〔いんさいど世界〕 危機のアメリカ 真夜中過ぎのカウボーイ
米国のネット紙、「トゥルース・ディッグ(真実を掘り起こし)」のコラムニスト、クリス・ヘッジ氏(ニューヨーク・タイムズの元記者。バルカンや中米などで海外取材を積んだベテラン・ジャーナリスト)は、僕にとって、アメリカの現実に光をあててくれるガイドのような人だ。
だから、この人のコラムには,、欠かさず目を通すようにしている。
クリス・ヘッジ ⇒ http://www.truthdig.com/chris_hedges
最近、この人のコラムを読んで、立て続けに2度、衝撃を受けた。
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最初のショックは4月12日付、「ある海兵隊員による、われわれみんなのための『自由への行進』」というタイトルのコラム。
⇒ http://www.truthdig.com/report/item/one_marines_liberty_walk_for_the_rest_of_us_20100411/
連邦議会下院議員選挙(第24選挙区=ニューヨーク北部ウィチタ地区)に立候補を宣言した、元海兵隊員のアーネスト・ベルさん(25歳)に取材して書かれた記事だった。
現職の民主党議員を相手に、共和党からの指名も無論ないまま、まるでドンキホーテのように決起し、背中に星条旗を立てながら、「自由への行進」を始めたベルさん。
その怒りが、コラムを通してこちらの胸まで刺さり込んで来るようで、読んでいて辛かった。
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テキサスの田舎町の出身。父親はアル中。両親の離婚は、ベルさんが13歳の時だった。母の手ひとつで育ち、高校を卒業してすぐ海兵隊に。
3年ほど前、海兵隊を除隊してテキサスに戻り、大統領選で共和党のマケイン候補を応援した。「そして(共和党の)新保守主義に失望した」。
ネオコンを嫌いになったが、リベラル・エリートも大嫌いだ。
イラク・アフガン戦争には反対で、アメリカの中央銀行、FED(連邦準備制度)は廃止、ウォールストリートの支援は認めず、失業者の即時救済を要求する――。
草の根の怒りと政治不信。それがベルさんを決起させた。
彼自身、離婚を経験し、いま3歳になる1人娘のシングルファーザー。大工仕事もこの不況でなくなった。
追い詰められたベルさんは何をしたか?
ニューヨーク州の州兵に昨年、登録したのだ。このまま行けば、アフガンに送られるのは必至だが、2万ドルの登録ボーナスの魅力には勝てなかった。
労働力を売ることのできなくなった失業者――それも幼い子の若い父親が、兵役に志願し、自分の命を売らなければならない、アメリカという国の悲惨さよ!
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次のショックは、クリス・ヘッジ氏の4月19日付のコラム、「チョムスキー氏は、『こんな状況を見たことはない』と言った」から。
ズシンと来るコラムだった。
世界的な言語学者で、反戦・世直し運動家であるノーム・チョムスキー氏が、ヘッジ氏のインタビューに対し、こう答えていたのだ。
「私はこんな状況(いまのアメリカの現状)を、私の人生の中で見たことがありません。(1928年生まれの)私は(大恐慌後の)1930年代のことも憶えています。私の家族も全員、失業していました。今より、もっとひどい状況でした。しかし、そこにはまだ希望があった。人々は希望を持っていた……それが今や、なくなってしまった。この国のムードたるや、恐るべきものがあります」
希望のなくなったアメリカ。
チョムスキー氏はまた、いまのアメリカの姿は、「保守もリベラルも、既成政党はことごとく憎悪され、消えていった」ドイツのワイマール末期と「非常に似ている」と指摘し、カリスマ的な「救世主」が出現したら、一気に持っていかれる危険性を警告していた。
つまりはアメリカにおいて、ファシズムの危機が目の前に迫っている……。
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底の抜けたあとの真空を、ファシズムが襲い、埋めかねない、絶望のアメリカ――。
25歳のシングルファーザー、元海兵隊員、アーネスト・ベルさんが勝ち目のない戦いに敢えて決起したことに、最初は的外れのような違和感を覚えた僕だが、チョムスキー氏の警告を知った今となっては、「自由への行進」を続け、「あくまでアメリカの憲法を守りぬき、政治の再生を求める」というベルさんの心意気に敬意を表しなければならない。
ベルさんは、たった一人の同伴者(失業した配管工の方だ)の男性とともに、2人だけで「自由への行進」を続けていたそうだ。
まるで、ジョン・ボイドとダスティー・ホフマンが共演した、あの1969年公開の映画、『真夜中のカウボーイ』のように。
⇒ http://www.youtube.com/watch?v=jnFoaj8utio
映画はニューヨークでの夢に破れ、バスで敗走する結末を迎えたが、ベルさんの闘いはなお継続中である。
ベトナム戦争という「真夜中」を過てぎ、イラク・アフガン戦争に始め、金融危機も重なって、今、未明の深い闇の中にあるアメリカ。
夜明けは、もしかしたら来ないのかも知れない。