〔NEWS〕 ニューヨーク・タイムズ記者 「タリバン捕囚記」 第5回 「脱出」
ニューヨーク・タイムズ、デイビッド・ローズ記者の「タリバン捕囚記」の、さらに続きを。
連載第5回の見出しは「一本の綱と祈り」――彼と現地助手(アフガン人)、タヒールが、ついに「脱出」に成功するまで。
⇒ http://www.nytimes.com/2009/10/22/world/asia/22hostage.html?hp
脱出決行の日は7月20日。決行予定時刻は午前1時だった。
パキスタンの北ワジリスタンの中心都市、ミラム・シャー。
タリバンに拉致され、アフガン、パキスタンを転々と移動、9ヵ所目の拘束場所で、ついに脱出することを決めた。
拘束したタリバンの「解放に向けて交渉中」という言葉がウソだということが分かったからだ。いつ何時、殺されるか知れない……。
そして、1本のロープ……。放置されていたのをこっそり回収し、古着などの下に隠しておいた、車の牽引用ロープがあった。
それを使えば、壁を乗り越えて、15メートル下の通りに逃れることができる……。
ローズ記者とタヒールは、タリバンの耳を気にしながら、どうやって逃げるか、段取りを話し合った。ある日、戦闘による停電があって、ファンが回わり出した。その音が、二人の密談を消してくれた。
一緒に捕まった若いアフガン人ドライバーのアサドは、連れていかないことにした。
信用できない。タリバンたちと仲良くなり、カラシニコフさえ手渡されている。「脱出」を持ちかけたら、タリバンに筒抜けになるのは間違いないことだった。
その夜は、雑魚寝するタリバンたちを熟睡させる必要があった。
夜遅くまで、21日の午後11時ごろまで、一緒に将棋のようなゲームをした。
そして、横になった。
ローズ記者は心の中で「神さま、おゆるしを」と、2000回、唱えることにした。
タリバンから、「1日、1000回、唱え続ければ、解放する」と言われて、毎日、続けたことがあった。解放されなかったが、1000回唱えるのに1時間かかることが分かった。
決行時刻の午前1時まで、あと2時間……2000回。
打ち合わせ通り、「トイレに」最初に起き出したのは、ローズ記者だった。タヒールを少しつつくと、寝言のような、うめき声を上げた。たしかに、起きていた。
タリバンたちは熟睡していた。もし、気づかれたたら、「トイレだ」と言えばいい。
ローズ記者はトイレにしゃがんで待ち続けた。タヒールはなかなか現れない……と、その時、暗闇の中から、幽霊のように片足が現れた。そして、もうひとつの片足が……タヒールだった。
ロープを垂らした。地上まで届かなかったので、結び直した。まだ足りなかったが、タヒールから先に壁を乗り越え、ロープで脱出した。ローズ記者が続いた。タヒールが残したサンダルをズボンの中に入れて。
通りには人影はなかった。
タヒールは涸れ川の河床を歩き出した。踵が痛いと、タヒールは言った。
遠くまで歩けないかもしれない、と。
ローズ記者も指に怪我していることに気づいた。二人とも、あのロープで切っていた。
どこへ逃げる?
街のメーンゲートは、アラブやチェチェンの戦士が固めているので、そこで捕まったら、一巻の終わりだ。
「別のゲートがある。そっちに行こう」。タヒールに従い、そっちに向かうことにした。
歩きながら、ローズ記者はタヒールに何度もアピールした。「このミラム・シャーには、パキスタン軍の基地があるから、そこに行って“投降”しよう」と。
が、タヒールはウンと言わない。足に怪我しているのに、アフガン国境に向かうつもりらしい……。
舗装路に出た。ミラム・シャーのメインストリートだった。ガソリンのスタンドがあった。
突然、通りに面した屋根の上から、軽機関銃を向けられた。
捕まった!?
パキスタン軍の基地だった。
タヒールが現地語で警戒中のパキスタン兵士と話をしている。パシュトン語。「ジャーナリスト」と言っている。
ジャーナリスト? 髭ぼうぼう、誰がどう見ても、自爆テロの戦士としか見えない、ローズ記者の外見だった。
挙げ続けた両手が、持ちこたえられなくなった。服をほどけて、腹部に爆薬を巻いていないことを見せようと、タヒールに言った。
パキスタン兵の許可が出た。ようやく、手を下げることができた。
タヒールは兵士たちに、困った人は助ける「パシュトンの掟」を持ち出し、説得を試みた。
いま、上官に連絡しているところだから、「待て」を言われた。
基地がだめなら、モスクに行くしかない。行かせてくれ――そういうと、地面に腹ばいになるよう命じられた。
そして――遂に……。
パキスタンの兵士たちは驚くほど丁重だった。兵士の一人が英語で「ハウアーユー」と言った。。「ハウアーユー?」……ローズ記者は一瞬、答えに詰まった。
トラックに乗せられ、基地の奥に向かった。
ベッドから起きたばかりのような「上官」は、基地の司令官だった。英語を話した。
電話をかけたいというと、カードを探してくる、といって待たされた。
電話のカードが届いた。
電話番号を紙に書いて渡し、ニューヨークの自宅にかけた。
留守電に向かって叫んだ。
すると、妻の母親が出た。社に連絡すること、タヒールの家族をカブールから退去されることなど、必要なこと伝えた。
通話の最後に、「心配をかけてごめん」と、義母にゆるしを乞うた。
そして……司令官はローズ記者に、もう一度、自宅に電話をかけることを許してくれた。
こんどは彼女だった。奥さんのクリスティンが出た。
これまでずっと考え続けて来た、奇跡が起きた時の言葉を、彼女に言った。
「これからの人生、君の好きにしていいから」
彼女は言った。
「イエス」……「イエス」と。
Posted by 大沼安史 at 07:03 午後 | Permalink

















