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2009-11-30

〔NEWS〕 アメリカ人の8人に1人がフードスタンプ(給食券) 日本政府も支給せよ!

 ニューヨーク・タイムズ紙が「フードスタンプ」(給食券)に焦点を当てた、貧困者救出・特集キャンペーンを続けている。

 最近の記事 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/29/us/29foodstamps.html?_r=1&em を読んで、アメリカの大不況の深刻さにあらためて目を向けさせられた。

 なんと米国民の8人に1人が、フードスタンプで命をつないでいるのだ。子どもでは4人に1人のとんでもない割合に達している。

 このフードスタンプ、1969年から米政府(農務省)が始めているものだが、かつては「失敗した福祉制度」と言われていたそうだ。それがいま、ここに来て、アメリカ人の「命綱」となっている。

 月約100ドルのバウチャー(金券)で、食品を購入できる。日本もアメリカに負けない貧困大国なのだから、民間の「炊き出し」に任せず、鳩山政権としても、即導入すべきだろう。

 オバマよ、アフガンで戦争している時ではない。

Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%97
 

Posted by 大沼安史 at 06:53 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-28

〔いんさいど世界〕 改訂版 交通事故で「植物状態」 「昏睡」の中で「意識」を持続 ベルギーの元大学生 23年後にコンピューター支援で「言語コミュニケーション」を開始! 「閉じ込め症候群」に光明

 注 先に見出し・本文中で「脳死」と表記しましたが、読者より誤りであるとの指摘があり、その通りであるので、削除・訂正します。

                  ☆ 

 看護師の母親は諦めなかった。母親は直感していた。
 交通事故で「植物状態」になり、医師から「希望はない」と宣告された最愛の息子の心の中で、「何か」が動いていることを。
 無反応な息子の中で何かが息づいていることを。
 
 母の直感は正しかった。母親の努力は実った。植物状態の息子は、「意識」を正常に持続していた。
 事故から23年後、脳科学とコンピューターの支援で、息子は母親と――そして誰とでも、コミュニケーションできるようになった。
 ベルギーで、このほど報じられた、奇跡でもないでもない、これは「事実」の物語……。

 忘れもしない今から26年前、1983年11月の日曜日、午前2時のことだった。ベルギーのオランダ国境に近い、カンヌ村に住む、看護師のフィナさんに、息子のロムさん(当時、20歳の大学生)が前夜、リアージュで、交通事故に遭い、入院した知らせだった。
 一命はとりとめたものの、ロムさんは全身麻痺、「無意識・無反応」……。

 フィナさんは医師から、「神経的な植物状態。回復の希望はない」と告げられたが、受け容れることができなかった。

 ロムさんは「無意識・無反応」で、たしかに植物状態だったが、フィナさんは「彼は理解している」との「確信」を持った。母親としての「自分の中の何か」が、フィナさんと家族を確信させていた。

 ロムさんを自宅に引き取り、治療の道を求めて、さまざまな専門家、医療機関とコンタクトを取り続けた。最先端をゆく米国の研究所にも相談した。しかし、希望
の道はすぐには見つからなかった。

 そんな家族の努力を、ロムさんはすべてわかっていた。耳で聴いて知っていた。事故で運ばれた先の医師の話し声も全部、聴いて、心の中で叫んでいた。

 事故から14年後、ロムさんの父親が亡くなった。ロムさんはフィナさんら家族に連れられ、父親のお墓に植樹する現場にも立ち会った。
 父親の死も、植樹も、全部、分かっていた。悲しみを表すことができなかった。

 ロムさんの中に生き続けていた「意識」が「発見」されるキッカケは9年前に訪れた。
 ロムさんと同じような状態から「回復」した人の話を、フランスのテレビが放映したのだ。
 フィナさんの照会に、フランスの医師は、ベルギーの専門家を紹介してくれた。
 ベルギーのゾルダーというところのケア・センターに入所していたロムさんの下へ、言語療法士らがやって来た。

 コンピューターのマウスを、ロムさんが押すことができれば、ロムさんの「意識」を(あるいは意識の欠如)確認することができる……

 その時、(そのことを聴いていた)ロムさんが懸命に動かしたのは、足だった。
 足がマスウを押した。コンピューターの画面に「私はロムです」と出た。
 イエス・ノーだけは「言えた」。

 本格的なロムさんの「意識」の「全開」は、それから6年後――今から3年前に訪れた。
 ロムさんは、リアージュ大学のスティーブン・ローレイ博士によって、「閉じ込め症候群(ロックド・イン・シンドローム)」と診断されたのだ。
 意識はあるが、その中に「ロックド・イン」され、外部とコミュニケーションをとれない状態にあることが確認されたのだ。「タッチ・スクリーン」を使えば、言語コミュニケーションできることが分かったのだ。

 ロムさんは今、女性看護師の援助で、ケア・センターから、自宅にいるフォルさんのもとに電話をかけて来ることができるという。

 「タッチ・スクリーン」でロムさんが書いたメッセージを、看護師さんが代わりに電話口で読み上げてくれるのだ。

 ロムさんは現在46歳、母親のフィナさんは73歳。

 母と息子の、固い絆に結ばれた四半世紀に及ぶ苦闘は、何らかのアクシデントで植物状態に陥った人に、希望の光を点すものだ。

 こうした「閉じ込め症候群」、植物状態に陥った人の4割にも達する、という研究もあるという。

               ☆

 上記の記事は、ドイツのシュピーゲル誌のスクープ報道と、英紙ガーディアンの報道に基づくものです。下記リンクを参照。 

  

  ガーディアン紙  
   
 ⇒  http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/23/man-trapped-coma-23-years

 http://www.guardian.co.uk/science/2009/nov/24/locked-in-syndrome-belgium-research

  シュピーゲル誌

 ⇒ http://www.spiegel.de/wissenschaft/medizin/0,1518,662627,00.html

   http://www.spiegel.de/wissenschaft/medizin/0,1518,645620,00.html
  

Posted by 大沼安史 at 01:32 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-11-27

〔NEWS〕 オバマ 「戦争の家」に白旗! アフガン侵略、2017年まで継続を言明

 ああ、オバマ、君もまたついに、「戦争の家」(アメリカ軍事権力)の軍門に下るのか?
 2017年まで、アフガンに駐留する、だと?

 それでアフガン民衆が、世界民衆が――そして(今なお君の応援団である、一人の日本人である)僕が、納得するとでも思っているのか?

 カルザイだって「あと5年」と言っていたではないか。なのに、どうして「あと8年」なんだ?

 君は、あのクリントンのように、ただただ「再選」されたいがために、あと8年などと言うのか?

 僕は、君の「妥協」を「よし」として来た。わが日本の安藤昌益流の穏健路線かと思おうとして来た。しかし、これは度が過ぎている。

 君は、「一期(4年)」でいいのだ。

 ぼくは「一期」でやめる。しかし、これだけはやる。
 議会がぼくを潰すなら潰せ。
 しかし、ぼくはやる!
 ――と、何故、言えないんだ。

 見損なったぞ、オバマ!

 君はコペンハーゲンに行ったついでに、オスロに寄って「平和賞」ゲットするそうだな。

 そして「核なき世界」の夢を、オスロで再び、高らかにうたうんだそうだな。

 ただ、単に、「核」を口実に、イランの石油・天然ガス資源を狙いたいがために。
 じゃ、イスラエルの「核」はどうした?
 IAEAのイスラエルNPT条約入り決議に、君は、だらしのない「日本政府」をも引きずり込んで、どうして「反対」したのだ?

 バカな! これから8年も、アフガン侵略を続けるだと?

 オバマよ、最早、君は、ジョージ・オーウエルのビッグブラザー並みのカス人間に成り果てた!

 あの、反対派を装って、ウィンストン・スミスをたぶらかす、(たしか)「オブライエン」並みの、卑劣漢ではないか!
 
 「戦争は平和」こそ、君の「ノーベル賞」の受賞演説のテーマになるべきものだ。

 君の「ノーベル戦争賞」に呪いあれ!

 君はもう、ヒロシマに来るな! 来る資格はない! 

⇒ http://www.commondreams.org/headline/2009/11/26-6

Posted by 大沼安史 at 07:44 午後 | | トラックバック (1)

〔いんさいど世界〕 バスで席を立たずに逮捕! ローザ・パークス女史の歴史的な「拒否」の9ヵ月前、同じモンゴメリーで、プロテストをしていた、黒人の少女がいた!

 人種差別撤廃へ向けたアメリカの公民権運動の発火点のひとつ、米国南部の町、モンゴメリーは、ローザ・パークスさんという黒人女性が、バスの白人優先席に座り続けるプロテストを行ったところだ。

 1955年12月1日のこと。ローザ・パークスさんは白人の乗務員から、その席から立つように命じられたのを拒否し、逮捕された。

 アメリカの公民権運動は、この抗議行動を起点に、「フリーダム・ライダース」などの非暴力・直接行動を呼び覚まし、歴史的な勝利につながってゆく。

 そのローザ・パークスさんの「決起」の9ヵ月前に、同じモンゴメリーで、当時15歳の黒人少女が、バスで立ち上がらないプロテストを行って逮捕され、それがパークスさんの抗議行動につながっていたことが、最近、出版された、その彼女の伝記で明かになった。

 ニューヨーク・タイムズ紙 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/26/books/26colvin.html?em

 その少女の名は、クローデット・コルヴィン。
 そして、忘却の底に沈んでいた彼女のプロテストを「発掘」し、本にまとめたのは、フィリップ・フースさん(2009年の全米図書賞・児童文学を受賞)。

 70歳になる白人男性の作家が、ニューヨークのブロンクスに住む、同じ年齢のクローデットさんを探しあて、本を書いた。

 クローデットさんが、逮捕されたのは、1955年3月2日のことだった。学校からの帰りのバスだった。バスのドライバーに、同じ列の座席が3つも空いているにかかわらず、中年の白人女性に席を譲れ、と命じられた。

 「この白人の女性が、同じこの列の座席に座るんなら、私だって座っていいはず」

 そう思って、立ち上がらなかったそうだ。

 逮捕され、裁判に。
 その時、彼女を助け、夜に自宅のアパートに呼んで、クラッカーにピーナツバターをつけて食べさせてくれた優し女性が、NAACPという黒人組織のメンバーだった、あのローザ・パークスさんだった!

 裁判ではマーチン・ルーサー・キング牧師が先頭に立って応援してくれた。
 この裁判が、キング師のデビュー戦だった。

 その年の末、ローザ・パークさんが同じ抗議をして注目を浴びる中で、クローデットさんは忘れられた。

 彼女が既婚の男性の子を孕んでいたことで、公民権運動関係者は彼女を「ヒロイン」とすることに二の足を踏んだらしい。

 ローザ・パークスさんは当時、42歳で、いかにも信念を持った、ストイックな女性だったが、クローデットさんは、おしゃべりな、15歳の少女。

 世間の目は、ローザ・パークスさんに向かい、クローデットさんは歴史の表舞台から消えていた。

 ニューヨークに出て、老人ホームで介護の仕事を続けていたクローデットさんは、今、引退して、新聞2紙に目を通し、テレビ番組を楽しむ毎日。

 そんなクローデットさんの、キング牧師評は、こうだ。

 「ふだんはどこにもいるような人。そう、〔バスケットボールの〕コーベ・ブライアントのような。でも、いったん、喋り始めると、〔映画の『十戒』で〕モーゼを演じた、〔俳優の〕チャールトン・ヘストンになってしまうんだから……」

 人知れず、歴史の車輪を動かした黒人女性は、「少女」らしさを失わない人だった。

 クローデット・コルヴィンさん。
 ローザ・パークス女史とともに、同時代の歴史の記憶にとどめなければならない人だ。

Posted by 大沼安史 at 05:30 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-11-26

♪♪ ☆ 歌ブログ「独立」のお知らせ タイトルは   「空から歌が聴こえる」 新装開店 最初の曲は 「ドアを開けて」

 【I Love This SONG For Sentimental Reasons】を以下へ「移転」し、独立ブログとします。

  ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2009/11/open-up-your-do.html

 よろしく。

Posted by 大沼安史 at 09:24 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 オバマ アフガン増派演説を ウエストポイント(米陸軍士官学校)で 「撤退」にも言及 ニューヨーク・タイムズが報道

 ニューヨーク・タイムズによると、オバマ大統領は12月1日夜の全米向けプライムタイムTV演説を、ウエストポイント(陸軍士官学校)から行う。

 増派だけでなく、米軍の「撤退」にも言及する。

 ホワイトハウスの報道官は記者団に対する事前説明で、「アフガンはもう、9年目。これからまた8年、9年いるわけではない」と語った。

 「ウエストポイント」はブッシュが2002年と2008年の2回、「予防戦争ドクトリン」という、世界軍事支配戦略を打ち上げたところ。

 「撤退」の前提条件、規模、スケジュールももちろんだが、オバマが、この、無法なブッシュ戦略をどう「撒き戻す」かも、演説の焦点だ。

 オバマよ、「予防戦争」などという、ウォルフォウィッツが捏ね上げたネオコンの戦略に対し、明確な決別宣言を行え! 
   
 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/26/us/politics/26afghan.html?_r=1&hpw
  

Posted by 大沼安史 at 12:35 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-25

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 A White Sport Coat And A Pink Carnation

  マーティー・ロビンスさん――知らなかった。もう、お亡くなりになったいた。
 でも、彼のこの歌声が、永遠に若々しい。

 中学生だった僕の愛唱歌、甘く切ない、片思いの歌 ♪ ホワイトコートとピンクのカーネション
 Marty Robbins - A White Sport Coat And A Pink Carnation

  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=zD8MnvyAi6I&feature=related

  歌詞

A white sport coat and a pink carnation
I'm all dressed up for the dance.
A white sport coat and a pink carnation,
I'm all alone in romance.

Once you told me long ago, to the prom with me
you'd go, now you've changed your mind,
it seems someone else will hold my dreams.
A white sport coat and a pink carnation,
I'm in a blue, blue mood.

Posted by 大沼安史 at 07:19 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 オバマ アフガン戦争 米軍増派で「決着」発言 

 ニューヨーク・タイムズによれば、オバマ大統領は24日の記者会見で、アフガニスタンに「決着」をつけると言明した。

 その一方で、大統領の補佐官たちは同盟国に対して、「2万5000人から3万人」の米軍増派を伝えており、オバマの言う「決着」は、即「和平」に繋がるものではない。

 本ブログはオバマ政権が23日の協議で、「3万4000人増派」を最終決定したとの報道を「再報道」したが、このニューヨーク・ダイムズの報道でも、オバマ政権筋は、この「~3万人」という数字がリミットではなく、今後の情勢次第では増加がありうると含みを持たせており、増派が「3万」を突破する可能性は強い。

 オバマよ、ノーベル平和賞の授与式があるからと言って、こんな「小出しエスカレーション」で逃げるとは、狡猾というより卑劣なことではないか?

 オバマに対してもう一度言う。
 12月1日の正式発表で、「出口戦略」が語られないなら、君のオスロにおける「ノーベル平和賞」は、(世界金融危機の最中)日本の風邪薬で「酔っ払った」経済担当大臣「ローマ記者会見」並みの、世界政治史に残る笑劇(ファルス)になるだろう。

 「正気」で語れば語るほど、美辞麗句を吐けば吐くほど、醜態をさらすことになるのだ。

 オバマよ、君はもう、わかっているんだよな。
 だから、歴代大統領が決してしなかった、二つの「タブー破り」をしたんだよな。

 戦場からの戦死者の棺の出迎えと、アーリントン墓地への(イラク・アフガン)戦死者たちの墓参と。

 君はもしかしたら、(これは僕のカンに過ぎないが、たぶん、国務省の政策企画室長に起用した女性国際政治学者の進言で)ジェームズ・キャロル氏の『戦争の家』を読み、氏の呼びかけに応え、「決断」を前にアーリントンの丘にのぼったのではないか?

 君もわかっている通り、アフガン「決着」をつけたいなら「撤退」とその後の「復興」支援しかない。

 オバマよ、12月1日のテレビ演説では、併せて「出口戦略」も語れ! 明確に「撤退」を口にせよ!
  
 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/25/us/politics/25policy.html?partner=rss&emc=rss
  

Posted by 大沼安史 at 12:21 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-24

〔NEWS〕 オバマ アフガンへ 米軍 3万4000人増派へ 米紙報道

 オバマ政権が23日夜の協議で、アフガンへ米軍を3万4000人増派することを最終決定した、という。
 
 信頼し得るマクラッキー新聞連合がワシントン発で報じた。

 正式発表は12月1日だという。

 民主党のカーター政権、クリントン政権同様、アメリカ「戦争の家」(ペンタゴン=軍産複合体)の「軍門」に下るオバマ……

 このまま行けば、オバマは、「ベトナム」の泥沼にはまり込んだ、あのジョンソン(民主党)の二の舞になる。

 オバマにもし、われわれが「希望」をつなぐとすれば、「増派」にあわせ「出口戦略」の提起がなされた場合である。

 それさえ打ち出されない場合、オバマの12月10日のノーベ平和賞受賞演説は、笑劇なる。

 ノーベル賞受賞スピーチが気高いトーンになればなるほど、オバマの「ダブルトーク」は鮮明なものになるだろう。

 米国はブッシュ政権で、戦争を常態化させてしまった。G・オーウェルの『1984年』の、まさに War is Peace である。 

   
 ⇒ http://www.commondreams.org/headline/2009/11/24
  

Posted by 大沼安史 at 05:40 午後 | | トラックバック (1)

2009-11-23

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 Fools Rush In

 中学生の頃、よく、この歌を聞いていた。下記リンクのリッキー・ネルソンとか、プレスリーで。

 三つ子の魂なんとやら……僕は中学生の頃から、「バカ」だったんだってな、と今さらながら思う。今もバカだから、損得勘定なしに突っ込んで行く。
 天使が足踏みするところに、僕は突っ込んで行く……。
 死ななきゃ直らないんだな、これは、もう――。  〔思い出した、道新で一緒だった、Uさん、僕ののこと、いつもそう言っていたな……〕

 で、中学生の当時は、ブンチャカ・ブンチャカのロック・ビートの曲なんだと思い込んでいたが、最近、ドリス・デーの歌唱を(たしか)BBCのラジオで聞いて、元々はスローな曲だったんだ、と認識を改めた。 

  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=QAfIu-2XGEA

 う~ん。なんて素敵な歌!

 ドリス・デーさんはカリフォルニアのカーメル(そう、あのクリント・イーストウッドが市長をやった……)で健在だそうだ。動物保護の財団をやっているそうだ。

 そして、中学時代の僕の憧れ、リッキー・ネルソン。
 (リッキー・ネルソンがバンドの仲間と一緒に航空機事故で亡くなった時、僕はほんとにショックだったなあ。あの、ほんとに美人の――金髪の――奥さんと子どもたちのこと、かわいそうでならなかった! 人生の不条理を感じた!)

 リッキー・ネルソン ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=kyU2pGWA6Jc

  歌詞

"Romance is a game for fools"
I used to say
A game I thought I'd never play
"Romance is a game for fools"
I said and grinned
Then you passed by
And here am I
Throwing caution to the wind

Fools rush in where angels fear to tread
And so I come to you, my love, my heart above my head.
Though I see the danger there
If there's a chance for me, then I don't care

Mm-mm-mm-mm
Fools rush in where wise men never go
But wise men never fall in love, so how are they to know?
When we met, I felt my life begin
So open up your heart and let this fool rush in

Fools rush in where wise men never, never, never go
Eh, but wise men never fall in love, so how are they to know?
Ahh, when we met, girl, I felt my life begin
So open up your heart and let this fool rush in

Just open up your heart and let this fool rush on in
Just open up your heart because I-I-I-I-I-I-I am coming in
Open up your heart and let this fool rush in!!

Posted by 大沼安史 at 07:05 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕  『戦争の家』下巻 訳者あとがき

 ジェームズ・キャロル著、『戦争の家』の「下巻」(緑風出版)の校正作業を昨夜、終えた。目標としていた「年内刊行」に辿り着き、ただただ、ほっとしている。

  上巻より、少し厚い、680頁を超すボリューム。達成感、なきにしもあらず――である。

 未定稿だが、「下巻」の「訳者あとがき」を、以下に。刊行の際にはぜひ、ブログ読者諸氏の一読を乞う。

                  ◇

 
 本巻(下巻)は、米国の作家・新聞コラムニスト、ジェームズ・キャロル( James Carroll )氏によって書かれた『戦争の家』(原著、House of War, Houghton Mifflin社刊、二〇〇六年)の後半部分を訳出したものだ。

 「戦争の家=ペンタゴン」を軸とした、この大河ノンフィクションは、ケネディの一九六〇年代から、今世紀(二一世紀)初頭のジョージ・W・ブッシュの時代まで、五十年の流れをカバーする。
 下巻はつまり、時間的に「私たちの時代」の物語である。
 若い読者にとっても、私(大沼)のような還暦を迎えた「戦後世代」の人間にとっても、記憶の時間の長短はともかく、同じ「いま=現時点」から直接、〝地続き〟で振り返ることのできる、「われらの時代」の「同時代史」である。
 
 では次に視点を換え、私たち日本の読者の生きる「ここ=現地点」から見た場合、この『戦争の家』下巻の世界は、空間的に、どんな場所にあるか?
 『戦争の家』の下巻はもちろん、米国人による「米国の軍事権力」を描き出した同時代のクロニクルだが、そうしたアメリカ中心の物語と、日本の私たちは、どんな位置関係にあるのか?

 訳者として、これはもう、どうしても先に言っておきたいことだが、ここでもまた私たちは、『戦争の家』(の特に「下巻」)に綴られた「世界」と、まさに直接、〝地続き〟であるのだ。
 いや、むしろ、日本の私たちは、「戦争の家=ペンタゴン」を核とした「世界空間」の中に包摂され、その部分と化している、と言った方がより正確だろう。
 「沖縄」を、「安保」を考え合わせれば、よりハッキリする。

 「日本」をその一部、部分空間として構造化しながら聳え立つ、「軍事世界帝国=アメリカ」。そしてその中核にある、権力の爆心としての「五角の要塞」、米国防総省――。
 私たちが生きる「世界・空間」の構造を、ジェームズ・キャロル氏のこの本は、私たち日本の読者にも、そこで流れた「時間」を背景に「開示」している。

 私たちの「世界」とは実は、こういうところだった!
 私たちが生きて来た「歴史」とは実は、こうだった!
 訳し終えて今、胸にこみ上げるのは、悔しさも入り混じった納得の思いである。日暮れつつある今、ようやく辿り着き、もっと早く来ることができたらよかったのにと反省しつつ、それでも、この真実の場所に立てた安堵である。
 『戦争の家』の物語は、日本の私たちの物語でもあった。私たち日本人の目の前に、「世界」と「歴史」の驚くべき姿を「開示」して見せる物語でもあった。

 それにしても今、訳出を終えた達成感の中に、ある種の屈辱感が残るのは何故か?
 すでに上巻をお読みになった方なら、お分かりのことと思うが(そしてこれは、上巻の「訳者あとがき」でも告白したことだが)、自分は「何も知らなかった」「何も知らずに生きて来た」事実を、遂に決定的に知ってしまったからだ。
 上巻の部分は、私の記憶に残っていない過去に関する部分だから、まだ少しは許せる(もちろん、ヒロシマ・ナガサキに関する、私の無知は、まだ私の心を疼かせるものだが……)。しかし、下巻部分は、自分もまたそこで生きて来た「同時代」のことではないか!

 一例を挙げれば(本文に出ていることなので内容は省くが)、ロナルド・レーガンを追い詰め、ゴルバチョフからの呼びかけに応えさせて行く、大きな社会的圧力となった「聖域(サンクチュアリ)運動」である(私は全く知らなかった!)。あるいは、「ベリガン兄弟」の「鋤(プロウシェアズ)」の反核運動である(少しは聞いていたが、その「意味」は分からなかった!)。

 知っていたことでも、知識の断片として記憶の隅にあるだけで、私は実は「何も知らなかった」のだ。
 しかし、知らなかったことを今さら悔しがっても、それだけでは意味がない。問題は、「戦後の民主教育」を受け、大学にも進み、社会に出てからは新聞記者として、新聞の特派員として、内外でそれなりの経験を積み、それ相応の知識を身につけて来た、私という、ただ今、満六十歳の標準的な日本人が、なぜ、「知らなかったか」ということである。
 これは、私たちの一人ひとりの「歴史意識」「世界観」にかかわる重大な問題であろう。

 われわれ日本人はなぜ、特にアメリカとの関係において、「同時代」の「歴史」も、「同時代」の「世界」も知らないままでいるのか?
 この重大な問いに対して今、もしも私が、『戦争の家』の物語を世に伝える「語り部」の役目を自らに課し、身のほども弁えずに答えるとするなら、私たちは多分、私たちの「いま」「ここ」から〝地続き〟であるべき、「同時代」の真実から遠ざけられて来たからだ。
 「歴史(無)教育」と「発表報道プロパガンダ」による「洗脳=世論操作」の成果!
 だから、日本の若者は「えっ、アメリカと戦争、したの?」と驚き、われわれのような戦後生まれの人間まで、ヒロシマへの「原爆投下……」などと平気で言うようになってしまったのだ。

 事情はもちろん、米国においても同じである。これは本書下巻部分でキャロル氏に教えてもらったことだが、「ベトナム戦争」の最終局面のニュース報道は「パリ」が舞台になり、激しい戦闘が続く「ベトナム」現地のことは消されてしまった。パリでの「和平」協議ばかりが「ニュース」として流されたからだ。
 ジェームズ・キャロル氏は、こうした「洗脳=世論操作」、「修正主義」という名の「歴史の歪曲」、軍産複合権力のプロパガンダに抗して、『戦争の家』の物語を書き切った。「同時代」の「歴史」と「世界」の「真実」を書き抜いた。教科書的な断片的な知識の羅列ではなく、権力者の、絶えず「戦争」を正当化する「正史」の嘘を暴露する物語を書き通した。

 『戦争の家』の物語が、私たち日本の読者にも「同時代」を「開示」するのは、それが戦後、一貫して米国の「属国」であり続けた、この国の「歴史意識」「世界観」の歪みを正す、「真実」の物語であるからだ。

 物語の前半部分(上巻)においては、あの「一九四三年一月」の「運命の週」に流れ出した、破局に向かう「潮流」が、歴代の大統領ら当事者を巻き込みつつ、激流となって世界を覆う姿が描き出されているが、下巻部分では、その「核戦力」を主体にした「潮流」――「ナイアガラ」へ向かう「流れ」とともに、無名の民衆による「平和運動」の「潮流」が取り出されている。

 「戦争の家=ペンタゴン」に発する破壊的・破滅的な流れと、核のない・戦争のない世界を求める平和の流れと。
 私たちの「同時代」を流れるものは、基本的にこの二つである。この対抗関係、力関係の中で、世界はこの五十年間、動いて来たのだ。
 「ナイアガラ」に向かう「潮流」について言えば、そのおかげで「世界」は(私たちは)何度も、奈落の底に落ちる寸前まで流されて来たのである。
 「ベルリン危機」に続く、下巻最初の山場、「キューバ・ミサイル危機」の「運命の十三日」。
 ソ連に対し、「核攻撃のフェイント」を三度もかけたニクソン。
 「ナイアガラ」の勢いは「冷戦後」、弱まるどころか、逆に強まり、「クリントンへの幻滅」を経て、ジョージ・W・ブッシュの時代に、「テロとの世界戦争」を梃子とした「アメリカ帝国」の「世界占領」に行き着く。

 もうひとつの「平和」の流れは、「ナイアガラ」に向かう流れに立ち向かう「対抗潮流」である。「ナイアガラ」が「核」という最悪の「暴力」に依拠するものであるのに対し、この「平和」の流れは、民衆による「非暴力直接行動」に依拠する。
 この「非暴力」の「平和」運動こそ、実は米ソが「核」でもって睨み合う「冷戦」を終結に導いたものだった。ポーランドの「連帯」に始まる「ソ連帝国」内の民衆の運動は、その徹底した非暴力直接行動でもって、東西を分断する「鉄」をも溶かし、「壁」をも崩壊させた。
 それは、米国内でも「核凍結」運動となって噴出し、「核軍縮」の道を切り拓いたのだ。

 「冷戦」に勝ったのは、アメリカの軍事力ではなかった!
 「鉄のカーテン」の東側、「ソ連帝国」内で起きた、軍事的な抑圧を否定する、民衆の非暴力運動だった。それが「鉄の支配」を足元から突き崩したのだ。ゴルバチョフの登場は、この流れの中でのことである。

 「戦争」の流れと、「非暴力・平和」の流れは、それぞれの「九・一一」を自己の歴史の中に刻んで来た。
 「九月十一日」――二〇〇一年の「九・一一」は最早、言うまでもなかろう。ニューヨークの世界貿易センターとともに、「ペンタゴン=米国防総省」が「テロ攻撃」で破壊された日だ。
 一九九〇年の「九・一一」。これは「パパ・ブッシュ」が、「冷戦」終結という格好の平和のチャンスに目をつぶり、米国による一極支配、すなわち「新世界秩序」を宣言する演説を行った日だ。
 そしてその四十九年前、一九四一年の「九・一一」は、「戦争の家=ペンタゴン」着工の日である。

 一方、「平和」の流れの「九・一一」は、一九〇六年に始まると、キャロル氏は言う。南アフリカで、一人のインド人が、人種差別に抗して立ち上がった。あの、ガンディーだった。ガンディーの「非暴力の運動」は、この日に始まった。
 その流れは第二次世界大戦直後の米国において――一九四五年の「九・一一」において、時の陸軍長官、スティムソンに、「核の独占」の放棄を主張させるようになる。ヒロシマ、ナガサキのすぐ後のことだ。
 スティムソンのこの主張は、もうひとつの「九・一一」の流れに抑え込まれ、実を結ぶことはなかったが、この「平和の九・一一」の流れの中から、ケネディの、いまなお私たちの胸を打つ、あの「平和の戦略」演説が生まれたのだ。マーチン・ルーサー・キング師の「私には夢がある」演説が生まれたのだ。

 キング師の演説は、一般には人種差別の撤廃を呼びかけたものと見られているが、それだけではなかった。「反戦」と「平和」を呼びかけていた。キング師もまた、ガンディー主義者だった。
 そんな流れがあったから、一九六七年十月二十一日(「十・二一」、当時、日本ではこの日を「国際反戦デー」と言った)の「戦争の家=ペンタゴン」への大デモも起きたのだ。

 この大群衆の中に、当時、カトリックの神学生だった、若いキャロル氏もいた。
 米国史上初の国防総省に対するデモで、ヒッピーたちは「悪魔祓い」の儀式を執り行ったという。その幼稚さを笑うなかれ! 
 デモが解散させられた後、現場に残った人々の間から、静かに湧きあがったのは、「聖しこの夜」の合唱だった。平和を祈るそのナイーブさを、笑ってはならない。
 『戦争の家』の物語は、だから「戦争」に抗する、「平和」を願う、非暴力の直接行動の物語でもある。

 上巻の読者はもうご存知のように、ジェームズ・キャロル氏の父親、ジョセフ(ジョー)・キャロル氏は、「家(ペンタゴン)」の首脳だった人物だ。中将まで昇り詰めた高級軍人だ。国防総省に乗り込んで来たロバート・マクナマラによって、DIA(防衛情報局)の初代局長に抜擢された男だ。
 ベトナム戦争を続ける「家(ペンタゴン)」の首脳である父に、ベトナム戦争に反対する息子は反発し、父と子の関係は冷えたものになるが、父、ジョセフ・キャロル中将は、ソ連の核戦力と意図の評価をめぐって、軍備増強(ABM配備)を正当化する「過大評価」を拒否し、時のレアード国防長官によって左遷人事を発令され、そのショックで緊急入院、そのまま退役の道を辿ることになる。
 下巻では、父が語らずに逝ったその真実が、父の年齢に達した息子によって――このことを書くためもあって、作家・ジャーリストになった息子によって、遂に明かされることになるのだ。
 父親、ジョセフ・キャロルが、ベトナム戦争でも、アメリカは戦争に勝てないとの正確な情報評価を下し、それが当時の上司、マクナマラの議会証言の根拠となり、マクナマラの辞任につながった事実も含めて。
 そう、息子、ジェームズ・キャロルは、父の名誉のために、この『戦争の家』を書いたのだ。

 「家(ペンタゴン)」の「ナイアガラ」へ向かう流れに抗して弾かれ、緊急入院した父の病室へ、カトリックの神父になってまだ半年の、息子は駆けつけ、ベッドサイドに座った。
 その時、父と子の間に起きたことを、息子はこう書くのである。

   戸惑っている私に、父は握手を求めて来た。父は、嗚咽はしなかった。一点の穢(けが)れもない声で、こう言っただけだった。「私に神の祝福を与えてくれますか? 神父さん」と。
   私たちはそれから少し、ぎこちない会話を交わした。それから私は、父がしてほしいことを分かっていたから、神父の作法で、父の額を撫でた。私は父の銀髪の柔らかさに驚いた。父は眼を閉じていた。私は私の右手で、父の上で十字を切り、そして祈った。「願わくは神の恵みの、聖父と聖子と聖霊の祝福の、あらんことを。今もいつも世々にいたるまで」
                                    
 
 著者のジェームズ・キャロル氏は、父の真実を知らずにいた自分の無理解を悔い、苛まれて生きて来た人である。アルツハイマーを発症、そのまま人生と閉じた父親を破滅に追い込んだのは、自分かも知れないと、自分を責め続けた人だ。
 この『戦争の家』の物語中でも、折にふれ、その点に言及するキャロル氏だが、それは父の思い出を綴った前作、『あるアメリカ人の鎮魂歌(An American Requiem: God, My Father, and the War that Came Between Us)』(一九九六年の全米図書賞受賞作)に書かれた、あるエピソードを見れば、よく分かる。

 父、ジョセフが「家(ペンタゴン)」内で、「ナイアガラ」の流れと最後の闘いを続けていた(左遷人事に遭う半年前の)一九六九年二月、カトリックの聖職に就いた息子は、父の官舎があるワシントン郊外、ボーリング空軍基地の教会で、初めての説教を行った。 
 両親と兄弟、そして軍の高官らが居並ぶ前で、息子は旧約聖書・エゼキエル書の一節、第三七章、「骨の谷」を引用し、こう語りかけた。
 「人の子よ、これらの骨は生くるや? 時間に焼かれた骨は、枯れた骨は生きることができるでしょうか? 日に焼かれ、そして何よりも……」
 ここで一息おいて、神父になり立ての息子は、聖書にない言葉を付け加えた。
 「……(ベトナム人のように)ナパームに焼かれて」

 『戦争の家』の物語は、だから「父と子」の――そして、父を悼み、父の孤独な闘いを讃える息子の物語でもあるのだ。

 ジェームズ・キャロル氏は、その後、カトリックの神父を辞める。そして、作家として生きる決意をする。そして、アメリカの現実から目を逸らさない新聞コラムニストでもある作家(小説家、詩人)となる。
 ではなぜ、キャロル氏は作家の道を志し、この『戦争の家』の物語を書くに至ったか?
 下巻の中で示される理由は、二つだ。
 一つは「言葉」。
 キャロル氏は、こう書いている。

  私が生涯を通して続けて来たことは、まるで単純なことだった。それはただ、「平和」を確立し、もう二度と揺るがないようにする、そんな「言葉」を語ることだった。
   だから、今、私が書いている、この長い「戦争の家」の物語は、その「言葉」そのものなのである。
   その「言葉」は、私たちが生きる基本的な前提を再興するものでなければならない。その「言葉」が語ることができれば、それは(キャロル氏の息子の)パトリックの、あの思い出せない中国語のように、私たち全員を救うものになるだろう。
   が、今、またも明らかなのは、私もまた、その「言葉」を思い起こすことができないでいることだ。

 ここで書かれている「パトリックの、思い出せない中国語」とは、キャロル氏の父(パトリリックにとっては祖父)ジョセフが亡くなった後、幼いパトリックが見た悪夢に出て来たものだ。
 今聞いたばかりの「中国語」を思い出せば、父親は死なずに助かるのに、僕はそれを思い出せない……キャロル氏の長男は、そんな夢を見て、泣きじゃくっていたのだ。
 注釈はこれで十分だろう。

 もう一つの動機は、父親の「命令」である。上巻の読者はすでにお分かりのように、キャロル氏はワシントンで大学生だった当時、夜、父親を国防総省に車で迎えに行った帰り、こう指示される。

 いざとなったら、家族を車に乗せ、お前が運転して、南のリッチモンドに逃げろ!

 幸い、核戦争は、「ベルリン危機」下のその時、回避されたが、キャロル氏はその夜の父の命令を、こう受け止めたのだ。

  父は私に、あの夜、差し迫った核戦争の恐怖を伝えた。それは私に、何事かをなせ、という命令でもあった。だから、私はこの本を書いたのだ。

 『戦争の家』の物語はだから、著者、ジェームズ・キャロル氏が、その人生の重みを「言葉」一つひとつに込め、「私たちが生きる基本的な前提の再興」のため、何事かとなそうと渾身の力を振り絞って書いた、「ナイアガラ」の死の流れに対抗する、一筋の、しかし圧倒的な、平和の言葉の迸りである。
 だから本書は、ふつうの歴史書とは違うのだ。あの五角の「家」に立ち向かう、倒れることを拒否する言葉の大建築である。
 
 『戦争の家』の最後の舞台は、「家(ペンタゴン)」を見下ろすアーリントン墓地の丘の上である。父母の眠る墓所に立って、キャロル氏は最後に、読者に対して、ある呼びかけをして、長い物語を閉じている。
 それは、私たちに合流を求める呼びかけだ。短い人生を破壊する戦争を憎み、限りある命をともに生き抜こうという呼びかけだ。

 その呼びかけに応え、私はこの本を訳したのだ。大学教員の任期切れを幸いに、仙台に帰郷し、春移行、失業をいいことに、いくらか余裕を持って、この下巻の翻訳作業を続けて来たのだ。
 冒頭、述べたように、訳了した達成感の中には、今頃になってようやく気づいた悔しい思いはあるが、本書の翻訳を通じ、自分の人生と重なる「同時代」の歴史と構造の大枠をつかむことができたのは、私個人にとって意味あることであり、私の残された人生に対する確かな指針でもある。
 もう一つ、翻訳をして嬉しかったのは、訳文を綴りながら、憲法「九条」の尊さを何度も噛み締めることができたことだ。それは私たちの手に今、「九条」がある嬉しさだった。

 キャロル氏の両親の墓は、アーリントンの国立墓地にあるが、私の両親は十年以上も前から、今私が暮す仙台市・連坊のアパートに近いお寺のお墓の中にいる。
 仙台生まれの母親は、昭和二十年(一九四五)七月十日未明の「仙台大空襲」の時、死にかけた。炎に包まれ、倒れていたところを、兵隊さんに助けられたそうだ。
 今年(二〇〇九年)の「仙台大空襲」記念日の四日前(七月六日)、ロバート・マクナマラが九十三歳で亡くなった。
 その訃報を、私は翌日、七日の朝、コメンテーターとして出演するために出かけた地元のラジオ局で知った。
 私は早速、自分が受け持つコーナーで、マクナマラが戦時中、仙台を含む日本各地の焼夷弾攻撃で、空爆効率化の任務で携わっていた経歴の持ち主であることを、地元のリスナーに伝えた。
 この『戦争の家』の物語にあるように、マクナマラは仙台を含む日本の諸都市に対する無差別空爆に関わったことを悔い、戦後、何十年も経っているのに、思い出しては嗚咽するような男だったことも伝えた。
 それは、子どもの私に「戦争はやんだ(嫌だ)」と何度も言った、死んだ母親に対する報告でもあった。
 焼夷弾の雨を降らす側にいた、マクナマラという、戦後、国防長官になったアメリカ人は、最後に戦争を否定した男だった、と。

 「戦争の家」の物語は、死者と生者で、ともに「平和の家」をつくる物語である

    二〇〇九年秋   帰郷した仙台にて
                           大沼 安史
   

  

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2009-11-21

〔いんさいど世界〕 ロビンソン・クルーソーの島が危ない!

 「週末の話題」、今回は、ロビンソン・クルーソーの島が危ない!
 
 ロビンソン・クルーソーの島?――ご存知ですか? そう、みなさん、ご存知の、英国のダニエル・デフォーの、あの物語の島が、あるんです。
 ロビンソン・クルーソーの物語の「舞台」というか、「モデル」になった島が、南半球の太平洋上に、ちゃんと浮かんでいる。
 その名もなんと「ロビンソン・クルーソー島」というですね。
 南米のチリ沖、670キロにある島。
 1966年にこの名前になるまでは、マサティエラ島(スペイン語で「陸に最も近い」という意味だそうです)と呼ばれていました。
 この旧マサティエラ島(現ロビンソン・クルーソー島)と、セルカーク島(この「セルカーク」に注意。あとで説明します)、サンタ・クララ島の3つで「ファン・フェルナンデス諸島」(この「ファン・フェルナンデス」とは、1574年に、これらの島を「発見」した、スペインの航海者の名前です)を構成しているのですが、この諸島の「エコ」に赤信号が灯っているのだそうです。
 で、島の生態系の危機という本題に入る前に、ロビンソン・クルーソーの話を、も少し続けると、3つの島の中で最も大きな旧マサティエラ島・現ロビンソン・クルーソー島で、実は1704年から4年4ヵ月、独りで生活した、スコットランドの船乗り(その船乗りの名前は、アレキサンダー・セルカーク。そう、3つの島のうちのひとつの島名に――「セルカーク島」になっている!)がいて、それがクルーソーのモデルになったそうです。
 このクルーソーのモデルのセルカークさんて、航海長をしてた人なんですが、船長さんとケンカして船から下りたところが、旧マサティエラ島。
 数週間くらいしたら、きっと船が通りかかって助けてもらえるはず、と思って、気軽に「独身生活」を始めたそうなんです。
 それが、結局、足掛け5年の長期滞在に。海賊船に助けられたのが、1709年。そう今から、ちょうど200年前のことなんです。
 で、本題に戻ると、この現ロビンソン・クルーソー島(そしてセルカーク島)を含む「ファン・フェルナンデス諸島」が、エコ的にどれほど貴重なところかというと、「植物のガラパゴス諸島」と言われていることからの分かるように、在来種の植物(それと鳥。ガラパゴスのようにトカゲはいません!)――地球上、ここにしか生育していない、という植物の種・及び亜種が123もあって、しかも、それが今、絶滅の危機に瀕しているんだそうです。
 
 英紙インディペンデント ⇒ http://www.independent.co.uk/environment/nature/why-robinson-crusoe-island-is-at-risk-1821710.html
 10株しか確認されていないの植物が14種類あり、1株だけというのも5種類あり、絶滅の危機が叫ばれているのですね。
 ファン・フェルナンデス諸島が火山島として誕生したのは、今から400万年前のこと。そこで生まれ、根付き、独自の進化を遂げて来た植物たちが、いまぎりぎりのところへ追い込まれている。
 この諸島に住む人は500人ちょっと。チリ政府は森林の伐採を全面禁止するなど保護対策をとっていますが、帰化植物と野生の山羊が「天敵」になって、地元の植物たちを攻撃しているそうです。
 帰化植物のエイリアンの代表格は、植民者が垣根として移植したキイチゴといったシュワブ。
 野生の山羊は16世紀の航海者、ファン・フェルナンデスが「生肉確保」で残して言った4頭の子孫で、現在、3500島にも殖えているんだそうです。
 クルーソーのモデルになったセルカークさんは、この山羊のおかげで生き延びることができたのですね。
 この諸島には、ピンク色の足をしたミズナギドリがいるのだそうですが、これも移入動物のハナグマっているのにやらている。
 まるで警戒心のない鳥なので、相手が近寄ってきても、なかなか飛び立とうとしない。地上で卵を抱くので、やられてしまうわけですね。
 こうした状況に、ニュージーランドの学者が帰化植物の広がりを阻止しようと、がんばっているそうですが、「生き延びるか・絶滅するか」――その中間がない、ほんとうに厳しい闘いになっているそうです。
 ファン・フェルンデス諸島は、英国の保護団体の、なんとしても守らなければならないランキングで、世界第一位、最重要・最貴重の場所に挙げられているところ。
 ロビンソン・クルーソーの物語が永遠に語り継がれてゆくものであるなら、このクルーソーの島の植物や鳥たちも、永遠に生き続けてほしいものですね。
 

Posted by 大沼安史 at 05:26 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-11-20

〔コラム 机の上の空〕 んっ? 「原爆投下」?

 時々、近くのコンビニで、新聞を買う(仙台の地元紙、河北新報はボランティア先の出版社「本の森」で読む)。

 「毎日」か、「朝日」を買う。

 先日、買った「朝日」に、若宮さんという論説主幹なる方が長文の記事を書かれていて、それを読み進むうち、「あっ」と思った。

 そこに、ヒロシマへの「原爆投下」と書かれていた。

 (「原爆投下」――この僕のブログを読んでくれている、学校の先生方には、確認していただきだい。教科書の記述も「原爆投下」になっているのでは?)

 「原爆投下」――なぜ、このコトバにこだわるかというと、ジェームズ・キャロルという、僕が尊敬する、アメリカの作家・ジャーナリストの『戦争の家』なる本を翻訳していて、「原爆攻撃(ニュークリア・アタック)」という表現に出会い、その日本語訳を考えているうち、「投下」ではなく、やはり「攻撃」だろうと思ったことがあるからだ。

 「原爆投下」――空の上から、被災地に向けて何か救援物資を、空から「投下」したかのような表現!

 まるで虐殺者が、無垢の被害者に向け、私はあなたちに「銃弾」を「発射」しただけです、とでも言っているようなものではないか!

 まるで、ヒロシマに救援物資を、パラシュートで「投下」したでもいうような、「原爆投下」――。

 だいたいが「投下」という「視点」自体が、アメリカ側の視点ではないか!

  (そう、今、思い出した。わガ尊敬する「ベ平連」の小田実さんは、「原爆投下攻撃」という表現を、お使いになっていた!……)

 トルーマンのアメリカは、まったく無防備の、ヒロシマ・ナガサキという、非戦闘員が暮らす都市に対して(軍事目標ではない都市に対して)、「原爆攻撃」したのだ。

 ヒロシマ・ナガサキの「非戦闘員の一般市民」を「殺戮」するため、「原爆攻撃」をしたのだ!

 断じて「原爆投下」ではない。

 僕は、日本のマスコミの中で最も進歩的であると言う「朝日新聞」さえもが、平気で「原爆投下」といった、(婉曲?)表現を使い続けていることに対して抗議する。
   
 「投下」では、ないだろう? 「攻撃」だろう?

 これで何万人も、何十万にも「殺す」のだと、明確に意図した、殺戮のための「原爆攻撃」だったのではなかったのか?

 それを君たちは「投下」と言う。

 それで済むことなのか? それで一件落着することなのか?   
 
 「原爆投下」許すまじ。「ノーモア原爆投下」――

 「原爆攻撃」が、無抵抗の、ヒロシマとナガサキという、民衆が暮らす「都市」へ行われた事実を、私たちは忘れてはならない。

Posted by 大沼安史 at 06:38 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2009-11-18

〔NEWS〕 天皇陛下へ「最敬礼」したオバマを米国の右翼=ネオコンが批判

 来日したオバマ大統領が天皇陛下に最敬礼のお辞儀をしたことが、米国内で問題になっていたが、そのオバマ批判が、米国のネオコンから出ていたことが分かったので、遅ればせながら書いておきたい。

 AFPによれば、右翼のFOXテレビに出演した、ネオコンの親玉のひとり、ウィリアム・クリストルは、あのジェスチャー(最敬礼)は、アメリカがどれだけ弱体化したかを物語るものだと語ったそうだ。

 保守派のビル・ベネットという人物はCNNで「醜い。見たくもない」と語ったそうだ。

 右翼=ネオコンどもが何を言うか!

 無礼ものめが、下がれおろう!

 日本の象徴である天皇陛下に対して、最敬礼したオバマのどこが悪い!

 日本のポチ保守政権が「思いやり予算」だあ、「核の撤去費」だあ、「治外法権OKっすよ。米兵レイプ、事件にしませんから……」だあ、「沖縄密約、袖の下」だあ――と、ゴマ・スリスリばかりして来たから、ネオコン=右翼どもがつけあがり、こういうエチケットを知らないことをほざきおるのだ。

 聞けば、普天間問題で、アメリカの保守派が、米軍を日本から引き揚げろ、といっているとか。

 おう、出ていってもらおうじゃないか! 安保廃棄だ、オキナワを解放せよ!

 鳩山政権は、天皇陛下に対する「最敬礼」を問題視する、非礼・礼儀知らずの米右翼=ネオコンに対し、日本政府として正式に抗議せよ!
   
 ⇒ http://news.yahoo.com/s/afp/20091116/pl_afp/japanusdiplomacyasiaobama

  

Posted by 大沼安史 at 09:45 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-17

【NEWS】  『ペンの自由を貫いて――伝説の記者・須田禎一』 いよいよ店頭へ!!



 畏友・小笠原信之の、渾身の労作、『ペンの自由を貫いて――伝説の記者・須田禎一』(緑風出版、2625円)が、いよいよ刊行される。

 執筆開始から5年。それ以前の資料収集、この本を書くに至った動機の形成期間を含めれば、少なくとも30年の歳月が投じられた力作である。

 須田禎一(すだ・ていいち)――日本の新聞ジャーナリズムが「60年安保」で“総崩れ”になる中、北海道新聞(道新)に拠って、孤高のコラムを書き続けた、伝説の記者。

 「新聞の戦争責任」を背負い、戦後、「朝日」を退社、道新に移って、論説の仲間とともに、民衆のペンを揮い、言論の自由を貫いた、伝説の記者。

 僕もまた、須田禎一さんの本を読んで「育った」世代だから、須田さんの「記者」としての、及びがたい力量、あの最早、美しくさえある、真似のできない、鋭利な文章の切れ味を少しは知っているので――書き手、小笠原の「生きざま」「書きっぷり」も知っているから――現役のジャーナリスト、志願者、マスコミ関係者、マスコミの現状を憂うる方々など、諸氏必読の書だと、ほんとうに、断言できる!

 袖文に、こうある。

<本書は伝説の新聞記者・須田禎一の「筆」と「生涯」に肉薄する書である。敗戦日本の針路を決める講和条約には全方位の友好を目指す全面講和論を最後まで貫き、東大生・樺美智子が権力に虐殺された「60年安保」では、<ともあれ事態の収拾を>と呼びかけた在京「七社共同宣言」の事なかれ主義を徹底批判した。北方領土問題然り、ベトナム戦争然り。全身全霊を傾けて胸のすく硬派の筆を振るいながらも、情にもろく、理想の火を燃やし続けた、人間味あふれるジャーナリストが存在した。彼が激動の「昭和」と格闘し、遺してくれたものは何か?
 須田・生誕100年の今、ジャーナリズムはやせ細るばかりである。その「再生の書」として本書を世に送る。<新聞が死んだ>と言わしめた60年安保から半世紀。今こそ、私たちが須田禎一から学ぶことは多い!>

 来週には全国有名書店に並ぶはず。

 本ブログの読者諸氏の一読をお願いする。

 版元・緑風出版 ⇒ http://www.ryokufu.com/ryokufu-home.html

Posted by 大沼安史 at 10:37 午前 | | トラックバック (0)

2009-11-16

〔コラム 机の上の空〕  テレーリエさん  「夢見る人の勝利」

 本日付けのニューヨーク・タイムズ(電子版)に、ニコラス・クリストフさんが「夢見る人の勝利(Triumph of a Dreamer )」というコラムを書いていた。

 同紙電子版の「最も読まれたランキング」のトップ。
 僕も、読んで、泣きそうになるくらい、とにかく感動した。
 クリストフさんは、勝利を手にした、その「夢見る人」を「私の英雄だ」と書いていたが、今や、僕にとってもそうである。
 で、僭越ながらクリストフさんになり代わり、日本語の「コラム」に書き換えた。

        夢見る人の勝利

 アフリカのジンバブエの村に、「夢見る人」が生まれたのは、1965年(? 誕生日も?)のことだった。

 名前は「テレーリエ」。小学校には一年足らず、通っただけ。11歳で嫁に売られた。殴る夫だった。

 それから12年が経った。彼女の住む村に、西側の援助団体の女性リーダーがやって来て、女性たちに、立ち上がりなさい、夢を育てなさい、生活を変えなさい、と語りかけた。

 テレーリエさんは、よくは知らないけど、前に聞いたことのある、同じアフリカの女性の物語をぼんやり思い出し、紙に自分の「夢」を書いた。外国に行って勉強する。大学を卒業する。博士になる。

 西側援助団体のコミュニティー・アドバイザーとして働き出し、そのサラリーで通信教育を受けるようになった。残ったお金は貯金に回した。

 1998年、テレーリエさんは、米国・オクラホマ州立大学から入学許可をもらった。夫に、5人の子どもを連れて行く、というと賛成してくれた。夫も同行する条件だった。

 援助団体が飛行機代を援助してくれた。実の母親が牛を1頭、近所の人たちも山羊を売って、お金をつくってくれた。4000ドルを、ストッキングに入れ、腰に括りつけて、オクラホマへと向かった。

 留学の夢は悪夢で始まった。住む場所はオンボロ・トレーラー。寒さと飢えに苦しんだ。夫は、「男」の仕事ではないと、家事を拒んだ。代わりに、彼女を殴った。

 貧乏暮らし。ゴミの缶の残りを食べたこともあった。勉強をやめようかとも思った。負けたら、ほかのアフリカ人女性のためにならない、と踏みとどまった。
 掛け持ちのバイトのかたわら、とれる講義は全部聴き、家事をこなし、殴られ、寝る時間もほとんどなかった。

 授業料の滞納で、退学されかかった。大学の当局者が動き、募金してくれた。
 キリスト教会が支援に動き、慈善団体が住居を提供してくれた。ウォルマートで働く友だちが、賞味期限切れになった野菜や果物を、わかるように取り分けて置いてくれた。

 夫は彼女に暴行したことで、ジンバブエへ送り返された。子どもたちとオクラホマに残った彼女は、大学を卒業、修士のコースへ進んだ。
 そこへ、夫が戻って来た。病気になっていた。エイズだった。彼女も早速、検査した。幸い、陰性だった。

 夫を見て、かわいそうに思った彼女は世話をして、看病してあげた。死ぬまで看病した。
 
 そして今――彼女は、支援団体でプログラム評価の仕事をするかたわら、ウエスタン・ミシガン大学の博士課程で学んでいる。博士論文は、アフリカにおけるエイズの予防対策。

 晴れて、「博士」になる日は、もう、すぐそこだ。来月(12月)の授与式では、ガウンを身にまとう。

 テレーリエさんは、昔、ジンバブエの村で、「夢」を3つ、書き付けた紙を、いまでも持っている。3つのうち――留学し、大学を卒業する、という2つには「済み」のチェックが入っている。

 残る3つ目に、チェックが入るのは、間もなくだ。 
  
   
 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/15/opinion/15kristof.html?em

  

Posted by 大沼安史 at 07:11 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2009-11-15

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 Nine Million Bicycles

 グルジア出身の歌姫、ケイティ・メルアさんのヒット曲。
 ♪ 北京に 自転車 900万台……

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=J9Jfb_iuy4k&feature=related

 「世界」への「中国」の復帰。
 日本は、この「900万台の自転車」に、今後、どう付き合っていこうというのだろう。

 戦後65年――。

 「冷戦」という「神風」が吹いたことをいいことに、「反中国」を唱えればよかった、日本の戦後。
 ふん、「南京大虐殺」? ナニソレ、そんなの嘘じゃん、「幻」じゃん、と、言い続ければよかった、戦後日本。

 「戦後民主主義」の仮面をかぶった、「戦前・戦中・軍国ゾンビー=日本」。アメリカに、CIAに買われ、いいように使われた日本の「戦後保守政治」。 

 でも、もう、そうは行かない。世界は変わったのだ。日本で歴史=時差調整を済ませた、オバマの訪中!

 われわれ日本人もまた、まず、「900万台の事実」を認めることから始めようではないか!

 僕は仙台で今、ママチャリを漕いでいる。それと同じ「感覚」で、北京でも、900万人の人が、今日も、自転車を漕いでいる……。

 このことを、「感覚」として摑み、認め合うことから、相互理解を始めようではないか?!
 

  歌詞 Nine Million Bicycles

There are nine million bicycles in Beijing
That's a fact,
It's a thing we can't deny
Like the fact that I will love you till I die.
北京に 自転車 900万台
それって事実
嘘だと言えない
あなたを私が死ぬまで愛する そんな事実

We are twelve billion light years from the edge,
That's a guess,
No-one can ever say it's true
But I know that I will always be with you.
みんな、120億光年の彼方から生まれた
たぶん、そう
それがホントだっていえる人はいない
でも私はこれだけは言える 私はあなたといつも一緒

I'm warmed by the fire of your love everyday
So don't call me a liar,
Just believe everything that I say
あなたの愛の炎で、私は来る日も来る日も暖か
嘘言ってると言わないで
私の言うこと、黙って信じて

There are six BILLION people in the world
More or less
and it makes me feel quite small
But you're the one I love the most of all
世界には60億人
たぶんそのくらい
そう思うと、私ってちっぽけ
だけぞ、あなただけなの 最愛の人は

We're high on the wire
With the world in our sight
And I'll never tire,
Of the love that you give me every night
みんな電線に上で
世界を見ているけど
でも、私は飽きが来ない
毎晩、愛をもらえるから

There are nine million bicycles in Beijing
That's a Fact,
it's a thing we can't deny
Like the fact that I will love you till I die

And there are nine million bicycles in Beijing
And you know that I will love you till I die!

Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%A2

曲の由来 http://en.wikipedia.org/wiki/Nine_Million_Bicycles

Posted by 大沼安史 at 09:06 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 飼い主の「発作」を察知し、「警告」を発するワンちゃん!

 11月11日(わんわんわんわんの「犬の日」)――過ぎてしまいましたが、先週に続き、ワンちゃんの話題を。
 まずは、ニューヨーク・タイムズ(電子版)で、「最も読まれたランク」のトップに立った「大ニュース」から。

 「介助犬」――ご存知ですよね。「盲導犬」はもちろん、その代表選手。
 最近はその「介助」の幅がうんと広がり、「冷蔵庫」からものを取って来てくれたり、飼い主の「手足」になってくれるワンちゃんもデビューし、日本でも活躍し始めています。

 でも、ニューヨーク・タイムズの記事に出ていた、「ジェット」というワンちゃんには驚きましたね。

 「ジェット」って、アメリカのニュージャージーで、女性の飼い主の「介助」をしているラブラドルなんですが、その「介助」が凄い。

 飼い主の方、癲癇(てんかん)の発作が起きる方なんだそうですが、この「ジェット君(オスです)」、その発作を事前察知できるんだそうです。
 飼い主本人が、全然、気づかないうちに。

 察知したら、どうするか?
 飼い主の目を、一生懸命、見るんだそうです。
 そう、「視線」でシグナルを送るんですね。
 「そろそろ発作ですよ。ベッドに横になってください」って訴えるですね。

 飼い主がそれでも気づかなかったら、どうするか?

 ここが「ジェット君」の、ほんと、偉いところですが、飼い主が倒れたとき、頭を強打しないよう、後ろに回って、自分がクッションになって受け止めるんだそうです。偉いなあ~!

 それから、意識不明になった飼い主を様子を見て、そろそろ起きてはいかがですか?――って、飼い主の手の平にオモチャをポトンと落としたりもする。
 ネっ、凄いでしょ!

 ニューヨーク・タイムズによれば、同じような犬は、ハンガリーにもいるそうです。
 そのワンちゃんに対する、研究結果が昨年、発表されたそうですが、盲人で癲癇のご主人が発作を起しそうになると、吠えたり、顔を舐めたりする。
 それも、10秒前とか、20秒前といった秒読み状態ではなく、なんと「3分から5分前に」察知して警告を発することができる。

 どうして事前察知できるのか、謎なんだそうですが、とにかくワンちゃんには、こんな凄い、超能力があるのですね。

 でも、これだけじゃないんです。これも同じ、タイムズの記事に出ていたことですが(人間の悪性腫瘍、血糖値の低下の感知なんかも、ワンちゃん超能力のレパートリーに含まれるそうですが)、ヒーリング能力――癒しのパワーに期待して、「精神療法犬」……それも、戦場帰りのトラウマを抱えた兵士のために育成しよう、なんて研究も始まっているそうです。
 米軍です。陸軍。ことしの9月、30万ドルの予算をつけて研究が始まったんだそうです。

 イラク・アフガン帰りの米兵たちは、ほんと、心に致命傷を抱えて帰還した人たちなんですね。銃の乱射事件、自殺……もう、こうなると、ワンちゃんたちの「超能力カウンセリング」に期待するしかないのかも……。

 そうそう、そういえば、オーストラリア軍の爆薬検知犬の「サビ」ちゃん(メス)って黒ラブラドルが、アフガニスタンで戦闘中に行方不明になっていたのですが、それがなんと1年2ヵ月ぶりで、生存が確認された(米軍によって保護された)そうです!

 アフガンの戦場で、14ヵ月も、どうやって生き延びたのか知りませんが、「明るさ」というか、「人なつっこさ」を――犬の人間性(?)を失っていなかったそうです。
 犬って、ほんと、凄い!

 ところで、もう一度、ニューヨーク・タイムズの記事に戻ると、犬の中で最もアタマのいいのは……カナダ・バンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学の犬博士、スタンレー・コーレン先生によれば、ボーダー・コリーなんだそうですよ。

 これは5年前、ドイツで明かになったことですが、「リコ」というボーダー・コリーは、モノの名前を1発で200も覚え、しかも記憶が1年間、持続するんだそうです。

 それから、プードルとかラブ、シェパードなんかもアタマがよくて、人間のサイン・音声(コトバ)を、250くらいまで覚えることができるそうなんです。

 最近、アルツ気味の僕としては、なんか、うらやましいなあ~。  
 そのうち、「リコ」ちゃんみたいな「物忘れしないワンちゃん」が、僕んちに、「ボケ介助犬」で来てくれたりして……。 
   
 ニューヨーク・タイムズの記事 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/01/weekinreview/01kershaw.html?_r=2&em

 アフガンの「サビ」ちゃん 

 http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/12/bomb-dog-safi-found-afghanistan

Posted by 大沼安史 at 10:22 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-11-14

〔ジャック天野の目が点・極秘スクープ〕 オバマ大統領、両陛下、昼食会での「歓談」の全容判明!

 USO通信シニア・ライターとして活躍する、畏友、ジャック天野から、久しぶりに「メール・ニュース」が届いた。オバマ大統領と両陛下の、昼食会における「歓談」の全容をスクープしたという。

 聞けば、両陛下がオバマに対して何をお話になるか、戦々恐々とした外務省筋が内閣調査室に依頼して、御所の食堂で会話を盗聴した録音テープを入手。それをそのまま起したのが、以下の「やりとり」だという。

 う~ん。陛下も美智子さまも、なんて素晴らしいお方なのだ!
 オバマよ、両陛下の「お言葉」を肝に銘じて、オキナワ、アフガン問題に対処しなければイカンゾヨ!

 内調発 極秘 緊急 (取扱注意 回覧後 破棄のこと) ◎ 両陛下 2009年11月14日 東京・皇居御所 におけるオバマ大統領歓迎昼食会でのご発言
 
  天皇陛下(T) オバマ大統領閣下、外国の賓客を、私どもの「御所」(マイホーム)にお招きし、食事をともにするのは、あなたが初めてです。
 アメリカの大統領では……そうそう、かつてクリントン氏と食事を共にしたことはありますが、それも「宮殿」でのこと。こうして私たちの住まいである「御所」で食事をしていただく外国の元首は、オバマ大統領、あなたが初めてです。

 オバマ大統領(O) 光栄です。

 美智子さま(M) オバマ大統領の自伝を読ませていただきました。ハワイでお育ちになったころ、近所の日系人に、白身のお刺身をふるまわれたとお書きになってらっしゃいましたね。そこで前菜にヒラメのおつくり、ご用意しました。それから、最後のデザートは抹茶のアイスクリーム……。

 T 午前の演説でも、抹茶アイスクリームのこと、おっしゃられたそうですね。カマクラで味わった、とのこと。でも、自伝によれば……箱根の芦ノ湖でお食べになったのでは。

  …………

 M オバマ大統領、デザートの抹茶アイスクリームもそうですが、実は私、大統領に味わっていただきたく、手料理を用意致しましたの。

 O そ、それは恐縮です。

 T ゴーヤチャンプル。我が家の自慢料理。オキナワのグルメです。このゴーヤは、ぜひ大統領との昼食会で食べていただきたいと、今朝、普天間の皆さんが届けてくれたもの。この苦味が、なんとも言えないのですよ。

  ……(話題をかえて)陛下、在位20周年、おめでとうございます・

 T ありがとう。あなたも「ノーベル平和賞」、おめでとう!

  この際ですから、陛下に、日本の現状をどうお考えになっておられるか、率直なご意見をお聞きしたいと思います。今後の日米関係の発展のためにも、ぜひとも、お気持ちをお聞かせ願いたい。

 T そうですね。これは在位20周年の記者会見でも申し上げたことですが、日本は過去を忘れている……これが気がかりなことです。歴史を忘れてはいけません。歴史を直視しなければ、この国は生きていけません。オバマ大統領は午前中の演説に、あの(日本は)「神の国」発言をした「元首相」をご招待されたそうですが、私の言う、過去を忘れるな、とは、そういう昔の、わけのわからない狂信的な軍国主義を――戦争の昔を、肯定せよ、ということではないのです。

 O 戦争の悲劇を忘れてはならないということでね。私たちの側からすれば、ヒロシマ・ナガサキを、忘れてはならない……。

  そう、私たちは、オキナワも……。

  さ、どうぞ……さめないうちに、ゴーヤチャンプル、お召し上がれ。スプーンですくって……そうそう、そうやって。

  デ、デリーシャス!!

  お口にあいましたか?

  も、もちろん! ヒラメも、すごくデリシャスです。子どもの頃、ハワイで近所の日系の人にご馳走になった、「アユ」ってお刺身に味が似てますね。

 M これも、いかがですか? 娘のサーヤがつくって届けてくれた、お煮しめ……。つまんで、いただけますか?

  サーヤ? 私の娘の名前はサーシャ! 

  そう、コレも何かの縁……。

  ……………… 

  ところでオバマ大統領、中国にお出でになるそうですが、南京にはいらっしゃいますか?

  ……い、いや、今回は。

 T そうですか、私は一度は必ず、お訪ねしたいと思っているのです。北京でお会いになられる、中国の胡錦濤主席に、そう私が申していたとお伝えください。

  ……陛下…………

  あなたにとってのヒロシマ・ナガサキは、私にとって――日本にとっての南京なのです……。

  さあ、さあ、デザートの抹茶のアイスクリームが来ましたよ。

  これも家内の手づくり。

  自伝にお書きになっていた、「グリーン・ティー(緑茶)のアイスクリーム」の味ですか? いかが?

  ああ、この味! あの山の湖で味わった味だあ~!

  私たちはね、あなたの前任者(ブッシュ?)がね、宮中で食事をしたい、と言って来た時、お断りしたのですよ。体調が優れないと言ってね。なぜか、お分かりですよね。

  これはお嬢さんたちへの、私からのプレゼントの絵本です。アフガニスタンの子どもたちにも贈った絵本です。

  …………

  それでは、最後に、昼食ですから、コーヒーで乾杯しましょう。オバマ大統領、あなたのお父様の国のキリマンジャロです。平和に乾杯!

  世界の子どもたちに乾杯!

  パシフィック(太平洋)の大統領として、日本のパシフィズム(平和主義)に乾杯!

  こんどは、プライベートで、ご家族でいらしてください。

  ミシェルさんとお嬢さまたちにもよろしく。

  

Posted by 大沼安史 at 10:01 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-13

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 Mr Bojangles

  これは有名な歌だから、ご存知の方も多いことだろう。

 米国のジェリー・ジェフ・ウォーカーの歌。

 でも、ブタ箱で一緒だったのは、黒人ではなく、白人だったそうだ。
 当時は刑務所も人種隔離されていた……。

  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=ZIZgivVGsTQ&feature=related 

       http://www.youtube.com/watch?v=ZIZgivVGsTQ&feature=related

 ユーチューブで探したら、サミー・デイビス・ジュニアのもあった。
 これが、チョコレートのような、いい声なんだなあ。
  ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=SMcfUjIguSs&feature=related
 

    歌詞・日本語の訳詞も http://www.softark.net/articles/m-0106.html

Posted by 大沼安史 at 08:46 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 アフガン不条理劇場  米軍軍事物資の輸送委託先の現地企業 タリバンに安全輸送の「保険料」支払い 委託費(アメリカ国民の税金)の   10%(2.2億ドル) タリバンの懐へ 

 米誌「ネーション」が、アフガン戦争の不条理さを浮き彫りにするスクープ報道を放ち、それを英紙ガーディアンが転載した。
 
 戦争を継続するには兵站の確保、軍事物資の輸送の確保が不可欠だが、アフガンの米軍から物資の輸送を委託された輸送業者が、輸送の安全を確保するため、タリバンに「保険料」を支払っているそうだ。

 米軍が契約を結んだ6社に対する委託料(2年間)は、総額なんと22億ドル。その10%がタリバンに支払われいるそうだ。ということは2億2千万ドルが、タリバンの懐に転がリ込む(込んだ)わけ。
 アフガンのGDPの10%に相当する米国民の血税が6社に渡り、その10%がタリバンに手渡されたわけだ。
 そして、タリバンはそれを戦費に充て、米軍と戦っている。これはもうファルス(笑劇)を通り越した、笑うに笑えぬ悲劇である。

 6社のうちの1社は、カルザイ大統領の従兄弟で、ヘロイン取引などで米国で訴追されたこともある、ポパル兄弟。

 ポパル兄弟は「ワタン・グループ」という企業集団を所有。運送会社のほか、「ワタン・リスク・マネジメント」という傭兵集団を擁しているそうだ。

 アフガンではFHIというアメリカ系の輸送会社が「保険料」を支払わず、輸送にあたっているが、そのトラック部隊はほとんど毎回、タリバンの攻撃を受けているそうだ。

 アフガンの地獄の沙汰も、金次第……。
  
  
 ネーション誌⇒ http://www.thenation.com/doc/20091130/roston

 ガーディアン版 http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/13/us-trucks-security-taliban

  

Posted by 大沼安史 at 05:52 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-12

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 渚のセニョリーナ&恋のギターラ

 梓みちよさんは、この2曲で打ち止め。
  
  渚のセニョリーナ ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=jBqJVGeb9bM&feature=related

  恋のギターラ ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=CnCFpBTqHko&feature=related

 さっき、この2つの歌に触発(聴発?)され、文字通り、「足して2で割った」ような曲をつくった昔のことを――40年前のことを、思い出してしまった……。

 どうも最近、学生の頃の「感覚」が甦り、また「下手な曲好き(づくり)」をしたくなって、困っている。

 仙台に戻る前、横浜で買った「ピアニカ?」は包装したまま、押入れにしまいこんで開けないでいるのだが、最近、(そろそろ、出して、弾いてみろよ)という「悪魔のささやき」が聞こえるようになり、困っている。

 実は「帰りなん、いざ」なんて歌が心の中で8割方、出来ていて、仕上げてみたい気持ちがあるからだ。

 だから、楽譜ソフトを入れようか、なんて思って困っている。

 やりだすと、のめりこんでしまうのだ。

 いまは、ロマン・ロランとかガンディーとかトルストイを読むのに専念しなくちゃならないというのに……。

 他人のせいにするわけではないが――いや、わけだが――べ平連の吉川勇一さんが電子ピアノを始めている写真を見たものだから、「古傷」が疼き出してしまった。

Posted by 大沼安史 at 08:25 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 オバマ アフガン問題で協議 アイケンベリー大使も出席 ホワイトハウスでの検討会議を前にアーリントン国立墓地を訪問

 ニューヨーク・タイムズによると、オバマ大統領は11日午後2時半から2時間20分にわたって、ホワイトハウスで、アフガン問題の協議を行った。

 会議には「米軍増派」に慎重な対応を求めるアイケンベリー駐アフガン大使も出席。
 オバマ大統領はアイケンベリー大使に対し、その懸念について質問したという。

 米軍部がアフガン増派について、4つの増派オプション(選択肢)を提示。これに対して、オバマ大統領はそのそれぞれについて「どんなふうに、修繕あるいは変えることができるか」質問したという。

 米政府当局者は同紙に対し、大統領の質問の「中心的な焦点」は、「結果が目に見えるまでどれほどかかるのか、撤退はできるのか」にあったという。

 ということはすなわち、オバマは「撤退」を意識、あるいは模索していることではないのか!〔大沼・注〕

 このタイムズの記事で、もうひとつ、絶対に見逃してはならないのは、オバマ大統領が、この協議に先立ち、雨に濡れたアーリントン国立墓地の「セクション60」(イラク、アフガン戦死者埋葬地域)を訪問していることだ。

 「復員兵の日」の行事とはいえ、この訪問の意味は大きい。
 歴代の大統領は、戦争をめぐる政策決定をするのに際し、誰一人として、アーリントンを訪れた者はいないからだ。

 僕(大沼)が訳出して、近々出版される、『戦争の家』という、ガルブレイス賞(ノンフィクション大賞)に輝いた本の(邦訳・下巻)中で、著者のジェームズ・キャロル氏は、戦争するしないという重大な決定をする前に、アーリントンの墓地に立てば、おのずと違った判断が生まれるだろうと述べ、米国の指導者に対して、その際、アーリントンの丘に登るよう求めていた。

 読書家で知られるオバマは、もしかしたら、キャロル氏の『戦争の家』を読んでいるのではないか……?

  だとしたなら――

   
 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/12/us/politics/12policy.html?partner=rss&emc=rss

  

Posted by 大沼安史 at 06:59 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 米国の駐アフガン大使がオバマ大統領に米軍増派を懸念する「直訴」秘密電報(覚書) ワシントン・ポストが報道

 ワシントン・ポストによると、米国のカール・アイケンベリー駐アフガニスタン大使が、この1週間内に2度にわたり、米軍のアフガン増派に懸念を表明する覚書を極秘電でオバマ大統領に送っていた。

 アイケンベリー大使は、2006年から2007年にかけ、駐留アフガン米軍の司令官を務めた、退役軍人(大将)。
 後任にあたるマックリスタル現司令官の増派要求に対して、「ノー」を突きつけたアイケンベリー大使の意見具申の持つ意味は重い。

 米軍当局はアジア歴訪を前に、オバマ大統領にいくつかの選択肢を提示したが、いずれも増派プラン。1万人から4万人まで、アフガンに派遣する内容だ。

 オバマ大統領は、これらの「増派選択肢」を抱えて東京に来るわけだが、アイケンベリーの「直訴」も当然、揺れる心の中で、大きなウエートを占めているはず。

 日本政府(鳩山政権)としては、この際、アイケンベリー大使に同意する意見を述べ、アフガン和平の仲介に積極的に取り組む旨、表明すべきである。
  
 ⇒ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/11/11/AR2009111118432.html?hpid=topnews

  

Posted by 大沼安史 at 05:07 午後 | | トラックバック (1)

2009-11-11

〔NEWS〕 パキスタンの核が行方不明に? ことし初夏、米国の緊急対応チームが出動 S・ハーシュ氏が「パキスタンの核」問題をレポート

 米国の信頼すべき調査報道ジャーナリスト、シーモア・ハーシュ記者が、『ニューヨーカー』誌で、パキスタンの核問題の現状をレポートしている。
 ⇒ http://www.newyorker.com/reporting/2009/11/16/091116fa_fact_hersh?currentPage=all

 Defending The Arsenal(核の兵器庫を守る)とのタイトルの長文の記事。

 アフガン・パキスタン戦争が激化する中、パキスタンの核がイスラム過激派の手に落ちるのではないか、との懸念が高まっているが、管理体制は万全なのか?

 ハーシュ氏はこの点について、現在、ロンドンに住むムシャラフ前大統領から、こんなコメントを引き出している。

 「核攻撃にも平気な、深いトンネルがある」

 このムシャラフ発言は、パキスタンが核兵器を運搬・貯蔵する巨大なトンネル網を保持していることを確認したものだ。

 また、パキスタンのある核専門家は、地下トンネルについて、「ビッグ・アンクル(米国情報機関)の偵察衛星でも、モニターできない」と語ったそうだ。

 パキスタンの核は、核そのものと起爆装置、及び運搬手段(爆撃機、ミサイル)を分離する安全対策が取られているが、米国は特に起爆装置を重視し、その運び出しのための作戦計画も準備されているという。

 起爆装置を、運び出しに使うC17輸送機にどれだけ積み込むことができるか、核の移転・隠匿場所も含め、検討されているそうだ。

 恐らくはこの作戦計画に沿ってのことと見られるが、ことしの夏の初めに、パキスタンの核が行方不明になった、との警報で、ワシントン郊外のアンドリュース空軍基地から、極秘の緊急対応チームが、パキスタンに向け、飛び立ったそうだ。

 警報はその後、間違いを分かったが、その時、緊急対応チームは湾岸のドバイに達していたそうだ。

 「危機」がホンモノだったとして、パキスタン当局は、米側に核の本当の在り処を明らかにしただろうか?

 少なくとも、全ては明らかにしなかったはず。どこが別の極秘の場所に移してしまったはずだ――とは、米国防総省アドバイザーの見方だ。

 (別の米国の前情報当局者は、「パキスタンは核弾頭の数、そのうちのいくつかの貯蔵場所、その指揮・統制システムを、われわれに見させてくれた……われわれはその安全対策の計画書も入手した。安全が破られた時の対策を議論することもできた」と語っている) 

 極秘の地下トンネル網が存在するとして、それはパキスタンのどこにあるのか?
 ラホールの西、サルゴダにあるパキスタン空軍基地を挙げるのは、米国務省の前当局者だ。しかし、同基地はアンドリュース空軍基地ほどの広大なスペース。そこに核が保管されていると分かったとしても、その基地の何処にあるのか分からなければ意味がない。

 ハーシュ記者はパキスタンでの取材後、ニューデリーに飛んで、インド情報筋と接触したが、そのインド当局者は「パキスタン軍の大佐クラスの動きを懸念している」と語ったそうだ。

 つまりは、パキスタン軍の中堅指導部による、「パキスタン軍・核クーデター」の恐れ……。

 となると、アフガン・パキスタン問題の沈静化がますます急務になるわけだが、ハーシュ記者は、この点に関しても、ムシャラフ前大統領から、重要なコメントを引き出している。

 「イスラム教徒はオバマを高く評価している。受け容れられていることを利用しなければならない。タリバンに対してもだ。彼らと政治的に対応することを試みなければならない」

 パキスタンの核を安全に管理するためにも、アフ・パク戦争は止めなければならない……。

  

Posted by 大沼安史 at 06:24 午後 | | トラックバック (0)

〔フォト NEWS〕 イアンは兵士になった 18歳で入隊したベイビーフェースが生還するまで 

 ⇒ http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2009/nov/10/making-of-an-american-soldier

 英紙ガーディアンに、18歳で米陸軍に入隊した、イアン・フィッシャーさんが、ことし夏、イラクから生還、恋人と抱き合うまでの写した「写真アルバム」を電子版に掲載した。
 28枚の組み写真。
 その、ベイビーフェース。親友を抱き合い、最後の別れをする彼。「お前のことを、祈る」と言う親友。1分半の坊主狩り。新しい彼女とのデート。

 生還は喜ばしいことだ。新婚の家では犬を飼っているそうだ。
 イアンさんの生還は喜ばしいことだが、だからこそ私たちは、「反戦」を求めるものでなければならない。
 
 

  

Posted by 大沼安史 at 06:18 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-10

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 だけど愛してる

 こういう、真っ直ぐで、面倒くさくない歌、いいなあ~。
 梓みちよさんの若い頃の歌……ホントに、いいなあ~。

  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=SV26kX0AuTs&feature=related

Posted by 大沼安史 at 08:57 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕  「ベルリンの壁」 「アメリカの壁」  

  「ベルリンの壁」をくぐり抜けて「東」に入ったことが一度だけある。
 夏だというのに、寒々とした、東ベルリンの街。巨大な戦勝モニュメントの建つ、だだっ広い公園。人気のない、その記念公園の売店で食べた、ソーセージの不味さ。

 1980年代の初め。「冷戦」が――「東西対決」が、まだ、永遠に続くものと思われていた頃だ。

 「壁」が崩れて20周年。その記念式が11月9日、統一ドイツの首都、ベルリンで行われた。

 「壁」の崩壊……。しかし、それは自分から崩れたものではない。崩す力が働いたから、崩れたのだ。
 では何が、誰が、「壁」を崩したか?

 米国の作家、ジェームズ・キャロル氏が同日付けのボストン・グローブ紙に書いたコラムによれば、それは「壁」の両側の――「鉄のカーテン」の両側の、核戦争を拒否する、民衆の「ナイーブな決心」のなせる業だった。
 
 「ソ連帝国は戦争によってしか崩すことができない」と喧伝し、自らもそう信じ込み、核戦力を増強していたワシントンの権力者、及び、「全体主義学派」のイデオローグたち――彼・女ら自分たちを「現実主義者」と称していたが――が、想像だにしなかったことが、当時、「壁」の向こう側で起き、こちら側でも起きた、とキャロル氏は指摘する。

 「壁」の向こう側では、ポーランドの「連帯」運動など非暴力の民主化運動が、「壁」のこちら側では、マサチューセッツ工科大学の院生(ランディー・フォルスバーグ)が始めた「核凍結」運動が、100万単位の大群衆を結集する動きとなって、まさに燎原の火のごとく広がり、ゴルバチョフを動かし、レーガンを変身させた――と。

 この一連の経過は、近々、拙訳で出版される、キャロル氏の書いた『戦争の家』(下巻)に詳しいが、訳者の立場を離れ、当時の流れを振り返っても、確かに、氏の言う通りである。
 ゴルバチョフが「壁」の崩壊を、軍に禁足令を出して黙認したのも、「冷戦」が正当化する「東」の抑圧体制に対して、民衆が「もう嫌だ」と公然と言いだし、抑えきれない流れとなって溢れ返っていたからである。

 「核戦争」を軸に構築された「冷戦体制」を、「非暴力直接行動」という「素手」で打ち倒した、名もない民衆の群れ。そのクライマックスで起きたのが、「ベルリン壁」の崩壊だったわけだ。
 「1989年11月9日」が歴史に残るのは、このためである。

 しかし、世界史の「分水嶺」になるべき、この事件も、「壁」のこちら側の権力者たちの「裏切り」に遭い、せっかく生み出した「歴史の果実」が、根こそぎ横取りされてしまう。

 レーガンの後を継いだ「現実主義者」、ジョージ・ブッシュ(パパ・ブッシュ)が「冷戦」終結が生み出す「平和の配当」を拒否し、「新世界秩序」なる「アメリカ一極支配=アメリカ帝国による世界支配=パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」へと突き進んだからだ。

 ジョージ・ブッシュはゴルバチョフを見殺しにし、クリントンのNATO拡大(ゴルバチョフに対する「約束」の破棄)への道を掃き清めた人物である。

 だから、ジョージ・ブッシュは、9日のベルリンでの記念式典に呼ばれなかったのだ。ゴルバチョフが呼ばれたのに、ブッシュが呼ばれなかった理由はここにある。

 ベルリンの群衆は、ゴルバチョフを歓迎して、「ゴルビー!」「ゴルビー!」と再び叫んだ。ドイツの民衆は、東西の権力者のうちの誰が、「壁」を崩す側に立った人間か、わかっているから、「ゴルビー!」と叫んだのだ。

 「ベルリンの壁」は崩壊したが、その「真空」を占領したのは、ワシントンだった。「壁」の瓦礫の上に、「アメリカ帝国」を築き上げ、NATO軍にドイツ軍まで引き摺り込んで、今なお、アフガニスタンで不法な戦争を続けている。

 式典に参加するため、ベルリンにやって来たゴルバチョフは、かつて自分が決断し、命令したことを再び叫んだ。こんどは、赤軍司令官に、ではなく、アメリカに向かって!

 「アフガニスタンから撤兵せよ!」

 「壁」崩壊から20年――いま、世界が求めているのは、「アメリカ帝国」の「一極軍事覇権」……すなわち「アメリカの壁」の崩壊である。

 ⇒  http://www.boston.com/bostonglobe/editorial_opinion/oped/articles/2009/11/09/the_rusting_and_fall_of_the_iron_curtain/

 http://www.focus.de/politik/weitere-meldungen/afghanistan-gorbatschow-raet-usa-zu-truppenabzug_aid_452563.html

  http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/09/berlin-wall-germany-20-years

  

Posted by 大沼安史 at 05:57 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2009-11-09

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 Hemingway's Whiskey

  「ヘミングウェーのウイスキー」……アメリカのガイ・クラーク(Guy Clark )さんの歌。
 http://www.youtube.com/watch?v=YaJCJ3GQVy0

 こういうのを聴いてしまうと、もうウイスキーの「水割り」は飲めない。

 ウイスキーに託して、ヘミングウエー(の小説)のことを歌っているらしいから、こうなると、ウイスキーを舐めながら、何かを読んで見たくなる。
 
 ♪ 船出だ、船出だ、夜が来る ……歌詞からすると、『老人の海』になるのかな。

 そういえば、昔、詩人の田村隆一さんの、たしか『金色のライオンとウイスキー』って本、読んだことあったな。

 でも、飲みすぎには注意。
 ヘミングウェーにもそうだった、ってことは、お前さんにもそうだ、ってことだぜ!
 命とりになる。

  歌詞 
Hemingway’s whiskey warm and smooth and mean
Even when it burns it will always finish clean
He did not like it watered down he took it straight up and neat
If it’s bad enough for him you know it’s bad enough for me
Hemingway’s whiskey

You know it tough out there a good muse is hard to find
Living one word to the next and living one line at a time
Now there more to life then whiskey theres more to words than rhyme
Sometime nothing works sometimes nothing shines
Hemingway’s whiskey

Sail away sail away as the day grows dim
Live hard die hard this ones for him
Hemingway’s whiskey

Hemingway’s whiskey warm and smooth and mean
Even when it burns it will always finish clean
He did not like it watered down he took it straight up an neat
If it’s bad enough for him you know it’s bad enough for me
Hemingway’s whiskey

 ガイ・クラークさん Wiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Guy_Clark

Posted by 大沼安史 at 08:04 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 怒りを込めて、Happy Birthday! アフガンで友軍に「誤射」されて死んだ、兄、パット・ティルマンへ 弟のケヴィン氏が戦争告発の文

 11月6日は、アフガンで友軍による「誤射」で死んだ、アメリカン・フットボールのスター選手、パット・ティルマン氏の誕生日である。

 パット・ティルマン氏が、不可解な状況の中で殺されたのは、2004年4月22日のこと。
 生きていれば、ことし、33回目の誕生日を迎えたはずのティルマン氏!

 「9・11」に衝撃を受け、スター選手の地位を投げ捨てて、米軍に加わった人だ。
 戦地で仲間にコーヒーをふるまい、作戦の合い間に読書にふけるような人だった。
 休暇で一時帰国し、シアトルから、反戦運動のリーダー、ノーム・チョムスキーに電話を入れたあと、アフガンの戦地に戻って殺された。

 そのパット・ティルマン氏の実弟、ケヴィンが、2006年の兄の誕生日に書いた文章を、ネット誌の「トゥルースディグ」が、誕生日に合わせ、再掲した。

 ケヴィン氏は兄と一緒に米軍に加わって、ともにイラク・アフガンと転戦、2005年に除隊した人。実弟であり、戦友である。

 ケヴィン氏の文章を、読んで圧倒された。その、「ハッピー・バースデー、パット・ティルマン」は、「トゥルースディグ」の編集者が言うように、まさに「必読」の文章と言うべき、胸に迫るものだった。。
 ⇒ http://www.truthdig.com/report/print/20091106_happy_birthday_pat_tillman/

 「なぜか(どういうわけか Somehow)」で始まる、告発の「声」の連打!

 Somehow the more soldiers that die, the more legitimate the illegal invasion becomes.
 なぜか兵士が死ねば死ぬほど、非合法の侵略が正統なものになってゆく。

 Somehow American leadership, whose only credit is lying to its people and illegally invading a nation, has been allowed to steal the courage, virtue and honor of its soldiers on the ground. 
 なぜかアメリカの指導部は、人々に嘘をつき、不法に侵略している、それだけが取り得なのに、戦場の兵士たちの勇気、美徳、名誉を盗むことを許されて来た。

 Somehow profiting from tragedy and horror is tolerated.
 なぜか悲劇と恐怖から利益を得ることが容認されている。

 Somehow American leadership managed to create a more dangerous world.
 なぜかアメリカの指導部はより危険な世界づくりをやりとげてしまった。

 Somehow a narrative is more important than reality.
 なぜか宣伝が現実よりも重要になっている。

 Somehow nobody is accountable for this.
 なぜか、このことに誰も責任を取らない。

 まるで、ケヴィン氏がお兄さんのパットを、アメリカという国のフィールドに呼び返し、不法にこの国を「侵略」する、「アメリカの指導部=権力者」に対して、繰り返し、ディフェンスのタックルをさせているような、痛烈な、それでいて哀切極まる、一度読んだら忘れられない、戦争告発の文章である。

 ケヴィン氏は、こう書いて、文を締め括る。

 Luckily this country is still a democracy.  People still have a voice.  People still can take action.  It can start after Pat’s birthday. 
 幸い、この国はまだデモクラシーの国だ。民衆はなお「声」を持っている。民衆はなお行動を起すことができる。パットの「誕生日」を終えたら、始めることができる。

 2009年のパット・ティルマン氏、33回目の誕生日までに明かになったこと――それは、不法な戦争を続ける、アメリカ指導部というものの、嘘であり、無責任であり、戦場の兵士たちの「勇気・美徳・名誉」の簒奪である。

 そうしたアメリカ指導部の、アメリカ民衆に対する「攻撃」に対して、ディフェンスからのアタックを呼びかける、弟、ケヴィン氏の「Happy Birthday, Pat!」

 パット・ティルマン氏は大学、プロ生活を通じ、ディフェンスの要、ラインバッカーとして活躍した選手だった。 

 ★ パット・ティルマン氏の「謀殺」疑惑については ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2006/03/post_f330.html  
  

Posted by 大沼安史 at 07:39 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2009-11-08

〔コラム 机の上の空〕 「核の傘」に守られた日本? 二度も串刺しにされたではないか!

 「ジャーナリズム」とは本来、こういうものなんだな……英紙インディペンデント(電子版)のトップを張った、パトリック・コバーン記者の、「アフガン、撤退の時」という「記事(事実の記述)」を読んで、そう思った。
  ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/asia/afghanistan-time-to-leave-1817004.html

 「権力=当局者」の提灯持ちをして、世論操作の「ニュース」を垂れ流しするのではなく、「取材」結果に基づいて「事実」を「記事」にして伝える――ジャーナリズムの基本は、これである。が、それだけで、いいものではない。
 その「事実」の中には、今、何をなすべきか、に関する判断、意見(そこにつながる可能性、道筋も含め)も当然、含まれなければならない。
 「ジャーナリズム」――(「私」として、「われわれ」として)――はこう訴える、訴えたい、訴えかけねばらない……これも、政治の主権者である読者に届けられるべき「事実」である。「事実の記述」である。

 「ジャーナリズム」として、「取材」の結果として、私(たち)としては、何としても訴えたい……この「訴え」が、日本の新聞におなじみの「○○が望まれる」式の、テキトーなものではなく、書き手の中に、自分の「事実」として、自分の「真実」として在るのなら、それもまた「事実」であり、記されなけばならないものである。

 コバーン記者の「記事」は、世論調査で米軍・NATO軍の増強を望むアフガン人はわずか18%しかいないこと、逆に、削減を求める人が44%に達していること、米軍自体がアフガンにはわずか「100人」しかアルカイダがいないと認めていること――など、これまで報道された「事実」を総合し、そこから、「アフガン撤退」という「結論」を導き出している。この「結論」もまた――いや、この「結論」こそ――「事実」であり、「ジャーナリズム」である。

 今ここで、何故こんな当然のことを言い出したかというと、今朝、日本のある代表的な新聞を読んで、ガッカリしたからだ。
 その新聞は、「核廃絶」「核兵器反対」を「社説」(つまり、「結論」)で言い続けて来たはずだ。
 なのに、1面の隅の部分ながら、軽いタッチでこう書いている。

    「核なき世界」に向けて動き出したオバマ米大統領。 「核の傘」に守られた日本はどうすべきか。……日米の専門家が論じる。

 「核の傘」に守られた日本――と、さらり書いてしまう神経が、たまらないのだ。
 「核の傘」が惨憺たる破局を誘うものであることが、そしてその「神話」が核武装を合理化するものであることが、これまでさんざん言われて来た、というのに。

 ヒロシマとナガサキで、二度も「核の傘」の「串刺し」に遭った国だというのに。
 何をか、言わんや、である。
 

 僕は日本のジャーナリズムの問題点のひとつに、「ニュース」報道と「意見(社説・論説」報道の乖離、分裂があると思う。
 
 仮に「社説」、あるいは「社論」が、「事実」の取材の積み重ねに基づく「事実」として形成されたものであるなら、それは権力の脅し・すかし・ごまかしにも動じない、強固なものになるだろう。
 そこに分離や乖離はなく、すべてが「事実」の中で補強し合っている、わけだから。
 
 「1945年8月6日、9日」から積み重ねて来た「事実」報道の積み重ねの上に、「意見」報道が立ち上がったものであるなら――それがおためごかしな「作文」でないものだとしたら――、それは「核」を「傘」のメタファーで語るゴマカシを拒むだろうし、「核の傘」に守られた日本、などというお気軽な書き方は決してしないはずのものである。

 日本はヒロシマ・ナガサキの名において、「核の傘」を拒否する――と、どうして書かないのだ?

 コバーン記者のようにハッキリと、「核の傘 撤退の時」と、どうして書かないのだ?

 何?、 「核の傘」に守られた日本はどうすべきか。……日米の専門家が論じる――だと?

 バカを言うのも、いい加減にしたまえ。

 「核」の現実を知る、ほんとうの「専門家」は、ヒロシマ・ナガサキのご存命の被爆者であり、お亡くなりになった(靖国神社に祀られもせずにいる)被爆者の方々でなかったのか?

Posted by 大沼安史 at 06:57 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (1)

〔NEWS〕 「壁」崩壊20年 音楽実験室・ベルリン BBC・ラジオが特集

   
 ⇒ http://www.bbc.co.uk/programmes/b00nnzmg#synopsis

   画面上のListen部分をクリック!

 ※ 注意! 有効期間7日間です。その間にお聴きください。それ以降は、上記アドレスが無効になります。 

  

Posted by 大沼安史 at 10:37 午前 | | トラックバック (0)

2009-11-07

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕  Sea Of Tears

⇒  http://www.youtube.com/watch?v=CTuBoqon4JA&feature=related

 エイレン・ジュエル(Eilen Jewel)l さんが19歳で、サンタフェのファーマーズ・マーケットで歌い始めたのは、1998年のことだそうだ。

 15年早かったら、ナマで聴けたかも知れない……そう思うと、ちょっと残念。
 サンタフェのファーマーズ・マーケットに行った憶えがあるから……。

 ニューメキシコのサンタフェ。ぼくの思い出の街。

 でも、Eilen Jewell のこの"Sea Of Tears"、いいなあ。僕はほんと好きだなあ。

 この人のコンサートって、バックに星条旗を飾ったりするけれど、でも信じられるんだ。
 アメリカの草の根の、正しさを!

 この歌を聴けば、アメリカは、このままダメにならないと思う。「涙の海」、これが私たちの愛? あっ、そうなんだ、まあ、いい。か――という、凄さ。

 あんた、私にプレーする時間、くれなかったけど、今度のゲーム、私、プレーするわよ、といっているような。

 エイレンさんて、いつもスカートで歌うんだ! 僕は、そこが何故か気に入っている!

  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=CTuBoqon4JA&feature=related

     Wiki  ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Eilen_Jewell

  アマゾン ⇒  http://www.amazon.co.jp/Sea-Tears-Eilen-Jewell/dp/B001TKKAPK/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1257681277&sr=8-1

Posted by 大沼安史 at 07:45 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 ワンちゃんに人間の名前をつける時代

 11月11日……そう「犬の日」です。この日が、なぜ? 答えは――ワンワンワンワン。

 で、ワンちゃんに、ちなんだ週末の話題をひとつ。

 (まだ)日本じゃ、そこまで行ってませんが、う~っ、ワンワンワンワン、犬たちが大興奮、いっせいに歓声を上げる、大変な事態が起きています。
 じ、実は、欧米(確認がとれたのは、英語圏にかぎってのことですが……つまり英米)で、ペットのワンちゃんに人間の名前をつけるのがフツーになっている……!!!!

 (ワンワンワンワン……ワン・ダ・FUL 日本語に訳すと、「そうだ・そうだ・そうだ・そうだ!!!!」――ワンちゃんたちの「同意」の叫びが聞こえるような事態になっている!!!!)
 
 「人間と犬」との付き合いは、「人間と人間」の付き合いの次に長いってハナシですが、これはもう、人間=イヌ関係史における、画期的な変化というか、史上初の歴史的な事態が生まれているいっていいですよね。

 犬と人間が「名前」、すなわち記号論(?)的に、ついに「同類化」してしまったわけですから。
 犬も人も、名前的に、「一家」「一族」(ワン・ファミリー?? 変な英語ですね??)になってしまった!

 まずは、英紙ガーディアンが伝える、イギリスの状況。
 ある動物保険会社の調査結果(1万2000頭)が、ことし7月に発表されて、是非論が出るやら、大変な騒ぎに。

 イギリスでも、もちろん少し前までは、犬に「ローバー」とか、「スポット」とか、いかにもワンちゃんらしいネーミングをするのがフツーだったのですが、それがいつの間にか、変わっていた。
 犬の名前ランク・トップ10の全てが、人間の名前(がらみ)だったことがわかって、衝撃波が広がったのです。

 1位モリー(2位? ガーディアンの記事に載っていません! 記事を書いた記者の名前だったりして?……)3位チャーリー、4位マックス……

 さて、お次はアメリカ。
 東部のボストンの新聞、ボストン・グローブ紙の記者の方が(この方は愛猫派で、ペットのネコに「タイガー」って名前をつけてるそうです)、ボストン郊外で調査したんですね。 

 そしたら、結果は 1. Sam 2. Max 3. Lucy 4. Lily 5. Bailey 6. Buddy 7. Maggie 8. Mollie 9. Riley 10. Coco。
 これまた、トップ10、全部、人間名!

 う~ん! これ、凄すぎ!

 でも、考えてみれば、分かるような気がします。ホワイトハウスのオバマ家のファースト・ドッグ――あれ、「ボー」って言いましたよね。

 BOO……ボーって……、あ、思い出した。昔、ボー・デレクっていう、物凄い美人女優さん、いたの、憶えてますか!

 パーフェクトな美人で、『10(テン)〔つまり、パーフェクト〕』って映画に出たりしていた……。とってもキレイな人だったなあ……。

 な、なにを、ここで言いたいかというと、そうそう、アメリカのファーストドッグの名前も人間の名前だって言うことです。ボストン郊外のワンちゃんたちがそろって人間の名前を名乗っていようと、別に不思議じゃないことなんですね。チョー・フツー!!

 問題は、どうしてそうなったか、ということですが、これはもう答えはハッキリしている。「家族の一員」が「家族(そのもの)」になっているからです。(大体「家族の一員」なんて言い方自体、ペットを“差別”してますよね。自分の子どものこと――人間ですが――を、「家族の一員です」だなんて言いますか?)
 ペットを「ファーストネーム」(あるいは、その愛称、ジェームズ・ジミーっていうような感じで)で呼ぶようになっている。

 呼ばれたワンちゃんだって、きっと、何かしら感じていると思いますよ。これでようやく、家族の正式メンバーになれたんだ、って。
 うれしいんじゃないですか?、きっと。

 それじゃあ、日本の場合はどうか?
 アニコムっていう動物保険会社の2009年ランクは、
 1チョコ 2ココ 3マロン 4モモ 5ソラ 6ココア 7ハナ 8モカ 9モコ 10ミルク
 ――です。
 人間っぽいのを強いて取り出すとすると、モモとかハナ、モコあたりでしょうか?
 この調査では、英米の傾向はあまり見られない。

 で、もうひとつ、アイリスペットどっとコムの調査を見ると……

 1モモ (2チョコ 3マロン) 4ナナ 4ハナ 8サクラ 13コタロウ 28タロウ……

 人間らしき名前が、これだけある。13位のコタロウなんて、モロ、ヒューマン・ビーイングじゃありませんか!

 そう、その通り。
 英米の傾向は、この日本でも広がって来てるんですね。

 欧米でもポーランドあたりでは、犬に人間の名前をつけるなんてけしからん、なんていう人もいるようですが、みなさん、いかがですか?

 僕の意見を言わせてもらえば、これって、いいことだと思いますよ。
 単なる「呼び名」から「ファーストネーム」へのグレードアップ。それだけ、愛情が増すというものでしょう。

 さっきも言いましたけど、ワンちゃんだって、うれしいはず。
 僕の個人的な体験から言っても、そうです。

 僕、つい最近まで東京の大学で「先生」してましたが、教え子たち(女子)に「ヤスシ」と、(「先生」じゃなく)ファーストネームで呼ばれて(呼び捨てされて)、なんかうれしかったですよ。

 これからワンちゃんをお飼いになる方、人間の名前を考えてみては、いかが?

 英紙ガーディアン ⇒ http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2009/jul/29/pets-names-dogs

 ボストン・グローブ ⇒ http://www.boston.com/news/local/articles/2009/08/16/a_survey_of_favorite_dog_names_in_scituate_and_hingham/

 アニコム損保 2009年ランク 
   ⇒ http://www.anicom-sompo.co.jp/special/sp091029.html

 アイリスペットどっとコム 2009年 ワンちゃん名前ランキング ⇒ http://www.iris-pet.com/wan/event/ranking2009/5.html

  

Posted by 大沼安史 at 04:56 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-11-06

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕  慕情

 慕情――といっても「茅ヶ崎」(サザン)でもなければ「香港」(映画)でもなく、由紀さおりさん。「飛騨高山」と「九十九里浜」が舞台。
 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=ao2bWBpNQAc
 
 僕には1番のおわりの「あねさかぶり」と、2番の「九十九里浜」のつながりが興味深い。

 作詞者は、きっとあのカップルを、心に想い描いていたんだろうな、と思う。

 そして2番の出だし、♪ 砂の色した 服をきて……僕は何でもなくて、フツーに凄い歌詞だな、と感心する。

 だから、今まで忘れずに、時々、口ずさむことができたのだ!…… 

 ついでに、由紀さおりさんの、僕が好きな歌を、2曲。

  初恋の丘 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=Rjax7b4I04s

  枯葉の街 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=-RLFPdAs6Ns&feature=related

 おっと、これも。 大事なのを、ボサノヴァ・ウエスタン(?)の名曲をひとつ、うっかり、忘れるところだった 

  故郷 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=gnrmpcGciv8&NR=1

Posted by 大沼安史 at 08:22 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 世界平和へ 出発!           http://peace. スタート!

 米スタンフォード大学の学生たちが、 世界平和を願って、 http://peace.を立ち上げた。⇒  http://peace.stanford.edu/

 日本でいま、はやりの言葉を使えば、ネットで結ぶ、世界平和の「1丁目1番地」。

 この「ポータル・アドレス」(?)の平和サイトが増殖すればするほど、「1丁目1番地○○号」は人の笑顔、人情にあふれる、「グローバル横丁」になる!

 昨日はニコニコ笑うことができなかったけれど、今日から、明日から、 ニコニコ笑って明け暮れる――こ~こは、そんな世界を目指す http://peace.

(なぜ、「1丁目1番地」が つきなのか、ご存知ない、若い読者の方は  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=e3LynOXhqXM を視聴願います! そうそう、ついでに、「1丁目1番地」のすぐそばの? 「バス通り裏」にも、どうぞ ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=rWdXVZG7lSg&feature=related

  Facebookでも早速、平和サイトを開設した。
 ⇒  http://peace.facebook.com/

 「敵対」する者同士が対話するサイト。
 たとえば、過去24時間の間、パレスチナとイスラエル人、計5095人が、このサイトを通じて、「言葉」を交し合ったそうだ。

Posted by 大沼安史 at 07:39 午後 | | トラックバック (0)

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 Snowbird

  アン・マレーの1970年代初めのヒット曲。「雪鳥」とでも訳したらいいのだろうか?

 で、アン・マレーのオリジナルもいいいが、是非、聴いていただきたいのは、同じカナダの女性歌手の(目下、売り出し中の)

 キャサリン・マクレラン ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=sKl3JO3ZP-8&feature=PlayList&p=1CBC7086D0FC0F06&playnext=1&playnext_from=PL&index=2

 オンタリオの裏庭コンサートのビデオだそうだ。

 実は彼女、この曲の作曲者、ジーン・マクレランのお嬢さんだ。(「父さんの歌」だ、なんて言ってるので、驚いた!)

    ジーン・マクレラン Wiki⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Gene_MacLellan
 (お父さんもシンガーソングライター。刑務所を慰問しているビデオが、ユーチューブにUPされています)

 彼女が弾いているギターも、お父さん譲り、だそうだ。

 北国、カナダのカントリー。ああ、なんていい歌なんだ!(僕はこの歌、大好きなんだ!)

 アン・マレーも、もちろんいいが、僕のような「60歳のプレ(くそ)ジジイ(?)」には、ちょっとテンポ、早過ぎ。

 アン・マレー ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=0hQtsdgituU&feature=related

 仙台は、暖かな秋日和が続いていて、初雪はまだ先。
 冬将軍さまのスノウバードは、まだサハリンあたり?!
 温暖化? 冬の便り、なんか遅すぎ。

 一番下に拙訳の歌詞も。

       Snowbird

Beneath it's snowy mantle cold and clean,
The unborn grass lies waiting for its coat to turn to green.
The snowbird sings the song he always sings,
And speaks to me of flowers that will bloom again in spring.
When I was young my heart was young then, too.
And anything that it would tell me, that's the thing that I would do.
But now I feel such emptiness within,
For the thing that I want most in life's the thing that I can't win.

Spread your tiny wings and fly away,
And take the snow back with you where it came from on that day.
The one I love forever is untrue,
And if I could you know that I would fly away with you.

The breeze along the river seems to say,
That he'll only break my heart again should I decide to stay.
So, little snowbird, take me with you when you go,
To that land of gentle breezes where the peaceful waters flow.

Spread your tiny wings and fly away,
And take the snow back with you where it came from on that day.
The one I love forever is untrue,
And if I could you know that I would fly away with you.
Yeah, if I could I know that I would fly away with you.

拙訳

冷たく 清らな 雪のマントの下で 
まだ生まれていない青草は 緑の襟を立てる時を待っている
スノウバードは歌ってる 冬に いつも歌う歌を
春になったらまた咲く花を、私に語りかけている
幼い私は 心も幼かった
言われたら何でも、したいと思った
でも今は、その言葉には空しさも
だって人生で一番欲しいものは 手に入れられないものだから

小さな翼を広げて 飛んで行け
あの日、私に降らせた雪を どこかへ一緒に運び去れ
私が永遠に愛する彼は 不実の人
わかっているよね できることなら 私も一緒に飛び立ちたい

川に沿って吹く風は 私に言っているみたい
ここで暮らし続けたら 彼はまた私を泣かせると
だから、ちいさなスノウバードよ 私と一緒に飛び立って
やわらかな微風が 平和な流れに吹く場所へ

Posted by 大沼安史 at 05:53 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS コラム〕 テキサスの米陸軍基地乱射事件 ハサン軍医(精神科医)を苦しめたもの

 米陸軍最大の基地、フォート・フッド(テキサス州)で起きた、軍医(精神科医、階級は少佐)による、銃乱射・大量死傷事件――。

 12人を殺し、31人を負傷させたニダル・マリク・ハサン少佐は、その名から分かるように中東アラブ系のアメリカ人。しかも、イスラム教徒だそうだ。

 ワシントン郊外の陸軍病院(ウォルター・リード)から、最近、同基地に転勤して来たという。

 戦地に配属された経験はなかった。しかし、間もなく(年内)にイラクに派遣されることになっていたという。

 米国在住のいとこの証言によれば、ハサン軍医は、イラク及びアフガンの戦場への配属に抵抗していたという。

 いとこによれば、ハサン軍医は中東系であり、イスラム教徒であることから、米軍の同僚に、忠誠心を疑われていたそうだ。
 名誉の除隊を勝ち取るため、弁護士を探そうとさえしていた。

 ハサン軍医は、戦場帰りの米兵のカウンセリングにあたっていたそうだ。(ということはつまり、ハサン軍医は、米兵が戦地で見た地獄、体験した地獄を、「共有」する立場にあった……米兵の精神の傷口から覗く、戦争の現実を「追体験」していた!)

 米軍の精神科医とは、「人を殺してはいけない」タブーを「命令」でもって破らされた兵士が精神のバランスを崩した時、それを「回復」させ、「平常心」をもって殺人を続行させるのが任務である。

 「殺人」をしても平気な「正常=異常」さに戻す、これが彼らの務めなのだ。

 イラク戦争が始まった頃、バグダッド近くの米軍基地で、白人の軍医(精神科医)が、たしかトレーラーの中で自殺した。

 ハサン軍医もおそらくは、自殺した軍医と同じような精神状態ではなかったか?
 殺戮(殺人)もまた、自己破壊の衝動によるものだから。

 軍の中で精神科医であることの難しさ。
 それに、アラブ系とイスラム教徒であるという要素が加わったなら、苦悩は倍化せざるを得ない。

 英紙ガーディアンによれば、昨年、自殺した米軍兵士は、169人(確定)。

 米軍はもはや、限界を超えてしまっている。
 人間として耐えられない一線を超えてしまっている。

 イラク・アフガン戦争を止めなければならない、もうひとつの理由がここにある。  

 ⇒  http://www.nytimes.com/2009/11/06/us/06suspect.html?_r=1&ref=global-home

       http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/06/nidal-malik-hasan-fort-hood-shooting1

  

Posted by 大沼安史 at 04:45 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-05

〔NEWS〕 アフガン人(政府)警官が団欒の英軍兵士たちを機銃掃射 5人が死亡 6人が重傷 パトリック・コバーン記者が英軍当局者の「オフレコ発言」を公表 「アフガン政府は殺人者と悪党の巣」

 英軍が駐留するアフガニスタンのヘルムンドで4日、検問所内で団欒していた英軍兵士らに向かって、「現地の同僚」であるはずのアフガン政府の警官が突然、機関銃を乱射した。

 英軍兵士たちは無防備で、5人が射殺され、6人が重傷を追った。

 犯人の警官は、仲間の援助射撃の中、オートバイに乗って逃走した。
 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/asia/killed-by-the-enemy-within-1814779.html

 豹変――ではないだろう。アフガン警官は、ルサンチマンを抱えて、英軍と行動をともにして来たはずだから。

 NATO軍とともに戦う「アフガン政府」の兵士・警官……「フィクション」の化けの皮が、流血の惨事の中で剥がれた。

 僕の尊敬する同紙のパトリック・コバーン記者が、コメント記事で、英軍当局者の、「オフレコ発言」を明らかにしていた。

 カブールで取材した時、いかに作戦がうまくいっているか、ブリーフィングした英軍当局者に、ほんとのところどうなんだ?――と、オフレコ(発言者の身元を明かさない)を条件に聞いてみたそうなのだ。

 当局者は言ったそうだ。「アフガン政府は殺人者と悪党どもの巣だ」と。
  ⇒ http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/patrick-cockburn-deaths-bring-whole-afghan-strategy-into-question-1814783.html

 アフガンの人々にとって、英軍も、米軍も「侵略者」でしかない。「政府」を名乗る、「殺人者」「悪党」だけが、同盟者だと言っているだけだ。

 英軍よ、米軍よ、アフガンから手を引け!

 

Posted by 大沼安史 at 11:50 午前 | | トラックバック (0)

2009-11-04

〔NEWS〕 カルザイ、「麻薬密売者」と「戦争犯罪者」を従え「勝利宣言」 ロバート・フィスク氏、アフガン政権の腐敗は「南ベトナム政府」と同じだ!

 英紙インディペンデント(電子版)のカブール特派員電によると、カルザイが、大統領選の同伴者(副大統領)2人とともに「勝利」演説を行なったそうだ。

 同紙によれば、カルザイが演説で従えた2人は、米政府当局者から「麻薬密売」の批判を浴びているカシムという男と、最近、人権団体から「戦争犯罪」を追及されたハリリという男だそうだ。

 戦乱の地に咲いた、芥子の花のような、腐敗した傀儡・カルザイ政権。
 (ニューヨーク・タイムズによれば、カルザイの弟はCIAから資金援助を受けた、麻薬密売人だそうだ……)

 同紙の看板記者、中東報道の世界的な権威、ロバート・フィスク記者が早速、コメントしていた。

 ベトナム戦争当時の、あの腐敗した南ベトナム政権のようだと。

 喜劇的な――いや民衆にとっては悲劇的な、、末期極限状況(症状)を呈するアフガン情勢。
  

 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/asia/karzai-rules-out-sacking-corrupt-afghan-ministers-1814195.html

   ロバート・フィクス氏の記事 http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-america-is-performing-its-familiar-role-of-propping-up-a-dictator-1814194.html

Posted by 大沼安史 at 06:06 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-03

〔NEWS〕 「ベルリンの壁」 ゲートを「開けた」のは、東独の警備兵の、この人だった!

 ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、ロジャー・コーエンさんが「歴史を動かしたもの(The Hinge of History)」というコラムで、20年前、1989年11月9日の「ベルリンの壁」“崩壊”の日、東西ベルリンを分かつゲートを、自分の判断で「開けた」、一人の東ドイツ警備兵、ハロルド・イエーガーさんのことを、ビデオを付きで紹介していた。

  ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/03/opinion/03iht-edcohen.html

    (ビデオは記事画面の左下に)

 その日、東独政府の高官は「いますぐ、通行の自由を認める」と記者会見で語ったものの、「壁」のゲートを警備する、イエーガーさんの詰め所には、何の指示も来ない。

 ゲートに押し寄せた東ドイツ(ベルリン)の市民の群れ。

 上司に指示を仰いでも、「お前の判断にまかせる」。

 迷ったイエーガーさんは、破局を防ぐため、「ゲート」を開ける決断を下した。

 「壁」のゲートを開けたのは、そう、この人だった。

 イエーガーさんは、いまベルリン近郊で、暮らしている。
 温室で、」花を育てながら。

 イエーガーさんは言った。「東ドイツ」の復活は、決してあってはならない――。

 

Posted by 大沼安史 at 07:15 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 熊さんとロジャース博士の友情物語

 今日はアメリカに棲む、ノースアメリカ・ブッラクベアという熊さん――黒熊さんですね――と、70歳になる、おじいさん熊博士、リン・ロジャースさんの友情物語を。

 最近、イギリスのBBCで、そのドキュメンタリーが放映され、その「トンデモ(よい意味で!)交流ぶり」が話題になり、ニュースにもなって世界を駆けめぐっています。

 で、舞台はアメリカの、中北部、カナダ国境に近い、ミネソタ州北東のノースウッド……つまり、「北の森」。森と湖の、豊かな自然に恵まれたところです。
 
 ロジャース博士は、そこに住み込みで、熊研究を続けている人なんですね。黒熊を研究する白髪のおじいさんです。
 ミネソタのノースウッドに来てから、もう22年になるんだそうです。ミネソタに来る前は、ミシガン州で20年間、熊研究してたといいますから、42年もの研究歴。

 熊はもちろん猛獣ですから、かんたんには近づけません。で、麻酔銃で撃って、電波発信器をとりつけて、生態調査をしていた。

 これってふつうの研究法のようなんですが、ロジャースさんは、それで満足できなかった。

 どうしたか? 仲良くなったんですね。

 仲良くなるといっても、こっちから近づいて行って、いきなりベアハッグ、なんてしてしまったら、一巻の終わり。

 熊さんの大好きな木の実をプレゼントして、ブラック・ベアと信頼関係を築いて行ったんだそうです。

 信頼関係を深めた相手は、現在8歳になる、熊のジューンさん(3児の母です)。

 で、どのくらい親密かというと、たとえばジューンさん、博士の髭面を、舐めまわしてくれるですね。キスしてる、つもりなんでしょうが、すごいですね。

 あと、森の中の木陰で、二人並んで座って、景色を眺めたり。

 その信頼関係たるや絶大なもので、ロージャースが連れて来る人たちも仲間だと思って、絶対に襲わない。

 で、ロジャース博士は「熊の学校」を開いて、野生熊と触れ合う現地学習を続けているそうです。一度、参加してみたいですね。

 ロジャース博士には、もう一頭、ジューンの妹かお姉さんのジュリエットという交流相手がいるのですが、こちらは現在、信頼関係構築中。
 攻撃のするふりをしたり、カメラに左フックを見舞わせたり、まだ「威嚇」行動をしているそうですが、ロジャース博士に言わせれば、「凶暴」なんじゃなく、怖がっているだけなんですね。

 博士によれば、地球で最も危険な動物は人間。熊は100万頭に1頭しか、人間を殺さないけど、人間は18000人に1人、殺人を犯しているそうです。

 うーん、人間が一番、危険……「アフガン」や「イラク」のことを考えると、なんか、納得しちゃいますよね。 
   
 最後にもうひとつ。ロジャース博士の研究で、おもしろいことが分かったので、ご紹介しましょう。

 それは、あの「熊のプーさん」から生まれた、神話、と言うか伝説に関することですが、熊さんってハチミツ大好きってイメージ、僕ら、持ってますよね。

 でも、実際はハチミツ、好きじゃないんだそうです。

 蜂の巣に近づいたら、刺されちゃいますからね。

 ロジャース博士の研究所では――「ワイルド・リサーチ・研究所」というのですが、インターネットでも画像などを公開しています。

 動物好きのみなさん、必見のサイトですね。 
 一度、ごらんになってください。

 中学校の先生たちが――英語や生物の先生たちが、このロジャースさんのサイトを「教材」に「総合学習」の授業をしたら、きっと大人気になるはず。(文科省のみなさんも、学習指導要領違反だなんてケチなこと言わないで、一度、のぞいてくださいね)

 見るだけでも楽しい。とくにジューンの小熊たち、かわいいですよ~!!

  博士の研究所 ⇒ http://www.bearstudy.org/website/

   http://www.guardian.co.uk/environment/2009/oct/27/bearwalker-of-the-northwoods

  

Posted by 大沼安史 at 10:20 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-11-02

〔NEWS〕 スペイン市民戦争で処刑された詩人、ロルカらの集団埋葬地を発掘

 英紙インディペンデント(電子版)は、スペインのグラナダ郊外で、スペイン内戦中の1936年8月18日、ファスシトによって処刑(射殺)された、詩人、ガルシア・ロルカを含む、4000人の人民政府(共和国)支持派の集団埋葬地で、発掘調査が始まった、と報じた。

 ヴィズナール渓谷の現場は、雨のよる土砂の流出を食い止めるため、松の植林が行われた。

 大量処刑が行われたのは、道路際で1キロにもわたって並ばされ、虐殺されたという。

 発掘調査による身元の確認作業は2ヵ月間、続くという。

 「ロルカ」は確認されるのだろうか?
 

 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/europe/lorcas-grave-awakens-other-ghosts-1813199.html

     Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%87%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%AB%E3%82%AB

Posted by 大沼安史 at 05:44 午後 | | トラックバック (0)

2009-11-01

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 He Is Beautiful to Me

  日曜の夜だから(?)、ラブ・ソングを。

 クリスタル・ゲイルの He Is Beautiful to Me。⇒  http://www.youtube.com/watch?v=kvH1CR0ffTs

 彼女もすでにアラカン(僕より2つ、年下)。う~ん、時の経つのは、ほんとに速いものだ……。

 いのち、儚し。恋せよ、乙女!
 
  歌詞 http://www.carlinamerica.com/titles//titles.cgi?MODULE=LYRICS&ID=879&terms=1982

Posted by 大沼安史 at 09:02 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 「アメリカにもペレストロイカは必要だ」 「ベルリンの壁」崩壊20周年 ゴルバチョフ氏 記念式典でパパ・ブッシュに語る

 「壁」崩壊を記念した式典が10月31日、ベルリンで開かれ、ブッシュ(パパ)、コール、ゴルバショフが顔を合わせた。

 パパ・ブッシュは「ベルリンの壁」崩壊に、どう対処していいか分からず、沈黙を守り、せっかくの「冷戦終結」を、軍事国家・アメリカの民生転換につなげることのできなかった男だ。逆に、アメリカの世界帝国化(新世界秩序)に走ってしまった男だ。

 「ベルリンの壁」を“東側”から崩壊させた立役者は、民衆であり、ゴルバチョフだったわけだが、その彼が、〔軍事国家=アメリカの代表でもある〕そのパパ・ブッシュに向かって、こう言ったそうだ。

 「あなた方もペレストロイカ(改革)をする必要がある」

 ゴルバチョフは、パパ・ブッシュにハシゴを外され、見殺しにされた男だ。

 彼のこの一言には、万感の思いが込められていたはずだ。
 

 ⇒ http://www.spiegel.de/politik/deutschland/0,1518,658505,00.html

Posted by 大沼安史 at 05:53 午後 | | トラックバック (0)