〔いんさいど世界〕 イラン 若者の革命
ディリップ・ヒロ(Dilip Hiro)というロンドン在住のインド系の作家・評論家がいる。
中東問題に関するこの人の論説には、いつも教えられることが多いが、今回のイラン「緑の革命」でも、そうだった。問題の所在、背景を、わかりやすく的確に示してくれているので、門外漢の私にはありがたい。
⇒ http://www.tomdispatch.com/post/175089/dilip_hiro_the_weeks_of_living_dangerously
とくに人口学的な背景説明には目を開かされた。
あの1979年の「イラン革命」から1999年までの20年間に、イランの人口は6500万人に倍増、総人口の3分の2が25歳以下になったそうだ。
「シャーの時代」を知らない世代が、圧倒的多数を占めているのである。
学生は3倍し、女性のシェアはなんと60%に。テヘラン大学では全学部で男子学生を上回っているのだそうだ。
若者の国、若い女性の国、イラン。
ヒロ氏によると、イランで宗教的な締め付けが緩んだのは、1997年以降のハタミ政権の時代。
ロックコンサートも、NGO(非政府組織)も容認されるようになった。
そんな「自由化」が逆コースをとるのは、とくに2005年以降。アフマジャネドが政権に就いてから。宗教警察が街頭で服装をチェックし、大学では男女、席を同じうせず、という事態が生まれた。
通りで手を握り合うこともできない若者たち。
今回、若者たちが立ち上がった背景には、こんな「神の国・反革命」があったわけだ。
若者が求めるデモクラシー、人権、表現の自由が、イスラムの支配ともろにぶつかり合った――これが今回の「イラン・緑の革命」の本質である。
ヒロ氏が、「イスラム」と「デモクラシー」の衝突が起きている、と指摘しているのは、こうした事情があるからだ。
政治分析における人口学的視点の重要性は、フランスのエマニュエル・トッドも指摘しているところだが、イランがここまで「若者の国」化している以上、「神の国」側がいかに弾圧強化で臨んでも、デモクラシーへの流れを阻み続けることは難しかろう。
Greening of Iran――イランは「イラン革命」を、つまりは「シャーの時代」を知らない世代によって、CIAが打倒した「シャー以前」の民主政権の時代へと、遡行しつつ前進(Back-to-the Future) しようとしているのかも知れない。

















