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2009-12-31

☆ 2009年の終わりに This Love Will Carry Us Into The New Year!

 2009年大晦日の夕方、仙台は雪が降ったあと晴れ上がって、雲が薄いピンクに染まっています。

 あと、数時間で、あけまして。

 ことしの最後のブログは、ことし最後の一曲。

 This Love Will Carry ⇒  http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/

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2009-12-29

〔いんさいど世界〕 朝日タイガーズは、不滅です!

 もう幾つか寝ると、寅年のお正月。トラ……タイガー。そんな新しい年にふさわしい(?)話題をひとつ。

 来年はバンクーバー・オリンピックの年ですが、そのカナダ西海岸の都市、バンクーバーに、ほんとうに強くて、立派なトラ(タイガー)たちがいたことをご存知でしょうか?
 バンクーバーに、私たち日本人の鑑のような、偉くて強い「トラさん」たちがいたことを?

 その名も「フーテンの寅」ならぬ、「朝日のトラ」たち。
 今日はその「朝日のトラたち」……「朝日タイガーズ」がかつてバンクーバーにいて、ほんとうに凄い、金字塔を立てていたことを紹介したいと思います。

 〔実は僕がこの朝日タイガーズのことを知ったのは、つい先日のこと。カナダのクラシックの女性作曲家、アレクシナ・ルイエさんという方――「天国の歌」を作曲した人です――のことを調べていて、どういうわけか、この「バンクーバーのトラたち」にめぐり遭いました。「天国」と「トラ」の、素敵なめぐり遭い!〕

 前置きが長くなりました。で、さっそく本題に戻ると、この「朝日タイガーズ」――英語では Asahi Tigers――は、野球のチーム。バンクーバーの日系社会から生まれ、カナダの日系社会の苦難の歴史を支えた、たいへんなチームでした。

 ただの草野球チームではありません。白人のチームと対戦し、地元リーグで何度も優勝しました。これは戦前ことですが、親善でカナダを訪問した「東京巨人軍」と戦った記録も残っています。これは1926年(昭和元年)のことですが、バンクーバーで、「ジャイアンツ・タイガーズ戦」があったということですね。

 さて、さきほど日系社会の苦難の歴史を支えたチームだと紹介しましたが、バンクバーを含むカナダの日系社会は、厳しい歴史の試練を2度、乗り越えています。その2度の試練を、日系人たちは負けじ魂と団結で克服してゆくのですが、「朝日タイガーズ」はその都度、日系社会を支える中心的な役割を果たしました。

 最初の試練は、日系移民に対する差別との戦いですね。明治時代の、日本からの移民は最初、主に漁業を営むのですが、勤勉な日本人の働きに脅威を感じた白人たちに漁業権を奪われたこともあったそうです。
 そうこうしているうち、バンクーバーにも、パウエル街を中心に日系人の居住区――ジャパンタウンとかリトル・トーキョーと呼ばれていました――が生まれましたが、日系人に対する差別は相変わらずだったそうです。

 そんな時、日系人としての誇りと団結を保とうと、パウエル街のジャパンタウンで結成されたのが、この「朝日タイガーズ」でした。1914年(大正3年)のことです。
 記録によれば、当時、パウエル街にマツジロウ宮崎さん、通称「馬車松」さんという方がいて、店を開いていました。その「馬車松」さんが監督になって、選手たちに「タマゴご飯」を食べさせからグランウンドに送り出していたそうです。

 「朝日タイガーズ」のホームは、地元の公園の「パウエル球場」。そこに朝の7時に集まっては練習していたそうです。

 ノンプロのカナダ太平洋鉄道の白人チームなどのリーグ戦を戦うようになったのは、4年後の1918年。翌1919年にはリーグ初優勝を果たしました。

 白人チームを相手に勝った! これは当時の日系社会としては凄いことですね。 審判がエコヒイキで、けっこう汚い判定があったそうですが、じっと耐えて、フェアプレーに徹したそうです。(1935年には、あまりの汚い判定に抗議してリーグを一時脱退したそうです)

 そして1920年代になってチームは、〔バンクーバーの野村監督といわれた……これは嘘です!!!〕ハリー宮崎監督の下で、いよいよ全盛期を迎えます。
 この頃にはもう、チームはバンクーバーの日系社会と一体化していました。9歳から11歳の子どもたちで「クローバー」と呼ばれる「4軍」、12~14歳で「ビーバー」と呼ばれる「3軍」、15歳から上の子で「アスレチックス」と呼ばれる「2軍」を組織し、分厚い選手層の中から「1軍」の選手が抜擢される体制が組まれていたそうです。

 野球帽にはAの文字。胸に日の出マークがついたり、縦にASAHIといれたユニフォーム姿。そんなタイガースの選手たちは、日系の若い女性の憧れも的だったそうです。楽天の「まーくん」みたいなものですね。

 相手は雲をつく白人の大男たち。しかし、こちらは小柄な日系人。で、どうやって戦ったかというと、「ブレイン・プレー」、つまり頭脳プレーで立ち向ったそうです。
 要は盗塁とバント。リーグの決勝戦で、ノーヒットで3対0で勝ったこともあるそうです。こつこつ当てるバッティング。イチロー選手のような人が、勢揃いしていたわけですね。

 こうして「朝日タイガーズ」は1926年、地元リーグの最高峰、「ターミナル・リーグ」で初優勝し、その後、1930、32、34、36、37……という具合にリーグ制覇を重ねてゆきました。1938年には、地元リーグのほか、太平洋北西部日系リーグでシアトル・ファイフを倒すなど「3冠」を達成したそうです。
 この頃がチームの最全盛期ではなかったでしょうか。

 当時の名選手を挙げると、投手では「変化球のミッキー前川」、「パウエル街の火の玉投手」ナギー西原、伝説の最後のエース、カズ菅……。
 この最後のエースのカズ菅さんは打者としても凄い人で、リーグの首位打者に5回なっている人です。それも打率が4割以上といいますから、イチロー選手の上を行ってますね。

 「朝日タイガーズ」はこうして、バンクーバー日系社会の誇りと団結の中心になり、地位向上に大きな役割を果たして来たわけですが、この栄光のチームに――地元の日系人に、間もなく「運命の年」がやって来ます。

 1941年(昭和16年)――。この年の6月、「朝日タイガーズ」はまたも優勝を飾るのですが、それがチームとしての最後の試合になりました。
 2ヵ月後、日本軍が真珠湾を不意打ち攻撃し、続いてカナダ軍が駐留する香港を襲ったからです。
 〔アメリカやカナダにあれだけ移民を送り出しておきながら、不意打ちしたんですね……移民たちのことなんか気にしなかったのでしょうね……〕

 バンクーバーにいる2万2000人の日系人は「敵性外国人」とされ、カナダの奥地のゴーストタウンなどにキャンプに送られました。
 スーツケースを2個だけ、携行を許されて。
 財産は漁船も車も家も家財道具も、みんな没収です。

 最初の冬はとくに厳しかったそうです。テント生活を強いられたキャンプもありました。廃屋には水道もなければ電気もない。よく耐え抜いたものです。

 そうして強制収容所2回目、1943年の春を迎えます。そこで日系人たちは何を始めたか?

 「朝日タイガーズ」の人たちは、4箇所のキャンプにバラバラにされていたのですが、それぞれのキャンプで、スーツケースに忍ばせて来た野球の道具を取り出しました。そう、キャンプで野球を始めたです。
 
 最初はいい顔をしなかった白人の監督官たちも、そのうちにプレーすることを認めるようになり、白人チームとの試合も行われるようになりました。
 そしてなんとその年、1943年7月1日のカナダ独立記念日には、4つの日系人キャンプの対抗試合が行われ、選手・応援の観客(日系人)がレモンクリーク・キャンプに集まって、再会を喜び合い、久しぶりに野球を楽しんだのだそうです。

 「野球」が、「朝日タイガース」の選手たちが、苦しみのどん底に叩き落された日系人社会をここでも支えきったのですね。
 〔それを認めたカナダ人の白人監督官=マウンテン・ポリスの皆さんも、偉いと思いますね……〕

 そして終戦――。キャンプの日系人たちはしかし、そこでで放り出されてしまいます。「朝日タイガーズ」の選手たちも、トロントに流れて洗車の仕事についたり、散り散りになりました。
 戦後、野球を続けることができたのは、前述のカズ菅選手ただ一人。マイナーリーグのプロ、モントリオール・ロイヤルズの入団試験にパスして、活躍しただけです。

 そうして戦後の苦難な生活に立ち向かった「朝日タイガーズ」の人たちですが、カナダの人たちは彼らを忘れてはいませんでした。

 「最後の試合」から58年が過ぎた2003年に、「朝日タイガーズ」は「カナダ・野球の殿堂」入りを果たしたのです。

 その記念式が開かれたのは、トロントのメジャー球団、ブルージェイズの本拠地、スカイドーム。
 そこに往年の名選手たちが集まって、始球式を行った。
 その時のビデオを見ると、観客席の日系人は泣いていましたね。

 ところで、「朝日タイガーズ」のホームグラウンドだったバンクーバーの「パウエル球場」ですが、ことし2009年の夏に、公園(オッペンハイマー公園)の再整備事業で、老朽化したバックネットが撤去されたそうです。
 バンクーバー市の公園当局は、「朝日タイガーズ」を記念した新しいバックネットを建てる計画でいます。

 それにしても、バンクーバーの日系社会は、「朝日タイガーズ」を中心に、よくぞ試練に耐え続けた、と感心させられますね。

 カナダでは2003年に「眠れる虎」という、「朝日タイガーズ」に焦点をあてたドキュメンタリー映画が制作されているのですが、そのナレーションで、「野球」は日系人社会の「和」、チームワークの素晴らしさと、戦うサムライ精神にぴったり合ったスポーツだ、といった意味のことを指摘していました。たしかにその通りだと思いますね。

 絶望的な苦難にもめげず、戦い続けて栄冠をつかんだ、日系人たち。再び、ドキュメンタリー映画の言葉をかりれば、「(白人〔社会〕という)ゴリアテ〔巨人〕に立ち向かった勇敢なダビデ」、「朝日タイガーズ」の選手たち。

 彼らの負けじ魂を考えれば、日本の今の不況なんて、たいしたことじゃありませんね。

 間もなくバンクーバー五輪――。
 日本の選手たちには、地元カナダの日系人たちの応援にも応え、「朝日タイガーズ」の心意気に思いを致し、がんばってもらいたいですね。

 ナショナル日系博物館・ヘリテージセンター2007 ⇒ http://www.virtualmuseum.ca/Exhibitions/Asahi/chapter.php?loc=ja-JP&view=building

 ビデオ 「眠れる虎―アサヒ。ベースボール物語(Sleeping Tigers: The Asahi Baseball Story)」2003年制作 ジャリ・オズボーン監督 ナショナル・フィルム。ボード・オブ・カナダ 50分52秒 ⇒ http://www.nfb.ca/film/sleeping_tigers_the_asahi_baseball_story/

Posted by 大沼安史 at 11:21 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-24

〔NEWS〕 『戦争の家』下巻 刊行! 

  ジェームズ・キャロル著、『戦争の家』の拙訳・下巻が、東京の緑風出版から刊行された。そろそろ書店に並ぶ。
 
 ことし3月31日に出た上巻が668頁。今回の下巻が685頁。

 下巻は、4月に東京の大学を辞めてつくった、区切りの時間の中から生まれたもので、感慨もひとしおである。

 私は翻訳もジャーナリズムであり得る、と考えている一人だ。翻訳によるジャーナリズムも、なければならない、と考えている一人だ。

 同時代において伝達されるべき、「ニューズ」としての翻訳。

 私は締め切りに間に合わせようと懸命になっている社会部記者のように、この『戦争の家』という同時代の大河ノンフィクションに立ち向かい、一刻も、一日も早くと、持てる気力と体力のほとんど全てを注ぎ込んだ。

 それもこれも、この本を日本語にして日本の読者に伝えたいという、ジャーナリスティックな思いに突き動かされたからである。(たぶん、私はこの翻訳を通して、自分もまた、なおジャーナリストであると自認したかったのだろう!)

 なぜ、アメリカの軍事権力が、私たちの同時代にとって問題なのか?――それはオバマの「変節」を見れば一目瞭然のことである。オバマは「戦争の家」の、まさに軍門に屈したのだ。
 そしてそれはワシントンにおけるパワーゲームに限ったことではない。「日米関係」を規定するものとして、「戦争の家」は日本社会にも重い影をなげかけているのだ。

 その「戦争の家」の正体を暴きだしたのが、ジェームズ・キャロルというジャーナリスト(新聞コラムニスト)であり作家(小説家)であるアメリカ人が渾身の力を振り絞って書いた、この山のような大作である。

 私はこの力作から、読み通しただけで立ち去ることはできなかった。逃げるようで卑怯な感じがした。だから、己の力と置かれた状況を顧みず、立ち向かったのだ。翻訳もまたジャーナリズム、翻訳者もまたジャーナリストと自分に言い聞かせながら。

 下巻の内容については、すでに「訳者あとがき」の未定稿を、本ブログに先行掲載しているので、お読みになっていただきたい。⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/11/post-88f6.html

 下巻の校正作業が終わって私は、出版を引き受けてくれた「緑風出版」のT氏に対し、感謝のメールを出した。

 この本の出版をよくぞ引き受けてくださった、とお礼を述べ、敬意を表したのである。〔緑風出版HP ⇒ http://www.ryokufu.com/ryokufu-home.html

 訳出作業中、畏友、小笠原信之〔『ペンの自由を貫いて 伝説の記者 須田禎一』(緑風出版)などの著書があるジャーナリスト〕をはじめ、仙台の出版社「本の森」代表、大内悦男氏ら友人諸氏より、温かい励ましとアドバイスをいただき、ようやくゴールに辿り着くことができた。
 ここで改めて、感謝申し上げる。

                   2009年12月24日
                         大沼 安史

 (AMAZON ⇒  http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AE%E5%AE%B6-%E4%B8%8B%E5%B7%BB%E2%80%95%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%B3-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AD%E3%83%AB/dp/4846109151/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1261631439&sr=8-1 )

  「本日の一曲」は Wintersong  カナダの歌手 サラ・マクラクランの悲しく美しいクリスマスの歌

 ⇒  http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/

Posted by 大沼安史 at 02:18 午後 | | トラックバック (0)

2009-12-23

〔COP15 NEWS〕 中国は如何に「コペンハーゲン合意」をつぶしたか? 英紙ガーディアン記者が証言記事  「私はその場に居合わせた」

 COP15を現場で取材したガーディアン紙のマーク・ライナス記者が、22日付の同紙(電子版)に、「中国がコペンハーゲンでの協定つぶしをしたことを、私はどうして知ったか? その部屋に、私は居合わせたからだ」との見出しの記事を書き、中国代表団が「合意」を骨抜きにしていくありさまを証言した。

 ライナス記者は18日夜に開始された、ぎりぎりの最終調整の場に、某国の代表団の一員として入り込むことに成功、いわゆる「壁にとまったハエ」として、交渉の成り行きを直接、目のあたりにした。

 ライナス記者によれば、中国の戦略はシンプルなものだった。2週間にわたって公開の場で協議が行われないよう、ブロックし続ける。そして密室協議を、西側諸国が、またも世界の貧困国支援に失敗したものとして印象付ける……。

 この中国戦略が投げたエサに食いついたのが、民間の援助団体、環境保護団体で、「豊かな国の新興国いじめだ」(地球の友インターナショナル)といった先進国非難の大合唱を上げた、とライナス記者は指摘する。

 オバマが加わったその一室での密室協議には、20数ヵ国の首脳をはじめ50~60人が参加したが、オバマの真ん前に座った中国代表は、温首相ではなく、中国外務省の次官クラス。

 その中国高官は協議を中断させては携帯電話で「上司」の指示を仰ぎ、「数字」に対しては悉く、「ノー」を言い続けた。

 「2020年」の中期目標は「可能な限り速やかに」に変わり、「2050年の50%削減目標」もカット、「2050年まで先進国80%削減目標」も、中国の「ノー」で合意できなかった。

 ドイツのメルケル首相など、「私たちは目標さえ立てられないか」と、絶望のあまり両手を投げ出した。
 
 中国はまた、島国など低標高国が求める「1.5度以内」盛り込みにも反対したが、モルジブ大統領の強い抵抗に遭い、実効性のない表現で「合意文書」に盛られることになった。

 ではなぜ、中国はこれほどまでに非妥協的な姿勢を貫いたのか?
 この点についてライナス記者は、中国としては石炭エネルギーに頼らないと経済発展を続けられないので、強硬姿勢を貫いたものとみている。

 一方、アメリカのオバマについてライナス記者は、必死になって合意をまとめようとした、と密室協議の場での積極姿勢については評価している。
 オバマにとって、連邦議会上院の批判をかわすためにも、中国の関与を取り付けるのことは必須のことだったが、温首相に代わって外務省の役人と話し合わねばならないなど、屈辱を味わう結果に終わった、と。

 こうしてライナス記者は「中国が悪い。オバマを意図的に辱め、西側リーダーに非難を背負わせる、とんでもない『合意』を主張し続けた」と結論づけるわけだが、中国の戦略は確かに、批判・非難に値するとしても、「中国だけ」に責任の全てを転嫁することはできない。
 中国が「コペンつぶし」の主犯であるなら、「京都つぶし」に雪崩を打った西側(先進国)もまたその共犯であるだろう。

 非難合戦をするだけでは、「地球ホロコースト」は回避できない。 
 
⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/22/copenhagen-climate-change-mark-lynas

Posted by 大沼安史 at 04:05 午後 | | トラックバック (0)

2009-12-21

〔NEWS〕 「怒れるおばあちゃん」たち、「戦争のオモチャ」に対して抗議行動 「平和なXマス」を訴え

 「おばあちゃん平和旅団(Granny Peace Brigade )」と「怒れるおばあちゃん(Raging Grannies )」のメンバー20人が18日、ニューヨーク・ブルックリンの大型店で、「戦争のオモチャ」に反対する抗議行動を行った。

 「平和なXマス」を願ってのプロテスト。

 おばあちゃんたちは、ジョン・レノンの「Give Peace a Chnace」を歌い、クリスマス・キャロルの替え歌を合唱した。

 94歳になるリリアンおばあちゃんは、こう語った。

 「私たちはここ(この世)に永遠にいることはできません。しかし、たとえ私たちが生きているうちに、イラク、アフガンでの嘆かわしい戦争を止めさせることができなくとも、少なくとも私たちは自分たちのできる範囲内で、これまで長い間続けて来た、殺し合いと無駄遣いの悪循環はやめなくちゃならないことを、孫たちにしっかりと教え込むのでなければなりません。正しく健康なオモチャを取り戻すための闘いを続けることを、私たちは決意しています」

http://www.commondreams.org/further/2009/12/19

Posted by 大沼安史 at 05:45 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 英紙インディペンデントのジョハン・ハリ記者 地球を守る「非暴力直接行動」を呼びかけ

 英紙インディペンデントの環境問題担当記者、ジョハン・ハリ氏が21日の同紙(電子版)で、地球を守る非暴力直接行動を呼びかけた。

 石炭火発への石炭列車を取り囲め、空港の滑走路新設を阻め――と。

 記事のタイトルは「コペンハーゲンが破局に終わったあと、それは私たち次第である」。

 他人事ではないのだから自らの問題として行動を起そう、と訴えたのだ。

 ハリ記者は「2度」以内の上昇に抑える、の「2度」の重大な意味を、ピクニックと体温の違いにたとえて、こう説明する。

 ピクニックに出かけて、気温が予想より±2度違っても、それはたいしたことではない。しかし、ピクニックに出かけるわれわれの体温が2度上昇したら――つまり高熱を発したら、ピクニックどころではない、と。

 プラス2度とは地球の「体温」の上昇のことであるのだ。

 ハリ記者はさらに、この「プラス2度」が「臨界点」であることを、懸命に訴える。プラス2度を越えてしまったら、最早、後戻りできないのだと。

 極地帯の永久凍土は溶け、熱帯雨林は燃え上がる……ポイント・オブ・ノーリターンは、すぐ目の前に来ているのだと。

 ハリ記者は、記事の中で、「石油ロビー」のポチに成り果てた米連邦議会上院に足をとられたオバマを批判し、ヒマラヤの水資源に依拠する中国人民を結果的に裏切った中国の温首相を非難しているが、COP15があんな結果に終わった以上、「民主主義を奉じる、ふつうの市民による大衆運動」で、「世界政治の力学」をチェンジするしかないと主張を展開する。 

 白熱電球を取り替え、政治が最善を尽くしてくれるだろうと希望して待つ時は、とうに過ぎてしまった、と。

 ハリ記者は最後にこう指摘して、世界の人々に対する「檄」のような記事を結んでいる。

 コペンハーゲンは価値あるものをひとつ残した。ひとつだけ残した。われわれが今、自己防衛を始めなければ、誰も助けてくれない、という教訓だけを残した。……

 この切迫した、必死の訴え!
 日本の同じ21日付の新聞のコラムと比べてみるがよい。
 某紙の看板コラムの書き出しは、こうだ。「要するに、肝心なことは先送りらしい。……」
 「……先送りらしい」ではない。「先送りされてしまった!」のだ。 
  

http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/johann-hari/after-the-catastrophe-in-copenhagen-its-up-to-us-1846366.html

「本日の歌」は Greenfields   コペンハーゲン挽歌

 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/

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2009-12-20

〔COP15 NEWS〕 「陰謀」と「漏洩」による「留意」

 英紙ガーディアンによると、コペンハーゲンのCOP15は、途上国を排除して進められた密室での「陰謀」が、会議開催後、関係筋の「漏洩」で発覚、その後、コピー機に機密文書をわざと置き忘れるといった「漏洩の洪水」が常態化し、さながら「漏洩で会議が進む」事態に至っていたという。

 最終「合意」案は8種類つくられたが、そのも数分以内に増刷されて、会場に出回ったそうだ。

 本ブログで既報(⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/12/post-ccf1.html )の通り、漏洩の極めつけは、「2度以内」の国連案を検討すると、実は「3度」の上昇になる、との極秘分析報告書の漏洩。
 国連事務局筋からのリークだったそうだ。

 そして挙句の果てが、「承認」でも「同意」でもない、「留意」による「合意」での逃げ切り。

 要はメチャクチャ&ハチャメチャな、空前の大混乱が続いていたわけである。 

⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/20/copenhagen-climate-global-warming

「本日の歌」は Ae Fond Kiss   心を洗ってくれる、スコットランドの歌だ。

  ⇒  http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2009/12/ae-fond-kiss.html

Posted by 大沼安史 at 12:54 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 アフリカから「ホロコースト協定だ」との批判の声 ベネズエラの女性代表が自傷行為で抗議 「国連に対するクーデターだ」

 英紙ガーディアンによると、COP15の「強硬決着」に抗議して、G77のルムンバ・ディ・アピング議長(スーダン)が「コペンハーゲン合意」をホロコーストにたとえて批判した。

 「(これは)アフリカに対して自殺協定にサインしろ、と言っているようなものだ。少数の国々の経済的な依存を維持するために、灰になれという協定にサインしろ、といっている。これはかつてヨーロッパで600万人の人々を焼却炉に送り込だ価値観に基づく最終解決策だ」

 また、ベネズエラの代表団の女性は、手の平をカットし、血を流しながら、こうでもしなければ訴えを聞いてもらえないのか、と抗議し、「国連に対するクーデターを今、目の当たりにしているのです」と非難した。

 これほどの反発で出たことを、無視してはいけない。

 該当箇所は記事の終わりに ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/19/copenhagen-closes-weak-deal

Posted by 大沼安史 at 12:02 午後 | | トラックバック (1)

2009-12-19

〔COP15 NEWS〕 なんて素敵な選曲! デンマーク女王の晩餐会で王立近衛連隊楽団が奏でた歌

 先進国を中心に各国首脳が無能さを曝け出したCOP15で18日夜、マルグレーテ女王主催の晩餐会が開かれた。

 晩餐会ではデンマークの王立近衛連隊楽団の演奏があったが、女王様の選んだ曲目を知って、思わず脱帽した!

 素晴らしい選曲!

 ガーディアン紙( ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/19/copenhagen-summit-talks-deadline )によれば、演目の一つは、ビードルズのHere comes the sun!

 お日様は昇る! 希望に満ちた歌!
 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=OZtQh5EIgWQ

 歌詞もすばらしい。
 Here comes the sun お日様だ
 Here comes the sun お日様だ
 It's alright    もう大丈夫
 It's alright    もう大丈夫

 でも、会議の中身の方は、ちっとも大丈夫じゃなかったんだけれど……。

 この歌には実は、こんな歌詞も。

  Little darling, i feel that ice is slowly melting
 ねえ、君。僕、感じるんだ。氷がゆっくり溶けているぜ
  Little darling, it seems like years since it's been clear
 ねえ、君。ハッキリ証拠が出たあと、もう何年も過ぎたみたいだ

 さりげない、キツーイ一発……いや、一曲。

 でも、楽団の演奏はこれだけじゃなかった。その、もう一曲がモロ、凄すぎ!

  Here's That Rainy Day うわ、あの雨の日だ!

  フランク・シナトラのスタンダード・ナンバー。
 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=YvJ5yPD0l9o

 歌いだしが、

 Maybe I shoud have saved those leftover dreams
  たぶん俺はあの残りの夢を大事にしておくべきだったんだ
 (地球環境を守る夢を……)

 そして、こんなエンディング。

  Funny how love becomess a cold rainy day
  おかしいよね。愛が冷たい雨の日になるなんて
 (愛は地球を救う〔はずの〕会議は冷たい雨模様)

 マルガレーテ女王に乾杯!

  ☆ 本日の一曲は 島倉千代子さんの「恋しているんだもん」 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/

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〔COP15 NEWS〕 オバマ 5ヵ国協議で「画期的な合意」を切り拓く 

 オバマ大統領は18日、中国、インド、ブラジル、南アフリカの首脳と5ヵ国会議を開催した。

 この場で諮ったペラ「3頁」の「政治合意」案が、COP15の全体会議にかけれたのだそうだ。ニューヨーク・タイムズに、そう出ていた。

 いかにも、オバマがリーダーシップを発揮して、「合意」に漕ぎ着けたような書き方だ。

 その「画期的な合意」に拍手を!

 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/12/19/science/earth/19climate.html?pagewanted=2&_r=1&hp

Posted by 大沼安史 at 04:38 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 コテンパーゲンで廃棄されたもの

 英紙インディペンデントのジャーナリスト、ジョハン・ハリ(Johann Hari)氏が、同紙に「コペンハーゲンが無視した真実(The truths Copenhagen ignored)」 との、COP15を総括する記事を書いていた。

 「彼らは合意を結ばなかった。世界で最も標高の低い国々と、世界の氷河と、北極と、そして数百万の命の棺に蓋をした」

 They didn't seal the deal; they sealed the coffin for the world's low-lying islands, its glaciers, its North Pole, and millions of lives.  

 その通り!

 総括記事の中でハリ氏は、コペンハーゲンでコテンパンにのされ、廃棄された「理念」(アイデア)が3つあると指摘していた。

 ①「国際環境裁判所」 何米のボリビアが創設を提案したものだ。条約で合意した削減に違反した国を処罰する国際司法法廷。たとえば、カナダは京都議定書に調印しながら、温暖化ガスの排出量を26%増やしているのに、何の咎めもない。

 ②「化石燃焼は地下に眠らせておけ」 世界的な権威ある科学誌、『ネーチャー』の掲載論文によると、人類が利用できる化石燃料はすでに発見済みの最大60%。ということは、これ以上、探査を続ける必要はない。探査にモラトリアムをかけなければならない。

 ③「気象債務」 大気中の温暖化ガスの7割は先進国発。その影響の7割は新興国に出ている。先進国はそれだけ環境問題で「負債」(責任)を抱えている。

 先進国の指導者は、人類の生存よりも、オイルマネーに浸かった惰性を選んだ、とハリ氏は結論づけているが、その通りだ。  

 ⇒ http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/johann-hari/johann-hari-the-truths-copenhagen-ignored-1845114.html

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〔いんさいど世界〕 コペンハーゲン不合意

 この「地球」という、かけがえのない「ECO」(住まい)をどう守るか? コペンハーゲンのCOP15が出した答えは、各国の政治リーダーたちが「政治合意」を達成できなかったことを確認し、それだけを「合意」して問題を先送りした「コペンハーゲン不合意」だった。

 英国のミルバンド環境相は会期中、COP15が実質的な議論で頓挫したら「悲劇」になり、手続き的に行き詰まったら「笑劇(ファルス)」になる、と「予言」していたが、そのふたつをあわせた「悲劇的な笑劇」に終わった。

 現代世界の、とくに先進国における政治指導者たちが、どれほど無能な、リーダーシップに欠ける存在なのか、まざまざと示した、無様な失敗興行だった。
 
 反環境派・既得利権の手先を務めて来たロビイストたちは、今頃、祝杯を挙げているだろう。「合意に至らなかったのは残念なこと」などと殊勝な顔で言いながら、内心、してやったり、とほくそ笑んでいる官僚たちもいることだろう。「京都」から「脱走」した、戦争犯罪人でもあるあの男など、テキサスの豪邸で、ザマアミロと笑い転げているかもしれない。

 地球の未来が、人類の未来がかかった「地球環境議会」であったはずなのに、過去によって既定された現状(現在)が、ケセラセラの無責任・先送りによって未来を切り崩した。
 地球環境の現状(現在)が、惨状を広げ、すでに体感できるところまで来ているにもかかわらず、目をそむけ、地球と人類の未来を守る、重大この上ない任務を怠った。

 この「なるようになれ・ケセラセラ不作為」は、われわれが今、考える以上に致命的なことかも知れない。「西暦2009年12月」の「コペンハーゲン不合意」を、未来世代が呪詛せずに思い起こすことは果たして可能か?――そんなことさえ真剣に考えなければならないほど、事態は深刻化しているかも知れない。

                @

 あの、ドリス・デイの歌の歌詞――♪未来は見るのを許されていない、とは逆に、われわれはすでに未来を見るのを許されている――いや、未来を今、もうとっくに、この目で見ている……このことに、僕が遅まきながら気づかされたのは、ネットに流れたビデオで、インドの女性活動家、ヴァンダナ・シヴァ女史のコペンハーゲンでの演説を聴いた時のことだ。

 ヴェンダナ・シヴァ女史(57歳)は、デンマークの物理学者、ニールス・ボーアのリーダシップの下、「コペンハーゲン合意(解釈)」が生まれた、あの量子力学の研究で、博士号を取得した物理学者。哲学者でもあり、インド古来のヴェーダの教えに基づく環境保護、有機農業の実践者でもある。1993年には、環境保護運動の功績を讃えられ、「もうひとつのノーベル賞」といわれる、「ライト・ライブリフッド賞」を受賞した人。

 その彼女が、こう叫んだのだ。

 私はヒマラヤから来たのです。氷河は溶けています。村々は洪水にさらされるか、干上がっているかのどちらかです。農業も崩壊しています。私の住む地域では今年、農作物の90%がダメになりました。川の70%が干上がってしまうました。地元の人々がそうしたのではありません。私の環境運動の旅は『チプコ』をともに始まりました。女たちが木を抱く運動です。今私たちは山を抱いています。そして汚染者たちにこう言っているのです。「汚染するのは止めにしなさい。あなたがたは水を盗んでいる! 食べ物を盗んでいる。私たちの雪を盗んでいる!」

 僕はヒマラヤの雪氷が溶け、鉄砲水を引き起したり、水を枯らしたりしていることを一応、知ってはいたのだが、彼女の「私たちは木を抱き、山を抱いている。私たちの雪を盗むな」の訴えを聞いて――その生身から発せられた言葉を聞いて、慄然たる思いとともに、その意味を、そしてその現実を、今頃になって、初めて理解したのだった。

 「チプコ」とはヒンドゥー語で「抱きついて離れない」の意味。インドの村の女性たちは、からだを張って木にしがみつき、森林伐採に抵抗して来たのだ。
 それと同じ気持ちで、今、ヒマラヤの山を抱いている……。

 そう訴える、COP15を失敗に終わらせようとする者たちへの彼女の怒りを、少なくとも、怒りの一部を、初めて、わがものとすることができたような気がしたのだ。

                @

 日本では、(何者かに仕組まれた?)「決まり文句」でよく「地球環境の未来を守る」と言われるが、問題は「未来」にあるのではなく、「現在」にある。守るべきは、地球環境の現在であり、かけがえのないものとして抱き締め、守らなければならないのは、消え残るヒマラヤの雪である。未来の惨状をすでに現状において見ている以上、問題を先送りすることはできない。

 COP15の場でも、この「現状」からの訴えは、利害得失ばかり気にするパワーゲームの中で、かき消されてしまった。海面上昇による水没の危機にすでにさらされている太平洋の島国、ツヴァルは、先進国、新興国の双方に抜本的な対策を求めたが、無視されてしまった。

 オバマも含め、今の世界の指導者の間に、一人の「ゴア」も見あたらない以上、政治指導者に安易な期待をかけてはならない――「コペンハーゲン不合意」は、そんな世界的な現実に対する民衆の「合意」形成を促した。

 COP15ほど、地球環境という共通の問題をめぐって世界の目が集まった国際会議はない。会場内外の動きは、ネットを通じ、リアルタイムで全世界へ伝達され、おそらくは億の単位の人々が会議の行方を注視したことだろう。

 これは空前絶後の出来事である。もしも「コペンハーゲン不合意」に「成果」というものがあるとしたなら、それは「不合意」を批判するグローバルな合意と、切迫した連帯を、図らずも生み出したことではないか?

 もうひとつ、「成果」を挙げるとするなら、(COP15の場では潰されたことだが)、「世界環境基金」の財源として「トービン税」(為替=通貨取引税)を新設して充てる構想が、国連の正式な会議の場で、とにもかくにも出された事実である。
 この案はエチオピアが示したものだが、「トービン税」は世界の貧困対策の切り札にもなり得るもので、これが「提案」された意味は大きい。

 今回のCOPは100億ドル、1000億ドルと金(ファンド)の議論も焦点のひとつになったが、この財源問題への関心を引き起したことも、「成果」に挙げることができる。  
 地球環境を守る闘いのための、グローバルな「戦費」を捻出する作業は、地球環境に対する人為的な破壊の最たるものである「戦争」の経費、すなわち軍事費の削減、振り替えの問題に、つながり得る――いや、つなげなければならないものであるからだ。

 米国の新年度の軍事費(国防予算)は実に6360億ドル。COP15でヒラリー・クリントンが示した「1000億ドル」の6倍以上にあたる。

                @

 木を、ヒマラヤを、抱き締めるように、この地球をわれわれ一人ひとりが、どうやって抱き締めるか?……その道筋を、COP15の失敗=「コペンハーゲン不合意」は、見まごうことのない、誰もが合意できる、目に見えた形で、くっきり指し示した。

 

Posted by 大沼安史 at 02:13 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-18

〔COP15 NEWS〕  オバマ演説 全文

 ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/18/obama-speech-copenhagen-climate-summit

 オバマは言った。「われわれは、共通の脅威を前に、勇敢に、そして決定的に行動できると、私は信じている。だから、私はここに来たのだ」

 I believe that we can act boldly, and decisively, in the face of this common threat. And that is why I have come here today.

 オバマは気象変動・温暖化を「共通の脅威」と言った。テロリストと同格に引き上げ、戦う姿勢を強調した。

 しかし、アフガン増派のように、目に見えたかたちで戦いを「エスカレート」させる、具体的な言葉はなかった。

Posted by 大沼安史 at 09:19 午後 | | トラックバック (1)

〔COP15 NEWS〕  18日(現地時間)午後0時41分 オバマ演説終了

 ガーディアンの速報ブログによると

 オバマ、お義理の拍手のあと、そそくさ退場。

 短い演説の中でオバマ、ヒラリーの「1000億ドル」を繰り返す。

 ガーディアン速報ブログ(ONをクリックすると自動更新。なお、時刻表示はグリニッジ標準時 コペンとの時差は1時間) ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/blog/2009/dec/18/copenhagen-climate-change-summit-liveblog
 

 

Posted by 大沼安史 at 08:48 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕  18日(現地時間)午後0時32分 オバマ演説開始

 ガーディアンの速報ブログによると

 オバマ 「われわれの集団行動能力が疑問にさらされている」と発言。
 Our ability to take collective action is in doubt、

  大沼注 : オバマ、敗北を宣言! しかし、そこまでCOPを追い込んだのは、君たち、アメリカだろうに。

 ガーディアン速報ブログ(ONをクリックすると自動更新。なお、時刻表示はグリニッジ標準時 コペンとの時差は1時間) ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/blog/2009/dec/18/copenhagen-climate-change-summit-liveblog
 

 

Posted by 大沼安史 at 08:43 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕  18日(現地時間)午後0時23分 プロテスターが髪を丸刈り抗議

 ガーディアンの速報ブログによると、ベラセンター近くで、環境保護活動家たちが、自分たちの髪を切る、丸刈りプロテスト。

 ガーディアン速報ブログ(ONをクリックすると自動更新。なお、時刻表示はグリニッジ標準時 コペンとの時差は1時間) ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/blog/2009/dec/18/copenhagen-climate-change-summit-liveblog
 

 

Posted by 大沼安史 at 08:35 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕  18日(現地時間)午後0時15分 ルラ・ブラジル大統領 「不満」を表明

 ガーディアンの速報ブログによると、中国の温首相の演説、午後0時11分(現地時間)に終了。新味なし。
 同15分 ルラ大統領、会議の結果「不満」を表明。

 ガーディアン速報ブログ(ONをクリックすると自動更新されます。なお、時刻表示はグリニッジ標準時 コペンとの時差は1時間) ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/blog/2009/dec/18/copenhagen-climate-change-summit-liveblog
 

 

Posted by 大沼安史 at 08:27 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 未明にたった「2枚(頁)」の「合意文書」案 「2度」、法的に拘束せず 

  ガーディアン紙の報道によると、18日早朝、開かれた先進国を中心とする28カ国の協議で、同日現地時間午後3時の調印が予定されている「合意文書」の草案がまとまった。

 それによると、たったの2頁のテキスト案には、合意国は世界気温の上昇「2度以内」に抑える「べき(ought)」との表現が盛り込まれたが、法的な拘束力は設定されていない。

 削減幅も「ディープ・カット」という抽象表現にとどまっている。ただし、この点に関しては「引き続き協議」とのこと。

 また、2010年12月、メキシコシティーで開かれる次の会合まで、引き続き協議する、との表現も。

 また今後3年間、年100億ドル、2020年までに年1000億ドル(ヒラリー提案)の途上国に対する援助も盛り込まれているが、詳細は欠落している。

 世界はこの程度の指導者しか持っていないことを知らしめる、お寒い「ペラ2枚」テキストではある。

 ガーディアンのブログによると、オバマはCOP会場のベラセンターには向わず、空港近くのホテルで、各国首脳と協議しているそう。

 ベルセンターでは温・中国首相がすでに着席しているそうだ。

 会場は各国代表のボディーランゲージでみるかぎり、悲観ムードが漂っているそうだ。 

 ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/18/copenhagen-world-leaders-document 

 

Posted by 大沼安史 at 07:44 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 「50%削減」 ジョージ・モンビオ氏 オバマよ、君が演説で言うべきはコレだ!

 英国の環境活動家・ジャーナリスト、ジョージ・モンビオ氏がガーディアン紙に、オバマがコペンハーゲン演説で本来、語るべき「スピーチ・テキスト」を発表した。その一部を紹介する。

 「私はここに、米国が2020年までに、1990年対比で50%削減することを約束します。これは他の国々とは関係なく、一方的に削減するものであります。私はみなさんに、この私と競争するよう求めるものであります。私たちは互いに相手を乗り越える削減率を競い合わねばなりません。足を引っ張り合ってはなりません」

 I hereby commit the United States to cutting greenhouse gases by 50% against our 1990 levels by 2020. I commit to this cut regardless of what other nations might do, but I urge you to compete with me to exceed it. We should be striving to outbid each other, not to undercut each other.

 ⇒  http://www.guardian.co.uk/commentisfree/cif-green/2009/dec/16/copenhagen-deal-barack-obama-speech

 

Posted by 大沼安史 at 07:07 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 ヒラリー「1000億ドル」スピーチにナオミ・クラインが、「恫喝」は止めよ、と批判 

 ヒラリー・クリントン米国務長官のコペンハーゲン「1000億ドルだ。合意に反対したら、やらない」演説に対し、ナオミ・クラインが、「むき出しの恫喝」だと批判した。

 「デモクラシーNOW]のインタビューに答えた。賛成である。

 ナオミ・クラインは、タイなどの経済危機につけ込んだ、IMFによる、かつての「経済構造改革」と同じで、新興国の手を縛るものになると指摘。

 さらに「緑の部屋」と呼ばれる「密室」において、ひそかに事が進められている現状を糾弾した。
 
 ⇒ http://www.democracynow.org/2009/12/17/a_naked_form_of_blackmail_naomi

Posted by 大沼安史 at 06:54 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 オバマ コペンへ手土産なし 仏紙報道 ヒラリー、「年1000億ドル」の空手形 アメリカはその6倍もの軍事予算を組むくせに!

 ルモンド紙によれば、オバマ大統領は明確な途上国資金援助提案を持たずにコペンハーゲン入りするという。米政府当局者の話として伝えた。

 ⇒  http://www.lemonde.fr/le-rechauffement-climatique/article/2009/12/17/obama-ne-devrait-pas-prendre-de-nouveaux-engagements-financiers-pour-les-pays-pauvres_1282393_1270066.html#ens_id=1275475

 英紙インディペデントによると、先乗りしたヒラリー国務長官が「年1000億ドル」を表明したことで、英国のブラウン首相が急に勢いづいたそうだが、同紙によれば、ヒラリーは米国としてどれだけ出すか言ったわけではない。

 ⇒ http://www.independent.co.uk/environment/climate-change/china-holds-the-world-to-ransom-1844247.html

 「1000億ドル」を空手形にしないためには、「政治合意」で法的拘束力を持たせなければならないが、オバマはポケットに何も入れないで、顔見世のお付き合いで済ませ、アメリカはコミットしましたという姿勢だけを印象づけるつもりだろうから、残念ながら期待薄。

 アメリカの連邦下院は15日、新年度の軍事予算案を賛成多数で可決したが、その額、なんと6360億ドル!

 6分の1を途上国支援の「環境基金」に毎年、繰り込めばいいだけのことじゃあないか!

 オバマよ、それが世界の最先進汚染国の義務ではないか?

Posted by 大沼安史 at 12:03 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 実は「2度」ではなく「3度」の気温上昇 国連秘密分析資料をガーディアン紙が入手し暴露 新たに5億5000万人が飢餓に直面

 英紙ガーディアンは、COP15で15日に(おそらくは新興国を除く――大沼注)関係国に配布された国連の秘密分析資料を入手し、暴露した。

 それによると、現在、COP15で提起されている新たな温暖化対策の合意案は、地球の平均温度を「2度」の上昇に食い止めるものとされていたが、国連の秘密分析では「3度」上昇するのだそうだ。

 この「3度上昇」によって、どれだけの環境破壊が進むか、英国の研究で見てみると、5億5000万人が新たに飢餓に直面し、沿海部に住む最大1億7000万人が高波の被害に遭うほか、地球上の生物種の最大50%が絶滅の危機にさらされるという。

 「2度」でも地球は危ういといわれていたのに、このありさま。

 この資料は日本政府にも配布されたはずだ。日本の報道機関はただちに公開を迫る必要がある。
 日本政府よ、「京都」の自動?延長がいやなら、この資料を公開し、決裂・白紙撤回⇒交渉の仕切りなおしを宣言せよ! 

http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/17/un-leaked-report-copenhagen-3c

Posted by 大沼安史 at 11:12 午前 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 ガーディアン紙 京都議定書の延長決まると報道

 環境報道で世界をリードする英紙ガーディアンの電子版に、17日午後2時50分(グリニッジ標準時)付で、こんな見出しの記事が掲載された。

 Victory for developing nations as rich countries abandon effort to kill off Kyoto

 先進国が京都議定書殺しを放棄 途上国が勝利

 一方、18日付の朝日の朝刊(7面)には、「(京都議定書の延長による)米中義務なしを懸念 産業界、政府に訴え」の記事。

 ガーディアンの報道の通りだとすると、日本(の政府・交渉団、同行の記者団の一部)は「時差ボケ」で脳死状態に陥っていることになる……。

 COP15がどんな結果に終わろうとも、日本の「交渉(?)」ぶりの検証は避けられない。日本のマスコミよ、政府のブリーフィングに踊らされず、自己検証を含め、徹底的にメスを入れよ!

 仮に今回のCOP15が「日本ひとり負け」に終わったとしたら、交渉当事者の責任逃れは許されないところだ。最低限、担当官僚を更迭、環境対策チームを一新すべきではないか!
 

⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/17/developing-nations-kyoto

Posted by 大沼安史 at 09:31 午前 | | トラックバック (0)

2009-12-17

〔COP15 NEWS〕 私はヒマラヤから来た。私たちは木を抱き締め、山を抱き締める! 私たちの雪を盗むな! インドの女性活動家、ヴァンダナ・シヴァ女史がコペンハーゲンからアピール!

 インドの女性活動家、ヴァンダナ・シヴァ(Vandana Shiva )女史がコペンハーゲンでのプロテストに参加し、「私はヒマラヤから来た。私たちの雪を盗むな!」と力強く演説、米国をはじめとする先進汚染国に対し、責任ある対応を求めた。

 ヴェンダナ・シヴァ女史(57歳)は、カナダの大学から量子力学の研究で博士号を取得した物理学者。哲学者でもあり、インド古来のヴェーダの教えに基づく環境保護、有機農業の実践者でもある。1993年には、環境保護運動の功績を讃えられ、「もうひとつのノーベル賞」といわれる、「ライト・ライブリフッド賞」を受賞した。

 そのシヴァ女史が12月5日、全世界から集まった環境保護派の集会で演説した。
⇒http://movie.pochi2.info/video/watchframe/6aebfab5bf7670f4

 以下はその一部。

  私はヒマラヤから、やって来ました。私はデリーに事務所を持っていますが、住んではいません。汚染された街です。車に乗っ取られた。私はヒマラヤから来たのです。氷河は溶けています。村々は洪水にさらされるか、干上がっているかのどちらかです。農業も崩壊しています。私の住む地域では今年、農作物の90%がダメになりました。川の70%が干上がってしまうました。地元の人々がそうしたのではありません。私の環境運動の旅は「チプコ」(後述)をともに始まりました。女たちが木を抱く運動です。今私たちは山を抱いています。そして汚染者たちにこう言っているのです。「汚染するのは止めにしなさい。あなたがたは水を盗んでいる! 食べ物を盗んでいる。私たちの雪を盗んでいる!」と。

I come from the Himalaya. I just had an office in Delhi; I don’t live in Delhi. It’s a polluted city. The automobile has taken over. I come from the Himalaya. Our glaciers are melting. Our villages are getting flooded out or drying up. Agriculture is collapsing. Ninety percent of the food production in my area has collapsed in this year. Seventy percent of the streams have dried up. And that is not happening because of what the local people did. My journey in the environment movement began with Chipko, where women came out to hug the trees. We are now hugging our mountains and telling the polluters, “You’ve got to stop polluting, because you are stealing our water, you are stealing our food, you are stealing our snows

 シヴァ女史の言う「チプコ」とは、インドで1970年代から始まった、村の女が樹木の周りを囲んで(抱いて)、緑を伐採から守る運動。女史はこの運動に参加し、環境保護に取り組み出したのだ。現在、有機農業を実践しているという。

 シヴァ女史は「デモクラシーNOW」のエイミー・グッドマンさんのインタビューに応え( ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=Jm-eYE3A9e8 )、こう語った。

 「アメリカはドナー(贈与者)ではない。ポリューター(汚染者)です。汚染者は償いの代価を支払わなければなりません。環境債務を支払うべきです。これは施しの問題ではない。これは正義の問題です」

 これは先進汚染国である日本にもあてはまる指摘だろう。 

 シヴァ女史の言うとおりだ。われわれ日本人もまた、「汚染者」として自己認識することから始めなければならない。ヒマラヤの氷河を、もしかしたら守れるかも知れない、かすかな望みは、そこから――そこからのみ、生まれる。 

  ヴァンダナ・シヴァさん Wiki⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Vandana_Shiva

    チプコ運動 ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Vandana_Shiva

Posted by 大沼安史 at 07:08 午後 | | トラックバック (0)

〔COP15 NEWS〕 英ブラウン首相 エチオピア「トービン税」提案で打開に動く 広がる悲観ムード 

 英紙インディペンデントによれば、コペンハーゲンのCOP15で英国のブラウン首相は16日、エチオピアのゼナウィ首相の「トービン税」提案を、国連のバン事務総長、米国のジョン・ケリー上院議員にぶつけ、説得を試みた模様だ。

 これに対し、バン事務総長は理解を示したらしいが、ケリー議員の「反応」は、同紙の記事から判断するに、どうも芳しくなかったようである。

 英国のエネルギー・気候変動担当相、エド・ミルバンド氏は16日夜、次のように語ったそうだ。

 "If this agreement were to fail because of issues of substance it would be a tragedy, but if it were to fail because of issues of process it would be a farce."

 もしも合意達成が中身の問題でできなければ、悲劇になるわけだが、もしもそれがプロセス(手続き)によるものなら、お笑い草になるだろう。

  "If we fail, people all over the world will be furious and they will be right to be furious."

 もしもわれわれが合意できなかったなら、世界中の人々は怒るだろうし、怒る権利を持つことになるだろう。

 ミルバンド担当大臣が、ここで「プロセス(手続き)」に言及したのは、ケリー氏が共同提案者として提出した、「温暖化対策法案」が、いまアメリカの議会にかかっており、ケリー氏が身動きのとれない状況にあることを示唆したかったから、かも知れない。

 せっかくの「トービン税」による打開策が、「手続きの壁」にぶちあたり、葬り去られることを嘆いての発言かも知れない。

  ケリー氏(民主党)もオバマ政権も、軍事産業とともにウオールストリ-ト(金融権力)を支持基盤としているから、「トービン税」導入論を、連邦議会における手続き問題を言い立てることで葬り去ろうとしているのかも知れない。

  ⇒ http://www.independent.co.uk/environment/climate-change/climate-talks-on-brink-of-failure-as-time-runs-out-1843073.html

Posted by 大沼安史 at 12:44 午後 | | トラックバック (0)

2009-12-16

〔NEWS〕 コペンハーゲンのプロテスト・ソングはボブ・ディランの A Hard Rain's A-Gonna Fall

 デモクラシーNOW(http://www.democracynow.org/)のキャスター、エイミー・グッドマンさんがコペンハーゲンからのライブ放送で、ボブ・ディランの A Hard Rain's A-Gonna Fall がプロテスターのシンボルソングになっている、と報じていた。

 1960年代の歌だ。 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=axGwD9B8SxY

 原詩で確かめて、なるほどと思った。
 たとえば、歌の最後の部分、拙訳で紹介すると、こうなる。

そこでは飢えていることは醜いことで、人間たちは忘れられている
そこでは色は黒しかなく 数はゼロしかない
僕はそれを言うんだ 考えるんだ 話すんだ 呼吸するんだ 
そしてみんなに見えるように、山の上から映すんだ
それから僕は海の上に立つんだ 沈み始めるまで立つんだ
でも僕はその時、僕の歌を歌い出すんだ ずっと前から覚えていた歌を
そして今、激しい、激しい、激しい、激しい
激しい雨が落ちて来る……

Where hunger is ugly, where souls are forgotten,
Where black is the color, where none is the number,
And I'll tell it and think it and speak it and breathe it,
And reflect it from the mountain so all souls can see it,
Then I'll stand on the ocean until I start sinkin',
But I'll know my song well before I start singin',
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard,
It's a hard rain's a-gonna fall.

◎ 歌詞 (JETSによる日本語訳詩 は ⇒ http://www.geocities.jp/buyer02jp/bob-dylan/hard-rain.html ) 

Oh, where have you been, my blue-eyed son?
Oh, where have you been, my darling young one?
I've stumbled on the side of twelve misty mountains,
I've walked and I've crawled on six crooked highways,
I've stepped in the middle of seven sad forests,
I've been out in front of a dozen dead oceans,
I've been ten thousand miles in the mouth of a graveyard,
And it's a hard, and it's a hard, it's a hard, and it's a hard,
And it's a hard rain's a-gonna fall.

Oh, what did you see, my blue-eyed son?
Oh, what did you see, my darling young one?
I saw a newborn baby with wild wolves all around it
I saw a highway of diamonds with nobody on it,
I saw a black branch with blood that kept drippin',
I saw a room full of men with their hammers a-bleedin',
I saw a white ladder all covered with water,
I saw ten thousand talkers whose tongues were all broken,
I saw guns and sharp swords in the hands of young children,
And it's a hard, and it's a hard, it's a hard, it's a hard,
And it's a hard rain's a-gonna fall.

And what did you hear, my blue-eyed son?
And what did you hear, my darling young one?
I heard the sound of a thunder, it roared out a warnin',
Heard the roar of a wave that could drown the whole world,
Heard one hundred drummers whose hands were a-blazin',
Heard ten thousand whisperin' and nobody listenin',
Heard one person starve, I heard many people laughin',
Heard the song of a poet who died in the gutter,
Heard the sound of a clown who cried in the alley,
And it's a hard, and it's a hard, it's a hard, it's a hard,
And it's a hard rain's a-gonna fall.

Oh, who did you meet, my blue-eyed son?
Who did you meet, my darling young one?
I met a young child beside a dead pony,
I met a white man who walked a black dog,
I met a young woman whose body was burning,
I met a young girl, she gave me a rainbow,
I met one man who was wounded in love,
I met another man who was wounded with hatred,
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard,
It's a hard rain's a-gonna fall.

Oh, what'll you do now, my blue-eyed son?
And, what'll you do now, my darling young one?
I'm a-goin' back out 'fore the rain starts a-fallin',
I'll walk to the depths of the deepest dark forest,
Where the people are many and their hands are all empty,
Where the pellets of poison are flooding their waters,
Where the home in the valley meets the damp dirty prison,
Where the executioner's face is always well hidden,
Where hunger is ugly, where souls are forgotten,
Where black is the color, where none is the number,
And I'll tell it and think it and speak it and breathe it,
And reflect it from the mountain so all souls can see it,
Then I'll stand on the ocean until I start sinkin',
But I'll know my song well before I start singin',
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard,
It's a hard rain's a-gonna fall.

Posted by 大沼安史 at 07:36 午後 | | トラックバック (0)

〔URGENT 重要NEWS〕 コペンハーゲンで待望の打開策 エチオピアが「トービン税」などで世界環境基金創設を提案 英仏が支持

 英紙インディペンデントによれば、アフリカ連盟を代表して15日夜、コペンハーゲン入りした、エチオピアのメレス・ゼナウィ首相は、新興国の環境対策支援で創設される「世界環境基金」の恒久財源として、為替取引に課税する「トービン税」、及び空輸・海運税を創設する打開際を示した。

 これに対して、英国のブラウン首相、フランスのサルコジ大統領は支持を表明。

 このエチオピア案の行方が、コペンハーゲンの成否を決める情勢になって来た。

 国際連帯税のとして構想された「トービン税」は、国際的な為替取引に課税するもので、世界の環境団体が導入を呼びかけていた。貧困対策としても期待されている。

 同紙は「トービン税」の導入で、毎年、1000億ドルの税収を見込む研究もあると指摘した。

 「トービン税」の導入は、ウォールストリートを抱えた米国が忌避すると見られるが、シティーを抱えた英国が支持に回ったことで、実現性が出て来た。

 鳩山政権は様子見を決め込むのではなく、早速「支持」を表明すべきである。 

⇒ http://www.independent.co.uk/environment/climate-change/climate-conference-make-bankers-pay-for-deal-1841970.html

 トービン税については ⇒ http://pol.cside4.jp/economic/46.html

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2009-12-15

〔NEWS〕 オバマ、パキスタンの大都市、クエッタ攻撃の構え 無人攻撃機でタリバン後方司令部を狙う

 米紙ロサンゼルス・タイムズは、オバマ政権がパキスタン・バルチスタン州の州都・クエッタのタリバン後方司令部に対し。CIAの無人攻撃機「プリデーター」による攻撃を行う構えを見せている、と報じた。

 CIA「プリデーター」による攻撃は、これまでアフガン国境に隣接した辺境地帯で行われていたが、クエッタに対する攻撃は、人口の密集した都市部への攻撃になるわけで、実行されれば、ベトナム戦争の際のカンボジア侵攻に似た軍事エスカレーションとなる。

 CIAはブッシュの時代、国防長官の指揮下に入り、軍事行動を行うまでに至っている。

 オバマ政権が強硬姿勢を見せているのは、パキスタン政府がタリバンの指導者たちの引渡しを拒否しているため。

 クエッタ攻撃が行われればパキスタンの反米感情はさらに高まり、その分、パキスタン当局も苦しい立場に追い込まれる。それを見越して、パキスタン側に「協力」を迫る作戦と見られる。

 同紙によれば、クエッタは人口85万の大都市。 

 「3万人増派」でアフガン戦争決着に向け、見通しをつけたいオバマ政権だが、「アフガン戦争」は、ますます「アフガン・パキスタン戦争」の様相を深めて来た。 

⇒ http://www.latimes.com/news/nation-and-world/la-fg-us-pakistan14-2009dec14,0,119787,print.story

☆ 『本日の歌」は Eilen Jewell の Back to Dallas

   ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/

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2009-12-14

〔NEWS〕 緑のマネー・ビラ&闘う男は女装する! イランの民衆が非暴力抵抗戦術

 イランで当局の弾圧下、民主化運動が続いている。非暴力の闘いだ。
 そんなイラン民衆の苦闘の中から、こんな新しい抵抗戦術が生まれた。

 ひとつは、紙幣をビラにしてしまうやり方。
 抵抗運動のシンボルカラーの緑で「V」サインを書き込んだり、「騙し屋ハメネイ、権力の亡者アハマディネジャド」などと書き込み、流通させているそうだ。

 なかには、殺されたテヘランの女性、ネダさんの写真を貼り付けたものもあるそうだ。

 マネーに乗って天下を回る、民衆の声!

 ⇒ http://payvand.com/blog/blog/2009/11/16/exhibit-iranian-banknotes-uprising/

 もうひとつは、本ブログ、名付けて「闘う男は女装する」キャンペーン。

 イラン当局が民主化運動を貶めようと、逮捕した男子学生に髭を剃らせ、青のスカーフと黒のチャドルを着せた「女装写真」をメディアで流したことに抗議、イランの男たちがスカーフを被って、FACEBOOKに登場するなど連帯の輪を広げている。

 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/men-turn-tables-on-regime-by-donning-headscarves-and-dresses-1839889.html

 なるほど、非暴力抵抗運動の戦術は、思いがけない、身近にあるもの。

 日本でも、たとえば役人の「天下り」に抗議して、該当者を全リストアップするHPを立ち上げ、「公金返還請求書」送付する運動を盛り上げるとか、いろんなやり方がありそうだ。

 「輝け! 日本天下り大賞」の創設、なんてのもいいなあ~!
 「税金ドロボー長者番付」を発表するのもいいかも?!

  ☆ 「本日の歌」は エタ・ジェームズさん  I'd Rather Go Blind

   ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/

   ずるくないから好きだ!    

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2009-12-13

〔コラム 夢の一枝〕 「北のミカド・東武天皇」はなぜ“消された”か?――もうひとつの「歴史教科書」問題

 幕末、「御一新」のあの時代に、天皇が「2人」いたということを――明治天皇とは別に「東武天皇」というお方がおられたことを――そして、そのことが当時のニューヨーク・タイムズで報道されていたことを、どれだけの方がご存知だろう?
 

 「続き」は 教育ブログ「教育改革情報」で ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog2/2009/12/post-ec5b.html

Posted by 大沼安史 at 03:39 午後 2.教育改革情報 | | トラックバック (0)

2009-12-12

〔いんさいど世界〕  アフガンのジャンヌ・ダルク  マラライ・ジョヤさん 「花は刈れても、春の訪れは止められない」

 2003年12月、新アフガニスタン憲法を制定するために選出された代議員が集まり、カブールで国民大会議(ロヤ・ジルガ)が開かれた。

 南西部、ファラ州の難民キャンプからやって来た、若い女性代議員が、議場から叫んだ。
 マラライ・ジョヤさん(当時24歳、)が発言を求めたのだ。

 議長が「3分間」、発言を許可した。
 マラライ・ジョヤさんは言った。

 「ここにおられる皆様方の許可と、殺された殉教者たちに対する敬意をもって、私は発言したいと思います。私はこの議場にいる同胞を批判したいと思います。この国の惨状に責任のある犯罪者たちを、この国の惨状に責任のある軍閥たちを、あなた方はどうして、このロヤ・ジルカに出席させているのですか? アフガニスタンは国内、及び国際的な紛争の中心地になっています。彼らは女性を弾圧し、この国をダメにして来ました。裁判にかけられるべきです。アフガンの人々はもしからしたら彼らを許すかも知れない。しかし、歴史は彼らを許さないでしょう」」

 議長が言った。「着席しなさい。座りなさい。彼女は共通の礼儀の一線を超えた。この議会から放する。戻って来てはならない。つまみだせ。彼女はここにはふさわしくない」――

 マラライ・ジョヤさんの、歴史に残る「3分間スピーチ」である。
 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=iLC1KBrwbck

 米国から「支援」され、アフガンを支配する、軍閥・戦争犯罪者によるカブールの政権を告発する発言だった。

 それが、どれだけ勇気のいることだったか?……それはその後、彼女が5回も暗殺されかかったことからも分かる。

 「アフガンで最も勇気のある女性」――マラライ・ジョヤさんは、こう呼ばれている。地下生活を余儀なくされた彼女に刺客が放たれている。「あと何日、生きられるか、分からない毎日」(英紙インディペンデントのインタビュー)を生きて来た。

 そうしてこれまで6年間、アフガン傀儡政権の腐敗、アフガン戦争の停止を訴え続けて来た。

 いま、30歳。彼女を守る「防衛委員会」も組織されている。
 昨年(2008年)には、暗殺されたロシアの女性ジャーナリストを記念する「アンナ・ポリトコフスカヤ賞」を受賞。ことしの秋には、自らの体験を通じてアフガンの再生を訴える自伝、『私は発言する(Raising My Voice)』を出版した。

  自伝の出版プロモートで訪れたニューヨーでは、チャイナタウンにある消防署スタジオで、「デモクラシーNOW」のエイミー・グッドマンさん(キャスター)のインタビューを受けた。
 インタビュー・ビデオ デモクラシーNOW ⇒ http://www.democracynow.org/2009/10/28/a_woman_among_warlords_afghan_democracy

 こんどは(パシュトン語ではなく)「英語」での「発言」だった。(上記ビデオには英文のテキストもついているから、視聴するだけでなく、読むこともできる)

 それによると、彼女の地元のファラ州ではことし5月、150人以上の民間人が戦闘に巻き込まれ死んだそうだ。そのほとんどが婦女子。

 また、アフガン戦争が始まって8年間に、アフガン全土で殺された、罪もない民間人は8000人以上に達するそうだ。これに対して、タリバンの戦死者は200人未満に過ぎない。

 米軍は白リン弾(化学兵器、水をかけても消えない)やクラスター爆弾という非人道兵器も使用しているという。

 米国の傀儡政権は私腹を肥やすことに専念し、軍閥は跋扈、カルザイ大統領の弟は麻薬の密売元締めで巨利を手にするなど、腐敗は極限に達している……。

 このインタビューの時点(10月28日)でオバマは、アフガン増派の検討段階にあったが、マラライ・ジョヤさんは増派を見越して、こう語っていた。

 「(増派される)これら米軍兵士たちは、アメリカ政府の犠牲者です。悪しき理由――つまり戦争のため、兵士たちを送り込んでいるのです。イラク戦争は悪い戦争だけど、アフガン戦争は善い戦争だと、彼らは言っていますが、戦争は戦争です。デモクラシーも、女性の権利も、人権も、戦争によっては実現不可能です」

 You know, that as I said, these troops are the victim of the wrong policy of their government. They send them for a bad cause: for war. They say war of Afghanistan is good war, war of Iraq is bad war, while war is war and impossible to bring democracy, women rights, human rights by war. And unfortunately, Obama’s policy and Obama’s message for my people is quite similar, like his foreign policy like Bush administration. He wants to surge more troops in Afghanistan, which will bring more conflict, more war.

 こうしたマラライ・ジャヤさんの「発言」の前では、オバマ大統領のノーベル平和賞演説の「巧言令色」など、かたなしである。

 米国の世界的な言語学者で、平和運動家のノーム・チョムスキー氏(マサチューセッツ工科大学教授)は、オバマではなく、ジョアさんにノーベル平和賞を、と呼びかけていたが、ほんとうにその通りである。

 オバマはオスロでの演説で、アフガン戦争を「正義の戦争」と言った。マラライ・ジョヤさんは「戦争は戦争だ。デモクラシーを実現しない」と言った。
 どちらの「発言」が、正しき(ジャストな)ものか、すでに明らかであろう。

 オバマよ、ジョヤさんの「正義の発言」を聞いて、考え直せ!
 世界の人々はもしかしたら君に対するノーベル平和賞授賞を認めるかもしれなが、歴史は許さないだろう。

 最後に、アフガンのジャンヌ・ダルクとも言うべき、マラライ・ジョヤさんの、インディペンデント紙のインタビューに対する「発言」の続きを。

 「私は死を恐れていません。不正義を前に沈黙し続けることを恐れているのです……花を切り取ることはできるでしょう。しかし、誰も春の訪れを止めることはできません」……

 You can cut down the flower, but nothing can stop the coming of the spring.
 
    ☆ 

 インディペンデント紙 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/malalai-joya-the-woman-who-will-not-be-silenced-1763127.html

 http://www.independent.co.uk/news/world/asia/afghanistans-bravest-woman-brings-her-message-to-uk-1757490.html

 アンナ・ポリトコフスカヤ賞 ⇒ http://www.rawinwar.org/content/view/67/197/

 マラライ・ジョヤ防衛委員会 ⇒ http://www.malalaijoya.com/index1024.htm

 彼女に関するWiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Malalai_Joyahttp://www.malalaijoya.com/index1024.htm

Posted by 大沼安史 at 04:18 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-11

〔いんさいど世界〕 「戦争」で守る「パクス・アメリカーナ(アメリカの平和)」 オバマ最高司令官、ノーベル平和賞受賞演説 「正義の戦争」論でガンディー・キング師の「非暴力・平和運動」を北極上空の宇宙へ追放!

 「戦争が正義になる時(When war is just)」――オバマ大統領のノーベル平和賞の受賞演説に、英紙インディペンデント(電子版)がつけたタイトルである。⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/americas/when-war-is-just-ndash-by-obama-the-peace-prize-winner-1838196.html

 「正義の戦争」論をふりかざしてアフガン戦争を肯定、「パクス・アメリカーナ(アメリカの平和)」を「戦争」で守り抜く、と明確に言い切った米軍最高司令官、オバマ。

 およそ35分間続いた演説に対し、オスロの式典会場で、拍手は2度、湧いただけだった。こんなにも偽善にみちた平和賞スピーチは、かつてなかったはず。イラクやアフガンではきっと、テレビに向って靴を投げた人もいただろう。

 インディペンデント紙は、オバマ演説に、こんなサブタイトルを付けてもいた。
 「アフガンでのさらなる流血を予告( President's Nobel speech forecasts more bloodshed to come in Afghanistan)」

 オバマ自身は自分の演説に「正義としての永続する平和」とのタイトルをつけていたそうだが、「正義としての永続する戦争」とするべきではなかったか?

 ブッシュには真似できない、さすがオバマならではの修辞と弁舌でもって語り切った受賞スピーチだったが、煎じ詰めれば、ブッシュがオバマの仮面をつけて話したような中身だった。
 
  「正義の戦争 (just war)」、さらには「正義の平和(just peace)」について新たに考え直した?という、このオバマ演説は、ブッシュの代に「軍事帝国」化したアメリカによる世界支配、「現状の圧制」を正当化する、雄弁なる詭弁でしかなかった。

  「ノーベル平和賞」の授章式で、「正義の戦争」はある、とオバマは言ったのだ!

 「そう、その通り、戦争の道具には、確かに平和を維持する役割があります」 
 So yes, the instruments of war do have a role to play in preserving the peace.

 「軍事力の行使は、人道的な理由から正当化できると、私は信じています……」
   I believe that force can be justified on humanitarian grounds…… 
 ――と、まで。
 
 では、なぜ「正義の戦争」は、ある得るのか? 
 この点についてオバマは、演説でこう主張する。
 「世界には悪がたしかに存在するのです。平和を求める非暴力運動は、ヒトラーの軍隊を止めることはできなかったでしょう……」
 Evil does exist in the world. A non-violent movement could not have halted Hitler's armies.

 オバマは、一方でガンディーやマーティン・ルーサー・キング師の「非暴力主義」を高く評価するといいながら、「非暴力」ではなく、「暴力=戦争」でなければなくせない「悪」(ヒトラーの第三帝国や、軍国日本。そしてアルカイダ)がたしかに存在すると言い、だからこそ「正義の戦争」は遂行されねばならない。非暴力の平和運動では止められないものと戦うのが「正義の戦争」だ――と「戦争の論理」を展開したのだ。
 そしてその「正義の戦争」は、「自由」と「デモクラシー」に基づく「正義の平和」を実現するものでなければならない、とも。

 しかし、言わずもがなのことだが、「平和のための正義の戦争」は、「軍国日本」も〔「速(すみやか)ニ禍根ヲ芟除(さんじょ)シテ、東亜永遠ノ平和ヲ確立シ、以テ帝国ノ光栄ヲ保全セムコトヲ期ス」――太平洋戦争の開戦詔書〕も、「ヒトラー」も〔「平和を愛するものとして、私はドイツ国民のために、他の国の人々が平和を追求しなければならないと確信できるよう計算して、軍隊や弾薬を製造して来た」――1938年11月6日 ワイマール演説〕看板に掲げていたこと。

 「戦争」をするものは必ず「平和」を、「正義」を語るのである。敵を「悪」として語るのである。「戦争」こそ、世界に存在する最大の「悪」であるにもかかわらず……。

 その点では、演説に塗りたくった「修辞のドーラン」を剥がしてしまえば、何の新味もない、いつもの陳腐なものでしかないのだが、問題は先にも触れたように、オバマの演説がその気高さ、高邁なトーンを奏でるために、ガンディーやキング師の「非暴力運動」を持ち出し、「正義の戦争」の粉飾を図っていることだ。「非暴力運動」に賛同していると見せかけて、無力なものとして聖なる祭壇に祭り上げ、その高潔な光でもって「正義の戦争」を栄光化しているのである。

 ガンディー、キング師の「非暴力運動」を「理想」として「現実」から分離し、その「理想」の輝きでもって、「現実」の「悪」と戦う「正義の戦争」を、見栄えのよいもの、聞こえのよいものにしている!……

 いわんやガンディーやキング師を、遠くに輝く「北極星」にしてしまい、単なる「道徳の磁石(コンパス)」と指標として、宇宙の果てに「追放」してしまっている!……

 「ガンディーやキングによって行われた非暴力は、あらゆる状況の中で実際的・可能なものではなかったのではないでしょうか。しかし、彼らが説いた愛は――人間の進歩に対する彼らの根本的な信念は――常に私たちの旅を導く北極星でなければなりません。もし私たちがこの信念をなくせば……私たちは道徳の磁石もなくすことにあるのです」
 The non-violence practiced by men like Gandhi and King may not have been practical or possible in every circumstance, but the love that they preached -- their fundamental faith in human progress -- that must always be the North Star that guides us on our journey.For if we lose that faith …… We lose our moral compass.

 いうまでもなく、ガンディー、キング師らの「非暴力運動」は、「現実」と遊離した、単なる「理想」ではない。それは「現実」を変えてゆく、現実的な運動である。

 たしかに、オバマの言うように、「平和を求める非暴力運動」は、ヒトラーの軍隊を止めることはできなかったかも知れない。しかし、「戦争」もまた、ヒトラーの軍隊が生まれるのを止めることはできなかったのである。

 そして「戦争」は、「ヒトラーの軍隊」以外のドイツの一般人をより多く殺した。ヒトラーの軍隊が生まれるのを止めることはできたかもしれない非暴力運動の担い手である民間人まで殺してしまったのである。

 アメリカのいわゆる「全体主義学派」のイデオローグたちは、「ソ連帝国」は「戦争」で叩き潰さないと体制崩壊はありえないと断言していたものだが、「鉄のカーテン」を向こう側から溶かし、「ベルリンの壁」を突き崩したのは、東側の民衆による「非暴力運動」ではなかったか?

 演説のまとめでオバマは、キング師の「私は歴史の両義性に対する最終対応として、絶望を受け容れることを拒否する(I refuse to accept despair as the final response to the ambiguities of history. )」との言葉を引用した上で、世界に向って、最後にこう呼びかけたのだが、まさにこれこそ、キング師が拒否したものではなかったか?

 「今や、曇りのない眼で、私たちは理解することができました。戦争はこれからもあるでしょう。それでもなお、平和への希求も続くでしょう(Clear-eyed, we can understand that there will be war, and still strive for peace. )」

 ガンディーやキング師の「北極星」を「道徳の磁石」とし、「正義の平和」に向って「正義の戦争」を続けると言い放ったオバマ!

 今からでも遅くはない。ノーベル委員会は授賞を取り消し、血まみれにならないうちに「平和のメダル」を取り返すべきである。
  

 オバマ演説全文 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/12/11/world/europe/11prexy.text.html?ref=europe&pagewanted=all

                          ☆ 

   歌ブログ 「空から歌が聴こえる」

 本日の1曲は Cantus In Memoriam Benjamin Britten

 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2009/12/cantus-in-memor.html

 オバマ演説で汚れた心を清めてくれる!

Posted by 大沼安史 at 07:21 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-12-10

〔いんさいど世界〕 NO HOPEenhagen?  「ツバル案」を環境派が支持

 ナオミ・クライン氏がビデオ・インタビューに登場し、「ホープ(希望)ヘンハーゲン? ノーサンキュー」と、COP15の「コペンハーゲン合意」案を拒絶する意向を明確に示した。

 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=uLQ_1YgCe4E&feature=related

  COP15のテーブルに載っている案は馬鹿げたもので、そんなもので妥協が成立でもしたら、それで地球環境が救われるとでもいうような「幻想」が生まれ、非常に危険なことになる、というのが彼女の批判のポイントだ。

 「コペンハーゲン合意」案は、たとえば、(デンマークが米英などと秘密協議でまとめ、開幕早々、英紙ガーディアンに暴露された、いわゆる「コペンハーゲン合意」案は、新興国に対して、2012年から15年の間に)「100億ドル」を支出するとしているが、ナオミ・クライン氏は、本来「1000億ドル」の話じゃないと、これを一蹴している。

 ガーディアン紙によれば、議長国・デンマークがまとめた「コペンハーゲン合意」案は「京都議定書」を「放棄(abandan)」するもので、新興国に対し、2050年までに「国民一人当たり1.44トン」の炭素排出量制限を課すほか、新興国に対する「緑の基金」の運営を、国連本体から剥ぎ取り、世銀、及び世銀を中心とした「グローバル・環境機関(ファシリティー)」なるものに移管するなど、先進国に有利なものになっているそうだ。
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/09/copenhagen-tuvalu-protocol-split

 環境報道で世界をリードするガーディアン紙への同案のリークは、そのあまりにヒドイ内容に危機感を募らせた関係筋が行ったものとみられるが、ニールス・ボーアゆかりの地において、「コペンハーゲン合意」(案)を名乗るとは、おこがましい限り。ナオミ・クライン氏が、コテンパーゲンに批判したのも当然のことだ。
 (「コペンハーゲン合意」とはもともと、「量子論」に関する物理学者の合意を指す。わが敬愛する理論物理学者で、米国のデモクラティック・スクール、サドベリー・バレー校の指導者であるダニエル・グルーンバーグ博士によれば、ボーアの研究所は、集まった人たちが議論し合いながら、共同作業で理論を深化させていたところだそうだ。「量子論」の「合意」は、コラボレーションから生まれたのである!)

 コペンハーゲンの会議では、このナオミ・クライン氏の批判ビデオを受けるかたちで、海面上昇で水没の現実的な脅威にさらされている、太平洋の島国、ツバルから新提案がなされた。
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/09/copenhagen-tuvalu-protocol-split

 「京都」を死守する一方、新興国にも削減を求めるもので、アフリカの数ヵ国、グレナダなどから支持が集まったが、中国、サウジ、インドなどは反対に回り、新興国の間に亀裂が走っているという。

 コペンハーゲンに詰め掛けている世界の環境保護派は早速、「ツバル案」支持の声を上げたが、「京都」を守れ、という、同じ太平洋の島国からのアピールに対し、日本政府は聴く耳を持たないようだ。

 朝日新聞によれば、日本政府は(おそらくデンマークから、「コペンハーゲン合意」案のブリーフィングを受けて)9日までに、COP15への対処方針をほぼ固め、「京都議定書をそのまま延長する改正案が示された場合、鳩山首相が打ち出した1990年比25%削減の中期目標を改正案に書き込むことは絶対に賛成しない」(10日付朝刊)ことにした。

 それにしても、「書き込む」ことには「絶対に賛成しない」とは、なんとも奇怪な表現!
 どういう意味?
 
 鳩山首相ははすでに「25%削減」を国連演説で、以下のように、英語で明確に「国際公約」している。

 For its mid-term goal, Japan will aim to reduce its emissions by 25% by 2020, if compared to the 1990 level, consistent with what the science calls for in order to halt global warming.

 力強い、「意志」の表明。日本政府は削減を目指します!(削減します、ではないが……)

 これが政府の日本語訳になると、外務省製翻訳ソフト(?)で転換したとたんにトーンダウン、  

 新しい日本政府は、温室効果ガスの削減目標として、1990年比で言えば2020年までに25%削減を目指すという非常に高い目標を掲げました。

 ――に。

 「日本政府は……掲げました」と、まるで「他人事」のようなものに変わり、挙句の果てが、今回の「交渉方針」。

 困ったことに、朝日新聞の記事は、さらにこう続く。「政治合意文書には25%削減を書き込むことに言及していないが、目標の上乗せはしないという」。

 驚くなかれ、これ、原文のまま! 文章入力のミスではない。一体、どういう意味?……日本語??? 文章??? 新聞の載せる「記事」???

 「政治合意文書」に「25%削減」を書き込むことについては、同意するかどうか、口を噤む一方、それ以上の削減には、断固反対する、との方針を固めた。

 ――と、どうして書けないの?

 No Hope ペンハーゲン! 
 地球の未来にも、日本の新政権のリーダーシップにも、新聞の未来にも、希望、感じられないなあ~     

Posted by 大沼安史 at 06:16 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-09

〔NEWS〕 イランの学生たちが反政府デモを継続

 ニューヨーク・タイムズによると、学生を中心としたイラン民主化運動デモは8日、当局の弾圧にもかかわらず2日目に突入した。

 抗議行動はテヘラン大学や近くの広場で行われ、催涙ガス弾の発射、逮捕が相次いでいる。

 今回の抗議行動の特徴は、大統領選の不正に抗議するレベルを越え、最高宗教指導者のハメネイ師を非難する体制批判の運動になっていることだ。

 ハメネイ師の肖像が焼かれいるほか、イラン革命の指導者、ホメイニ師に対する批判も出ているという。

 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/12/09/world/middleeast/09iran.html?_r=1&hpw

 ビデオ ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=2iQwV99Pbrw 

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〔NEWS〕 アフガン復興資金 一日平均1000万ドルが国外流出 国外に持ち出し蓄財に励むカブール腐敗・汚職政権

 ロサンゼルス・タイムズによると、カブール空港から、1日あたり平均1000万ドルのペースで、アフガン政府の腐敗した当局者、実業家が蓄財、税金逃れで資金を国外に持ち出していることが、米当局による秘密調査で明らかになった。

 調査は19日間行われ、この間1億9000万ドルが、ドバイなどへ持ち出されたという。麻薬取引関係者も持ち出しているそうだ。
 
 ⇒ http://www.latimes.com/news/nation-and-world/la-fg-afghanistan-cash7-2009dec07,0,6226073.story

 麻薬ディーラーは、すくなくとも自分たちが「稼いだ」金だから罪は軽い(?)が(しかし、誰が麻薬代、払っているのだ!)、問題は政府当局者による、復興資金の「中抜き」。

 鳩山政権もまた、小泉政権に続き、50億ドル規模の支援を表明したが ⇒ http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091110k0000e010026000c.html
 カルザイ政権の汚職高官どもを太らせる結果にならないよう、外務省は使途の徹底調査を行うべきだ。
 それが外務省の役人の務め。「密約」づくりに励むだけが職務ではなかろう。

 とりあえずは、小泉政権時代の「50億ドル」の使途を確認し、公表していただきたい。

 (ついでに言えば、最近、外務省がさかんに「外交の継続性」を言い立て、「密約」&「密約隠し」という国民に対するダブル背信行為から目をそらそうと画策しているが、「外交の不透明性の継続」も狙っているのだろう!)

 そうそう、思い出した。そういえば、外務省には、機密費を「中抜き」し、愛人を囲ったり、サラブレッドの競走馬を購入していた、カルザイ政権並みの腐敗した当局者がいたなあ~。
 日本の外務省も、腐敗したカルザイ政権並みかあ~!

Posted by 大沼安史 at 07:25 午後 | | トラックバック (0)

〔ビデオ NEWS〕 米軍、空からアフガンの村を攻撃 逃げまどう人々を掃射

 米軍の対地攻撃機、AC-130スペクターが、アフガンの集落を攻撃する模様を機上から実写した映像だ。

 ⇒ http://pubpages.unh.edu/~mwherold/AC130_Gunship.wmv

 
 米国のニューハンプシャー大学のマーク・ヘロルド教授が、アフガン戦争のクロニクルHPに掲載した。

 2001年10月の攻撃シーン。モスクから逃げ出す人々に掃射を浴びせている。

 これはブッシュ時代の戦闘シーンだから、オバマの責任ではないが、オバマ政権は同じようなことを――CIAの無人攻撃機による攻撃を許可している。 

 「アフガン戦争」の現実の一端である。地上の人を、虫けらのように撃ち殺す、この非情さ! オバマよ、恥を知れ! 

 マーク・ヘロルド教授のアフガンHP ⇒ http://pubpages.unh.edu/~mwherold/

 AC-130については Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/AC-130

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2009-12-08

〔NEWS〕 第1回「9条の国」連坊小路・平和賞 アフガンの女性、ジョヤ氏に決定! 仙台「偽有舌」大賞はオバマ大統領に!

 市井の片隅から、平和を愛する人を讃える「連坊小路・平和賞」の選考委員会が8日、「9条の国」の東北に位置する、仙台市・連坊小路で開かれ、晴れの第1回授賞者に、米軍に支えられたアフガンの腐敗政権と闘い、人権を蹂躙するタリバンに対してもプロテストを続ける、アフガン人女性のマラライ・ジョヤ氏が選ばれた。

 米国の世界的な言語学者で平和運動家、ノーム・チョムスキー氏の「推薦」。
 ⇒ http://www.voltairenet.org/article162933.html#article162933

 チョムスキー氏は、フランスの「ヴォルテール・ネットワーク」サイトで、ノーベル平和賞を受けるべきはオバマではなく、マラライ・ジョヤ氏であると指摘していたが、「連坊小路・平和賞」選考委員会は、オスロの委員会がオバマへの授賞決定を翻すことはないと判断、オスロに代わってジョヤ氏に平和賞を贈ることにした。

 「アフガンで最も勇敢な女性」と呼ばれるジョヤ氏は31歳。アフガン政府の「軍閥」「戦争犯罪者」たちの不法行為をを告発するとともに、人権、とりわけ女性の権利を無視するタリバンとも対決、カルザイ政権によってアフガン国会の議員活動を停止させられ、現在、地下生活を余儀なくされている。

 なお、「連坊小路・平和賞」のジョヤ氏に対する授賞理由は、チョムスキー氏の推薦の弁と同じなので、ここに氏の推薦文を掲げる。

 Throughout, Joya worked effectively for human rights, particularly for women; she was elected to parliament and then expelled when she continued to denounce warlord atrocities. She now lives underground under heavy protection, but she continues the struggle, in word and deed. By such actions, repeated everywhere as best we can, the prospects for peace edge closer to hopes.
 
 ……彼女は厳重な保護下、地下生活を強いられているが、言葉と行動で闘いを継続している。彼女が続けているような、最善の行動を、私たちがあらゆる場所で取ることで、アフガンの平和の展望は希望へと近づく。

 ジョヤ氏の経歴については、Wiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Malalai_Joya

 なお、平和を愛する「連坊小路」委員会は、「平和賞」と合わせ、「仙台・偽有舌」大賞も創設、その第1回授賞者として、アメリカのオバマ大統領を選んだ。

 オバマ氏は、米軍最高司令官として、アフガニスタンでの軍事エスカレーションを承認、「コブラの怒り」などという作戦を発動しながら、ノーベル平和賞をピックアップしにゆくゴーマンさと、「戦争」を「平和」と言いくるめる、離れ業的な「二枚舌」の持ち主。

 選考委員会は、あの、ちゃっかりノーベル賞ゲットの、(「栄ちゃん」と呼ばれたがった)わが国の「核密約」宰相にも勝るとも劣らない、その「コブラ並みの厚顔と毒舌」を高く評価。投票の結果、オバマ9票、日本の外務省「密約」否定官僚1票という圧倒的多数で、オバマ大統領への授賞を決定した。

 「9条の国」仙台・連坊小路「平和賞」委員会は、今後、「神の国」の真珠湾奇襲攻撃を、反省的に記念するため、毎年、12月8日に、その年、世界で最も勇敢に、平和のために闘った人を選考、「ハトが9の形をしたオリーブの枝をくわえている」図柄の「平和メダル」を贈る。
 副賞は、仙台名物の「牛タン」。

 なお、「仙台・偽有舌」大賞受賞者に対しては、侮蔑のみを贈る、としている。

Posted by 大沼安史 at 07:05 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 アメリカ社会崩壊……20%以上の水道が汚染

 ニューヨーク。タイムズに、ショッキングなニュースが出ていた。
 全米の水道(浄水)システムの20%以上が環境基準を満たしておらず、砒素やテトラクロロエチレン(溶剤)といった発ガン物質を含んでいることが、同紙の分析で分かったそうだ。

 そして連邦政府の監督庁は、判明した分の6%未満にしか罰則を適用していない、という。野放し!

 汚染水道水を数百万人の人が飲み続けている米国社会。
 「軍事・超大きな政府」を支える「民生・超小さな政府」の縮図がここにある。

⇒ http://www.nytimes.com/2009/12/08/business/energy-environment/08water.html?_r=1&hpw

Posted by 大沼安史 at 05:38 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 イランで学生数万人が決起

 英紙インディペンデントによると、イラン各地で7日、学生たちが決起し、数万人が街頭デモを行った。

 テヘラン大学周辺では「独裁者に死を」と叫ぶ数千人の学生たちが警官隊とバシジ民兵と衝突した。

 催涙ガスのほか、銃撃音も聞かれたという。   

⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/students-beaten-in-new-iran-protests-1836059.html

 抗議行動の模様は早速、ユーチューブでも流れた。

⇒ http://www.youtube.com/watch?v=b1TI1vAxQzM&feature=related

  http://www.youtube.com/watch?v=VTE7TVgaq0U&NR=1

Posted by 大沼安史 at 05:04 午後 | | トラックバック (0)

2009-12-07

〔NEWS〕 パリッ子に愛された大亀のKiki、146歳で大往生 コペンハーゲンに思いを託し……

 コペンハーゲンでは人間どもが「鼻息荒く」デモしている最中、キキは死んだ……仏紙リベラシオンの環境問題ブログに、こんな書き出しの記事が載った。

 パリの国立自然史博物館(植物園の動物園?)で、11月30日、146歳の大往生。

 キキ。セイシェルの大亀。オス。体重250キロ。

 このキキ君、どうも自分の種が絶滅の危機にあることを察していたらしく、「鼻息荒く」ラブラブに励んで来たそう。その「咆哮」たるや、園中に響きわたる大音響で、それがパリっ子の評判になり、アイドルになっていたそうだ。

 キキのためにも、われわれ人類は、コペンハーゲンで地球を守る第一歩を標(しる)さねば、ねっ!

 キキといえば、日本では、バロン・フジタの(真珠のような柔肌の)あのキキが有名。
 ドデカイ甲羅を背負ったオスの大亀に、キキだなんて、どうして名付けたんだろう?

⇒ http://environnement.blogs.liberation.fr/noualhat/2009/12/et-pendant-ce-temps.html

  http://www.guardian.co.uk/world/2009/dec/06/french-mourn-tortoise-kiki

Posted by 大沼安史 at 07:28 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 オバマのアフガン戦争 開始 「コブラの怒り」作戦発動 海兵隊がタリバンの拠点、ナウザド突入 英紙記者が同行取材

 英紙インディペンデントは7日、同紙のキム・セムクプタ記者による、米海兵隊の「コブラの怒り」作戦同行ルポを掲載した。  ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/asia/marines-launch-their-first-postsurge-operation-1835516.html

 「コブラの怒り」作戦は、アフガン・ヘルマンド州の中心部に位置する、人口1万の町、ナウザドの奪回を目指して行われた。

 ナウザドは2年前、タリバンが占拠し、以来、タリバンの軍事・麻薬のセンターになっていた、とされる。「パキスタン通り」とも言われ、パキスタン経由でアラブの戦士たちが集散する拠点でもあった、とされる。

 このナウザドの奪還を目指したのは、米海兵隊(第4海兵連隊第3大隊 *沖縄駐留の部隊ではない)の1000人を中心とする1500人の多国籍軍(英軍、デンマーク軍、アフガン政府軍も参加)。

 米軍前進基地のキャンプ・キャファレットから出発した部隊は、タリバンの反撃に遭いながら、タリバンの退路を断つため、ナウザドへ四方から進出した。

 セムクプタ記者は、第3大隊のリマ中隊に同行。海兵隊の歩兵がタリバンの戦士を追い込んだところへ、空からミサイル攻撃が行われた。

 しかし、ナウザドにはタリバンの大部隊は、どうやらいなかったらしい。地元の住民の尋ねると、16歳になる少年は「いま、ここにはいない。夜やって来て、食糧を出せという」と答えた。

 〔大沼・注 包囲作戦とはいうが、タリバンはとっくに退却していたのではないか? それに、海兵隊の攻撃で、一般住民にも犠牲者が出たのではないか、やはり気になる〕

 セムクプタ記者によれば、侵攻作戦を前に、海兵隊の若い兵士たちに、従軍牧師は、こう言ったそうだ。「あなたがたは神の怒りと憤りの遂行者だ。正義をなすのに、強くあれ(You are the instrument of the Lord's wrath and indignation. Be strong in administering justice.)」と。

 オバマ的な弁舌の妙ではある。

 〔大沼・注 作戦に「コブラの怒り」とつけるその感覚。そして、従軍牧師による、まるでタリバンの呪文のような、「神の怒りを下せ」発言……これがアフガン増派・攻撃エスカレートを決めた「オバマのアフガン戦争」の一側面……いや本質を示す現実である。そして、「コブラの怒り」が荒れ狂う中、オスロで間もなく、ノーベル平和賞受賞演説をするオバマ!……セムクプタ記者には、授賞式にあわせた、現地からの続報に期待する〕 

Posted by 大沼安史 at 05:21 午後 | | トラックバック (1)

2009-12-06

〔いんさいど世界〕 普天間の米海兵隊は硫黄島へ出てゆけ!

 本日(6日付け)の朝日新聞朝刊で、作家の池澤夏樹さ氏が、沖縄・普天間の米海兵隊を馬毛島に移設してはどうか、と提案していた。

 馬祖島では以前、米軍艦載機の発着訓練を行う構想が出て、「地元」の反対運動が起きた。池澤氏はもちろんそれを承知の上で、敢えて馬祖島の名前を出した。「このくらいショッキングなことを言わないと基地が沖縄から出ていかないのだ」と池澤氏。

 しかし、米海軍艦載機の訓練の一部を移すだけで地元から反対運動が湧き上がるくらいだから、実現性はどれ程のものか?

 僕は広大な閑古鳥の聖域になっている、北海道の「苫東」(苫小牧東部工業地帯)などどうだろうと思ったこともあるが、周辺の人たちのことを思えば、言い出し難い。

 そこで僕なりの提案だが、硫黄島に出て行ってもらったらいい。

 硫黄島は自衛隊の管理下にあり、「住民」は戦時中、強制移住させられていない。飛行場もある。

 それにこの島は、海兵隊の先輩たちが奮戦し、摺鉢山に星条旗を掲げたところだ。海兵隊の聖地! 移転場所として、これほど戦闘心をかき立てる場所はほかにはない。

 遠い? なに、グアムに移転できるなら、硫黄島に行けないわけがない。

 硫黄島では栗林忠道中将以下、日本軍守備隊が「玉砕」を遂げた悲劇の島だ。遺骨の収集も進んでいないと聞く。

 日本政府は普天間からの移転に合わせ、この際、遺骨収集作業を終えてしまってはどうか?

 そうして、日米合同で、盛大な合同慰霊祭を行い、日本側は「不戦」を誓い、米側は「世界テロ戦争」の完遂を誓う。  

 硫黄島ほど実現性があり、なおかつ、日米同盟の現実を象徴する、絶好のロケーションはないと思うが、どうだろう?
 

Posted by 大沼安史 at 12:19 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-12-05

〔いんさいど世界〕 12月8日 「平和の女神」 リメンバー! ジャネット・ランキン!

 「12月8日」――日本の真珠湾奇襲攻撃で「太平洋戦争」が始まった、悲劇の歴史の記念日です。アメリカ時間では「12月7日」――。
 1941年のこの日を転機に、アメリカは第二次世界大戦に参戦してゆく。「リメンバー・パールハーバー」

 首都ワシントンでは、「真珠湾」の翌日――つまり、アメリカ時間、「12月8日」――、連邦議会で「対日宣戦布告」の決議が投票に付されることになります。
 この時、連邦議会で、上下院を通じ、たった一人……一人だけ「開戦決議」に「反対」した議員がいた。
 そう、その人が、知る人ぞ知る、あのジャネット・ランキンさん!

 中西部、モンタナ州選出の下院議員(共和党)。当時61歳。

 この時、ランキンさんが議会で行った発言が、記録として残っています。 
 
 As a woman, I can't go to war, and I refuse to send anyone else. 

 「女だから私は戦争に行くことができませんが、私は他の誰もが戦争に送り出されることを拒否します」

 たった一人の「平和」の一票。「戦争反対」の一票。

 その当時のことをランキンさんは、お亡くなりになる直前に、カリフォルニア州立大学が行った「歴史の聞き取り」調査に対して、こう語っています。
 ⇒ http://www.gretchenwoelfle.com/jeannette_rankin__political_pioneer_60457.htm

 「反対票を投じて控え室にいったら、開戦を叫ぶ人たちでごったがえしていました。将校に成り立ての男が私に向かって非難を始めました。私は男たちに近づいていって、『あんたたち、酔っ払っているね』って言ってやったんです。そしたら、どこかへ消えていなくなった(笑い)」

 でも、このあとが大変だったそうです。「裏切り者」「卑怯者」ですからね。
 しかし、彼女は世間の非難に耐え切った。

 彼女って若い頃の写真なんか見ると、細面のやさしそうな人なんですが、実は筋金が一本、通った人なんです。

 モンタナ州の田舎のミゾーラというところの牧場の家に生まれたそうです。地元の大学を出ると、ニューヨークに行ってソーシャルワーカーを始める。そうして、第一次大戦最中の1917年、彼女が37歳の時に、米国の連邦議会史上初の女性下院議員に選ばれる。この時も彼女、対ドイツ宣戦布告に反対して(反対する男性議員に交じって)、女のくせに何だ、と叩かれたそうなんです。
 
 一期で議会を追われた彼女が、下院議員に再選されたのが、欧州ですでに戦争が始まっていた1940年。「反戦」を掲げての当選でした。そしてその信念を貫いて、「ノー」と言った。

 当時は、日本の指導者の男たちも、ジャネットさんに突っかかって来た「酔っ払いの男たち」のように、正気を失って、戦争の悪魔に魅入られ、正常心を失って戦争に突っ込んで行った頃。
 そんな時、太平洋の向こう、ワシントンの連邦議会で、「開戦」に「NO」と言った人がいた……これは、私たちの日本人の記憶に残らねばならない歴史的な事実と言えるでしょう。このことは、もっともっと知られなければならない。

 ジェネット・ランキンさんは第二次世界大戦(太平洋戦争)が終わると、インドにガンディーに会いに出かけたりするのですが、彼女の凄いところは、最後の最後まで、平和運動に邁進したことですね。

 1968年には、ベトナム戦争に反対して、5000人の女性たちを引き連れ、ワシントンへ平和行進をしています。
 88歳の時に!

 ジャネット・ランキンさんはその5年後、1973年に92歳でお亡くなりになるのですが、その彼女が今、生きてらしたら、イラク戦争、アフガン戦争と戦争を常態化してしまったいまのアメリカのありようを、どうお思いになるのでしょうか?

 アフガンに3万人もの増派を決めたオバマ大統領のノーベル「平和」賞受賞に、どんなコメントを出すのでしょうか?

 きっと手厳しい批判が飛び出すに違いありませんね。

 ジャネット・ランキンさんの志を継ぐ平和運動はアメリカの草の根に根付いていて、出身地のモンタナ州ミゾーラでは、彼女の名前を冠した平和センターが活動しています。

 そんな彼女の遺志を継ぐアメリカの人たちが、彼女の遺した「言葉」を大切に継承しています。
 ひとつだけ、紹介することにしましょう。
 
 You can no more win a war than you can win an earthquake.

 意訳すれば、「戦争? 地震にも勝てないくせに、何するつもりなの?」……ほんとうにそうですね。
 「地震の国」日本の「9条精神」につながるコメントではないでしょうか?

 アメリカの連邦議会では、ブッシュが始めた「イラク戦争」に、たった一人、NOと言った下院議員がいました。
 カリフォルニア選出の女性議員、バーバラ・リーさん。当時55歳の黒人女性です。リーさんは議会で、こう言いました。

 私はしかし、軍事行動が米国に対する国際テロを予防するものにはならないと確信しています。

 Yet I am convinced that military action will not prevent further acts of international terrorism against the United States.

 イラク戦争、そしてアフガンのその後の経過を見れば、バーバラ・リーさんの考が正しかったことが分かります。

 こうして見てくると、アメリカは自由の女神の国ですが、ジャネットさんといい、バーバラさんといい、「平和の女神」の国でもあるわけですね。 
 
 ジャネット・ランキンさんはお亡くなりになる少し前、1970年に日本にいらしたこともあるそうです。
 その時、彼女が対日開戦に反対したことを、知っている日本人はいなかったと、カリフォルニア州立大学の聞き取りインタビューに答えています。

 きっと残念だったんじゃないですか……

 私たちとしては、「12月8日」を、真珠湾の日、太平洋戦争開戦の日としてだけじゃなく、リメンバー・ジャネット、「ジャネット・ランキンさんの平和の日」として記憶すべきでしょうね。
  
 
 
 Wiki日本語 ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3
 Wiki 英語 ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Jeannette_Rankin
 伝記 ⇒ http://womenshistory.about.com/od/congress/a/jeanette_rankin_2.htm 

  バーバラ・リーさん Wiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Barbara_Lee

 ☆ 歌ブログ 「空から歌が聴こえる」 本日の歌はスコットランド・ゲールの

  ⇒ Runrig の Faileas Air An Airigh

   http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2009/12/faileas-air-an-.html

 

Posted by 大沼安史 at 11:55 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-04

〔コラム 机の上の空〕 加藤周一さんの声が聴こえる 「考えてからだ」

 僕は加藤周一氏と面と向かって話したことはない。物理的に一番近づいたのは、80年代の後半、東京のプレスセンターでの講演会でのこと。講演を終え、お帰りになる加藤周一氏の、約1メートルの至近距離まで近寄ることに成功した。声をかけようにもかけられなかった。(加藤氏はメキシコから帰ったばかり。ジーパンを穿いてらした!)

 僕はつまり、加藤周一さん(「氏」と呼び続けるのは嫌だから、ここからは「さん」付けにさせていただく)には一度も「会った」ことはないのだが――対面して謦咳にふれたことは全くないのだが、「直接」話したことがある!

 4、5分だったろうか? 7、8分だったろうか? いずれにせよ、ほんの短い時間のことだったが、僕の記憶の中で、今なお、加藤周一さんの言葉が――加藤周一さんの声が、鮮明に甦る。

 1991年12月26日のことだったと思う。
 当時、僕は、銀座にあった北海道新聞(道新)東京支社の外報部に所属していた。上司の外報部長は、東(ひがし)功さん(道新の社長になった人だ。北京特派員時代、民主化運動を取材し、『北京の路地裏』という本を書いた。僕の「恩人」である東さんのことも、いずれ機会を見て書きたいと思っている……)。

 前日の25日は、「ソ連」が遂に幕を閉じた日。
 26日の夕刊の作業が終わったあと(午後1時過ぎ)、東さんから、「ソ連の終わり」を歴史的に総括する文章、誰かに書いてもらおうと思うんだけど、誰がいいかな?――と訊かれた僕は、早速、竹内芳郎さんと加藤周一さんのふたりの名前を挙げた。

 東さんの即決で、僕が電話で、二人にお願いすることになった。できれば、お二人に書いていただく。紙面は確保する。しかし最低、どちらか一人に書いてもらいなさい――。これが東さんの僕への指示だった。

 最初に電話したのは竹内芳郎さん。
 竹内芳郎さんは言うまでもなく、マルクス主義哲学から言語論まで展開された方。一面識もない僕の必死のお願いを、最後にはようやく聞き入れて下さり、その日の6時まで、原稿を書いて下さることになった。(この時、竹内芳郎さんが書いてくれた文章は、ロシア革命をフランス大革命と比較したもので、ほんとうに凄いものだった!)

 竹内さんの自宅まで、「少年君」(アルバイトの学生)に車で原稿を取りに行ってもらう手配を済ませた僕は、続いて加藤周一さんの家に電話を入れた。
 竹内さんもそうだったが、電話口に出たのは、加藤周一さん本人だった。

 僕はなぜ加藤周一さんに原稿を書いてもらいたかったか?
 それはもちろん、加藤周一さんが加藤周一さんであったからだ。それともうひとつ、僕が加藤周一さんのファンであったからだ。

 いうまでもなく、加藤周一さんは68年のソ連軍チェコ侵攻の際、自ら車を運転して現地・プラハに乗り込み、あの『言葉と戦車』を書いた人。
 僕は僕で、加藤周一さん自慢の手料理がハンガリー料理であることまで知っている、ミーハーと言われても仕方ないくらいのファンだった。

 懸命に、原稿をお願いする僕に、加藤周一さんは戸惑われたようだった。「今すぐには……」とおっしゃられる加藤周一さんに、僕は食い下がった。
 OKしてくれない加藤周一さんに向かって、僕はなおも迫った。
 その時だった。
 加藤周一さんが電話口で笑ったのだ。
 ホッ、ホッ、ホ~と。

 そして、笑いを含んだ声で、こう、おっしゃられた。「考えなければ書けない。だから、いますぐはできない」と。

 それでも引かない僕に、加藤周一さんはもういちど繰り返した。「考えてからだ」
 
 そこで僕は、東さんからの目の合図で「失礼しました」と電話を切ることになるのだが、僕はひょっとして、僕の頼み方が悪くて断られたのかな、と不安になった。

 しかしその不安は、翌日27日の朝刊の在京各紙に、加藤周一さんの寄稿はもちろん、コメントさえ載っていないのを見て、さらなる加藤さんに対する傾倒へと転化したのである。(そしてついには、僕の初めての小説、『緑の日の丸』に、「加藤真一」という「偽名」で登場していただくことになる……)

 「考えなければ書けない」「考えてからだ」――これまで一人、自分の胸の中に秘めて大切にして来た宝物のような、加藤周一さんのこの「言葉」は、加藤さんの、あの巨大な知的な営為の中心線を貫くものであり、本来、著述する者、自分の意見を表明する誰もが、その活動の基底に据えねば成らない、知的な構えというべきものであろう。

 「考えなければ書けない」「考えてからだ」という言葉……そして、困った奴だなとでも言いたげな、愉快そうな、あの笑い声。

 今振り返れば、1991年暮れの加藤周一さんとの「数分間」は、僕のその後の活動に、方向性を与えてくれた「数分間」だったと思う。自分はどう考え、何をどう書いて生きて行きたいのか、という方向性を。

 方向性……加藤周一さんはたしか、こうお書きになったことがある。
 目標とは距離ではない。方向である、と。

 
 加藤周一さんが亡くなられて、もう一年が経つ。
 僕が新聞で訃報を知ったのは、横浜の自宅アパートでのことだった。あっと思った瞬間、地震でもないのに、部屋に積み上げていた本の山がひとつ崩れた。

 将棋の駒遊びの「金」のように、一冊だけ、僕に向かって、ムーンサルトを決めた本があった。
 不思議なことに、加藤周一さんの本だった。

                 *   *

 〔お知らせ〕 きょうだいブログ「教育改革情報」、再開のお知らせ  

 休眠状態にあった「教育改革情報」を再開します。身体的、精神的に持ち直してきたのと、わずかながら時間的な余裕が出て来たので、僕の「本籍」である、教育問題に対し、こんご目を向けてゆきます。

 時々、覗いてください。⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog2/  

  

Posted by 大沼安史 at 12:20 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (2)

2009-12-03

〔コラム 机の上の空〕 アフガン déjà vú

 「戦争」を続けながらノーベル「平和」賞を受け取る、「戦争=平和」大統領、オバマの「増派&撤退」演説から一夜明けた、アフガン、パキスタンの現地では、アメリカの大使館が、カット&ラン(錨の綱を切って、逃げ出す)ではないと、両国政府に対する説明に追われているそうだ。
 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/12/03/world/asia/03pstan.html?ref=global-home

 アメリカは逃げ出しはしないから、大丈夫、安心しろ――と「不安」の沈静化に躍起なわけだ。
 しかし、いったんオバマの口から「撤退」が出た以上、最早、逆戻りはできない。

 「2011年7月」からの米軍の撤退開始――。この流れは基本的に変わらない、とみるべきだろう。
 オバマ政権は恐らく、アフガンでは勝てない(アフガンでも負ける)と、最終的に判断を下したのだ……。当然のことである。

 で、この撤退開始のタイムスケジュールだが、前例であるソ連軍のアフガン撤退を考えると、これくらいかかるのは止むを得ない(もちろん、そんな時間をかけないで、「即撤退」できるなら、それに越したことはないが……)。

 ゴルバチョフが第27回ソ連共産党で「アフガン撤退」の方針を示したのは、1986年2月。
 アフガン駐留ソ連軍の撤退が本格化したのは、その年の12月で、撤退が完了したのは、1989年2月だった。
 (ソ連撤退20周年 ⇒ http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/222717/ )

 ゴルバチョフの方針表明から3年経ったあとの「アフガン完全撤退」だった。  

 それにしても、歴史は繰り返す、とはよく言ったものだ。「ソ連帝国」のあとに、「アメリカ帝国」が今、同じ轍を踏もうとしているのだから。
 いつか来た道、アフガニスタン!

 英紙インディペンデントの中東報道の権威、ロバート・フィスク記者が、オバマの「アフガン増派戦略」を批判する――というより、厳しくたしなめる――記事を書いていた。⇒ http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-this-strategy-has-been-tried-before-ndash-without-success-1833133.html

 フィスク記者は、ソ連軍事占領下のアフガンで取材した経験もある、ベテラン記者。
 電子版記事の見出しは、「その戦略、前にも(ソ連によって)試みられたことがある――失敗に終わったけれど」。オバマはソ連の二の舞をしようとしている、と警告する内容のものだった。

 1980年の春のこと。フィスク記者はカブールの北、チャリカール近くで、ソ連軍「第105空挺師団」の兵士の一人と遭遇した。腕を負傷し、血がにじみ出ていた。まだ10代の、若いロシア人兵士だった。路肩爆弾が炸裂し、乗っていた輸送車両が爆破された。負傷した兵士は、丘の上を旋回するヘリに向かって手を振り、救助を求めた。

 まるで、デジャヴー(既視感)。それも幻ではなく、現実の……。

 「空挺師団」「路肩爆弾」「若い兵士」……

 「ソ連帝国」の過ちを、その通り、繰り返す「アメリカ軍事帝国」。

 フィスク記者によれば、ソ連軍は増派(サージ)を開始し、都市部を守る作戦に出た。(米軍がやろうとしているのはコレだ!)
 ソ連は現地のアフガン部隊の育成にとりかかった。ソ連軍司令官の命令を聞くのは、その6割だけだった。(米軍がやろうとしているのはコレだ!)

 すべては、デジャヴー。
 どんづまりにおいて待ち構える、「敗北=撤退」。
 
 フィスク記者の記事は、同じ失敗を繰り返すな、というアメリカへのメッセージだが、この歴戦のジャーナリストは、自国=イギリスの失敗からの目を逸らさない。
 1842年、第1次アングロ・アフガニスタン戦争における英軍の撤退、カブール破壊という前例にも、しっかり目を向けているのだ。
( 第一次アングロ・アフガン戦争 ⇒ http://www.onwar.com/aced/data/alpha/afguk1839.htm )

 歴史は、アフガニスタンでは三度、繰り返されることになる。英国、ソ連に続き、こんどはアメリカが、アフガンで壁に突き当たり、撤退を余儀なくされる。

 アフガンとはつまり、3つの軍事帝国――「大英」「ソ連」「アメリカ」の墓場であるのだ。

 
 オバマは「アフガン化」――つまり、アフガン政府軍にバトンタッチして米軍を撤退させる方針だが、ベトナム戦争における「ベトナム化」と同様、失敗に帰すことは、これまた目に見えたデジャヴーである。

 歴史は、アフガンにおいても、そして米国の過去の経験の中でも、すでに繰り返されており、答えはもう、ハッキリ出ている。いまさら、四の五の言っている場合ではない。
 
 「アフガン撤退」に本気で取り組むんだ、オバマ!
 君は、ジョンソンや、ニクソンの政治的な末路を、すでに視ているではないか!

 オバマよ、君は現在に過去を重ねて「既視」するだけではなく、過去にとらわれない未来を見据え、平和への新たな道に視線を向けよ!

                *   *   *

◎◎  ♪ 歌ブログ 「空から歌が聴こえる」 を新設!

      ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/ 

         本日の「一曲」は、Farewell to Whiskey

Posted by 大沼安史 at 07:58 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2009-12-02

〔いんさいど世界〕 アフガン増派・撤退演説をしたオバマ大統領への公開質問状 「そうだ!」と言うんだ! オバマ! 

 親愛なるオバマ大統領

 ウエストポイント(陸軍士官学校)での演説で、アフガン戦争の増派エスカレートと「出口戦略」を明らかにされたあなたに対し、平和を愛する「9条の国」の国民の一人として――そして、あなたをなお信じようとする、同時代を生きる一人として、是非ともあなたに確認したいことがあります。お答え頂ければ幸いです。

 わが敬愛する、お国の映画監督、マイケル・ムーア氏は、あなたに対して事前に公開質問状を送り、「そうではないと言ってくれ!」と、あなたに嘆願しましたね。⇒ http://www.truthdig.com/eartotheground/item/michael_moore_to_obama_say_it_isnt_so_20091130/

 このままでは、君は「戦争大統領」になってしまうんだぞ、と、あなたに対して友情ある説得を試みましたね。3万人増派?……そうじゃないと言ってくれ、と。

 私の公開質問状も、ムーア監督と同趣旨ではありますが、私の質問には、明確な「イエス」で答えてほしい――「そうだ!」と答えてほしい。

 これから私があなたに対して提起する「問い」は、どれも「イエス」で答えられる問いであるはず――。

 しかしそれは、オバマ大統領……あなたが大統領として(政治家として、少なくとも今は)公然とは認めにくいことではある……

 もちろんそれは質問者である私もまた、よく承知のこと。でも……それでも、「イエス」の答えを返してほしい。歴史の証言として、「そうだ!」と言いきってほしい。それが私の願いであります。

 質問を始めます。

 あなたは3万人を増派するが、再来年(2011年)の7月から、撤退を始めると、演説で明言しましたね。

 軍(国防総省)は「4万人増派、2017年までアフガンに駐留」を絶対、譲れないものとしていたはずですが、それにあなたは抵抗した? そうですね。
 あなたが国務省の政策企画局長に抜擢した、スローター女史(プリンストン大学教授)ら、あなたの側近も、抵抗するあなたを支え、守り抜いてくれた?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 とくに再来年(2011年)7月からの撤退開始は、あなたが軍部の猛反対を押し切って、決めた?……。そうですね?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 あなたは、11月11日の「復員兵士の日」に、アフガン問題を討議する、たしか9回目の国家安全保障会議を開いていますね。そして会議の前に、アーリントン国立墓地に行った。歴代の大統領は、アーリントンの「無名戦士の墓」に献花するのが慣わしなのに――それしかしないのが決まりなのに、あなたはそれ以上のことを――「タブー破り」を敢えてした。アーリントンの第60区画に足を運んだ。イラク・アフガン戦死者の区画に足を運んだ。そして、わずか19歳で、バグダッドで死んだ兵士の墓石に、大統領コインを置いた。あなたは、その時、アフガン戦争もまた、なるべく早期に終えなければならない、と密かに決意したのですね?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 で、その日の会議であなたは増派人員では妥協して――と言っても、軍部の要求より1万人少ない、3万人ですが――アフガン駐留期間については、大統領一任を取り付けたのですね?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 4万人を3万人に減らすにしても、3万を財政的に可能なリミットであることを示し、NATО同盟国に1万人増援してもらうことで辻褄を合わせて、軍部を説得した……
 地上部隊、つまり陸軍は特に猛反対したはずですが、あなたは押し切った。そして陸軍に花を持たせるために、ウエストポイント(陸軍士官学校)を演説会場に選んだ……
 しかし、それにしても、再来年の「撤退開始」は、あなたの大統領再選に合わせたことでもあるわけですが、そんな「政治戦術」とは別に、あなたはもっと大きな「アナウンス効果」を考えて、「撤退スケジュール=出口戦略」を明言したのですよね?

 (「そうだ! その通りだ!」と言うんだ、オバマ!)

 つまり、大統領として「撤退」を口にしたとたん、「流れ」はもう変えようのないものとして、定まってしまう……。そんなアナウンス効果を狙ったんですね。

 (「そう、その通り!」)

 もしかしたら、再来年から撤退開始のスケジュール、予め軍部の了解を得ないで、演説での発表に持ち込んでのではないですか?
 ゴルバチョフと息を合わせた、あのロナルド・レーガンのように、(勝手に)自分で決めた「科白」を吐いた? そうではありませんか?

 (そう、その通り!)

 以上の質問に対する答えが全て「イエス」だとすると、あなたは大変なリスクを背負って、乗るかそるか、生きるか死ぬか、の果敢な勝負に出たことになります。

 軍部・保守派は、あなたに嵌められたと思って、ますます反撃をエスカレートさせるでしょう。

 ブッシュのような「戦争の大統領」ではなく、「平和の大統領」になってほしい……これが、マイケル・ムーア氏と同じく、私のあなたに対する期待であり、願いであります。

 アーリントン墓地第60区画の墓石の数を、これ以上、増やしてはなりません。アフガンの民衆の生活破壊も、同じように、許されないことです。

 ゴルバチョフを見習いなさい。ゴルバチョフはアフガンにいるソ連軍に撤退命令を出した男です。そして「新思考」の下、ペレストロイカ、すなわち「ソ連帝国」の解体に動いた……。

 オバマ大統領、あなたも非暴力の思想の下、「アメリカ軍事帝国」の解体と、兵営国家化したアメリカの経済社会体制の民生転換に向け、動き出せねばならない。

 オバマ大統領、あなたも知っての通り、あなたの闘いの場はアフガンにあるのではなく、あなたの足元、ワシントンにあるのです。  

 大統領の健康と健闘を祈って。

 あなたの、なおサポーターである
 Y・Oより。

Posted by 大沼安史 at 07:50 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)