〔いんさいど世界〕 拉致、そして拷問 パキスタン人女性科学者 アフィア・サディキさんがニューヨークで「裁判」にかけられるまで
「冤罪」が確定した「横浜事件」を思わせる、パキスタン人女性科学者に対する裁判がニューヨークで続いている。
2月3日、裁判の陪審が下した評決は「有罪」だった。「アルカイダ」とつながりがあると疑われた女性科学者が、アメリカがアフガニスタンに設置した「秘密監獄」内で、米兵に向けて銃を発射した、との検察当局の主張を認めたのだ。
女性科学者を支援している人権団体や、パキスタンまで出向き彼女の軌跡を取材したジャーナリストは、女性科学者が拷問を受けたことや、銃を発射したとする罪状そのものに疑惑があることを告発、年内に予想される判決へ向け、注意を喚起している。
このパキスタン人女性科学者は、アフィア・サディキさん(37歳)。MITに学び、ブランダイス大学で認知科学(神経科学)の博士号を取得した。
在米中、パキスタン人男性と結婚、3人の子をもうけたが、離婚し、パキスタンに帰国した。
アフィアさんが「3人」の子どもとともに、パキスタンのカラチで突然、行方不明となったのは、2003年のこと。
人権団体の「国際正義ネットワーク」などによると、アフィアさんは子どもたちと一緒にパキスタン当局によって拘束され、米当局の命令で、尋問と拷問にさらされたという。
消息を絶っていたアフィアさんが、アフガニスタンのガズニーで、長男と一緒に(他の2人の子は一緒ではなかった!)いるところを「発見」されたのは、2008年7月のこと。
「化学薬品」(アフィアさんのことを取材している、米国のフリージャーナリスト、ペトラ・バトラシービッチさんによると、ただの化粧品)と、銃器のスケッチ(同じく、マッチを使うオモチャのガンの絵)などを「所持」したとして、米当局にテロを計画していると疑われ、アフガン内の「秘密監獄」に拘束され、取り調べを受けた。
最終的に彼女がニューヨークに移送され、裁判を受けることになる(この移送による裁判も違法性が問われている)「事件」が起きたのは、2008年8月、アフガンのバグラム米運基地にある「秘密監獄」でのこと。
アフィアさんが「M16ライフルを米兵に向け、発射した」ことで、殺人未遂事件として起訴された。
(仮に銃撃事件があったとしても、身柄を拘束されていたアフィアさんがどうしてM16を手にすることができたのか、米兵に負傷したものが一人もおらず、アフィアさんだけが負傷したのはなぜか?――など、「事件」そのものがフレームアップによる可能性が強い)
アフィアさんはアメリカに対する不信と恐怖から裁判そのものを「拒否」する姿勢を見せ、法廷で米当局によって拷問を受けたことを証言し、裁判そのものの違法性を訴えたそうだ。
なぜ、米当局がアフィアさんにテロリストの疑いをかけたか、には、それなりの「根拠」がある。アフィアさんがパキスタンに帰国後、再婚した相手が、「9・11」の「黒幕」とされるパキスタン人の甥だったからだ。
しかし、そんな「疑い」だけで人を拉致し、拷問にかけ、犯人に仕立てて裁判にかける、ブッシュ政権以来の強引な米当局の姿勢は、戦前・戦時中の、多喜二を殺し、横浜事件をデッチ上げた、軍国日本の、あの凶暴な無法ぶりを思わせるもので、容認することはできない。
アフィアさんは拷問によって、心に深い傷を負っているそうだ。精神に変調をきたしているという。
判決は年内に予想されるが、下手すると終身刑になる。
アフィアさんを支援している「国際正義ネットーワーク」では、裁判の不当性と国際社会に訴える一方、カラチで彼女と一緒に消えたまま、行方不明になっている、彼女の子ども2人(当時、4歳、1歳半)の行方を追っている。
アフィアさんの裁判を伝える「デモクラシーNOW」の報道番組⇒ http://www.democracynow.org/2010/2/4/ignoring_torture_claims_and_questionable_evidence
米国の女性ジャーナリスト、ペトラ・バトラシービッチさんが「ハーパーズ・マガジン」(2009年11月号)に書いた記事 ⇒ http://www.harpers.org/archive/2009/11/0082719
英ガーディアン紙の記事 ⇒ ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/24/aafia-siddiqui-al-qaida/pri
アフィアさんに関するWiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Aafia_Siddiqui

















