物プランクトンたちは私たちが呼吸している酸素の、なんと「半分」を供給してくれている大事な存在なのだ。

 で、なぜ、減っているか? これも地球温暖化がからんでいるらしい。
 う~ん。また困ったことになってきたなあ~。

Posted by 大沼安史 at 05:49 午後 | | トラックバック (0)

2010-08-08

〔NEWS〕 ロシア軍、核兵器生産基地の周囲に運河建設 森林火災の波及を阻止

 森林火災対策でロシア軍は、モスクワの東350キロのあるサロフ核兵器生産基地の周囲に運河を掘り、防御態勢を固めた。

 サロフ基地は1949年、旧ソ連初の原爆を生産した秘密都市で、その後も核兵器の設計、製造で主要な役割を果たして来た。

 サロフ基地は森林地帯のど真ん中にある。

⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/aug/08/russia-nuclear-base-wildfires

Posted by 大沼安史 at 12:50 午後 | | トラックバック (0)

2010-08-07

〔NEWS〕 菅直人 ヒロシマでの「核抑止2枚舌」に被爆者らが抗議

 中国新聞は速報で、広島県原水協と広島県被団協が、菅直人首相の、6日の記念式典後の記者会見での、「核抑止は我が国にとって必要」発言を問題視し、さっそく抗議文を送った、と報じた。⇒ http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201008070174.html

 広島市の平和宣言は、「核抑止」からの離脱を求めている。

 菅首相は式典のあいさつでは「核兵器のない世界の実現へ先頭に立って行動する道義的責任を有する」と誓っていた!

 にもかかわらず、ヒロシマを地獄と化した、大量虐殺・大量破壊兵器である「核」を、そのヒロシマの地で、それも慰霊祭直後に、「抑止力があるから必要です」と持ち上げてみせた、被爆国・日本の菅直人首相!

 「核の傘」に突き刺されたヒロシマで、よくも言えたものだ。

 「核」に抑止力があるなら、どうしてアメリカはヒロシマへの原爆攻撃を思いとどまらなかったのか?(開発した科学者の間からも、あれだけ、やめないさいとの声が上がっていたのに……)

 「核抑止」は正当化できる?……ならば北朝鮮の核開発も正当化できるというのか?……

 菅直人よ、君はつまり、こんなタワケたこと言っているのだ。 「核兵器のない世界の実現へ先頭に立って行動する道義的責任を有する我が国にとって核抑止は必要」である、と。!?

  ダブルな舌先とヘラヘラしたつくり笑いのご都合主義が、どれだけ被爆者の(国民の)怒りを呼んでいるか、菅直人よ、君は知るべきである。

 

Posted by 大沼安史 at 06:46 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 ロシア森林火災 チェルノブイリ原発事故汚染地区に迫る 地中廃棄の放射性物質、大気中に放出の恐れ

 ロシアの森林火災が、チェルノブイリ原発事故後、放射能廃棄物を地中に廃棄処分したブリャンスク地区に迫っている。

 火災が廃棄地を覆うことになれば、大気中に放射能が排出される恐れがあり、ロシア非常事態省では警戒を強めている。

 森林火災による大規模な二酸化炭素の大気放出に続いて、こんどは放射性ガス?……

 とんでもないことになって来た。

⇒ http://rt.com/Top_News/2010-08-06/russia-wildfires-contamination-emergency.html?fullstory

Posted by 大沼安史 at 05:21 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 ヒロシマの少女 命のこだま

 6日の夜、女性史研究家でもある堀場清子さんの詩集を読んだ。

 堀場さんは戦時中、広島の祖父の家に東京から縁故疎開し、広島県立第一高女に転校した。

 8月6日の朝、堀場さんは、閃光に続き、広島上空に湧きかえる五色の雲を見た。呼び出してを受けて、病院へ手伝いに行った。そこで、被爆者たちのむごたらしい姿を見た。

 15歳の少女、堀場清子さんが見て、聞いた、夏のヒロシマ。

 * * *

   すべての人に伝えたい/(中略)/山脈をはるかにこえて 毒茸のように/純白のパラシュートが流れていった/その空がどんなに青かったかを/(中略)/〈一九四五年八月六日〉/人類の汚点の日(中略)

   青かった空のただなかに/むかし語りの来迎図のような/紅と紫が渦巻きのぼり/呪いのばらの巨大な一輪がみごとにひらいた(中略)

   二日目 蒼黄色の膿がながれた/三日目 生きながらウジがこぼれおちた(中略)

   ひと夏を死体の煙でやしなわれた/その空がどんなに青かったか……(後略)
    ――「その空が……」より

 * * * 
     
 15歳の少女は、被爆した少女を見た。彼女たちの声を聞いた。

   ―― 窓格子に額をうちつけて/少女が嗚咽にほそい方をふるわせたとき/〝悲しみ〟が 水のようにほとばしってあたりを/ひえびえと浸したとき

   私はみた/薬局の棚にぎっしきならんだ薬壜が/死魚のように眼をみひらいていたのを/なにものかの意志のような その冷たいかがやき/を
    ――「少女」より

   ――救護所の片隅に 全裸の少女がいた/いく昼夜をうちすてられ/わずかなすき間に かごそい足を重ねて/少女よ/ふいに投込まれた薄明の宇宙をただよって(後略)
    ――「焔」より

  「重傷者がひしめく病院の待合室」で、少女の襲い手がのびて、堀場さんのモンペの裾をつかんだ。

   〈……おこして〉/視力のたえる眼をみはって うごかないわたしを/みあげ/哀しいいまわの力をこめる(中略)

   〈おこして…………おこして〉/かぼそい声が皮膚ににじむ/空あおみ 草のにおいのむれてくる季節ごとに
    ――「影」より

 * * * 

 「ヒロシマ」では無数の少女たちが死んだのだ。原爆が炸裂した8月6日の朝に始まった地獄。
 「ヒロシマ」は「8月6日」だけではない。「8月6日以降」が「ヒロシマ」なのだ。

 被爆による負傷で、後遺症で、無数の少女が殺されたのだ。

 だから、2歳で被爆した、あの「原爆の子」、佐々木禎子さんが、千羽鶴を折って折って折り続けながら、12歳で死なねばならなかったのだ。

 アメリカの言いなりになって、原爆被害の恐るべきの実相を隠蔽しようとし、後遺症で苦しむ人々を棄民して来た、われらが日本の政治権力!

 「ヒロシマ」はだから、「1945年」に限らない、「8月6日」に限らない、私たち日本の「今」に続く、「今現在」の悲劇である。

 * * * 

 堀部清子さんは、米メリーランド大学「プランゲ文庫」の所蔵文書にあたり、占領軍による検閲を通じた世論統制の実態を暴きだした研究者でもある。

 毎日新聞のインタビューでこう語っている。

 ――原子爆弾が米軍によって落とされたとき、日本の支配者は原爆被害の詳細を知っていたし、陸軍省をはじめ各大学の医学部を中心に調査団が続々と広島入りしています。その報告は当然受けたでしょう。被爆の実態がいかにむごたらしいか、ほぼ正確につかんでいたと思います。しかし広島と長崎に原爆が落とされた時点で、支配者の最大の関心事は、いかにして国体を保持して降伏するか、天皇を戦争犯罪から免れさせるかであって、被爆者の救済は末の末だったと思います。

 ――原爆症で亡くなる人が後を絶たないのに、プレスコード(新聞統制基準)によって被害の実相が隠蔽されたのですから、被爆者はアメリカと日本の権力によって二度殺されたと私は思っています。結果として被爆者援護が遅れたのは言うまでもありません。もっともこうしたことは被爆者に限りません。先日もシベリア抑留者への援護が遅れていると報じられていました。水俣病も同様です。支配者の体質は、少しも変わっていないと思います。
 
 堀場清子さん 毎日新聞インタビュー ⇒ http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/talk/news/20100726ddf012070009000c.html

 * * * 

 まったくもって、堀場さんの言うとおりである。

 アメリカと日本に2度、殺された被爆者たち!

 もしかりに私たちが、今に続く「ヒロシマ」を忘れてしまったら、被爆者たちは――あの「ヒロシマの少女」たちは、3度、殺されてしまうことになる。

 * * * 

  八月はきこえる月だ/朽ち果てた生命のこだまらが/ひときわ高くよせてくる月だ(中略)

  無限に裂けた爪痕を/祈りのようにみつめる月だ
    ――「八 月」より

 堀場清子さんの詩集を読みながら、 ヒロシマの少女たちの命のこだまが、ひときわ高く、聞こえて来る気がした。

 忘れまい、と思った。     

 〈注〉
  文中の「佐々木禎子さん」については Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E7%A6%8E%E5%AD%90

Posted by 大沼安史 at 08:41 午前 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2010-08-06

〔重要NEWS〕 Hiroshima and the Art of Outrage 大江健三郎氏がニューヨーク・タイムズに寄稿

 作家の大江健三郎氏がニューヨーク・タイムズ(電子版)に寄稿した。題して Hiroshima and the Art of Outrage(ヒロシマと怒りの作法)。
  ⇒ http://www.nytimes.com/2010/08/06/opinion/06oe.html?_r=1&hp

     時事通信⇒ http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2010080600652

 上記、時事通信の記事も取り上げているが、大江氏の、特に「核の傘」に関する批判は実に痛烈だ。

  And what about the bombing victims who will fill the venue? Wouldn’t they feel a sense of outrage if they were told that it’s their moral responsibility, as citizens of the only atom-bombed country, to choose to live under the protection of a nuclear umbrella, and that wanting to discard that umbrella in favor of freedom is, conversely, an abdication of responsibility?

 (拙訳)(6日に)そしてヒロシマの慰霊会場を埋めることになるだろう被爆者たちについては、どういうことになるだろう? もしも被爆者たちが、唯一の被爆国の市民として、「核の傘」の保護に生きることを選ぶのが、その道徳的な責任だと言われて、彼らは激しい怒りを覚えない、とでも言うのか? また自由を求めて核の傘を捨て去りたいと願うことは、責任の放棄になってしまうのか?

 アメリカの「核」の通過を認めようとする菅直人政権に対する、大江氏のこの痛烈な批判!

 大江氏は、ヒロシマに救援の品を持って出かけた母親の体験(母親の友人の被爆体験)にふれたあと、こう書いて文章を結んでいる。

  As for me, on the day last week when I learned about the revival of the nuclear-umbrella ideology, I looked at myself sitting alone in my study in the dead of night . . . . . . and what I saw was an aged, powerless human being, motionless under the weight of this great outrage, just feeling the peculiarly concentrated tension, as if doing so (while doing nothing) were an art form in itself. And for that old Japanese man, perhaps sitting there alone in silent protest will be his own “late work.”

 (拙訳)私について言えば、「核の傘」イデオロギーの復活を知った先週のある日、私は死んだような夜の書斎に独り座っている自分自身を見ていたのだった……私が見たもの、それは、まるでそうすることが(何もしていないにもかかわらず)、それ自体において、ある作法であるかのように、この大いなる怒りの重みの下で身じろぐことなく、ただただ、不思議に集中した緊張感を感じている、年老いた、力のない、一人の人間の姿だった。この年老いた日本の男にとっては、沈黙の抗議の中で、そこに独り座り続けることはおそらく、彼自身の「最新の作品」になるものである。

 大江氏の書斎からの、気迫のこもった、言葉による、怒りのプロテストに敬意を表する。

Posted by 大沼安史 at 06:47 午後 | | トラックバック (0)

〔重要NEWS〕 ウィキリークス 先に暴露した「アフガン戦争ファイル」の10倍規模の膨大な「新暴露ファイル」を「暗号化」して追加掲載 米軍の攻撃に備え、コピーをネットに分散 非常事態には暗号を解除し、公開に踏み切る構え

 ウィキリークスは7月29日、先に暴露した米軍のアフガン戦争機密ファイル「アフガン戦争ダイアリー」に、暗号化した新暴露文書を追加した。
 ⇒ http://hosted.ap.org/dynamic/stories/A/AFGHANISTAN_WIKILEAKS?SITE=FLTAM&SECTION=HOME

 新文書は1.4GB(ギガバイト)で、先の7万件を超す暴露文書の10倍もの規模。ウィキリークスの「アフガン戦争ダイアリー」の末尾に追加されている。
 ⇒  http://wikileaks.org/wiki/Afghan_War_Diary,_2004-2010 

 追加された文書は「インシュランス・ファイル(保険ファイル)」というタイトルが付けられている。

 これには、ウィキリークスに対する米(軍)の何らかの実力行使(たとえば、代表のジュリアン・アサンジ氏の身柄拘束)、あるいは攻撃(たとえば、サイバー・アタック)に備えたもので、もしそういう事態になれば、暗号を解除して暴露しますよ、との自己防衛、保険つなぎの意味が込められている。

 ウィキリークスではこの暗号化した新ファイルを、「クリプトーム」(⇒ http://cryptome.org/0002/wl-diary-mirror.htm )など、世界の連係サイトに分散しており、スウェーデンにサーバーを置いているいわれるウィキリークスが仮に米軍のサイバー攻撃で「機能麻痺」に陥っても、暴露を続けることができる。

 米国の国防総省(ペンタゴン)は12日、報道官の会見で、すでに公開ずみのファイルの削除と、暗号化したファイルの返還を求めた。

 

Posted by 大沼安史 at 05:54 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 原爆・ガジェット・夏の花……ヒロシマ65年

 ヒロシマを、その「一発」が壊滅し尽くしたその日、原爆を開発した米西部ニューメキシコ州のロスアラモスの研究所に、「原爆攻撃成功」の知らせは入らなかった。

 ロスアラモスの上級研究者が1人、オッペンハイマー所長の命で、攻撃当日の6日、ワシントン入りしていたが、翌日、1945年8月7日午前11時にトルーマン大統領がラジオを通じで発表するまでは、ロスアラモスにも知らせてはならない、との緘口令を受け、「攻撃大成功」を連絡することはできなかった。

 「原爆」はすでに、開発した科学者グループの手からもぎとられ、やがてアイゼンハワーが大統領退任演説で「軍産複合体」と命名することになる、ワシントンの権力者の「持ち物」と化していたのだ。

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 沙漠の秘密研究所、ロスアラモスの科学者たちは、「原爆」を「ガジェット」と呼んでいた。

 ワシントンの軍の権力は、ヒロシマに使用された実戦用原爆第一号に「リトル・ボーイ」という、卑猥な響きさえする、怪しげな名前をつけていた。

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 最近、日本で、「カタカナ英語」として使われ始めた、この「ガジェット(gadget)」とは、ちょっとした気の利いた仕掛け、アイデア製品を指す言葉だ。

 なるほど、「原爆」もまた、ちょっとした仕掛けに変わりない……。

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 ヒロシマの9ヵ月前、1944年の暮れ、ロスアラモスで、原爆を開発する科学者たちが討論会を開いた。そのテーマが、「文明に対するガジェットの衝撃(The Impact od the Gadget on Civilization)」。

 討論会を呼びかけたのは、オッペンハイマーのバークリーの教え子で、サイクロン研究部門の責任者をしていた、ロバート・R・ウィルソンだった。

 クエーカー教徒のウィルソンは、欧州戦線でトイツの敗北が明らかになった現在、「ヒトラーの核」に負けじと着手したロスアラモスでの原爆開発は、最早無用のものではないか、と考えていた。

 ロスアラモスのサイクロン棟で開かれた討論会には、オッペンハイマーも顔を出し、20人ほどの出席者を驚かせたという。

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 文明を破壊しかねない恐るべきガジェット、原爆……「原爆開発の倫理性」を問う、ロスアラモスの科学者たちの集会は、これだけではなかった。ロスアラモスの「劇場」や「礼拝堂」などで何度か持たれていた。

 そんな懸念する科学者たちの集まりで、所長のオッペンハイマーはその「ソフトな低い声」で「雄弁」に語り、科学者たちを説得しようとした。
 「原爆は、全ての戦争を終わらせるものになる」――そこにわれわれが開発する意味がある、それがオッペンハイマーのロジックだった。

 しかしウィルソンら一部科学者たちの恐れと慄きは、消えなかった。

 この科学者の不安、批判はやがて、原爆対日公開実験(でもって日本に降伏させる)を求める「シラードの嘆願書」への署名運動になってゆくものだが、ロスアラモスで原爆の開発段階から、その倫理性を問う声が科学者たちの間で起きていたことは、忘れてはならない歴史的な事実である。

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 ロスアラモスで「トリニティー」原爆実験が行われたのは、ヒロシマの3週間前、1945年7月16日のことだ。

 実験成功で所内がパーティー気分に包まれていた時、座ったまま独り塞ぎこんでいる男がいた。
 ロバート・R・ウィルソンだった。

 同僚のリチャード・ファインマンが「どうして?」と聞いた。「とんでもないものをつくってしまったからだ」と答えた。

 しかしそれは、実はオッペンハイマーの本心でもあった。
 「トリニティー」実験から間もないある朝、オッペンハイマーは路上で顔を合わせたウィルソンに、パイプをふかしながら、こう2度、呟いたそうだ。

 Those poor little people, those poor litte people.

   カワイソウナヒトタチ、カワイソウナヒトタチ

 自分がロスアラモスの所長して産み出したとんでもないガジェットで大量に殺戮される日本人を思っての呟きだった。

 @@@@

 「ヒロシマ」の知らせを聞いて、ロバート・R・ウィルソンは衝撃を受けた。

 「何の話し合いもなく、日本人に対する実験デモンストレーションもなく、原爆を日本で爆発させた時、私は裏切られた気がしました」

 そして3日後の「ナガサキ」の知らせを聞いて、ウィルソンは吐き気を覚えた。

 「ヒロシマ」と「ナガサキ」――ロスアラモスは、「明らかに、重苦しい雰囲気に包まれた」という。

 オッペンハイマーが「原爆はとんでもない兵器だ。これで戦争はできなくなったと言った」との噂がロスアラモスに流れた。内部通牒者はFBIに、オッペンハイマーが「切れた(a nervous wreck)」と報告した……。

 @@@@

 ヒロシマ65周年にあたって、私が今朝方から、このコラムを書き出したのはほかでもない。

 それは、ロスラモスの開発現場での、ロバート・R・ウィルソンを中心する科学者の苦悩、苦闘があったことを(このブログにおいても)確認したかったからだが、より直接的には、ロスアラモスの科学者たちが「原爆」を「ガジェット」と呼んでいたことを、遅ればせながらつい最近、知ったからだ。
 この「原爆=ガジェット」には、単なる「隠語」以上の、深い意味が込められている……そんな気がしたからだ。

 ヒロシマを殲滅した「原爆」も――その後に開発された「水爆」も、所詮、人間がつくったガジェットに過ぎない……。それも、大量破壊と大量殺戮のためのガジェット……

 だから、そんな悪魔のオモチャのようなもの、捨ててしまえ、止めてしまえ、という思いが、少なくともロバート・R・ウィルソンら、ロスアラモスの一部科学者の間にはあったのではないか、と思い至ったからだ。

 @@@@

 ロバート・R・ウィルソンは戦後、初代のフェルミ研究所の所長になるなど実験物理学の道を一貫して歩き、2000年に85歳で亡くなった科学者だが、氏が同時にまた、彫刻家としても建築家としても名を成したことは、原爆開発に携わった自分の経歴に対する反省と無関係なものとは思えない。

 彫刻と建築!

 破壊でもなく殺戮でもない、彫刻と建築!
  
 つまり、創造。
  
 いま私には僅かな資料を手がかりに、ウィルソンの心中を推し量るしかできないのだが、たとえば、彫刻づくりの中で浮かんだその心象に、氏がつくった、忌まわしきガジェット=原爆で攻撃された側――すなわちヒロシマの人々の、対極における心象につながるものが全くなかったとは、言い切れないだろう。

 @@@@

 「夏の花」の原民喜は、言葉を彫琢して、こう遺した。

    遠き日の石に刻み
       砂に影おち
    崩れ墜つ 天地のまなか   
       一輪の花の 幻

 @@@@

 原爆は一輪の花を殺すことはできても、一輪の花を育てることはできない。
 原爆も所詮、ガジェット。

 原爆は悪魔のオモチャのようなものだから、後継世代である私たちは、それを捨て去ればいいのだ。

 ロバート・R・ウィルソン氏の死去を伝える、ロサンゼルス・タイムズの訃報に、こんなエピソードが載っていた。

 戦後、数年経った頃のこと、11歳になる息子さんが、ウィルソン氏に向かって、学校から帰るなり、こう怒りをぶつけたそうだ。

  "How could you do it, Pop? How could you?"

  父さん、なんてことしてしまったの? あんなひどいこと、どうしてできたの?

 @@@@

 原爆は、一輪の夏の花に如かず。

 核のガジェットの山を築き、その権力の頂に立って、傲慢にふるまい続けてきたアメリカ軍事帝国の権力者らを許すわけにはいかないが、そのアメリカの「核のガジェットの傘」の中に駆け込み、足元に咲く、ヒロシマの夏の花を踏みにじり続けて来た戦後の日本の権力者らも許すわけにはいかない。

〔注〕
 ロバート・R・ウィルソンに関するエピソードは、American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer (Vintage) Kai Bird , Martin J. Sherwin 共著から引用しました。(邦訳あり)

 また、以下のネットで利用できる文献も参照しました。
 ⇒ http://articles.latimes.com/2000/jan/21/news/mn-56340

  Wiki英語 http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_R._Wilson
    日本語 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3

 なお、リチャード・ファインマンについては Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BBP%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3 を参照。

Posted by 大沼安史 at 10:24 午前 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (1)

2010-08-05

〔NEWS〕「道路のアスファルトさえも……」 英紙がロシア・火炎地獄インフェルノをルポ 「アメリカの気象兵器のせいだ」

  森林火災の煙がモスクワの街を覆っている。
 猛暑。道端の草も枯れて、散歩の犬も家でごろごろしている。風邪のシーズンでもないのに、マスクをして歩くモスクワ市民。

 地下鉄の地下空間がオアシスとなったモスクワ……。

 そんな記事が英紙インディペンデントに出ていた。
  ⇒ http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/lena-melnikova-dark-rumours-in-a-city-suffering-a-nightmare-of-heat-and-smog-2043554.html

 熱波が冷戦時代を思い出させたらしい。モスクワに、こんな噂が流れているそうだ。
 「これはアメリカの気象兵器のせいだ」

 モスクワから100キロ離れた、モンコヴォイェ村。400人が暮らすこの村は5日にすべて焼失した。7人が死亡、7人が行方不明。

 同紙によると( ⇒  http://www.independent.co.uk/news/world/europe/russian-wildfires-even-the-road-seemed-to-be-on-fire-it-was-like-descending-into-hell-2043553.html )、火炎はこんなふうに襲って来た。

 その日の朝、村人は「異変」に気付き、目をさました。午前10時、全員がパスポートなど持って集まった。
 警察や消防に電話したが、自分たちで対策をとれ、と言われた。

 アヌルエフさんはサイドカーつきのオートバイに奥さんを乗せて逃げようした。そこへ火炎が襲って来た。アヌルエフさんは奥さんを、オートバイの自分の前に乗せ、危機一髪で脱出に成功した。

 アヌルエフさんは言った。
 「周りは何もかも火の海だった。家も木も、地面さえも――みんな燃え上がっていた。道路のアスファルトさえも燃えているようだった。まるで地獄に落ちてゆくようだった」 
 

Posted by 大沼安史 at 11:03 午前 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 真夏の悪夢 地球めざした「クラロン星人」の悲劇

 仙台は七夕です。天の川での、牽牛と織女のロマンチックなランデブー。
 牧歌的ですね。
 大気が澄んでいて、星を間近に見上げることが出来た頃のファンタジー。
 昔の人は宇宙の夢を、エコロジカルに見ていたわけですね。

 でも地上は、異常な夏……地球暑熱化の夏。牽牛と織女に、天の川の流れで「水冷」してほしいような夏。

 これだけ酷暑が続くと、不機嫌で不安定な気分になってしまいます。

 そこで今日は――ついつい思い出してしまった……思い出さなければよかった……いや、思い出さずにはいられなかった、最近、地球で話題のSFホラー物語、「地球をめざしたクラロン星人の悲劇」を――。

 ★ ☆ ★

 時は地球時間=人類西暦、2525年――。
 クラロン(Claron)星人の宇宙船「メイフラワーⅡ(2世)号は、いよいよ「地球」に接近していた。

 宇宙船のクルーは、クラロン星人のカップルが2組(計4人)、クラロン星人のパイロットが1人、そしてアンドロイド(ロボット)2人の計7人。

 「メイフラワーⅡ」は、地球から40光年離れたクラロン星を500年前に出発。地球まであと25年の距離に迫ったところで、アンドロイドの2人が人工授精で「5人」を産み、教育を施し、立派な若者に育て上げていた。

 クルーの任務は、クラロン星人の移住先の「地球」の探索。
 クラロン星は、膨張・巨大化した太陽にいずれ吸収される危機に立たされており、懸命になって移住先を探していた。

 「メイフラワーⅡ」を送り出したクラロン星人たちは、自分たちの運命のかかった地球探査ミッションの成功を必死になって祈り続けていた。
 だが、「メイフラワーⅡ」の出発直前、地球から40(光)年かけて届いた電波情報(地球時間、人類西暦1990年代発)は不吉なものだった。
 「地球で温暖化が加速しはじめた!」

 地球に接近した「メイフラワーⅡ」のクルーは、手持ちの「地球百科事典」と照らし合わせながら、さっそく観測を開始した。

 「青い」はずの地球は「黄色」く、かすんでいた。クルーの一人が叫んだ。 「これは地球じゃないぞ!」
 そんなバカな……!
 クルーは観測機器を南極に向けた。「氷がない!」
 海(太平洋)の表面温度は100度C近く。沸騰寸前の熱湯状態だった。
 
 「地球」は「地球」でなくなっていた。
 「地球」は焼け爛れ、「金星」化していた。

 探査は不可能と悟ったクルーは、より寒冷なはずの「火星」に向かった。

 火星でクルーは初めて「人類」の文化的な痕跡に遭遇した。
 地球から脱出して来たらしい人類5ヵ国のコロニー跡だった。
 火星環境に適応できず絶滅した、人類の廃墟。

 旗が5つ立っていた。何の旗だか、「地球百科」で確認した。
 アメリカ、EU、中国、インド……そして日本の国旗だった。

 地球を周回する軌道に戻ったクルーたちは、絶望と闘いながら、地球が滅んだ原因調査に乗り出した。クラロン星で「吉報」を待つ人々に報告しなければならないからだ。

 分析の結果、結論はこうだった。地球温暖化の警告、警報が鳴っているにもかかわらず、「マネー」に目がくらんだ「ワシントンの政治家」が対策をとらず、結局、地球を滅ぼすことになってしまった――と。
 「やつらは、このパーフェクトな星を滅ぼしてしまった!」

 この「バカどもめが!」――「メイフラワーⅡ」のパイロットが探査用のロケットで飛び出して行った。

 向かったのは、北米大陸東部の、かつてワシントンと呼ばれた地点。無意味なこととは知りながら、怒りの自爆攻撃を敢行したのだ。

 パイロットの最後の言葉はこうだった。

 「バカヤローどもが、地球と一緒に、われわれクラロン星の文明まで滅ぼしやがって……」

 旧ワシントンに小さなクレーターが、ひとつ生まれた。

 ★ ☆ ★

 このホラーSF、僕の創作ではありません。僕の見た悪夢でもありません。
 温暖化で地球は滅びると警告し続ける、アメリカのNASA(航空宇宙局)のゴダード研究所の所長(コロンビア大学教授)のジェームズ・ハンセン博士が、「私の孫たちを襲う嵐(Storms of My Grandchildren)」という本に書いている「実話」です。
 ⇒ http://www.amazon.co.jp/Storms-My-Grandchildren-Catastrophe-Humanity/dp/1408807459/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=english-books&qid=1280959204&sr=1-1

 それを短縮(部分的に再構成。日本語化)したのが、このホラーSF。

 SFですが、もちろん根拠のない、完全なF(フィクション、作り話)ではありません。

 「このままでは、このパーフェクトな星を滅ぼしてしまう!」

 もしかしたら牽牛と織女も、クラロン星人と同じ気持ちで、夜空から私たちのことを見下ろしているのかも知れませんね。 

Posted by 大沼安史 at 07:14 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2010-08-03

〔コラム 机の上の空〕 平和のポリフォニー

 「市民の意見」の最新号に、吉川勇一さんの講演録が載っていた。題して「鶴見俊輔さんの『小田実の組織論』について」。

 吉川さんは、鶴見さんの「小田さんの組織論の根底には『ポリフォニー』という考え方がある」の指摘に触れ、その運動・組織論的な意味を、こう語っていた。

 「『ポリフォニー』とは本来、多声音楽という意味ですが、最初から絶対的な方針があるのではなく、議論や運動の中で異なった価値観や考え方が次々に現れ、それが2重3重に絡まりあいながら、一つの運動を形作っていくという、言わば多元主義とでもいうべき考え方です」

 「モノフォニー」の「斉唱」ではなくて、一人ひとりの声が交響する「ポリフォニー」。

 吉川さんの講演録を読み、僕は「なるほど」と納得した。40数年前、一度だけ参加した、(仙台の一番町をフランスデモで、手をつなぎながら歩いた)「べ平連」のデモの「居心地の良さ」を思い出しながら。

 ポリフォニーとしての運動体、「べ平連」!
 「一人でも始める、一人でも止める」べ平連は、「一人でも歌う」ことができた「ベ平連」だった!

 歌う人が多ければ多いほど、その分「多声」になり、深く響きあうポリフォニーになる。
 しかし、原点にあるのは、あくまでも個人。「べ平連」は、「始めに、歌うその人あり」「そこに、歌うその人あり」の組織だった。

 ♪♪♪♪

 そこに、歌うその人あり……視覚芸術(ヴィジュアル・アーツ)を専攻するニューヨーク、クーパー・ユニオン大学の学生、エミリー・エノコウィッツさん(21歳)も、ポリフォニカルな歌を歌う人だ。

 彼女のブログ、「渇望する画素(Thirsty Pixels)」(⇒ ⇒ http://thirstypixels.blogspot.com/ )をのぞいたら、7月22日のエントリーに、ビデオが貼り付けられていた。

 クリックすると、彼女の歌が流れ出した。I Miss You Palestine(わたしの大事なパレスチナ)。

 彼女が、友人に聞かせようと自分でつくり、自分で歌った歌だ。どうせなら、ブログを見てくれる、世界中の人に聞いてもらおう、とアップしたという。

 彼女のメガネの左のレンズに、絵模様が描きこまれていた。

 エミリーさんはことし3月31日、ヨルダン川西岸のラマラの南で活動中、イスラエル兵が発射した催涙ガス弾を顔面に受け、左目を失明したのだ。
 ⇒ http://www.democracynow.org/2010/6/3/emily

 ワシントンのポトマックにある自宅に戻ると、再びエネルギーが湧き上がり、生きる喜びの中で、I Miss You Palestine の歌が浮かんだそうだ。

 ♪♪♪♪

 ニューヨーク・タイムズに、エミリーさんの近況を伝える記事が出ていた。それを読んで、僕は別の意味でも驚かされた。⇒ http://www.nytimes.com/2010/07/28/world/middleeast/28israel.html?_r=2&scp=1&sq=Emily%20Henochowicz&st=cse

 エミリーさんは、実はユダヤ人。お父さんはイスラエルの生まれ、ホロコーストを生き抜いた両親から生まれた人だった。

 その彼女が、西岸でパレスチナ人の側に立ち、イスラエルに対する抗議行動に参加していたとは……!

 彼女が「被弾」したその日は、ガザ救援船をイスラエル軍特殊部隊が急襲した、あの日だった。

 ♪♪♪♪

 さて彼女の歌に戻ると、僕は彼女の歌をビデオで聞いて、その歌い方に素直に感動したのだが、それは多分、そこに何か、実にナチュラルなものを感じとることができたからだと思う。

 今の日本の若者言葉で言えば、「フツーにすごいじゃん!」。

 彼女の歌には、彼女のシンプルな怒り、素直な共感、率直な自己表現だけがあったような気がする。その彼女のシンプルさが逆に、僕の心に新鮮な感動を広げたようなのだ。

 衒わず、気取らず、まるでややスローなジャズを口ずさむように「わたしの大事なパレスチナ」を歌っきったエミリーさん!

 澄んだ泉のような彼女の歌声は、それを聞いたパレスチナの人々の心に響き、あるいはイスラエルのユダヤ人たちの胸の中でも鳴って、ついには平和のポリフォニーになりうるものだ――といったら、大げさ過ぎるだろうか?

 いや、こういう言い方はよくない。
 率直に言おう。彼女の歌声はフツーに平和のポリフォニーを生み出すものである、と。

 ♪♪♪♪

 先の講演録で吉川勇一さんは、「ポリフォニーの理念」として「多元性を大事にする」ことを挙げていたが、蛇足で僕なりの解釈を付け加えれば、平和運動のポリフォニーには(音楽的な用語で言うと)「個人の即興性」がなければならない、と言ってよいような気がする。

 自分の中から自然に湧き上がる……その時はそれしかありえない、なにものかがなければ、個人の歌も、平和のポリフォニーも生まれないような気がするのだ。

 ♪♪♪♪

 昨年8月、西岸の町、ビリンを訪れた南アフリカのデズモンド・ツツ氏は、非暴力のレジスタンスを続けるビリンのパレスチナ人たちを、こう言って励ましたそうだ。⇒ http://www.nytimes.com/2009/08/28/world/middleeast/28bilin.html?_r=1

 「ガンディーも、ルーサー・キング師も、みんな、a simple man だった」と。

 みんな偉人でもなんでもなく、シンプルな人間なのだ。シンプルな人間でありさえすればいい。

 シンプルな人間はシンプルに生き、自分をシンプルに歌うことができるから。自然体で、平和の歌をシンプルに歌うことができるから。

 「シンプルさ」もまた、多元性(と即興性)と並んで「ポリフォニー」を生み出すものだろう。

 かつて「ベ平連」には――小田実さんには、たしかに、それがあった。
 そして今、「わたしの大事なパレスチナ」を歌う、エミリーさんという、若いユダヤ人女性のシンプルな思い!

 「平和のポリフォニー」は時と場所を超え、いつもどこでも、シンプルに歌い継がれていかなければならない。  

Posted by 大沼安史 at 09:08 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2010-08-02

〔いんさいど世界〕 死してなお、歴史を生みだし続ける歴史家、ハワード・ジン氏

 ことし1月、87歳で亡くなった米国の歴史家、ハワード・ジン氏に関するFBI(連邦捜査局)のファイルが公開された。
 ⇒ http://foia.fbi.gov/foiaindex/zinn_howard.htm
   http://rawstory.com/rs/2010/0730/fbi-admits-probing-zinn-criticizing-bureau/
   http://www.progressive.org/wx073110.html

 共産党員ではないかと疑われ、否定すると、こんどは情報提供者になれ、と迫られたり、捜査員5人がかりで後をつけられたり、ボストン大学の教職から追われそうになったり、「妹」と名乗る女性があらわれ、FBIに「情報」を売り込んだり……。

 243頁に及ぶFBIファイルは、アメリカの権力がジン氏をどれほど危険視していたかを示す、それ自体、一級の歴史資料である。 

 ハワード・ジン氏は言うまでもなく、権力者の「正史」とは異なる、非抑圧者(先住民、黒人、無名の大衆ら民衆)の視点で『アメリカ人民の歴史(A People's History of the United States)』(邦訳、『民衆のアメリカ史』明石書店)を書いた歴史家だ。

 今回、FBIが公開したファイルは、ラジカルな平和運動家でもあったジン氏を、アメリカの権力がどう見ていたかを如実に示すものだが、ジン氏という、ひとりのまっとうな歴史家に狙いをつけ、マークしたことで、その記録は逆に、アメリカ権力者の実態を映し出す、歴史的な証拠物件になった。

 死してなお、曇りのない鏡に、アメリカ権力が如何なるものか映し出して見せたジン氏! 

 元ニューヨーク・タイムズ記者、クリス・ヘッジ氏が、このジン氏のFBIファイルをめぐるコラムの中で、こんな体験談を披露していた。

 ヘッジ氏は刑務所に出向き、若い囚人たちとともに、ジン氏の『アメリカ人民の歴史』を読む勉強会を続け来たそうだ。
 
 その結果、何が起きたか?
 ジン氏の歴史家としての仕事は、若い囚人たちの「目を開く」に十分なパワーを秘めていた、とヘッジ氏は書いている。 ⇒  http://www.truthdig.com/report/item/why_the_feds_fear_thinkers_like_howard_zinn_20100801/

 死してなお、若い囚人たちに、アメリカの歴史を、現実を開示し、希望の在り処を指し示したハワード・ジン氏!

 ジン氏が残した歴史書の輝きと、FBIファイルの薄汚さを比べれば、未来がどちらの側にあるのか、最早言うまでもない。

 ジン氏の「アメリカ史」は、アメリカ社会の負の部分の集約点である刑務所の若者たちをも再生する、パワフルな、新たな歴史を生み出す力を秘めている。
  

Posted by 大沼安史 at 10:09 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 白樺の森が燃えている ロシア 熱波による森林火災で34人が死亡

 ロシアからのAP電( ⇒ http://hosted.ap.org/dynamic/stories/E/EU_RUSSIA_FIRES?SITE=DCSAS&SECTION=HOME&TEMPLATE=DEFAULT )に、白樺の森が炎上している写真が添えられていた。

 森林火災による死者は34人に達している。

 白樺が燃える……これにはきっと、あのヤースナヤ・ポリャーナの家のベランダ(ポーチ)に寝床を敷いて、夏の夜を満喫した(蚊に襲われながら)、杜翁(ト翁=杜(森)の爺さん)こと、トルストイ翁も驚いていることだろう。

 熱波で(寒地・高地に育つ)白樺の森が燃えている――これはただごとではない!

Posted by 大沼安史 at 05:37 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 北朝鮮の地雷 洪水で韓国漂着 爆死者も

 ニューヨーク・タイムズ(電子版)の報道によると、豪雨による洪水で、軍事境界線沿いに敷設された北朝鮮の地雷が韓国側に漂着、漣川(Yeoncheon)で韓国人男性1人が爆死した。
 ⇒ http://www.nytimes.com/2010/08/02/world/asia/02korea.html?_r=1&hp

 北朝鮮の地雷は木箱に格納されたもので、踏んだり、開けたりすると爆発する仕掛け。今回の豪雨ですでに35発が韓国内で発見されている。

Posted by 大沼安史 at 05:09 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 米当局 ウィキリークスのエディター、アップルバウム氏を拘束

 「米軍アフガン機密文書」を暴露したウィキリークスのトップ・エディター、ジェイコブ・アップルバウム氏が8月1日、オランダからの帰途、ニューヨークの空港で拘束された。

 3時間にわたる空港での拘束中、携帯電話、携帯パソコンなどが調べられた。

 同氏によれば、FBIの捜査官はウィキリークスの指導者、ジュリアン・アサンジ氏の立ち回り先などを白状するよう強要したという。

 ウィキリークスでは「アフガン機密文書」の第二次暴露(アフガン・ジェノサイド・ビデオを含む)を予定しているとみられおり、今回の強引な拘束は、米政府(軍)の危機意識を反映したものと思われる。

  ⇒ http://news.antiwar.com/2010/08/01/key-wikileaks-figure-detained-phones-seized-by-us-customs/

Posted by 大沼安史 at 04:56 午後 | | トラックバック (0)