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2010-07-27

〔NEWS〕 山村を精密誘導爆弾で誤認空爆、村人「(最大)300人」が死亡 自動車爆弾攻撃を受けた海兵隊が壊走中、16歳の新妻ら民間人を手当たりしだい掃射 ウィキリークス公開の「米軍アフガン機密文書」 英紙ガーディアン、内容の暴露を続行

 「ウィキリークス」が暴露した「米軍アフガン機密文書」に対し、英紙ガーディアンが検証報道を続けている。
 米軍・NATO軍の戦争犯罪は、ひとつ残らず、告発されねばならない。

 あたりわさわりのない記事で適当にお茶を濁すだけの日本の主流メディアと、真実を知らせるジャーナリズムの責務を果たそうと、徹底追及し続けるガーディアン紙との、この違い!

 日本政府もアメリカの「アフガン戦争」を支持、国民の血税を使って、インド洋洋上補給を続けていたのだから、「関係ない」では済まされない。

 何が「テロとの戦い」――アフガンでテロ行為を続けて来たのは、米軍の方ではないか!

 日本のマスコミも、米軍の蛮行を徹底取材で、批判すべきである。

 以下、ガーディアン紙電子版の20日の報道で、アフガン民間人が犠牲になって事例を紹介する。

〔そこに狙ったはずのタリバン最高幹部がいかなった! 山岳部の村を米軍B1爆撃機が2000ポンド精密誘導爆弾を6発で空爆攻撃。村人300人が死亡〕
 2007年8月2日、米軍の特殊部隊はアフガン北部ヘルマンド州のバグニ渓谷に、タリバンの軍事指導者、イクラス師とその副官に追い詰めた――と彼らは判断した。

 イクラス師を囲んでタリバンの最高会議が開かれると確信した特殊部隊は、バグラム基地のBI爆撃機を呼び寄せ、現場に2000ポンドGBU-31型誘導爆弾を投下させた。

 その際、バグラム空軍基地が出した声明は「周辺に、無実のアフガン人がいないことを確認後」空爆した、と強調した。

 しかし、今回、暴露された「戦闘報告」によると、爆撃後、24時間以内に、現地の村人たちが、米特殊部隊のシナリオとは違った証言をしていることが早くも明るみに出た。

 村人たちがロイター通信に語ったところによると、現地ではタリバンによるスパイの公開処刑があり、村人はそれを見るよう駆り出されていたというのだ。そこへ、米軍の巨大爆弾が6発、降り注いだ……。

 村人たちのよると、この空爆で、タリバンを含む最大「300人」が死亡した。

 特殊部隊が追っていたイクラス師は9ヵ月後の2008年5月、ヘルムンドの南で逮捕された。
 
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/afghanistan-war-logs-helmand-bombing

   
〔自動車爆弾に壊走した海兵隊中隊が逃避中、新婚間もない16歳の女性らアフガン民間人を19人を掃射して虐殺〕
 2007年3月4日のことだった。アフガン・ジャララバード郊外でのこと。
 アフガンに3週間前、到着したばかりの海兵隊の中隊(120人)が自動車(ミニバン)爆弾の攻撃を受けた。
 海兵隊中隊の1人が負傷しただけで済んだが、中隊は懸命になって現場を離脱、道路を走る10キロ近く逃げ、態勢を立て直した。

 この壊走の際、民間人の虐殺が起きた。逃走中の4人の海兵が、目の前に現れた現地住民に対し、機銃掃射を浴びせたのだ。

 刈り取った草のたばを抱えた新婚間もない16歳の女性や、道路を歩いていた75歳の店主ら19人が殺され、50人が負傷した。

 事件発生から1時間後、ジャララバードの現地当局者は海兵隊中隊に「民間人28人が死亡」と伝え、中隊に駐屯地に戻るよう求めた。

 中隊は2時間後、状況を確認しに現場に戻ったが、駆けつけたAPのカメラマンやテレビ局のデジタルカメラの映像を無理やり消去させた。

 この虐殺に抗議してジャララバードではその数日、抗議デモが続いた。
 
 この事件を知った米陸軍(海兵隊ではなく!)の某大佐は「大変な過ち」を犯したと責任を認め、犠牲者に遺族に1人あたり2000ドルの弔慰金を支払った。

 これに対して海兵隊側が反発、再調査を求めた。再調査は17日間、行われ、1万2000頁もの報告書がまとめられたが、闇に葬られた。海兵隊の数人が「訓戒」処分を受けただけだった。

 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/afghanistan-war-logs-us-marines 

〔「白に青」ファイルより〕
 本ブログの第一報 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2010/07/post-4d12.html
 で、内容を詳しく紹介しなかった、米軍によるアフガン民間人虐殺――これを米軍用語で「ブルー・オン・ホワイト」というそうだ)事件を、ここに記すことにする。

 いずれも、これまで米軍によって、これまで蓋されていた事件。犠牲者のためにも――アフガン戦争の実態を知るためにも、「日本語化」しておかねばならない。

 以下はいずれも、ガーディアン紙 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/afghanistan-war-logs-helmand-bombing による。

 〈タンク車に群がる人々に対して、ドイツ軍司令官の要請で、米軍のF15が出動、「純粋な武装勢力56人」を空爆で殺す……実は民間人最大70人が犠牲に〉
 2009年9月、アフガン北部クンダスで、燃料輸送車2台がハイジャックされ、群集が略奪を始めた。
 これを知ったドイツ軍司令官が空爆を要請。F15ジェット戦闘機が1機出動、「周辺に民間人がいないのを確認し」空爆攻撃を行った。

 「純粋な武装勢力」56人を殺害したが、その後の調査で、30~70人の民間人が犠牲になっていることが明らかになった。

 〈ロケット攻撃と爆撃で民間人26人が死亡〉
 2008年8月30日、米軍特殊部隊「スコルピオン26」が、ヘルマンドの「タリバン」をロケット攻撃。空軍機も出動し、500ポンド爆弾を投下、「タリバン、24人」を殺害した。
 
 誤認だった。9日後、「戦闘報告」は、スマート爆弾のシステム・エラーで誤爆し、「26人の民間人」が犠牲になっていた。

 〈ポーランド軍 結婚式を砲撃〉
 2007年8月16日、ナンガー・ケール村で行われていた現地の人の結婚式に対し、ポーランド軍が砲撃を加えた。6人が死亡した。IED(路肩爆弾)の爆発に対する復讐とみられる。

 「戦闘報告」には、妊婦も負傷、お腹の赤ちゃんが死亡した、とあった。

 ポーランド軍兵士は帰国を命じられ、裁判にかけられたが、上層部の介入で判決を出すに至らなかった。

 〈フランス軍 こどもの乗ったバスを掃射〉
 2008年10月2日、カブール郊外のタンギ・カライ村で、フランス軍兵士が「輸送隊に接近してきたバスを掃射」した。
 子ども8人が負傷した。

 〈米軍、バスを掃射。乗客4人を殺害〉
 2008年12月12日、ガズニー北部の道路上で、米陸軍第506歩兵連隊第1大隊に対して、バスが接近。大隊の兵士一人が旗を振って停車を指示したが、従わないためマシンガンで掃射。乗客4人が死亡、11人が死亡した。
 バスの運転手は米兵を山賊と疑って速度を落とさなかった。それだけのことで……。

   

Posted by 大沼安史 at 09:02 午後 |

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