〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 サーファーガール
英紙インディペンデントの電子版を覗くと、ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンのインタビューが載っていた。
⇒ http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/music/features/lost-in-music-the-peculiar-life-of-brian-wilson-1739844.html
ブライアン・ウィルソン……ビーチボーイズ!
1960年代のあのサウンドが、何年か――いや何十年かぶりに甦った。
サーフィンUSA、アイ・ゲット・アラウンド、ヘルプ・ミー・ロンダ……
ビーチボーイズで、好きな曲をひとつだけ挙げろと言われたら、ぼくは「サーファーガール」だ。
ユーチューブで探したら、あった!
⇒ http://www.youtube.com/watch?v=LhuWooSAiRc&feature=fvw
日本の「浜辺の歌」を知っていて、つくったような、夕暮れの潮風のような、あの甘く切ない調べ!
インディペンデントの記事を読んで、ちょっと驚いた。ブライアン・ウィルソンは確かに西海岸、ロス近郊の「サウスビーチ」の家で曲づくりを続けたが、本人はサーファーではないのだそうだ。
だから、♪ ぼくの木のボードに君を乗せてあげる
ぼくの海の何処へでも……
――なんてこともない!
まあ、それはどうでもいいことだが、インタビューに対し、ブライアン・ウィルソンが、とてもスピリチュアルなものにひかれている、と告白している部分が、おもしろいな、なるほどな――と思った。
もしかしら、それって、若い頃の君が、君たちビーチボーイズが――60年代からすでに、そうだったじゃないの?、と言ってやりたい気がした。
いうまでもなく、「サーファーガール」は、60年代のアメリカのウェストコースト文化のさきがけとなった、若い世代のバプティズム(洗礼)の歌だ。
西漸運動の末、大海原にたどり着き、移民の国のアンシャンレジームを完成させたアメリカが、繁栄の地の果ての渚で見つけた、束縛を脱ぎ捨てて大波に向かう、新しき裸の自由の女神だ。
だから、ビーチボーイズは、僕らを愛してくれと、まるで賛美歌のように、スピリチャルに声を絞って歌ったのだ。
♪ 君はぼくを愛しているかい?
愛しているかい? ぼくのサーファーガール
Posted by 大沼安史 at 07:49 午後 | Permalink

















