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2009-11-10

〔コラム 机の上の空〕  「ベルリンの壁」 「アメリカの壁」  

  「ベルリンの壁」をくぐり抜けて「東」に入ったことが一度だけある。
 夏だというのに、寒々とした、東ベルリンの街。巨大な戦勝モニュメントの建つ、だだっ広い公園。人気のない、その記念公園の売店で食べた、ソーセージの不味さ。

 1980年代の初め。「冷戦」が――「東西対決」が、まだ、永遠に続くものと思われていた頃だ。

 「壁」が崩れて20周年。その記念式が11月9日、統一ドイツの首都、ベルリンで行われた。

 「壁」の崩壊……。しかし、それは自分から崩れたものではない。崩す力が働いたから、崩れたのだ。
 では何が、誰が、「壁」を崩したか?

 米国の作家、ジェームズ・キャロル氏が同日付けのボストン・グローブ紙に書いたコラムによれば、それは「壁」の両側の――「鉄のカーテン」の両側の、核戦争を拒否する、民衆の「ナイーブな決心」のなせる業だった。
 
 「ソ連帝国は戦争によってしか崩すことができない」と喧伝し、自らもそう信じ込み、核戦力を増強していたワシントンの権力者、及び、「全体主義学派」のイデオローグたち――彼・女ら自分たちを「現実主義者」と称していたが――が、想像だにしなかったことが、当時、「壁」の向こう側で起き、こちら側でも起きた、とキャロル氏は指摘する。

 「壁」の向こう側では、ポーランドの「連帯」運動など非暴力の民主化運動が、「壁」のこちら側では、マサチューセッツ工科大学の院生(ランディー・フォルスバーグ)が始めた「核凍結」運動が、100万単位の大群衆を結集する動きとなって、まさに燎原の火のごとく広がり、ゴルバチョフを動かし、レーガンを変身させた――と。

 この一連の経過は、近々、拙訳で出版される、キャロル氏の書いた『戦争の家』(下巻)に詳しいが、訳者の立場を離れ、当時の流れを振り返っても、確かに、氏の言う通りである。
 ゴルバチョフが「壁」の崩壊を、軍に禁足令を出して黙認したのも、「冷戦」が正当化する「東」の抑圧体制に対して、民衆が「もう嫌だ」と公然と言いだし、抑えきれない流れとなって溢れ返っていたからである。

 「核戦争」を軸に構築された「冷戦体制」を、「非暴力直接行動」という「素手」で打ち倒した、名もない民衆の群れ。そのクライマックスで起きたのが、「ベルリン壁」の崩壊だったわけだ。
 「1989年11月9日」が歴史に残るのは、このためである。

 しかし、世界史の「分水嶺」になるべき、この事件も、「壁」のこちら側の権力者たちの「裏切り」に遭い、せっかく生み出した「歴史の果実」が、根こそぎ横取りされてしまう。

 レーガンの後を継いだ「現実主義者」、ジョージ・ブッシュ(パパ・ブッシュ)が「冷戦」終結が生み出す「平和の配当」を拒否し、「新世界秩序」なる「アメリカ一極支配=アメリカ帝国による世界支配=パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」へと突き進んだからだ。

 ジョージ・ブッシュはゴルバチョフを見殺しにし、クリントンのNATO拡大(ゴルバチョフに対する「約束」の破棄)への道を掃き清めた人物である。

 だから、ジョージ・ブッシュは、9日のベルリンでの記念式典に呼ばれなかったのだ。ゴルバチョフが呼ばれたのに、ブッシュが呼ばれなかった理由はここにある。

 ベルリンの群衆は、ゴルバチョフを歓迎して、「ゴルビー!」「ゴルビー!」と再び叫んだ。ドイツの民衆は、東西の権力者のうちの誰が、「壁」を崩す側に立った人間か、わかっているから、「ゴルビー!」と叫んだのだ。

 「ベルリンの壁」は崩壊したが、その「真空」を占領したのは、ワシントンだった。「壁」の瓦礫の上に、「アメリカ帝国」を築き上げ、NATO軍にドイツ軍まで引き摺り込んで、今なお、アフガニスタンで不法な戦争を続けている。

 式典に参加するため、ベルリンにやって来たゴルバチョフは、かつて自分が決断し、命令したことを再び叫んだ。こんどは、赤軍司令官に、ではなく、アメリカに向かって!

 「アフガニスタンから撤兵せよ!」

 「壁」崩壊から20年――いま、世界が求めているのは、「アメリカ帝国」の「一極軍事覇権」……すなわち「アメリカの壁」の崩壊である。

 ⇒  http://www.boston.com/bostonglobe/editorial_opinion/oped/articles/2009/11/09/the_rusting_and_fall_of_the_iron_curtain/

 http://www.focus.de/politik/weitere-meldungen/afghanistan-gorbatschow-raet-usa-zu-truppenabzug_aid_452563.html

  http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/09/berlin-wall-germany-20-years

  

Posted by 大沼安史 at 05:57 午後 3.コラム机の上の空 |

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