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2009-12-19

〔いんさいど世界〕 コペンハーゲン不合意

 この「地球」という、かけがえのない「ECO」(住まい)をどう守るか? コペンハーゲンのCOP15が出した答えは、各国の政治リーダーたちが「政治合意」を達成できなかったことを確認し、それだけを「合意」して問題を先送りした「コペンハーゲン不合意」だった。

 英国のミルバンド環境相は会期中、COP15が実質的な議論で頓挫したら「悲劇」になり、手続き的に行き詰まったら「笑劇(ファルス)」になる、と「予言」していたが、そのふたつをあわせた「悲劇的な笑劇」に終わった。

 現代世界の、とくに先進国における政治指導者たちが、どれほど無能な、リーダーシップに欠ける存在なのか、まざまざと示した、無様な失敗興行だった。
 
 反環境派・既得利権の手先を務めて来たロビイストたちは、今頃、祝杯を挙げているだろう。「合意に至らなかったのは残念なこと」などと殊勝な顔で言いながら、内心、してやったり、とほくそ笑んでいる官僚たちもいることだろう。「京都」から「脱走」した、戦争犯罪人でもあるあの男など、テキサスの豪邸で、ザマアミロと笑い転げているかもしれない。

 地球の未来が、人類の未来がかかった「地球環境議会」であったはずなのに、過去によって既定された現状(現在)が、ケセラセラの無責任・先送りによって未来を切り崩した。
 地球環境の現状(現在)が、惨状を広げ、すでに体感できるところまで来ているにもかかわらず、目をそむけ、地球と人類の未来を守る、重大この上ない任務を怠った。

 この「なるようになれ・ケセラセラ不作為」は、われわれが今、考える以上に致命的なことかも知れない。「西暦2009年12月」の「コペンハーゲン不合意」を、未来世代が呪詛せずに思い起こすことは果たして可能か?――そんなことさえ真剣に考えなければならないほど、事態は深刻化しているかも知れない。

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 あの、ドリス・デイの歌の歌詞――♪未来は見るのを許されていない、とは逆に、われわれはすでに未来を見るのを許されている――いや、未来を今、もうとっくに、この目で見ている……このことに、僕が遅まきながら気づかされたのは、ネットに流れたビデオで、インドの女性活動家、ヴァンダナ・シヴァ女史のコペンハーゲンでの演説を聴いた時のことだ。

 ヴェンダナ・シヴァ女史(57歳)は、デンマークの物理学者、ニールス・ボーアのリーダシップの下、「コペンハーゲン合意(解釈)」が生まれた、あの量子力学の研究で、博士号を取得した物理学者。哲学者でもあり、インド古来のヴェーダの教えに基づく環境保護、有機農業の実践者でもある。1993年には、環境保護運動の功績を讃えられ、「もうひとつのノーベル賞」といわれる、「ライト・ライブリフッド賞」を受賞した人。

 その彼女が、こう叫んだのだ。

 私はヒマラヤから来たのです。氷河は溶けています。村々は洪水にさらされるか、干上がっているかのどちらかです。農業も崩壊しています。私の住む地域では今年、農作物の90%がダメになりました。川の70%が干上がってしまうました。地元の人々がそうしたのではありません。私の環境運動の旅は『チプコ』をともに始まりました。女たちが木を抱く運動です。今私たちは山を抱いています。そして汚染者たちにこう言っているのです。「汚染するのは止めにしなさい。あなたがたは水を盗んでいる! 食べ物を盗んでいる。私たちの雪を盗んでいる!」

 僕はヒマラヤの雪氷が溶け、鉄砲水を引き起したり、水を枯らしたりしていることを一応、知ってはいたのだが、彼女の「私たちは木を抱き、山を抱いている。私たちの雪を盗むな」の訴えを聞いて――その生身から発せられた言葉を聞いて、慄然たる思いとともに、その意味を、そしてその現実を、今頃になって、初めて理解したのだった。

 「チプコ」とはヒンドゥー語で「抱きついて離れない」の意味。インドの村の女性たちは、からだを張って木にしがみつき、森林伐採に抵抗して来たのだ。
 それと同じ気持ちで、今、ヒマラヤの山を抱いている……。

 そう訴える、COP15を失敗に終わらせようとする者たちへの彼女の怒りを、少なくとも、怒りの一部を、初めて、わがものとすることができたような気がしたのだ。

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 日本では、(何者かに仕組まれた?)「決まり文句」でよく「地球環境の未来を守る」と言われるが、問題は「未来」にあるのではなく、「現在」にある。守るべきは、地球環境の現在であり、かけがえのないものとして抱き締め、守らなければならないのは、消え残るヒマラヤの雪である。未来の惨状をすでに現状において見ている以上、問題を先送りすることはできない。

 COP15の場でも、この「現状」からの訴えは、利害得失ばかり気にするパワーゲームの中で、かき消されてしまった。海面上昇による水没の危機にすでにさらされている太平洋の島国、ツヴァルは、先進国、新興国の双方に抜本的な対策を求めたが、無視されてしまった。

 オバマも含め、今の世界の指導者の間に、一人の「ゴア」も見あたらない以上、政治指導者に安易な期待をかけてはならない――「コペンハーゲン不合意」は、そんな世界的な現実に対する民衆の「合意」形成を促した。

 COP15ほど、地球環境という共通の問題をめぐって世界の目が集まった国際会議はない。会場内外の動きは、ネットを通じ、リアルタイムで全世界へ伝達され、おそらくは億の単位の人々が会議の行方を注視したことだろう。

 これは空前絶後の出来事である。もしも「コペンハーゲン不合意」に「成果」というものがあるとしたなら、それは「不合意」を批判するグローバルな合意と、切迫した連帯を、図らずも生み出したことではないか?

 もうひとつ、「成果」を挙げるとするなら、(COP15の場では潰されたことだが)、「世界環境基金」の財源として「トービン税」(為替=通貨取引税)を新設して充てる構想が、国連の正式な会議の場で、とにもかくにも出された事実である。
 この案はエチオピアが示したものだが、「トービン税」は世界の貧困対策の切り札にもなり得るもので、これが「提案」された意味は大きい。

 今回のCOPは100億ドル、1000億ドルと金(ファンド)の議論も焦点のひとつになったが、この財源問題への関心を引き起したことも、「成果」に挙げることができる。  
 地球環境を守る闘いのための、グローバルな「戦費」を捻出する作業は、地球環境に対する人為的な破壊の最たるものである「戦争」の経費、すなわち軍事費の削減、振り替えの問題に、つながり得る――いや、つなげなければならないものであるからだ。

 米国の新年度の軍事費(国防予算)は実に6360億ドル。COP15でヒラリー・クリントンが示した「1000億ドル」の6倍以上にあたる。

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 木を、ヒマラヤを、抱き締めるように、この地球をわれわれ一人ひとりが、どうやって抱き締めるか?……その道筋を、COP15の失敗=「コペンハーゲン不合意」は、見まごうことのない、誰もが合意できる、目に見えた形で、くっきり指し示した。

 

Posted by 大沼安史 at 02:13 午後 1.いんさいど世界 |

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