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2010-01-23

〔いんさいど世界〕 ルワンダ 悲劇の地に湧きあがる 平和の歌 

 部族抗争の憎悪と狂気が、わずか100日間に80万人もの命を奪った、ルワンダの悲劇。
 1994年に、このアフリカの小国で、地獄のようなジェノサイドが起きて、早くも15年が過ぎた。 

 そのルワンダでいま、「平和の音楽」がよみがえっているのだそうだ。

 悲劇を生きのびた地元のミュージシャンたちが、ルワンダ音楽の復興に努めている。
 そして、その支えとなっているのが、英国の若いミュージシャン。プロデューサーとしして現地に乗り込んでスタジオを建て、ルワンダ音楽を世界に紹介する、レコード・ラベルまで立ち上げてしまったそうだ。

 英紙インディペンデントの記事で知り、うれしくなって、いろいろ調べてみた。そして、ますます、うれしくなった。
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 英国・サセックスのミュージシャン(シンガー・ソングライター)、ディクソン・マーシャルさん(29歳)が、ルワンダの首都、キガリで、レコーディングのできる音楽スタジオの建築に取り掛かったのは、昨年(2009年)1月のことだった。

 ディクソンさんは、22歳の時、自力で自前のスタジオを建てた経験の持ち主。慈善団体「ソラス・ミニストリーズ」の支援を受け、仲間と集めた1万5000ポンドを元手に、「ソラス・スタジオ」を完成させた。

 なぜ、ルワンダに音楽スタジオをつくったか?
 それはジェノサイドがあった頃、英国のディクソンさんの家に避難していたルワンダの友人から、大金をかけてつくったレコードを騙し取られた、孤児たちの合唱団のことを聞いたからだ。

 「半端なことはきらいだから、ルワンダの人たちのため、最高クラスのスタジオを建てよう」と決心し、早速、チャリティー・ライブで資金集めを始めた。
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 キガリ入りしたディクソンさんの前に現れたのは、ジェノサイドの悲劇を生きのびた地元のミュージシャンたちだった。

 もともと、ルワンダには豊かな伝統音楽があって、1994年の悲劇の前は、数多くの旅の楽団が活動していた。

 ニューミュージックも盛んだったが、ツチ族を虐殺したフツ族過激派は、その音楽を武器に使って、ラジオを通じ、憎悪を増幅させた。平和の音楽が、戦いの音楽、虐殺の軍歌に変わったのだ。

 ルワンダの伝統楽器に「イナンガ」という、日本の琴に似た、弾き語りの弦楽器がある。その奏者・歌い手である、ソフィー・ヌザイウェンガさん(31歳)が、ジェノサイドの悲劇を潜り抜けたのは、16歳の時だった。
 6歳でイナンガを弾き始めたソフィーさんだが、虐殺で兄弟姉妹を失い、イナンガを止めていた。
 そんな彼女が叔父の励ましで、再びイナンガに向かったのは、4年前。
 今や、ルワンダただひとりの女流奏者。期待の新星だそうだ。
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 スターはほかにもたくさんいる。たとえば「ジャー・ドブス」は、6人組のレゲエ集団(ボーイズ)。レゲエのほんとうのふるさとはジャマイカではなく、アフリカだと言って、ルワンダ・スタイルのレゲエを歌っている。

 ヒップ・ホップのジャン・ボスコさんは、フルートのような伝統楽器、「アマコンデラ」の名手。虐殺を逃れ、隣国ブルンディの難民キャンプで育った人だ。

 セントールさんという、71歳(自称)になる、重鎮のイナンガ奏者も健在だ。

 「ソラス・ゴスペル合唱団」は、ディクソンさんの話に出てきた、虐殺孤児たちのコーラスグループ。10年前から活動、現在12人のメンバーは、20代後半の青年に成長した。
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 「ソラス・スタジオ」を拠点に、これら地元のミュージシャンたちと英国青年、ディクソン・マーシャルさんは、次に何を始めたか?

 なんと、独自レーベルのレコード会社(利益は折半)、「ラフィキ(Rafiki)レコーズ」を立ち上げ(所有者はディクソンさん)、昨年12月には、CDの全世界発売まで漕ぎ着けた。

 初CDは、上記のミュージシャンらが勢ぞろいした、ルワンダ音楽アンソロジー。

 「ラフィキ」HPでサンプルを聴いたら、日本人の耳にもすーっと入る「いい歌」ぞろいで驚かされた。
 「フランス24」のビデオで視聴することも出来るが、スワヒリ語の歌詞の意味は分からないものの、平和の中で平和を歌っている喜びだけは画面から、ストレートに伝わって来た。
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 彫刻家であり詩人の高村光太郎は音楽が大好きで、「自然にあるのは空間ばかり。時間と音楽は人間の発明だ」と言っているが、あの悲劇の地、ルワンダにも、いま、平和の時間がよみがえり、平和の音楽が流れ出している……。

 レコードのレーベルの「ラフィキ」とは、スワヒリ語で「友だち」という意味だそうだ。 

        
 
   英紙 インディペンデント ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/africa/songs-of-praise-how-rwanda-got-its-groove-back-1866944.html

  「フランス24」 英語インタビュー 映像も ⇒ http://www.france24.com/en/20091209-dicken-marshall-rwanda-first-label-rafiki-records-music-godula

  ラフィキ・レコードHP ⇒ http://www.rafikirecords.com/

 http://www.musicbizcenter.com/blog/

Posted by 大沼安史 at 02:10 午後 1.いんさいど世界 |

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