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2010-07-15

〔コラム 机の上の空〕 核よ、驕るなかれ! 「トリニティー」 65周年

 カトリック・イエズス会のジョン・ディア神父は、非暴力・直接行動でアメリカの反核・平和運動の最先頭に立ち続ける、現役の活動家である。

 ベリガン兄弟らとともに、(剣を鋤(すき)に変える意味の反戦運動)「プロウシェア」にも参加し、これまで少なくとも75回、逮捕された人だ。
 ⇒ http://www.fatherjohndear.org/

 そのディア神父の自伝、『挫けざる平和(A Persistent Peace)』に、こんな法廷での場面がある。

 ディア神父が、米空軍の基地に侵入、駐機中の核装備可能な戦闘機に対して、シンボリックな“破壊活動”を行い、逮捕された時のことだ。

 保守派の判事に「いったい、誰があなたを基地まで送り届けたのか? 一体、何者が導いたのか、白状しなさい!」と迫られたディア神父、嘘はつけない、これはもう正直なところを言うしかないなと思い定め、傍聴席を振り向いて、心配そうな顔をしている支援者たちを見渡したあと、判事に向かってこう言ったそうだ。

 「私を現場へ導いたのは、聖霊です!」

 △ △ △

 こんな「エピソード」を思い出したのはほかでもない。(今月=7月の)この16日の日が、「父」と「子」と「聖霊」が一体のものであるとするキリスト教の教義から採られた「トリニティーの日」であるからだ。

 「トリニティー」――「三位一体」。ヒロシマ・ナガサキに向け、1945年7月16日、ニューメキシコ州の荒野で行われた、世界最初の核実験。「原爆」を誕生させた実験の名称。

 現地時間、午前5時29分45秒。
 現場は一瞬、真昼よりもまばゆく輝き、恐るべき核のエネルギーが放出された。
 その「巨大な死の火の玉」のどこに、「聖霊」は宿っていたというのか。

 「父の子」=人をして、「核=絶対兵器」へ導いた「聖霊」とは、ほんとうにキリスト教の「聖霊」なのか?

 △ △ △

 この原爆実験に「トリニティー」と名付けたのは、ロスアラモスの所長として「マンハッタン計画」を統括した、アメリカの理論物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーである。

 オッペンハイマーは理論物理学者である一方、青年期の精神的な危機を、プルーストの『失われた時を求めて』を読んで脱け出たり、ボードレールの詩を口ずさむ文学の人。
 「トリニティー」の実験名も、あの「死よ、驕るなかれ」で有名な、イギリスの詩人、ジョン・ダンの「聖なるソネット」の一節を思い浮かべて、とくに理由(わけ)もなく名付けたそうだ。

 その一節とは、「14」の冒頭部分に出てくるものだ。岩波文庫「ジョン・ダン詩集」の湯浅信之氏訳によれば、以下の通り(229頁参照)。

  「私の心を叩き割って下さい、三位一体の神よ。これまで、軽く打ち、息をかけ、照らして、私を直そうとされたが、今度は、起き上がり立っていられるように、私を倒して、力一杯、壊し、吹き飛ばし、焼いて、造りかえてください」

  Batter my heart, three-person'd God; for you
  As yet but knock; breathe, shine, and seek to mend;
  That I may rise, and stand, o'erthrow me, and bend
  Your force, to break, blow, burn, and make me new.

 オッペンハイマーはつまり、「核」を怒れる「父」として、「子」である「人」の「起き上がり=復活」のために、どうぞ「人」である私に対して破壊の限りを尽くしてください、という倒錯的な願いを抱き、それを自覚しながら、核エネルギーの「聖霊」に導かれるように、原爆開発に携わっていたのである。

 △ △ △

 少年時代、同年代の男子たちに、その柔弱さを嫌われ、裸のからだに緑のペンキを塗られる辱めを受けたこともある、文弱(?)の人、オッペンハイマー(愛称、オッピー)は、ロスアラモスで、そして「トリニティー」の現場で、内心、苦しんでいたのだ。

 だから彼は、爆発の瞬間、心の中で、あの古代インドの聖典、「バガヴァッド・ギーター」の一節、「私はいま、死、世界の破壊者」を想起していたのだ。

 オッペンハイマーはヒロシマ、ナガサキ、日本降伏のあと、1945年10月16日(「トリニティー」から、ちょうど3ヵ月後)、ロスアラモスの所長を正式に辞任するが、「ニューメキシコのギラつく太陽の下」、退任のスピーチで、「低く、静かに」、こう言ったそうだ。

 「もし、原爆が戦争を続ける世界の武器庫に、あるいは戦争を準備する国々の武器庫に新兵器として加えられたなら、ロスアラモスとヒロシマの名を人類が呪う日が来るでしょう」(カイ・バード、マーティン・シャーウィン共著 『アメリカのプロメテウス(American Prometheus)』、原著329頁。邦訳あり)
  
 「原爆」をつくり、「心を叩き割られた」オッピーにはすでに、「水爆」に反対する心の準備ができていたのである。
 
 そう、それは、ジョン・ディア神父を導いたのと同じ「聖霊」のなせる業ではなかったか……?!

 △ △ △

 「原爆」開発に携わり、「トリニティー」の翌日付(7月17日付)で、「日本への原爆攻撃を踏みとどまり、原爆をデモンストレーション実験して、その恐ろしさを知らしめ、日本を降伏させるように」とのトルーマンあて「嘆願書」 ( ⇒ http://www.dannen.com/decision/45-07-17.html )を起草し、必死になって原爆の使用回避に動いたのは、レオ・シラードである。

 マンハッタン計画の参加した科学者のうち155人の署名を集めた、この「シラードの嘆願書」は、米軍部の妨害もあって、ついに日の目を見なかったが、「トリニティー」の時点ですでに、原爆の対人使用に対する、開発を担った科学者の間から反対運動が起きていたことは、忘れてはならない事実だ。

 △ △ △

 「トリニティー」65周年を前にした今月8日、北京で、ジョアン・ヒントンさんという、「マンハッタン計画」に参加した、アメリカの女性物理学者が亡くなった。88歳。
 ⇒ http://www.nytimes.com/2010/06/12/science/12hinton.html?_r=1&scp=3&sq=Los%20Alamos&st=cse
  Wiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Joan_Hinton

 ジョアンさん(中国名「寒春」)は「ヒロシマ・ナガサキ」を契機に、平和運動を始め、全米主要都市の市長に、「トリニティー」の爆発の超高温でガラス化した沙漠の土を送り、核戦争になれば、あなたの街もこうなるのですよ、と訴えた人だ。

 そして1948年に中国に移住、現地で農業指導に来ていた米国人の男性と結婚、そのまま北京郊外の牧場で乳牛を飼う生活を続けて来た人だ。

 ジョアンさんは、ロスアラモスでエンリコ・フェルミのチームに所属、「トリニティー」の朝は、現場から40キロの地点の丘のくぼみから、爆発の様子を目撃した。

 その時のことを、ジョアンさんは、こう語っている。

 「私たちは最初、顔に熱を感じました。そして次に、光の海のようなものを見たのです。それは次第に、怖ろしい紫の輝きの中に吸い込まれ、それが立ち上がってキノコ雲になって行きました。朝日をさらに輝かせたように美しく見えました」 

 核物理学の研究を辞め、中国に渡ったのは、「民衆をどうやって殺すか考えることで一生を終わりたくない」から、だったそうだ。

 △ △ △

 「反核の神父」、ジョン・ディア神父は、ワシントンのイエズス会の大学、ジョージタウン大学で学んでいた頃、当時、学内にあった軍事シンクタンク、「CSIS(戦略国際問題研究所)」について疑問を持ち、学長に直接会って、どうして大量無差別人殺し(ジェノサイド)の核戦略を研究するCSISを、このカトリックの大学に受け容れているか、学生の分際ながら(?)、同じキリスト教徒として、率直に尋ねたそうだ。

 若き神学生、ディア氏(まだ叙階される前の「卵」の段階)の、シンプルかつストレートな質問に、学長は答えられず、怒って部屋を出て行ったという。

 キリストの教えを突き詰めて行けば――人間の傲慢を正当化する「免罪符」に使わなければ、その「三位一体」の教義は、「核」を「神」の座に置かない限り、「核」を否定するものになるはずである。

 CSISはその後、ジョージタウン大学から「分離」することになるが、それは当然の帰結であろう。

 △ △ △

 しかし、CSISは「核」を「神」の座に置き、「核・軍・エネルギー」の「三位一体・核の神学」をたてまつって、その奉じるアメリカの「絶対権力」は肥大の一途をたどって来た。

 そのCSISへ、日本政府の関係者(内調、公安調査庁職員)が研究員として派遣され、あの小泉首相の愛息まで籍を置いて「研究」に従事していた、「唯一の被爆国・ニッポン」の、厚顔無恥な、この悲しむべき現実!

 △ △ △

 私たちが今、なすべきは、アメリカの「核の権力」に拝跪(はいき)することではない。

 私たちは今、65年後の「トリニティーの日」にあたり、オッペンハイマーら原爆開発にあたった科学者の苦悩に思いを馳せ、あのジョン・ダンの「聖なるソネット」のように、「核の神学」に対し「ノー」と言わなければならない。

  (核よ)死よ、驕るなかれ!
  ……
  (核よ)死よ、ノーモア。(核よ)死よ、死ぬべきはお前だ!

    〔注・ジョン・ダン、「聖なるソネット」の「10」より。大沼訳。(核よ)は、大沼による付け足しです〕

 もう一度、言おう。

  核よ、死よ、驕るなかれ!――と。

 △ △ △

 死よ、驕るなかれ! 
  Death be not proud!

 これこそ、たぶん――いや、きっと、「トリニティー」前のオッピーに、ジョン・ダンの「聖なるソネット」を思い出させた、決定的な言葉である。

  

Posted by 大沼安史 at 10:35 午前 3.コラム机の上の空 |

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