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2009-10-07

〔コラム 机の上の空〕 「光通信」、または西沢潤一先生のこと

 今から12年前のことだ。私は今は亡き、盟友・小池平和(ひらかず)さんと、仙台・川内にある「半導体研究所」に、西沢潤一先生を訪ねた。

 当時、小池さんと私は、仙台に市民出版社「本の森」を、郷土史家ら友人・知人からの出資で、有限会社としてスタートさせたばかり。あたって砕けろ!だった。

 新聞社出身(小池さんは毎日新聞、私は北海道新聞の記者だった)の私たちは、ダメ元(ダメでもともと)精神で、 西沢先生に、本を出してくれないか、と談判に行った。

 拍子抜けしたことを今でも、よく憶えている。
 「いいですよ」――この西沢先生の一言に、小池さんと私は顔を見合わせた。

 わけもわからない、「本の森」などという、出来たばっかりの、名もない出版社の私たちのために、一発返事で協力を約束してくれた。

 その場で早速、出版企画を詰め、半導体研究所を辞去した小池さんと私は、玄関を出るなり快哉を叫んだ。「西沢さんって、なんて人なんだ」と、二人で感心し合った。

 こんなことがあって、私たちの「本の森」は西沢潤一先生の本を相次いで出させていただくことになるのだが、私個人についていえば、こんな思い出がある。

 私は「本の森」を創設した後、上京して教員生活を始めた。その頃、知り合ったミニコミの編集者が、どうしても西沢先生に、上京の際、インタビューしたいと言うので、仲介したことがある。

 私が「そういうことなんですが、先生、インタビューに応じていただけますか」と、おそるおそる、うががいを立てると、これまた一発返事で、OKだった。

 もちろん、無料のインタビュー。その席に私も同席したが、科学的知識ゼロの編集者の、あきれるほど素朴すぎる問いに、いやな顔せず、喫茶店の入口で「時間ですよ」と盛んにジェスチャーを送ってくる科学技術庁の人たちに「もう少し、もう少し」と目で合図しながら、最後まで、根気よく、丁寧に話してくださったのだ。

 ここで私が何を言いたいか、というと、西沢潤一先生とは、そういう人間である、ということだ。
 男気があるというか、真人間であるというか。

 「本の森」で先生の本づくりをさせていただいた頃、私は何度か、半導体研究所に通い、先生にインタビューした。

 中でも印象に残るのが、先生の旧制仙台二中時代の思い出話である。先生の美術部の先輩が、顧問の教師に、どうして戦争に行って死なねばならないのか、その不条理を問いただしたというのだ。

 西沢先生は石原都知事にも好かれ、いろんなところに引っ張り出されているので、まるで「右翼」のようにも思われているが、実は戦争が大嫌いな、平和主義者なのだ。
 武力ではなく、科学技術で生きて行く……これが、西沢先生の言う「創造立国=日本」の意味である。

 2009年ノーベル物理学賞の発表があった。光通信の実用化に向けて、技術的な面で画期的な貢献をした、西沢先生の研究仲間の、チャールズ・カオ博士が受賞することになった。

 私は西沢先生の大ファンだから、「えっ、どうして?」と、ついつい思ってしまったが、先生の朝日新聞でのコメントを読んで納得した。

 「光ファイバーの実用化について絞れば、カオ氏の貢献は大きい。受賞おめでとうと伝えたい」

 業績は業績として、きちんと評価し、そして「おめでとう」と言った西沢先生!

 そう、西沢さんは、そういう人なのだ。カオ博士の受賞に「どうして?」という思いはあるはずだが、西沢先生は「うん、そうだな」と納得すると、年下のライバルにも、心から祝福を贈ることができる人だ。

 仙台の名代のおすし屋さんとか名店に行くと、だいたい必ず、西沢先生の「愚直一徹」の色紙にお目にかかることができる。

 文は人なり……西沢先生って、ほんとうに愚直一徹な、純情な人なのだ。相手の頼みにちゃんと応える。聞かれたら、真剣にアドバイスする。

 先生はもう心の整理をつけていらっしゃる、と思うが、ノーベル賞とはいえ、賞は賞、選ぶのは凡人である。あのトルストイでさえ弾かれ、フランスのなんとかという詩人にもっていかれたのだから。

 でも、世の人々に知ってもらいたいのは、西沢先生の業績は「光通信」にとどまらない、ことだ。たとえば、発光ダイオード。ここでも、ノーベル賞クラスの業績を残している。

 だから、きっと……。

 西沢先生、きっと、あの中村修二氏と共同で、「発光ダイオード」の開発で(中村氏は光の3原色のうち、青を開発。西沢先生はほかの2色を開発)、必ずノーベル賞に選ばれますから、(もし気落ちしているとしたら)気落ちしないでくださいね……。

 そんな余計なことを心の中で語りかけたら、「ワッハッハ」という、あの豪快な笑いが返って来た気がした。

 あの「ワッハッハ」で、またひとつ、思い出した!
 大きな飴玉をポーンと口に入れ、あの子どものような笑顔で、光ファイバーでも、発光ダイオードでもなく、「サイリスタ整流子」について、レクチャーしてくださった西沢先生!

 「このサイリスタ整流子を使えばね、中国で発電したのをね、直流にして日本まで持って来れるんですよ」と目を輝かせて語ってくれた西沢先生!

 仙台の誇り、西沢潤一先生、万歳!

 来年こそ、ノーベル賞……、万歳!  

Posted by 大沼安史 at 08:18 午後 |

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