« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009-06-29

〔イランNEWS〕 2000人以上が拘束 数百人「行方不明」 

 パリ発のAFP電で、こんな数字が出ていた。

 パリの本部を置く、FIDH(国際人権連盟)がまとめた数字で、この拘束された「2000人以上」とは、「拘束」が(場所を含め)家族かによって確認されたものだろう。
 「拘束」下、どんなひどい目に遭っているか、心配だが、問題は「行方不明」の「数百人」である。

 先日、90年代の終わりに当局に逮捕され、「行方不明」になったテヘラン大学の学生の「体験記」を読んだが、警察の施設ではなく、郊外の軍の施設のようなとこへ連れてゆかれて、殴る蹴るの拷問を受けたそうだ。

 「神の国」の「特高」たちの無法ぶりに抗議する! 

 ⇒  http://news.yahoo.com/s/afp/20090628/wl_afp/iranunrestrights
 

Posted by 大沼安史 at 05:49 午後 | | トラックバック (0)

〔怒りのBOOちゃんのマスコミ閻魔帳〕 「10兆円」の年金積立金が消えました!……えっ、で、たったそれだけ??……

 河北新報の29日朝刊2面に「年金運用 赤字9兆円」という記事が出た。
 共同通信が配信した記事である。

 2面(つまり1面の裏)の左隅、うっかり見逃すところだった。

 「9兆円」も、国民・厚生年金の積み立て金が運用失敗で「消えている」のだ。年金生活者の基本財産が、吹っ飛んでいるのだ。
 「9兆円」ですよ、9兆円……これはもう1面トップ、最低でも準トップものではないか?
 (共同通信のネット・ニュースは⇒ http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009062801000522.html

 共同の記事には「2008年度」の「赤字額」が「9兆円台」としか出ていない。
 で、ネットで調べたら、読売のネット記事では「10兆円」。
 ( ⇒ http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/kaigo_news/20090627-OYT8T00299.htm

 10兆と(見出しの))9兆とは違いすぎるし、10兆円は9兆円台ではない。
 10円と9円の違いでもない。

 どうして(たとえ見込み額が含まれようと――まるい数字であろうと)もっと正確な数字を出せないのか?
 (あとで「実は」といって積み増す伏線なんじゃないか、と疑いたくもなる)

 共同通信の記事の結びも気になるところだ。
 「厚労省の試算の甘さを批判する声も高まりそうだ」と。
 
 それもそうだが、そんなことより、問題はなんで「10兆円」も「すってしまった」か、である。
 その実態追究と責任追究の構えが(とくに後者)この共同の記事には見られない。

 「世界的な株価の下落や円高による為替差損が響」いたら響いたで、どんな対策が打たれ、それがどういう結果に終わったか、何も書かれていない。

 運用に失敗したのだから、責任をとるのは当然だが、どう責任をとったか(とるのか)も出ていない。
 (4000億円の赤を出した農林中金の農水省出身の天下り理事長は、辞めただけ、まだ立派だ! 退職金を受けとらなけりゃ……)

 ネットで調べたら、年金積み立て金運用にあたっている独立行政法人の理事長は、元日銀の企画局長だった人物。
 ボーナスは別にして、月118万円台(調整手当込み)の超高給をはんでいるお方だ。
 そして理事には霞ヶ関の出身者も、雁首を並べている(こちらは月同96万円台)。

 あ~あ!

 怒りのBOOちゃんとして、マスコミのみなさんにものもうしたいのは、庶民の感覚で取材し、疑問をぶつけ、記事を書いてほしいことだ。

 ネットのブログで、日銀担当記者らしき人が、今回の問題の最高責任者である、独立行政法人の理事長氏(日銀出身)のことを「まどろみの○○さん」などと書いていたが、読者が期待しているのは、その人に「お世話になった」とか、ならなかったか、ということではなく、「10兆円」が消えた事実=謎の解明と当事者に対する公的責任の追及である。

 今からでも遅くない。
 ガンバッテくれ!

 これはマスコミで仕事をするみなさんに対する、国民(庶民)からのお願いである。 

Posted by 大沼安史 at 04:17 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 テヘランの街角 悲しきオートバイ機動隊の暴力

 怒り、あるいは不満を、通りの市民にぶつけるイラン警察隊員。
 同胞にぶつけて、どうする! 悲しい姿だ。やりきれない。

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=Gyq4CUmqk2k&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ehuffingtonpost%2Ecom%2F&feature=player_embedded
 

Posted by 大沼安史 at 08:02 午前 | | トラックバック (1)

2009-06-28

〔イランNEWS〕 「世界は沈黙し続けることはできない」  フランスの哲学者 ベルナール・アンリ・レヴィ 公開書簡 仏政府に不正選挙結果を認めるな、と要求

 フランスの哲学者、ベルナール・アンリ・レビィが「イラン民衆と連帯する」公開書簡を発表した。イラン系など他の10人と共同署名した書簡は、フランス政府に不正選挙結果を認めず、

 ①全ての政治犯、デモ参加者の即時釈放
 ②デモに対する弾圧の停止
 ③イランにおける表現の自由の尊重

 ――を、イラン当局に迫るよう訴えている。

 書簡の中でレヴィは「世界は沈黙し続けることはできない」と述べている。
 その通りだ。

 書簡は仏政府宛のものだが、日本政府も、同じ「神の国」(森喜朗・元首相は断言した!)だからといって(戦前の「特高」を見習ったようなイラン当局の弾圧ぶりだからといって)、アハマドネジャドの「再選」を認めるべきではない。

 公開書簡は英語版もつくられ、レヴィ自身がビデオ・カメラの前でで読み上げている。(フランス語テキストのビデオもある)
 ⇒ http://www.dailymotion.com/video/x9o0n8_message-to-the-young-people-of-iran_news

 書簡の英語テキストは
 ⇒  http://www.huffingtonpost.com/bernardhenri-levy/in-solidarity-with-the-ir_b_221859.html?view=print
 

Posted by 大沼安史 at 09:10 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 イラン 「神の国」情報戦争

 イランの民主化闘争をめぐって、ネット情報戦争が起きている。
 抵抗する市民と、弾圧する「神の国」当局の間で、「コミュニケーション」をめぐる闘いが続いている。

 民衆のコミュニケーションを断ち切ろうとする「神の国」側は、既報の通り、ムサウビ氏のウェブ・サイトをハッカー攻撃し、閉鎖に追い込んでいる。
 ⇒  http://server307.webhostingpad.com/suspended.page/
 
 アナクロな「神の国」らしくない所業だが、米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)によれば、イラン当局はヨーロッパのテレコム企業の援助で、世界最高レベルの「ネット検閲・コントロール」メカニズムを整備し、民衆のネット・コミュニケーションを大量にスクリーニングしているというから、サイトの閉鎖など、お茶の子さいさい、ということか。

 WSJによれば、イランが「モニタリング・センター」で運用しているのは、DPI(ディープ・パケット・インスペクション)という監視システムで、ネット利用者のウェブ閲覧、Eメール、友人同士のダウンロードなど、ほとんど全てを傍受することができるそうだ。
 ⇒ http://online.wsj.com/article/SB124562668777335653.html

 こうしたオーウェル的な監視社会化の中で、イランの民衆がネットを通じたコミュニケーションを守るツールにしているのが、当局の「オンライン検閲」の防火壁をかいくぐることのできる「ゴーストネット」ソフトウエアだ。

 カナダの企業が開発したもので、AFP通信によれば、この10日間に18000人もイラン人がダウンロードしたという。
 ⇒ http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5gcMQujm9uRlw0hHaQBlWxr_K90nA 

 「ゴーストネット」――幽霊ネットとはおもしろいネーミングだが、これを使えば、たとえば「FACEBOOK」に開設された、ネダさんを悼むコミュニティー、「イランの天使」サイト (⇒ http://www.youtube.com/watch?v=B7l1MruLmgE )にも自由にアクセスすることができるし、ユーチューブの「映像」にもアクセスすることが可能だ。

 いうまでもなく、コミュニケーションは社会運動のライフライン。最後の、最高の砦である。
 「神の国」において、死守されるかどうか、そこにイラン「緑の革命」の成否がかかっている。
 
  

Posted by 大沼安史 at 06:19 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 ルモンド・ディプロ(日本語・電子版)がイラン経済の危機的な状況を指摘

 ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2009年6月号に、ラミーネ・モタメド=ネジャード(Ramine Motamed-Nejad、パリ第一大学ソルボンヌ経済センター助教授)による論文、『対イラク戦争後のイラン経済』(土田修氏訳)が掲載された。

 イラン経済の実態がよくわかる記事だ。
 
 たとえば、

 国営企業の民営化は少数の人々の財産を肥やしたが、大多数の労働者を失業の危険にさらし、家計をますます苦しくさせた。民営化された企業の所有者が、会社の備品をあらかじめ売り払った後に破産を申し立てたり、労働者の賃金不払いや、純然たる首切りという手段に訴えたりしたからだ。1990年代同様にインフレが再燃し、インフレ率は公式には2008年に25%(別の計算によれば50%)、2009年の最初の3カ月間に60%以上にも達した。

 ことしの第一四半期だけで、60%ものインフレ率!

 イラン民衆の怒りが爆発するのも当然である。
 アハマジャネドが「圧勝」するわけがない。

 ⇒  http://www.diplo.jp/articles09/0906-3.html
 

Posted by 大沼安史 at 08:21 午前 | | トラックバック (0)

2009-06-27

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 グアンタナメラ

  わが盟友、気骨のフリージャーナリスト、小笠原信之が、ブログ「閑居愚考」で怒りのボルテージを上げている。
 ⇒ http://geocities.yahoo.co.jp/gl/nbsn001/

 臓器移植法の審議のお粗末さ、あのまんまミヤザキ知事の傲慢さに、腹を立てている。
 当然の怒りだ。「怒りのBOOちゃん」こと小生としても、同感である。異議なしである。

 どこまでも、ますます、劣化する日本の政治!……
 小田実さんが生きてらしたら、さぞかし、お怒りになることだろうな……

 ところで、小生が今度出す小説、『NONOと頑爺のレモン革命』の主人公(の一人)、「頑爺」(ガンジー)のモデルは、小田実さんだ。
 この小説は、だから、小田実さんへのオマージュである。

 「頑爺」率いる「頑爺同盟」の老人決死隊が「頑婆ガールズ」らとともにデモの先頭に立ち、「国会」へ、怒涛のように押し寄せる「世直し小説」。

 小説の「公式(?)テーマソング」は、誰もが知るジョン・レノンの『イマジン』だが、「非公式(?)テーマソング」は、知る人ぞ知る、この歌、『グアンタナメラ』である。
 (グアンタナメラはキューバの地名)

  ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=Wl9XO7GukQk&feature=related

 ピート・のCDで、「あっ、これいいな」と思い、「ひと耳聴きぼれ」した歌だ。

 キューバの詩人(革命家)、ホセ・マルティが書いた詩に、詩人の「戦死」のあと、曲がついた。

 曲もいいが、詩もいい。詩もいいが、曲もいい。つまり、言うことなし!

 (曲の由来、詩は ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Guantanamera )

 邦訳(拙訳)の出だしは、こうだ。

 ♪ グアンタナメラ の 乙女
   グアンタナメラ
   グアンタナメラ の 乙女
   グアンタナメラ
  
   ぼくは真実を告げる男
   椰子の国から来たのさ
 
   死ぬ前にお願いだ
   魂の詩を分け合おう

   ぼくの詩は明るい緑
   そして赤い炎
   …………
       
 この歌、世界各国語に翻訳されているが、僕の知る限り、日本語の公式歌詞(?)はない。

 そこで、仕方がないから、

 最初の部分、

 ♪ グアンタナメラ の 乙女
   グアンタナメラ
   グアンタナメラ の 乙女
   グアンタナメラ

 を

 ♪ ガンバラネバ   わしら
   ガンバラネバ
   ガンバラネ~バ  わしら
   ガンバラネ~バ

 そう、老人である僕らの「世直しテーマソング」になる(なりうる)歌なのだ!
 女性が歌うときは、「わしら」ではなく「わてら」にすればいい。

 全国津々浦々の「70年世代」の同輩・同志諸君!
 わしら・わてらが頑固な爺さん・婆さんとして闘わないで、どうする!?

 ♪ ガンバラネバ   わしら
   ガンバラネバ
   ガンバラネ~バ  わてら
   ガンバラネ~バ

 と、歌いださないで、どうする!!?? 

 若い人は、「オレラ」「ウチラ」で頼む!

 ♪ ガンバラネバ   わしら(オレラ)
   ガンバラネバ
   ガンバラネ~バ  わてら(ウチラ)
   ヨナオシ~ダ

  
  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=tiF5dtsB1Gc

        http://www.youtube.com/watch?v=Wl9XO7GukQk&feature=related

Posted by 大沼安史 at 08:48 午後 |

〔イランNEWS〕 当局の禁止振り切り ネダさんの葬儀に数百人

 米マクラッキー新聞連合によると、銃殺されたネダさん(26歳)の葬儀が25日(木曜日)午後5時から、テヘランの南、車で1時間の墓地で行われた。

 当局の禁止にもかかわらず、数百人が参列、無残な死を悼んだ。

 葬儀の現場をバシジ民兵が取り囲んだが、妨害はなかったという。

 ⇒  http://www.mcclatchydc.com/world/story/70799.html
 

Posted by 大沼安史 at 05:14 午後 | | トラックバック (1)

〔イランNEWS〕 ムサビ氏のサイト、攻撃を受けてダウン 体制派聖職者 テヘラン大学で デモ参加者に「死刑」要求演説

 英紙インディペンデントによると、反体制運動指導者、ムサビ氏のサイトがハッカー攻撃を受け、閉鎖に追い込まれたという。
 
 「神の国」側の「血の弾圧」は効を奏しているらしく、ムサビ氏は追い込まれている。

 こうした中、体制派聖職者のカタミ師がテヘラン大学で演説、デモ参加者は「無慈悲に、死刑でもって罰せよ」と呼びかけた。

 この演説はイラン全国に放映された。 

 ⇒  http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/iran-uprising-fizzles-out-as-mousavi-backtracks-1721550.html
 

Posted by 大沼安史 at 12:41 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-26

〔イラン ビデオNEWS〕 ネダさんを助けようとしたイラン人医師がBBCに証言

 銃撃されたネダさんを助けたイラン人医師(男性=英国南部の大学に留学中)が、英BBCのインタビューに応え、当時の模様を語った。
 
 ⇒ http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/8119713.stm  
 
 

Posted by 大沼安史 at 06:20 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-25

〔イランNEWS〕 ネダさんの射殺はBBC記者の「やらせ」と政府主張 遺族、当局によってアパートを退去させられる  

 英紙ガーディンが報じたところでは、テヘランでの抗議デモを見ていて撃たれて死んだネダさんについて、政府当局は、英国のBBC放送の記者(国外追放済み)が「ごろつき」を雇って殺させた「やらせ」であり、ネダさんは政府系民兵組織「バシジ」の「殉教者」であると主張している。

 テヘラン市内東部のメシュキニ通りにあるネダさん一家が住む4階建てのアパートの一室が、現在、もぬけの殻。

 隣人の話では、ネダさんの遺族は警察によって黒布の喪章をかけることができず、翌日になって、どこかに退去させられた、という。

 隣人はネダさんの遺族に慰めの言葉をかけることもできなかかった、彼女はインチキ選挙の犠牲になった、と言っている。

 ⇒  http://www.guardian.co.uk/world/2009/jun/24/neda-soltan-iran-family-forced-out
 

Posted by 大沼安史 at 08:11 午後 | | トラックバック (0)

〔イランNEWS〕 「プレスの屠殺人(Butcher of the press)」が取り調べを指揮

 英紙タイムズによると、イラン当局は、市民から「プレスの屠殺人(Butcher of the press)」と恐れられている人物に、デモ参加者に対する取り調べをさせている。 

 サーイド・マルザタヴィ(Saaed Mortazavi )という悪名高き男で、2003年に、カナダ系イラン人の女性写真ジャーナリス、ザーラ・カゼミさんを逮捕し、暴行と拷問を加え、死に至らしめたそうだ。

 カゼミさん(54歳)はテヘランの刑務所周辺で逮捕された。
 その「死」を発表したのが、マルザタヴィで、「尋問中、脳卒中で死んだ」と言った。

 
 ⇒  http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/middle_east/article6570089.ece
 

Posted by 大沼安史 at 08:24 午前 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 テヘランから「脱出」した女性 CNNに証言 

  ユーチューブにCNNのレポートが載った。 デモで負傷、車椅子で、空路、テヘランを「脱出」したイラン人女性が、匿名でインタビューに応じていた。

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=SS059IZiXyg&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ehuffingtonpost%2Ecom%2F2009%2F06%2F24%2Firan%2Delection%2Dlive%2Dbloggi%5Fn%5F220128%2Ehtml&feature=player_embedded  

  元から警察国家だったが、ひどすぎる

 病院に行ったら捕まえられる  

  世界は助けてほしい  

 

Posted by 大沼安史 at 08:09 午前 | | トラックバック (0)

2009-06-24

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕  豊後水道

 先だって、お亡くなりになった三木たかしさんは、すばらしい曲を次々に書いた方だ。
 演歌にしろ、輝点がいくつもあって、そこから新しいメロディーがぐいっと流れ出す。
 そして、その「新しさ」には新奇なところがなく、むしろ懐かしい。そこには、ポップなクラシカルとでもいうべき風味がある。
 
 僕が三木たかしさんの歌で一番好きなの歌のひとつは、川中美幸さんのこの歌だ。

   ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=U7g_UkG1GLA

 最初の1小節だけで、最早、全てが語られている……
  
 この歌を思い浮かべ、口ずさむたび、僕の記憶の耳の、遠くの方から、なぜか、♪みかんの花が 咲いている……が聴こえて来る。

 50歳代の半ば過ぎで聴いたこの歌は(慌ててビデオに録って聴いたこの歌は)、仙台へ帰郷するよう、僕を誘ってくれた歌だ。東京暮らしを止めるよう諭してくれた歌だ。

 たぶん、この歌の「新しさと懐かしさ」が、帰心を掻き立ててくれたのだ。

 帰郷は退却ではなく、新しい何かの始まりであると。  

 任天真……潮の流れに身を任せれば、もう、それでいいのだと。
 
  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=U7g_UkG1GLA

Posted by 大沼安史 at 10:02 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 抗議の市民 バシジ民兵阻止のバリケードを築く

 撮影日時不明。テヘラン、市民の抵抗の現場だ。

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=EUMVwkf2tEY&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ehuffingtonpost%2Ecom%2F2009%2F06%2F13%2Firan%2Ddemonstrations%2Dviole%5Fn%5F215189%2Ehtml&feature=player_embedded
 

Posted by 大沼安史 at 07:23 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 テヘラン 23日 道路をバシジ民兵が制圧 

 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=ZCc9ehMa3Rk  
 

Posted by 大沼安史 at 07:16 午後 | | トラックバック (0)

〔イランNEWS〕 「神の国」当局 ブロッガー33人を逮捕

 「国境なき記者団」によれば、イラン当局は、反体制派のブロッガーをすでに33人逮捕している。
 
 逮捕されたブロッガーのリストは、以下のリンクに。 

 ⇒  http://www.rsf.org/spip.php?page=article&id_article=33474
 

Posted by 大沼安史 at 07:11 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 地方都市 ケルマンでもデモ 

 イラン南東部 ケルマンでも抗議デモが起きた。昨日(23日)の撮影らしい。

 テヘランでは明日(25日)、デモが予定されているという。

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=k5zLcD3Dp5g
 

Posted by 大沼安史 at 06:58 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 ワイクリフが連帯の歌 「平等と正義を!」

 ハイチ出身のミュージシャン、ワイクリフさんがイランの民衆に連帯する歌を歌い始めた。

 「平等な権利と正義を!」

 ♪ テヘラン! 平等な権利と正義を!

   子どもたちは望んでる

   テヘランの人々は望んでる……

  ピアノの弾き語りをするワイクリフさんの横に座る、(画面左隅の)白いヴェールを被った女性はイランの人だろうか?

 

⇒ http://wyclefjean.wordpress.com/

Posted by 大沼安史 at 01:40 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 聖職者もデモに 

 テヘランの街頭には、デモ隊にまじって聖職者の姿も! 

 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=RoLbV11MW14

Posted by 大沼安史 at 01:18 午後 | | トラックバック (0)

〔イランNEWS〕 緑のアームバンドで「連帯」のイラン代表サッカー・チームの選手たちが「引退」強いられる 日本代表チームよ、緑のアームバンドで「連帯」を表明せよ!

 英紙ガーディアンによると、韓国でのW杯サッカー・アウェー戦で、イラン国内での民主化運動に「連帯」して、緑のアームバンドを着用、プレーを続けたイラン代表チームのメンバーのうち、4選手が「引退」したという。 
 
   Ali Karimi(31歳)さん、Mehdi Mahdavikia(32)さん、Hosein Ka'abi(24)さん、Vahid Hashemian(32)さん――の4人。
 
 試合では他の2人の選手が、制止を振り切り、緑のバンドを身につけ、プレーしたが、この2人がどうなったか、は不明。

 サッカー選手が「引退」を強いられる……プレーできなくなる、だけならまだしも、よりひどい懲罰を加えられているとしたら……(そう考えることが、可能だから、苦しい……)。

 4人のうち、Karimi選手はドイツ・ブンデス・リーグの「バイエルン」で、Hashemian選手は「ボッヘム」、Mahdavikia選手は「フランクフルト」でプレーしているという。

 4人はマスコミとのインタビューを禁じられている。

 韓国戦でイランは1対1で引き分け、W杯本選出場はならなかった。

 権力の暴力は、スポーツを利用しはするが、反逆の芽が出たら、すぐ摘み取るもの……

 今回のイラン「神の国」政権の暴挙は、ヒトラーのベルリン五輪で、前回、ロス五輪で金を獲得した「バロン西=西中尉」に「落馬」を指示(?)、ドイツの選手に勝たせた(?)日本の当時の権力者の醜さに通じるものがある。

 日本の「Jリーグ」は、アハマドジェネドに抗議せよ!

 日本のサッカー選手たちよ、イランの仲間に「連帯」して、緑のアームバンドでプレーせよ!

 

 ⇒  http://www.guardian.co.uk/world/2009/jun/23/iran-football-protest-ban
 

Posted by 大沼安史 at 07:58 午前 | | トラックバック (0)

2009-06-23

〔イランNEWS〕 ネダに捧げる詩

 ネダさんに捧げる英語の詩がネットに載り、ニューヨーク・タイムズの紹介で、世界に広がっている。マンダナという人の詩だ。

 以下は拙訳。

  ネダ・アグハ・ソルタン(1982~2009年)に捧げる詩
                      マンダナ作

  ここにいるんだ、ネダ
  さえずる小鳥たちも
  緑の森も
  かぐわしい花も……みんな歌っている
  春の訪れを歌っている
  行くんじゃない ネダ……
  
  ここにいるんだ、ネダ
  一緒に通りで歌ってくれ
  命、万歳
  死よ、くたばれと歌ってくれ
  太陽よ、輝けと   
  寒さよ、出て行け、と言ってくれ
  行くんじゃない ネダ……
  
  ここにいてくれ ネダ 
  この街を見るんだ
  揺らぐ宮殿の土台を
  テヘランの楓の木の梢を見るんだ 
  やつらはぼくらを「ゴミ」という ならば
  連中の胸に穢れの息を吹き込もう
  行くんじゃない ネダ

  怖がるんじゃない
  花火の音さ 銃弾じゃないさ
  大いなる炎が産んだスパークだよ
  燃えてるんだ ぼくらは
  警棒と銃撃の油で、みんな 燃えている
  行くんじゃない ネダ   

  おお、ネダ、ネダ
  息をするんだ
  立ち上がるんだ
  檻を揺すぶれ
  鉄格子を破れ
  行くんじゃない ネダ

  行かないで ネダ
  立ち止まるんだ
  雲の向こうを見れば
  太陽の女神が輝き出す
  君とそっくりの
  行くんじゃない ネダ
  おお 神様 行くんじゃない……

   

 A Poem for Neda Agha Soltan (1982-2009)
        Written by Mandana

  Stay, Neda—
  The twittering birds,
  Green-garbed forests,
  Scented blossoms… all sing
  of spring’s arrival
  Don’t go, Neda…

  Stay, Neda—
  Sing with your people in the streets
  Say, Long live life!
  Down with death!
  Tell the sun to shine,
  the cold to depart
  Don’t go, Neda…

  Stay, Neda—
  Look at this city
  At the shaken foundations of palaces,
  The height of Tehran’s maple trees,
  They call us “dust,” and if so
  Let us sully the air for the oppressor
  Don’t go, Neda

  Don’t be afraid
  It is the sound of fireworks, not bullets
  The offspring-sparks of a great flame
  We are aflame, Fueled
  by baton-cracks and gunshots
  We are ablaze
  Don’t go Neda…

  Oh Neda, Neda!
  Breathe
  Rise
  Shatter the cage
  Break through the bars
  Don’t go, Neda

  Don’t go, Neda—
  Wait—
  Look beyond the clouds
  Lady sun is breaking through
  She is just like you
  Don’t go Neda
  Oh God, don’t go…

 ⇒  http://cdeemer2007.blogspot.com/2009/06/poem-for-neda.html
 

Posted by 大沼安史 at 07:30 午後 | | トラックバック (1)

〔イラン 写真NEWS〕 微笑むネダさん

 英紙インディペンデントと米紙ロサンゼルス・タイムズが電子版に、ネダさんの写真を掲載した。

 微笑むネダさん。
 
 やさしい目をした人だった。

 ⇒  http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/neda-ndash-the-tragic-face-of-irans-uprising-1714130.html?action=Popup&ino=1

    http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-neda-agha-soltan-pictures,0,5241125.photogallery
 

Posted by 大沼安史 at 06:18 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 夜空に向かって抵抗の唱和 「神は偉大なり!」を叫ぶテヘラン市民 

⇒  http://www.youtube.com/watch?v=xBvIINf_eUE
 

 ユーチューブに月曜日(22日)の、テヘランの夜の映像がアップされた。
 市民たちが「神が偉大なり! アラー・アックバル」と叫び、唱和している。
 
 合法的な「抵抗」が深夜に湧き上がった。

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=xBvIINf_eUE
 

Posted by 大沼安史 at 05:11 午後 | | トラックバック (0)

〔イランNEWS〕 ネダは哲学の学生だった! ネダに捧げる歌も……♪君は幾千もの花を育てる

 英紙ガーディアンによると、テヘランの街頭で、体制派民兵に狙撃されて死亡したネダさんは哲学を専攻する学生で、旅行会社のパートをしていたという。

 彼女はケータイで話ながら歩いていて狙撃された。
 ケータイは市民の抵抗の武器になっており、そのため狙われたのでは、との見方も出ている。

 イラン政府当局はネダさんの遺族に対し、イスラムによる葬儀をしてはならないと命じているという。

 また、ポラング・アザドという歌手はネダさんに捧げるを歌を歌い始めた。

   〔警告 アザドさんの歌が流れる、以下の映像コンテンツには無残なイメージが含まれています〕

  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=6ndDcQJW8a8
 
   

 ♪ 君は幾千もの花を育てる
   君は去り、ぼくの忍耐も終わった
   ……
   君の愛らしい顔は求めるものにあふれている
   おやすみ イランの乙女

   
 

⇒ http://www.guardian.co.uk/world/2009/jun/22/neda-soltani-death-iran

Posted by 大沼安史 at 01:16 午後 | | トラックバック (0)

〔イランNEWS〕 19歳の青年 撃たれ死亡 遺族に銃弾代を請求

 ウォールストリート・ジャーナル紙(電子版)に、テヘランで19歳の青年が撃たれて死亡。死体置き場に遺体を引き取りに行った遺族に対し、当局側が「銃弾代」として3000ドル相当の金額の支払いを求めた――との記事が載っていた。

 死んだ息子の父親は、自分が対イラク戦争を戦った元兵士であること、そんな金はないと言うと、葬儀をテヘラン市外で行なうことを条件に、遺体の引渡しに応じたという。
 

⇒ http://online.wsj.com/article/SB124571865270639351.html

Posted by 大沼安史 at 12:55 午後 | | トラックバック (0)

〔イラン ビデオNEWS〕 学生2人 撃たれて死ぬ

 〔警告〕 残酷なシーンが含まれています。 
 
  昨日(22日)のテヘランのようです。 
  響く銃撃音。
  丸腰の市民を無差別に撃ちまくる「神の国」! 
 
 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=7xhUx1fcnko

Posted by 大沼安史 at 06:02 午前 | | トラックバック (0)

2009-06-22

〔ビデオNEWS(増補版)〕 撃たれた女性の名はNEDA(ネダ) 撃たれる前、父親と一緒にテヘランの街頭に立つ彼女の映像 

  ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=xmuODd6DOc4

  彼女の名前はネダ。

    ネダ・ソルタニ(Neda Soltani)

   彼女の名前を、記憶しよう! 忘れずにいよう!

     イランの女性、ネダ!

  Wikiに彼女のページが出来た。⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Neda_(Iranian_protester)

  それによると、彼女の名前、ネダの意味はペルシャ語で「声」とか「呼びかけ」の意味だそうだ。

  Facebookには「イランの天使」として彼女を悼むコーナーが出来た。

    Wikiの記述によれば、彼女は26歳か27歳。20日現地時間午後7時5分ごろ、テヘランのカレガル通り交差点で、父親ととも抗議デモを見ていて撃たれたそうだ。

 撃たれた直後をとらえたビデオについた、匿名の人物(医者だという)のメッセージによると、銃弾は精確に性格に彼女の心臓を貫いていた

 撃ったのは民家の屋根に隠れていた、体制派の民兵組織、「バシジ」のメンバーで、彼女に狙いをつけ撃っていた

 彼女を手当てしようとしたが、手の施しようがなく、二分以内に絶命した――という。
 

⇒ http://www.youtube.com/watch?v=xmuODd6DOc4

   ■ 病院で負傷者を逮捕 女性、射殺される

  ニューヨークに本部を置く「イランの人権のための国際キャンペーン」によると、テヘランでは負傷した市民が病院で治安当局に身柄を拘束されているそうだ。

 また、同キャンペーン対する目撃情報によると、女性が頭を撃たれて死亡したという。

 ⇒  http://www.iranhumanrights.org/2009/06/demonstrators/

■ 夜のテヘラン 発砲音に中、ハメネイ師の肖像写真を焼く市民ら

 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=7nSQQsn_Na4

 

  

Posted by 大沼安史 at 01:15 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-21

〔ビデオNEWS〕 テヘラン 血の弾圧 女性が撃たれて死ぬ

 〔警告〕 このビデオには、カメラの目の前で女性が命を落とす、衝撃的な映像が含まれています。

 20日(土曜日)のテヘランでのプロテストで、ジーンズ姿の女性が撃たれ、お亡くなりになりました。

 ああ、偉大なる「神の国」よ! 

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=Zze7DQ_Ps2I
 

Posted by 大沼安史 at 02:22 午後 | | トラックバック (0)

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 私たちの日は来る! Our Day Will Come

 黒人女性歌手、ルビー(Ruby)とそのグループ(ロマンティクス)の Our Day Will Come のレコード(ドーナツ版)を、中学三年の僕は持っていて、宝にしていた。

 
  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=H9xbh5kohE4&feature=related

 何度も何度も聴いた歌だから、半世紀近く経った今でも、歌詞のほとんどを憶えている。

 ルビーさんの声とメロディーが気に入っていたのだが、子ども心にも、「ただならぬもの」を感じていたように思う。

 
 ♪ 私たちに涙なんか いらない
   愛を考え 笑顔を身につけよう

 ♪ 私たちの愛にはマジックがある
   だって私たちはいつもこうして
   愛していられるんだから

 どうして涙なんだ?
 どうしてマジックが出てくるんだ?

 この歌はたしかビルボード誌のトップになった歌だが、中学生の僕が手にできた「情報」はそれだけで、この歌(1963年の発売)が、アメリカにおける公民権運動の高まりという時代を背景に生まれたものだとは知らなかった。

 そう……オバマ政権の誕生は、この歌が生まれて45年後のことである。
 

  Our Day Will Come
    Ruby & The Romantics

  Our day will come
  And we'll have everything.
  We'll share the joy
  Falling in love can bring.

  No one can tell me
  That I'm too young to know (young to know)
  I love you so (love you so)
  And you love me.

  Our day will come
  If we just wait a while.
  No tears for us -
  Think love and wear a smile.

  Our dreams have magic
  Because we'll always stay
  In love this way
  Our day will come.
  (Our day will come; our day will come.)

   [break]

  Our dreams have magic
  Because we'll always stay
  In love this way.
  Our day will come.
  Our day will come

  ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=H9xbh5kohE4&feature=related

Posted by 大沼安史 at 10:04 午前 | | トラックバック (0)

〔イランNEWS〕 「神の国」をめぐる闘い 「ビロード革命」を恐怖する体制派 ロバート・フィスク記者が指摘 ムサビ氏 「ゼネストで抵抗」を呼びかけ

 テヘランで取材中の英紙インディペンデントのロバート・フィスク記者が、イラン情勢が「神の国」をめぐる闘いになっている、と指摘している。

 イランの現体制は、1979年のイスラム革命(ホメイニの革命)を継承するものだが、今の最高指導者のハメネイ氏が、「奇矯かつ、幻覚を見ているような」アフマディネジャド大統領の側に立ち、選挙の不正に抗議する民衆を「スパイ、傭兵」だと呼んで、弾圧を容認する方針を示したことで、「神の国」の体制そのものに対する反発のエネルギーが噴き出し始めた。

 フィスク記者によれば、最高宗教指導者のハメネイ師は19日(金曜日)の説教で、「ビロード革命」に言及したという。言うまでもなく、東欧における民主化革命を指す言葉で、イラン体制派は、イランでも同じような「ビロード革命」が起きるのではないか、と危機意識を高めている。

 ハメネイ師の弾圧容認は、「怒り」ではなく「恐怖」から来ている……これが中東問題の権威でもあるベテラン、フィスク記者の見方だ。 
 
  ⇒  http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-battle-for-the-islamic-republic-1711554.html
 
 また、同じくインディペンデント(電子版)の別の記者の報道によれば、当局による弾圧が始まった、20日の集会・デモでは、広場に詰め掛けた3000人の市民が「ハメネイに死を!」と叫ぶ場面も見られたという

  ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/protesters-cry-death-to-khamenei-1711553.html

 一方、ニューヨーク・タイムズによれば、「イランのガンジー」として非暴力・抵抗運動を続けて来たムサビ氏は20日、テヘラン内部の集会で演説、「もし、私が捕まったら、ゼネ・ストで対抗するよう」呼びかけ、「私は殉教者となる用意ができている」と語った。

  ⇒ http://www.nytimes.com/2009/06/21/world/middleeast/21iran.html?partner=rss&emc=rss

 

Posted by 大沼安史 at 09:06 午前 | | トラックバック (0)

2009-06-20

〔ビデオNEWS〕 「若者の血が流れる……ここはどこ?」 「屋根の上のための詩」 イランの女性が「ユーチューブ」を通じ世界へアピール 

 「ユーチューブ」で、イランの若い女性が、テヘランの夜の映像を背景に、自作の詩を読んでいる。
 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=pKUZuv6_bus

 「屋根の上のための詩」……19日の金曜日の夜にアップしたビデオだ。

 全てのドアが閉じられた街……ここはどこ?
 人々がひたすら神を呼んでいる……ここはどこ?

 こんなにもたくさんの人が閉じ込められている……ここはどこ?
 誰も助けに来ない……ここはどこ?

 わたしは震える 神様も震えている?

 沈黙だけの街……ここはどこ?
 わたしたちの声は、世界に届いている?

  若者の血が流れる……ここはどこ?

 市民が暴徒と呼ばれるている……ここはどこ?

 詩の最後は、こうだ。
 
 ここはどこか、知りたい?
 
 ここはイラン、あなたと私の祖国
 

 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=pKUZuv6_bus
  
 

Posted by 大沼安史 at 10:01 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 ギターを弾く、小鳥のような少女

 今朝、コンビニで買った朝日新聞(統合版朝刊)をめくっていたら、ひな飾りの前に座る、おばあさんが、同じ背丈の、ギターを弾く木彫りの少女に手を添えている写真が目に飛び込んで来た。

 木彫りの少女は、高野悦子さん。あの『二十歳の原点』の高野悦子さんだ。学生運動に加わって苦しみ、自死した人だ。

 (東京などでは朝日の夕刊に掲載されている)「ニッポン 人脈記」の記事。

 あの高野悦子さんも、ギターを弾く少女だった! 
 ジョン・バエズさんのように、新谷のり子さんのように、加藤登紀子さんのように。

 そう思った瞬間、数日前の雨の朝、平野ルミさんのあの歌を、40年ぶりに、なぜか突然、思い出したわけが分かった。(そして、急にトチくるって、ブログに「懐メロ」コーナーを設けてしまったわけが……)

 私がこんど出す本(『NONOと頑爺とレモン革命』)のカバー用に、イラストレーターのHさんが描いてくれたのが、ギターを持って「国会」へ向かう少女、NONOの絵。本文にはない「ギターを弾く」NONOの姿を、Hさんはレモン色で描いていた……

 そう、その絵が伏線になって、40年前の歌を思い出していたのだ――そのことを、高野悦子さんの木彫の写真は教えてくれたのだ。

 そして、私の本のカバーの絵を超えたもっと大きな時代の意味をも、教えてくれていたのだ!!!……。

 「人脈記」の記事の中で、高野悦子さん同様、「69年」に20歳だった作家の関川夏央さんが、こう言っていた。

 「……主体的に考えろ、世界を見ろ、と強要するような空気があった……悩むことを強要し、自分を責めさせたという意味では、時代の悪意があった」と。

 同感である。
 その通りだと思う。
 社会正義がイデオロギー化し、「正しさ」が「理論」として絶対化される中、「プチブル精神」は否定された。

 お前、「自己否定」、しろよ! 歌なんか、歌ってる場合じゃねえぞ、ギターを捨ててゲバ棒を握れ!

 何が、「ベトナムに、平和を」だ? ホーチミンは反スタ・スターリニストじゃねえか!

 「ベ平連」式のフランスデモが、ヘルメット姿のジグザグデモに代わって行く中、「フォーク・ゲリラ」たちの姿も、いつも間にか、消えてしまった。

 「自己否定」を迫る「時代の悪意」は、「一人でも始める・一人でもやめる」小田実さんのような市民運動家を個人主義者として侮蔑するまでになっていた。

 一言でいえば、それは、「69年世代」から……たぶん、高野悦子さんからも、「ギター」を奪ったのである。

 同世代である、僕の場合もそうだった。

 仙台の深沼海岸を歩き、歌をつくってはメロ譜に書いて、NHKの『あなたのメロディー』という番組あてにせっせと送りつけていた軟弱な僕も、いつの間にか、歌づくりを忘れていたのだ。

 (そうだった、NHKの番組に採用された僕の曲のひとつは、『浜辺でギターを』という歌だった!……)

 お母さんの高野アイさんがそばで優しく微笑む、「ギターを弾く高野悦子さん」は、僕にはなぜか、背後のひな人形たちを率いた、小鳥たちの楽団の、歌手兼ギタリストのように見える。

 そうとしか見えない僕の耳に、「時代の悪意」を超えて響いて来るものは、今のところ、素敵なラブ・ソングでありながら、あの時代に、まったく歌われることのなかった、平野ルミさんのあの歌である。

 「ギターのように愛されたい」……高野悦子さんという「ギターを弾く少女」は、この歌を歌っただろうか?

 歌わずとも(亡くなった翌年出た歌だから……)、歌ったはずだ。

 今、歌っている……そんな気もする。

 ⇒  「ギターのように愛されたい」は、  http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/06/i-love-his-for-.html
  
 

Posted by 大沼安史 at 01:11 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-19

〔いんさいど世界〕 アウシュビッツで闘った「あしたのジョー」たちの話

 ことしは「アンネの日記」のアンネ・フランクさんの生誕80年の記念の年です。
 誕生日は、1929年6月12日。

 そう、生きていれば(15歳でナチスのベルゲン・ベルゼン収容所で亡くならなければ)、今月の12日で、満80歳になったはず。

 日本では、80歳で、元気いっぱいなおばあちゃんたちはフツーですね。そのおばあちゃんたちが10代半ばの乙女だった頃……といったら、そんなに昔のことじゃありません。歴史的には、ついこの間、ナチスによる、あんなひどいことがあった! 忘れてはならない歴史の教訓です。

 で、今日は、日本ではあまり知られていない、ナチス時代に実際にあった話、「アウシュビッツの、あしたのジョー」の実話を。

 ことしの春、4月26日、サラモ・アラウチさんというギリシャ出身のユダヤ人男性が、イスラエルでお亡くなりになりました。86歳でした。アンネ・フランクさんより、6歳年上、ですね。

 そのサラモさんの訃報をイギリスの新聞(電子版)で読んで、この方のことを知ったのですが、サラモさんはナチスの収容所で――あの悪名高き「アウシュビッツ」で生きるために闘い続け、移送先のベルゲン・ベルゼン(そう、アンネ・フランクさんが赤痢でなくなったところですね)で解放の日を迎えた方なんです。

 生きるための闘い……「アウシュビッツのあしたのジョー」。そう、サラモさんはボクシングの闘いの日々を生き抜いたんです。

 サラモさんはギリシャのテッサロニキの出身。子どもの頃から、港で沖仲士(港湾荷役)として働き出しました。腕っ節が強かったそうです。お父さんの指導でボクシングの練習を始め、14歳でデビューしたそうです。その後、2年間(1939年まで)の戦績は、24戦24KO。ギリシャ国軍のボクシング・チームにも選ばれたそうです。

 そんなサラモさんの住むテッサロニキに、ナチスがやって来て占領した。テッサロニキには当時、ユダヤ人が4万7千人、住んでいたそうですが、みんな強制収容所に送り込まれた。(生き延びた人は2000人だけだそうです)

 サラモさんの家族もアウシュビッツに送られたのですが、お母さんと3人の姉妹は着いたとたん、ガス室送りになったそうです。(サラモさんは後で、お父さんともう1人、お兄さんか、弟さんかを、アウシュビッツで亡くしています)

 アウシュビッツに着いて間もない頃、ナチスの司令官が車で収用棟に乗りつけ、「ボクサーはいないか?」と言ったんだそうです。サラモさんは当時、16歳。アウシュビッツに着くまでに疲労困憊し、怯え切ってもいたのですが、一歩前に踏み出したそうです。

 リングは、土の上に線を引いただけ。グローブを渡され戦わされた。最初の相手は、「チャイム」という名のユダヤ人。この相手をノックアウトすると、次の相手は身長180センチ以上あるチェコ人だった。

 サラモさんは167センチで、体格ではかなり劣っていたのですが、これもノックアウトで地面に沈めたそうです。

 それ以来、毎日、ちゃんとした食事を与えられ、週に2、3回のペースで、リングに上る生活が始まったそうです。

 負けたら死が待ち受ける、苛酷なルール。そんな生と死の賭かったボクシングの試合を、収容所のナチたちは酒を飲みながら面白がって観ていた。どっちが勝つか賭けをして。

 サラモさんは結局、1945年、ベルゲン・ベルゼンへ移送されるまで、ざっと200戦、対戦したそうです。
 
 赤痢にかかっていた時、2回、引き分けただけで、あとは連戦連勝だったそうです。

 サラモさんはギリシャ時代、「バレエダンサー」と言われたくらい、フットワークがよかったそうです。それで、勝ち続けることができた。

 最大のピンチは、ドイツ系ユダヤ人ボクサー、クラウス・シルバーさんとの戦いでした。クラウスさんは、収容所に来る前、アマチュア時代、44戦全勝だった人で、アウシュビッツに来てからも、100戦以上、勝ち抜いていた。

 大変な試合になったそうです、最初、クラウスさんがサラモさんをダウンさせる。にもかかわらず、サラモさんは立ち上がり、逆にクラウスさんをノックアウトした。

 サラモさんは試合後、クラウスさんの姿を見ることがなかった。クラウスさんのような強い選手でも、決まり通りに、殺されてしまったのですね。

 サラモさん自身、何度も、もういやだ、殺されてもいい、戦いたくないと思ったそうです。

 それでも戦い続けたのは、アウシュビッツで見たことを、世界に告げるんだという「熱い決意」があったからだそうです。そういう使命感もあって、戦い続けることができたのでしょうね。

 でも、内心はどんな辛かったことでしょう。
 生き抜くには勝たなければならない、しかし負けた相手は――同胞は、死なねばならない……

 それを喜んで観ていたナチス……

 これはもう「あしたのジョー」を超えた、ほんとうに物凄い、惨い話ですね。

 生き延びたサラモさんはベルゲン・ベルゼンで会ったユダヤ人女性と結婚し、パレスチナに移住、お子さんを4人授かり、運送業でも成功、幸せな人生を送るのですが、今から20年前、自分をモデルにした映画の撮影で、アウシュビッツに戻ったことがあるそうです。

 「私は心の中で、両親にあった。そして泣き出した」と、その時のことを語っています。

 サラモさんは「明日」をつかみましたが、闘いに敗れ、明日をつかめずに死んでいったボクサーたちもたくさんいた。

 「アンネ・フランク」さんとともに、私たちはサラモさんら、ナチの収容所で闘った「アウシュビッツのジョー」たちのことを、忘れてはなりません。 

⇒ http://www.telegraph.co.uk/news/obituaries/5258959/Salamo-Arouch.html

http://www.independent.co.uk/news/obituaries/salamo-arouch-boxer-who-stayed-alive-in-auschwitz-by-fighting-200-exhibition-bouts-for-nazi-officers-1689791.html

Posted by 大沼安史 at 05:38 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

〔ジャック天野の目が点・事件簿〕  巨額米国債事件「続報」  日米伊当局  もみ消し工作

 USO通信特派員、ジャック・天野記者より、ミラノ発の「巨額米国債押収」事件の「続報」が「緊急メール」で届いた。

 同事件については、共同通信(下記リンク参照)が、以下のような、現地からの報道を配信している。

 ① 「ローマの外交筋」(これはローマの日本大使館とみられる)の話として「債券の多く」は、「一見して偽造されたものとわかる」&「偽造されたもの」であるが、

 ② イタリア財務警察に逮捕された2人は、「日本の旅券」を持った、「偽造国籍人」ではなく「ホンモノ」の「日本人」であり、

 (それならば、「偽造」した「日本人」は、「有価証券偽造」事件の容疑者であり、徹底して追及するのが当然なのに)

 ③「在ミラノ日本総領事館」は、イタリア人弁護士が「2人」の身元を保証したので、「2人の日本人」は「既に釈放された」と、他人事のような無責任な態度をとっている

 
 「一見して偽造だとわかる米国債」を、なぜ、「旅の日本人」がわざわざ「スイス」に運び込もうとしたのか、理解に苦しむところだが、「ニセ有価証券」事件は「行使」しなくても「偽造」しただけでも犯罪であるはずだから、日本政府(警察庁)が知らぬ顔の半兵衛を決め込み、邦人保護が最大の仕事であるはずの現地領事館も、さわらぬカミ(債券)にたたりなしと、逃げを打っているのは、どうしたことか?

 ジャック・天野記者の「続報」は、こんな疑問を氷解してくれるものだった。

 な~るほど、やっぱりだネ。

              ◎△◎ ⇒ *△* ⇒ ・△・

  米国債事件 日米伊秘密協議で「もみ消し」を決定  「偽造」と「発表」し収拾へ 運び屋の日本の政府職員は釈放・帰国   日本政府が対米資金供与増額で決着 イタリア政府へも「補償」措置

 【ミラノ19日ジャック天野記者】邦貨換算で13兆円もの米国債をスイスへ持ち込もうとして、イタリア財務当局に捕まった日本人2人の取り扱いと、今度の事件処理を協議する日米伊3ヵ国の財務・捜査当局者の秘密合同会議が18日、当地で開かれた。

 その結果、

 ① 日本政府職員である2人については身元を明らかにせず、即時釈放して帰国させる
 ② 押収した米国債は「偽造」であると発表する
 ③ 日銀が保有する米国債の3分の1相当分を、米政府の承諾なく換金処分をしようとした日本政府は、米政府に対し、遺憾の意を表し、米政府に対し、金融安定化のための「奉加帳資金供与」の追加支出を行なう
 ④ 日本政府は、40%の拾得権を持つイタリア政府に対し、補償措置を行なう

 ――の4条件で、事件に蓋し、決着を図ることで合意した。

 協議の中で日本側は、ミラノ・ルートでの日本政府金融資産持ち込みが定例化していたにもかかわらず、今回、同国財務警察が、まるで待ち構えていたように摘発したことに抗議したが、米側代表は米側への事前協議がまったくなかった点を指摘、ドル安定化への裏切り行為であると非難。「第二のロッキード事件」のような展開もありうると示唆したことから、日本側が抗議を撤回、今後とも、米政府の財政安定化に協力する旨、表明した。

 米側は日本の報道管制能力に懸念を示したが、日本側は「マスコミ工作は日本政府のお家芸だ」と説明。なお訝る米側交渉当局者に対し、「沖縄密約」を具体例に、日本国内における「ニュースの可塑性」及び報道機関(経営)サイドの「柔軟対応」姿勢を挙げ、懸念を払拭した。 

⇒ http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009061801001035.html

  http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009061601000979.html

Posted by 大沼安史 at 02:10 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-18

〔I Love This SONG For Sentimental Reasons 〕 北野ルミさんの『ギターのように愛されたい』

 ブログにこんなコーナーを設けるなんて、ぼくも年を取ったものだなぁ~。

  「懐メロ」だなんて。

 ま、いいや、もう失うものは何もないのだから……。

 失われた歌を求めて……第1弾は、平野ルミさんの『ギターのように愛されたい』。

 今朝、小雨の中、自転車を漕いでいて、ふと思い出した歌だ。学生の頃に聴いた、忘れられない、いい歌だ。

 ためしに「ユーチューブ」で検索をかけたら、あった!

 で、本コーナーを立ち上げることに!

 タイトルの I love you……はもちろん、ナタリー・コールのあの歌から……。 

⇒  http://www.youtube.com/watch?v=3eHRsFPbyFY&feature=related

Posted by 大沼安史 at 09:35 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 イランのサッカーチーム、ムサビ氏に連帯する緑のアームバンドでプレー!

 私が毎日立ち寄る「アンチWARコム」(⇒ http://www.anti-war.com/)に、ホントにいい写真が載っていた。

 「緑のアームバンド」をしたイラン代表サッカー・チームの写真だった。

 17日、韓国で行われたWカップのアウェー戦。

 イランの衛星中継されたこの試合のピッチに立った選手のうち、カリム主将以下、少なくとも8人が「緑のアームバンド」をつけていた。

 「緑のアームバンド」は、ムサビ候補のシンボル・カラーだ。

 韓国のフィールドから、「連帯」のあいさつを贈った、イラン・ナショナルチームの選手たち。

 すごいことをしてくれたものだ。 

 おお、世界は変わるかも知れない……そんな希望をふくらませてくれた一枚の写真だった。

 イラン・チームにも、「オーレ」だぁ~!!! 

⇒  http://news.yahoo.com/s/time/20090617/wl_time/08599190521300

  

Posted by 大沼安史 at 08:20 午後 | | トラックバック (1)

〔コラム 本の森・一番町日記〕  I Guess the Lord Must be HERE in ……

 私より10歳年下のわが「人生の師」、「本の森」の大内代表がCDをかけた。聴きながら、翻訳の仕事を続けていたら、ロイ・オービソンのDream がかかった。

 懐かしくて耳を傾けた。
 おお、ロイ・オービソン! ぼくが中学生の頃から、大好きな歌手!(Blue Bayou なんか、何度聴いたか知れない……)

 大内代表に「このCD、何?」と聞いたら、映画「You've Got Mail」のサウンド・トラックだった。

 トム・ハンクスとメグ・ライアンのあの映画。
 昔、観た記憶がある。

 「同じコンビで、Sleepless in Seatle というのもありましたね」

 ああ、そうだった。あれも観た……いい映画だったなあ……。

 記憶の森の奥へ入りかけたところで、大内代表が気をきかせて(わが「人生の師」は、こういう素敵な気配りをできる人なのだ!)、ぼくにこう言った。

 「何曲かあとに、いい曲、かかりますよ。大沼さん、きっと気に入ります」

 この一言で、引き返した。

 
  I Guess the Lord Must be in New York City

  女性の歌手(シニード・オコーナーというアイルランドの歌手、この歌手、ただものじゃないぞ!)が歌う歌だった。初めて聴く歌だった。

  ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=5E-e8LdGDl4
 

 ♪ 悲しみの全てにグッドバイ言って 明日 旅立つんだ
   ニューヨーク・シティーには、きっと神様がいるんだ

  ♪ ツトメは果たした 何処にも行かず 過去だけを見詰めて 答えのないまま

  
 ♪ なんて素晴らしい 私の生きる場所はそこ
   初めてだよ 許されて自由になる このニューヨーク・シティーで

 神様のふところに飛び込んで、自由になる、軽快なリズム。
 ほんと、いい歌だなあ~

 
 そうか、そういうことか……忘れていた、ぼくのニューヨーク・シティーは、この仙台だった……。

 ぼくが叩く(「幸せの黄色いハンカチ」がはためく?……)神様が住む「裏口のドア」は、この「本の森」のドアだった……

 雨の昼下がり。

 一番町のビルの一室。

 さっき、大内代表がシトラスの香を焚いていた。

 古いオフィスビル6階のこの部屋にも、

  I Guess the Lord Must be here in HONNOMORI!

⇒  

〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。

Posted by 大沼安史 at 05:58 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-17

〔ジャック天野の目が点・事件簿〕 日銀保有の米国債の3分の1 1345億ドル分 スイス闇マーケットで売り抜け図る 「エシェロン」で米が察知 イタリア当局 運び屋日本人を逮捕

 調査報道ジャーナリストとして世界を股にかけ活躍する、USO通信特派員(でもある)、畏友ジャック・天野氏より、コンフィデンシャル・レポートの至急電が入った。

 極秘レポートではあるが、本ブログ読者は小生のいわば「身内」(? えっ? 「勝手に身内にするな」ですって? いや、ごもっとも)、レポートの重要性に鑑み、オフレコを条件に「転載」することにする。

 発信地はな、なんとイタリアのミラノ。ジャック・天野・特派員が突き止めたのは、超弩級のスーパー大スクープ。2009年の新聞教誨賞を受賞したも同然の、どでかい抜きネタである。

            ◎▲◎ ⇒ *△* ⇒ ・△・

  日銀保有の米国債 3分の1の「売り抜け」に失敗 運び屋の日本人、イタリア当局に逮捕 1345億ドル(額面)分を押収    米国がグローバル諜報網「エシェロン」でマーク 通報     日本政府 米政府「上納」分と同額をスイス闇マーケットで換金処分……に失敗  

  【ミラノ16日ジャック天野】イタリア財務当局がスイス国境のチアッソで、巨額の米国債を隠し持った日本人運び屋2人組を逮捕した事件は、日本政府が日銀保有の米国債をスイスの闇マーケットで換金処分しようとして、米国の介入により頓挫したものであることが、当地の国際金融筋の証言で分かった。

 この事件は、トランクの底に米国債(額面)1345億ドル相当を隠し持った日本人運び屋2人が、ミラノ発のローカル線で、スイスへの越境しようとしたところを、国境のチアッソで、イタリア財務当局が阻止、米国債を押収した、というもの。

 当地の関係筋によれば、身柄を拘束された日本人2人はいずれも日本政府の職員で、イタリア財務当局の調べに対し、成田からミラノに直行、列車で出稼ぎにゆく労働者の群れに紛れて、スイス入りを図った、と供述している。

 2人はチューリヒに行き、トランクごと、現地のブローカーに引き渡す予定だった。

 運び屋の2人はまた、スイスでの闇マーケットの換金処分しようとした日本政府の動機について、米国債はいずれ紙屑同然となることから、早めに売り抜けを図り、ゴールドなどに換えるつもりだった、と供述している。

 今回、イタリア当局が押収した米国債は日本銀行が保有している無記名・譲渡可能なもので、政府間にしか出回らない5億ドル単位のものや、ケネディ国債と呼ばれる特殊な米国債も含まれている。

 国際金融筋によれば、1345億ドル分の米国債は日銀保有の3分の1にあたる。日本政府は金融・財政破綻にあえぐ米政府の圧力で、日銀保有の米国債の3分の1を、米財務省のTARP(焦げ付き債権救済プログラム)に無償で「上納」させられており、これに不満を募らせた日本政府が、それと同額の手持ち米国債の「投売り」に走ったもの、とみられている。

 一方、在イタリアの国際諜報筋によれば、米政府は日本政府の手持ち国債3分の1売り抜け計画を、準備段階から察知し、マークしていた。グローバルな盗聴網である「エシェロン」で、日本政府の財務省、日銀関係者のメールや通話を傍受、日本人運び屋を尾行し、イタリア当局に通報して現行犯逮捕につなげた。

 イタリア政府は国内法の規定により、押収した米国債の40%を取得できるが、あまりにも巨額なため、現在、日米伊3ヵ国で和解策を協議中だ。

 今回の日本側の「売り抜け」策動について米政府は国債相場を撹乱するものとして怒りを募らせており、ロッキード事件のような形での責任者の処分を検討している。

  ⇒ http://seekingalpha.com/article/143462-strange-inconsistencies-in-the-134-5-billion-bearer-bond-mystery   

http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/europe/article6507161.ece  

 http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=newsarchive&sid=agTTqVJ0rhJI   

http://finanzen.aol.de/die-seltsamen-japaner-und-der-milliarden/artikel/20090616011949390267556   

Posted by 大沼安史 at 12:13 午前 | | トラックバック (0)

2009-06-16

〔ビデオNEWS〕  怒りのテヘラン 

⇒  http://www.talkingpointsmemo.com/news/2009/06/video_protests_in_iran.php?ref=fpblg

Posted by 大沼安史 at 08:57 午後 | | トラックバック (0)

〔いんさいど世界〕 100万人が抗議デモ 「イラン・運命の日」&「雨の中のメーク・ラブ」 ロバート・フィスク記者@テヘラン 

 英紙インディペンデントのロバート・フィスク記者がテヘラン入りして、現場からレポートを続けている。

 16日の同紙(電子版)でのレポートのタイトルは「イランの運命の日」。

 前日、15日のデモを目撃したフィスク記者は「それはイランの運命の日であり、勇気の日だった」と書いた。

 フィスク記者は、あのビンラディンとも何回か会って取材している、中東報道の第一人者。その彼がテヘランに入っている! 頼もしい限りだ。

 フィクス記者によれば、「群衆は歌い、叫び、笑い、大統領を“クズ”と呼んでバカにした」そうだ。

 1979年の「イラン革命」以来の大群衆の抗議行動。100万人!

 群衆の勇気は「信じられないほど」だとフィスク記者は言う。
 デモの人々は皆、テヘラン大学で学生が5人、ピストルで無残に撃ち殺されたことを知っており、それを知りながら街頭に出た。

 フィスク記者が15日朝、大学のゲートに行くと、学生たちが泣いていたという。「虐殺だ」と叫んでいたという。

 雨の中、フィスク記者の横を、若いイラン人男性が歩いていた。ペルシャ語の詩を歌いながら。テヘラン大学の学生だった。フィスク記者はその学生に、その歌を訳してくれ、と頼んだ。

 「現代イランの詩人、ソーラブ・セペリの詩です」

 学生の(英)訳はこうだった。

   私たちは雨の中、行かねばならない
   私たちは目を洗わなければならない
   そして私たちは世界を別の目で見なければならない

 現場からのレポートで、詩を紹介するフィスク氏。
 さすがだ。

 テヘラン大学の学生はさらに、フィスク氏にこう続けた。

 「この詩の次の一行は、雨の中での女性とのメークラブ。ちょっとデモには似合わないね」
 その学生と、仲間の2人は笑いながら、頷き合ったのだそうだ。

 雨の中のメーク・ラブ……デモの本質――「自由」を、この一言で見事に描いてみせた、イランの学生たち&フィスク氏。

 やがてテヘランの雨が上がって、デモの群衆の上に陽が降り注いだという。

 運命の女神がイラン民衆に微笑むことを祈る。

⇒  http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-irans-day-of-destiny-1706010.html

Posted by 大沼安史 at 07:54 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-14

〔コラム 本の森・一番町日記〕 「日の丸」を背負った亀、「国会」に向かう!

 小生(大沼)の2冊目の「世直し小説」、近々、仙台の市民出版社「本の森」から出す、新作のタイトルが決まった。 『NONOと頑爺のレモン革命』!

 「NONO」は、フランスから来た(小説の主人公のひとり)女の子のニックネーム。
 20世紀の初め、フランスで活躍した思想家・教育家が子ども向けに書いた物語、『NONOの冒険』から拝借した。
 「頑爺」は「がんじぃ」と読む。もちろん、あのインドの「ガンジー」さんにちなんだ由緒ある(?)名前である。

 じゃ、「レモン」は?……これはマル秘。
 でも、「ヒントその1」は、「高村光太郎さんと智恵子さん」。

 そして、昔、街頭デモをして、催涙ガスに巻かれたことのある人なら、その汁を××に絞り込み、○○させた経験がおありでしょうから、分かるはず……これが、「ヒントその2」。

 なんだか、思わせぶりで、済みません!

 で、ストーリーも、読んでのお楽しみ(つまり、買ってください、というアピール!?)になるが、
(ただし、「あとがき」未定稿は、本ブログで既報 ⇒https://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=58298437&blog_id=153575)

 そのエッセンスを取り込んだ、カバーの絵が完成し、昨日、「本の森」に届いた。

 仙台在住のイラストレーター、H女史の力作。
 凄い! 
 まるでシャガール!(H女史と誕生日が同じ!)、しかもパンクな。
 
 「オモテ」の表紙の絵は、「NONO」が中心。レモン色の「レモンちゃんNONO」になっている。ギターを抱えて、歌いながら「国会」へ向かうNONO!

 おお、ドラクロア! デモ隊を率いて、「国会」へ雪崩れ込む、自由の女神! 

 NONOの足元には、亀さんがいる。背中に白地に赤丸の「日の丸」を背負った亀がいる!

 な、なんだ? 何なんだ、これは? ま、まるで、ミヒャエル・エンデさんのMOMO!

 NONOのレモン色のギターには、白地の緑丸の「緑の日の丸」。
 い、いったい、これは何なんだぁ~?

 しかも、画面右下が「キャンドル・ライト」の海。

 光の海の中で、「平和の聖火」のトーチを掲げている男性は、若い頃の、小田実(まこと)さんではないか!!!
 「ベ平連」時代の、若々しい小田実さんではないか?

 「頑爺」とは、あなたのことですか? 教えてください、小田実さん!!

 背表紙の絵も凄い。

 いまにも海に沈もうとする、オランダの病院船!

 その上の空を、抱き合って飛んでいるのは誰だ?!

 おお、な、なんと、ジョン・レノンさんとオノ・ヨーコさんではないか?  

 おお、シャガールが遂に、ジョン&ヨーコ&ラブ&ピースを描いた!

 ――――というわけで、H女史の手になる、物凄い、迫力満点の絵のおかげで、すばらしいカバーの本になりそうだ。

 ハチャメチャなストーリーのエッセンスを、見事にシャガール化し、「構図化」してくれたHさん、ほんとうに、ありがとう!

   
 『NONOと頑爺のレモン革命』は、前作、『緑の日の丸』に続く、シリーズ第2作。
 目下、編集作業中で、遅くても8月中には発売の予定です。

⇒  

〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。

Posted by 大沼安史 at 11:37 午前 | | トラックバック (1)

2009-06-13

〔いんさいど世界 (増補版)〕 ピョンヤンより愛を込めて 金正日の対米プルトニウム・ラブコール

 北朝鮮がまたも「強硬姿勢」を強めた。「3回目の核実験準備」に続き、こんどは「全プルトニウムの兵器化」だそうだ。
 ⇒  http://www.independent.co.uk/news/world/asia/north-korea-says-it-will-weaponize-its-plutonium-1704347.html

                     *

 1945年の「神の国」(日本)と、2009年の「地上の楽園」(北朝鮮)は、民衆の福祉などそっちのけで、独裁者どもが(とその取り巻き)「国体護持」に躍起となった点で共通している。

 「神の国」は「冷戦」の幕開けという「カミカゼ」が吹いて、戦後民主主義の「皮」をかぶることで「国体護持」に成功したが、「地上の楽園」の将軍さまは、3男坊への権力移譲=皇位継承が無事、実現するかどうか――果たして自分たちは生き残れるかどうか、気になって仕方がないようだ。

 で、「瀬戸際政策」のカードを次々に切って、「聖戦遂行!」「撃してしやまん」「欲しがりません、勝つまでは」と国内の引き締めにかかる一方、「国体護持」の確約を求め続けている……。

 北朝鮮の「挑発エスカレーション」の「構図」には、そんな、既視感とやりきれなさが漂う。

 が、それにしても、「国体護持」に躍起な金正日は、なぜ、次から次へと、世界の反発を買う――世界に叩かれっぱなしの「強硬姿勢」を打ち出しているのか?

 逆説的な言い方になるが、答えはひとつ――北朝鮮はアメリカに対して、「対決」という名の「塩」を贈っているのだ。

 つまり、金正日の「核」には、米国への「愛」が込められている。すなわち、「プルトニウム・ラブコール」。

 ではなぜ、「敵に塩」のラブコールを、「北」はアメリカに贈るのか?
 それは、朝鮮半島の軍事緊張が高まれば高まるほど、米国の、中国に対する立場が強まるからだ。

 「世界帝国」として経済的にも破綻した米国は、金融面で中国の協力を引き出すしかないが、イラク・アフガンという重い足枷もあり、ペキンに対して切れる、自前のカードはゼロ。
 そんな時に「北」の将軍さまが、脳卒中にもめげず、暴れまくってくれることは、米国にとって、願ってもない「交渉材料」。実にありがたいことであるわけだ。

 アメリカとしては(その気もないのに)、中国に対して、そんなに言うならいいですよ、北朝鮮の体制存続、認めてあげてもいいですよ……でも、その代わり………と言える――。

 2回目の核実験の際、中国外務省は北朝鮮を「罵る」声明を発表したが、それは子飼いのポチ(将軍さま)が勝手に、オバマ政権に対し「シッポ」を振る……あ、いや、「塩(それもプルトニウムをまぶした!!??)」を贈ったことへの怒りだったはずだ。

 オバマ大統領は今年後半、初の中国訪問を行うことを模索中だと言われる。
 後半とは秋以降という意味だが、北朝鮮の軍事独裁政権にとっても、10月初めは「皇位継承」発表の山場である。

 金正日は、そこらあたりに「終戦の日」を設定、オバマ政権に花を持たせるかたちで、朝鮮半島の「現状維持」を――つまりは、国体維持の護符を、あわよくば米・中・北朝鮮による3ヵ国共同宣言によって勝ち取る戦略でいるのだろう。

 もちろん、米政権もこうした「北」の意図を知っているから、今年後半に向かう政治日程の中で、「第二次朝鮮戦争」カードをちらつかせながら、北朝鮮を適当にあしらいつつ、中国に圧力をかけ、日本をもまた、いいように操ることだろう。

 となると、「米」「北」双方が「賭金」を吊り上げる必要が出るから、小競り合い的なミニ・軍事衝突ぐらいは、ありそうだ。

 (オバマは賢いから、1962年の「キューバ危機」の際のケネディのように、「北朝鮮」を海上封印(seal-off)したとしても、「封鎖」(blockade)という言葉は使わないだろう。たぶん、「隔離(quarantine)」と言い換えるはずである。「封鎖」は「戦争行為」であるからだ)

                       *

 北朝鮮の超瀬戸際政策は「国体」の存続を賭けた、アメリカに対する媚態――醜態である。「核」という名の「ぶって! ぶって!マゾ姫」を、アメリカに押し付け、いいように使ってください、と言っている。

 それは米占領軍に対して、食うに事欠く「大和撫子」たちを集め、早速「特殊慰安所」を開設した、「終戦時」の日本の権力者の姿と、どこか似ている。
  

 

Posted by 大沼安史 at 08:59 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-12

〔ジャック天野の目が点・永田町〕 鳩山総務大臣 「男貫き辞任」 今宵、歌うは♪「完敗の宿」 

 畏友・ジャック天野より、「ニュース速報メール」が飛び込んで来た。

 それによると、NHKが、「鳩山総務大臣、自らの信念を貫きたい、貫けないなら男じゃない、として、大臣を辞任」と、繰り返しているという。

 でも、あの「鳩ぽっぽ大臣」、西川社長の「再任」を認めないことが「信念」だったはず。
 大臣辞めたら、西川社長のこと、辞めさせられないよね~……???

 これってなんか変だよねえ。

 鳩山大臣って、「かんぽの宿」を叩き売ろうとした、郵政民営化・「新利権」集団に、あの大きなカラダを張って抵抗した人だよね。
 信念を貫いて、西川を辞めさせればよかったのに……

 結局、民営化の時計の針を戻そうという、「郵政一家」の「旧利権」集団にケツをたたかれ、カッコつけたまではよかったものの、腰砕けになっただけジャン?
 
 
 ♪ぽっぽっぽ、鳩ぽっぽ
   利権ほしいか そらやるぞ
   みんなで仲良く食べに来い

 なんて歌いまくって、

 ♪信念つらぬき 辞めました

 なんじゃ、サマにならないなあ。

 それにネ、こんな理屈にもならない辞任理由を電波で垂れ流す、NHKって何なの?

 で、昨年来、永田町で潜行取材を続ける、ジャック天野の「速報メール」のキモの部分を紹介すると、平河町の自民党本部周辺のバー、及び、赤坂方面の料亭では、きのうあたりから、こんな「替え歌」が流行り始めたそうだ。

  「完敗の宿」 

 ♪あなた変わりはないですか
   日ごとバカさが募ります
    辞めてもらえぬ西川の
    粘りこらえてスネてます
    男ごころの未練でしょうか
    カンポくやしい
    北の宿

  「新利権集団」の巻き返しに遭い、「豆鉄砲」を食らって辞任に追い込まれた「鳩ぽっぽ大臣」、今夜あたり、ヤケ酒を飲みながら、きっと歌うはずだぜ。

Posted by 大沼安史 at 02:40 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-11

〔NEWS〕 「平和の母」 ダラスのブッシュ邸へ抗議行動

 「ピース・モム(平和の母)」こと、シンディー・シーハンさんが6月8日、米テキサス州ダラスの北部高級住宅街にある、ブッシュ前大統領の邸宅に対して、抗議行動を行った。
 地元、ダラスの新聞が伝えた。

 シンディーさんは、息子のケイシーさんをイラクで失った。
 イラク戦争の「A級戦犯」であるジョージ・ブッシュが現役の大統領時代から、抗議活動を続け、テキサス州クロフォードにある、ブッシュ牧場近くに「反戦基地・キャンプ・ケイシー」を開設するなど、ブッシュ政権の責任追及を続けて来た。

 昨年11月の連邦議会選挙に立候補し、敗れて以来、音沙汰なく、心配していたが、ブッシュに対する「追っかけデモ」再開というかたちで健在ぶりを示してくれた。

 シンディー応援団の一人である小生としても、嬉しい知らせだ。

 約50人による小さなデモだったが、学ぶべきことは多い。

 兵士たちを戦場に送り込み、バンバン死なせておいて、自分はぬくぬく、余生をエンジョイしまくっている輩を追っかけ回すことは、われわれ戦後日本人の課題でもある。

 「少国民」たちに「死ね」と教えていた文部省の役人たちは、戦後をどう生き延び、天下り人生をエンジョイしきったか?

 「横浜事件」や「生活綴り方事件」をでっち上げ、拷問しまくった連中が、戦後をどう生き延び、平和を謳歌しまくったか?

 「特攻」を命令した輩が、軍人恩給をもらいながら、戦後をどの面さげて、どう生き延びたか?

 この解明は、歴史学者の使命であるだろう。

 そんなことを考えさせてくれた、シンディーさんの再起だった。 

⇒  http://www.dallasnews.com/sharedcontent/dws/news/localnews/tv/stories/DN-sheehan_09met.ART0.State.Edition2.50de8ff.html

Posted by 大沼安史 at 07:09 午後 | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 シドニー大学の「反戦講座」、つぶされる!

 小生の「智恵袋」でもある、畏友YO氏からのメール連絡で、シドニー大学の「反戦講座」(本ブログ既報)が急遽、キャンセルされたことがわかった。

 米豪軍事訓練に抗議する「パイ投げ」なども「講座」のプログラムにあったそうだ。

 理由も告げない、突然の中止だそう。

 くそっ、残念!

  

Posted by 大沼安史 at 06:34 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-10

〔ビデオNEWS〕 太陽とオリーブの下で同志は眠る スペイン内戦 国際義勇軍生き残りにスペイン政府がパスポートを授与

 スペイン内戦が1939年、フランコ派の勝利で終わりを告げてから、ことしはその80周年。

 16日、ロンドンのスペイン大使館で、国際義勇軍の生き残りの7人に、パスポートの授与式が行われた。

 ⇒  http://www.guardian.co.uk/world/video/2009/jun/10/spain-international-brigade-veterans

 ジャック白井が、シモーヌ・ヴェーユが、ヘミングウェーが、ジョージ・オーウェルが、人民政府側で闘った、スペイン市民戦争。

 授与式では、元義勇兵団体の代表が、スペイン語で、「同志はスペインの太陽とオリーブの木の下で眠る」と語った。

 スペイン内戦では英雄的な行為も伝えられるが、ヴェーユが記録したように、革命左派の間にも、敵・味方の二元論を超えられない限界があった。(カトリックの神父を虫けらのように殺してしまう……など)

 そうした不毛を乗り越えたところに、スペイン革命の栄光が存在するのだろうし、そうでなければならない。

 フランコ政権をいち早く、承認したのが、わが「日本帝国」であり、「満州国」を一早く承認したのが、フランコであることも、忘れてならないことだ。

 

⇒  http://www.guardian.co.uk/world/video/2009/jun/10/spain-international-brigade-veterans

Posted by 大沼安史 at 05:57 午後 | | トラックバック (1)

2009-06-09

〔NEWS〕 シドニー大学が学生向け「反戦プロテスト」講座 米豪軍事訓練の現場で抗議活動を実地演習 

 オーストラリア紙、ヘラルド・サン紙(電子版)に、シドニー大学の「平和・紛争研究センター」が、学生たちのため、「平和と活動訓練コース」を開講する、という記事を読んだ。

 6週間のコース。
 受講料、500豪ドルの中には、クイーンズランドでの行われる、米豪合同軍事訓練「魔よけの刀」に対する抗議行動への現地参加費も含まれているという。

 学生たちは7月12日、現地の空港を「封鎖」する抗議行動に参加するが、逮捕者が出ることも予想されるという。

 キャンパスから、プロテストの現場へ。
 それも正規の「クラス」として?

 「単位」も、つくのだろうか?

 非暴力のプロテスト。
 こういうのって、いいね! 
 

⇒  http://www.news.com.au/heraldsun/story/0,21985,25603087-5005961,00.html

Posted by 大沼安史 at 07:18 午後 | | トラックバック (0)

2009-06-07

〔コラム 本の森・一番町日記〕 ジョン・アーヴィングのラストセンテンス

 ニューヨーク・タイムズ(電子版)のビデオ・インタビューに、作家のジョン・アーヴィングが出ていた。

 昔、『ガープの世界』を読んで感心したことがある。村上春樹氏もこの人から、ずいぶん、影響を受けているじゃないかな……とにかく、僕の好きな、尊敬する作家だ。

 で、ビデオを観た。

  11月、遅くとも年明けには出る、新作、『Last Night in Twisted River』(千曲川の最後の夜、とでも??)のインタビューだった。

 4年前、2005年の1月に、「最後のセンテンス」が浮かび、それから7ヵ月後に「最初のセンテンス」を書いた――つまり、物語を書き出した。

 最初に浮かんだ「最後のセンテンス」は、手の手術をした病院に向かう車の中でのことだった。

 ボブ・ディランのCDを流しながらのドライブだった。

 「Tangled up in blue」 を聞いていて、こんな一節にぶつかった。
    
    ♪He had a job in the old North Woods
          Workin' as a cook for a spell
          But he never did like it all that much
          And one day the ax just fell

 その時、浮かんだのが、『Last Night in Twisted River』の結びの文章となる、以下の一文。

  He felt that a great adventure of his was just beginning as his father must have felt in the throes and dire circumstances of his last night of Twisted River.

  自分にも、大きな冒険が始まりつつあることを、彼は感じた。それは彼の父親が、あのトゥイスティド・リバーの最後の夜に、苦痛にさいなまれ、ひどい状況に囲まれながら、感じたに違いないことだった。

 病院に着くや否や、ジョン・アーヴィングは、その部屋にあった、処方箋か何かの紙に、このラストセンテンスを書き付けたそうだ。

 ラストセンテンスは一字一句なりとも変えない。このラストセンテンスに向かって書いていく。
 これが、彼の小説作法だそう。
 コンマもダッシュも動かさない!……
 う~ん、なんか、凄い!

 小説の最初の方は、1章を5章と入れ替えたり、いろいろ変えるけど、最後の最後だけは絶対、変えない。そのラストセンテンスの一点を目指して書く。

 アーヴィング流の極意は、作家を目指す、日本の若い人たちの、「指針」にもなるような気がするが、どうだろう?!

 書き出しにあれこれ悩むのではなく、最初に「到着地点」を決めてしまい、そこに向かって筋(ストリー)を考え、曲がりくねった川を下ってゆく。

 中学や高校での作文指導にも、このやり方、意外に役立つかも知れない。

 文章は終わりから書く……そう、コペルニクス的な、小説作法の発想の転換!

⇒  http://video.nytimes.com/video/playlist/arts/1194811622313/index.html

〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。

Posted by 大沼安史 at 09:10 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 ブーヘンヴァルト         摂氏37度の和解

 絶滅収容所、ブーヘンヴァルトの地表の記念碑に 6月5日の午後、白バラが4本、置かれた。

 オバマ大統領とドイツのメルケル首相、そして、この収容所で死と隣り合わせの日々を過ごした2人の生存者、エリ・ヴィーゼル氏とバートランド・ヘルツ氏の4人が捧げたものだ。

 なぜ、「白いバラ」だったか?
 ブーヘンヴァルトの現地からの報道(たとえば、シュピーゲル誌、ニューヨーク・タイムズ紙)に特に説明はなかったが、言うまでもない。

 「白いバラ」(Die Weiße Rose)……ナチスに対する、ドイツ国内抵抗運動のシンボル。
 ヒトラーの狂気と非暴力で闘い、死刑に処せられた、ショル兄妹ら、ミュンヘン大学の学生グループの組織の名である。

 収容所のレンガ壁の切片のような、鋼鉄製の四角い記念プレートに白バラを捧げた4人は、一人ずつ、碑の面に手の平を置いた。
 
 冷たくなかった。気温よりも温かかったが、焼却炉の熱さではなかった。
 碑は摂氏37度に保たれていた。
              
              *

 式典ではまず、メルケル首相が発言した。

 「この場所に、強制収容所が建ったのは、1937年のことでした。この場所から遠くはないところに、ワイマールがあります。そのワイマールでドイツ人は、ヨーロッパ文化に対して貢献をする、素晴らしい創造を行ったのです。芸術家が、詩人が、思想家が出合ったそのワイマールから遠く離れていないこの場所で、恐怖が、暴力が、専横が、この収容所を支配していたのです」

 ワイマールとはもちろん、第一次世界大戦後、あの燦たる「ワイマール文化」を開花させた、ワイマール共和国のワイマール。
 その北西、わずか7キロの近郊のこの場所、ブーヘンヴァルトに立つ、ナチスの強制収容所で、ユダヤ人を中心に、6万人近くが殺された……

 メルケル首相は、栄光のワイマールに日々に続いて起きた、同じドイツ人による国家犯罪を直視し、ドイツの首相として、痛恨の言葉を吐いた。

 はっきりと、こう言った。

  Ich verneige mich vor allen Opfern.

 「私は全ての犠牲者の前で頭を下げます」と。

 これは、歴史に記憶されなればならない言葉である。

 メルケル首相はまた、ことし1月、ナチス絶滅収容所の生存者でつくる団体の長たちが、「ドイツ人、そして国際社会に対して出したアピール」を読み上げもした。

 アピール文には、こうあった。

  eine Welt, in der Antisemitismus, Rassismus, Fremdenfeindlichkeit und Rechtsextremismus keinen Platz haben sollen.

  「反ユダヤ主義、人種差別、外国人差別、極右主義なき世界を」

 これは、かつてナチスと同盟していた、われわれ日本人としても重く受け止めるべき言葉だろう。

             *           

 式典で、次に発言したのは、オバマ大統領だった。

 オバマ大統領は演説の冒頭、現存する一枚の写真に触れた。

 同席した生存者の一人、ノーベル平和賞の受賞者でもある、作家のエリ・ヴェーゼル氏が写った写真だった。

 アメリカ軍によってブーヘンヴァルトが解放されたあと、撮られた一枚の写真。
 蚕棚のような部屋の2段目で、顔をのぞかせている(左から7人目)、当時、16歳のエリ・ヴィーゼル。 

 アウシュヴィッツからブーヘンヴァルトに移送され、生き延びて、戦後、『夜(La Nuit)』という体験記を発表、生き証人として、戦後、証言を続けて来た人の写真だった。

 ブーヘンヴァルトの地を再びその足で踏んだエリ・ヴィーゼル氏の立つそばで、その写真に触れたオバマ氏は、つい今しがた、ヴィーゼル氏と収容所跡を一緒に歩いた時のことを語った。

 収容所跡には樹木が育ち、緑の葉を広げていた。
 歩きながら、ヴィーゼル氏はオバマ大統領に、一言、こう語ったという。

 ……"if these trees could talk."

 「もしも、この樹木たちが語れるのなら」

 胸を打つ言葉だ。これまた、記憶にとどめなければならない言葉だ。

 演説でオバマ大統領は、彼の個人的な思い出も語った。
 祖父(母方)は第二次大戦中、第89歩兵師団の兵士としてヨーロッパ戦線で従軍し、このブーヘンヴァルトを解放した米兵の一人だった。

 祖父はオバマ少年に、あまりのショックで、復員してシカゴに帰ってから数ヵ月もの間、独り閉じこもっていた、と語ったそうだ。

 オバマ大統領はこうも言い切った。

 We are here today because we know this work is not yet finished. To this day, there are those who insist that the Holocaust never happened -- a denial of fact and truth that is baseless and ignorant and hateful. This place is the ultimate rebuke to such thoughts; a reminder of our duty to confront those who would tell lies about our history.

 「私たちがいまここにいるのは、この仕事(全体主義との闘い)がまだ終わっていないからだ。今日、この日に至るまで、ホロコーストはなかったと言い張る者たちがいる。根拠のない、無知な、憎悪に満ちた、事実と真実の否定である。そうした考えを、究極において反駁し去るもの、それがこの場所である。この場所は、私たちの歴史に対して嘘を言う者どもと対決する義務を、私たちに思い出させる場所である」

 このくだりを読んで(観て)、「ブーヘンヴァルト」が仮に「南京」であったなら、どういうことになるのだろう?――と思った。

 「日本の首相」は、いずれ中国を訪問するであろうオバマ大統領、および南京事件の中国人犠牲者の遺族代表とともに、「その場」に立つことが、できるだろうか?

 メルケル首相のように、頭を垂れることはできるだろうか?

              *

 式典の最後に立ったのは、エリ・ヴィーゼル氏だった。

 エリ・ヴィーゼルはこう語りだした。

 「今日、私がここに来たのは、父の墓まいりである――しかし、ここに彼の墓はない。彼の墓は、この空の上のどこかにある。この空は、あの時代に、ユダヤ人最大の墓地となって、今に続いている」

 ブーヘンヴァルトは、息子のエリ・ヴィーゼルが生き延び、ともに強制労働に従事していた、父親が死んだ場所であるのだ。

 父親は死ぬとき、水が飲みたいと言ったという。下の棚にいた息子は、父親の声は聞いたものの、動かなかった。他の人も動かなかった。
 動けなかったのだ。動いてとがめられるのが怖かったのだ。

 And then he died. I was there, but I was not there.

 「そして、彼(父)は死んだ。私はそこにいたのだ。しかし、私はそこにいなかった」

 エリ・ヴィーゼルの悔いの言葉は、しかし、私たちに深い反省を迫る、言葉でもある。「そこにいながら、何もしないでいる、君たち(私たち)とは、いったい何者であるのか」と。

 短いスピーチでエリ・ヴィーゼル氏は、「世界は、学ぶことがあるのだろうか?」と、端的な「問い」を投げかけたあと、「ブーヘンヴァルト」が現代の私たちに提起する、ある深い問題の在り処を示唆する言葉を残した。

 それは「ブーヘンヴァルト」が、主に東欧のユダヤ人だけを集めたアウシュヴィッツと違って、「あらゆる方角の地平線から」、政治・経済・文化を超えて、あらゆる人々を集めた「国際社会」だったことである。

 その「国際社会」をナチスはホロコーストで絶滅を図った!――それは、世界最初の「グローバリゼーション」の所業ではなかったか、いや、そうだったと、エリ・ヴィーゼルは言明したのである。

 The first globalization essay, experiment, were made in Buchenwald. And all that was meant to diminish the humanity of human beings.

 「最初のグローバリゼーションの試み、実験は、ブーヘンヴァルトでなされた。それはすべて、人類の人間性の抹殺のためのものだった」

 この言葉は、「グローバル化」だ、「世界標準」だ、「小学校から英語教育だ」と騒ぎまくる私たち日本人にとっても、重い言葉である。

 言われてみれば、たしかにそうだ。バナキュラー(土着)な価値を踏みにじる「グローバリゼーション」の「ブルドーザー」は、ナチスの「ガス室」と、そうそう変わらないものかも知れない……。

              *

 「摂氏37度」――この文章の冒頭で触れた、ブーヘンヴァルトのスティールの碑の温度とはもちろん、私たち人間の体温のことである。
 
 その体温を保って、私たちもまた、この世界に生きている……。

 「ブーヘンヴァルト」の私たちに対するメッセージは明快である。

 せっかくのその「存在」を、私たちは「不在」にしてはならない。私たちは生ける「不在」でなく、温かみのある「存在」でなけれなならい。

 スピーチの最後で、エリ・ヴィーゼルは、カミュの『ペスト』の、こんな言葉――

 After all, after the tragedy, never the rest...there is more in the human being to celebrate than to denigrate.

  「結局のところ、他の何ものではなく、この悲劇があったればこそ……人間たちの中に、否定すべきもの以上に、祝福が生まれるのだ」

 ――を引き、最後を、こう締め括った。

  Even that can be found as truth -- painful as it is -- in Buchenwald.
 
 「これは真実と思える言葉だ――辛いことではあるが――ここ、ブーヘンヴァルトにおいてさえも」 
  

⇒  http://www.bundeskanzlerin.de/Content/DE/Mitschrift/Pressekonferenzen/2009/06/2009-06-06-statement-merkel-obama-buchenwald.html

  http://www.whitehouse.gov/the_press_office/Remarks-by-President-Obama-German-Chancellor-Merkel-and-Elie-Wiesel-at-Buchenwald-Concentration-Camp-6-5-09/

  http://www.nytimes.com/2009/06/06/world/europe/06prexy.html?hpw

Posted by 大沼安史 at 01:00 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2009-06-06

〔いんさいど世界〕 「ハグ」しよう! アメリカの若者に「連帯」の動き

 10代の若者たちにとって、「ハロー」は「どお? ハグしない」の意味――こんな見出しの記事が、ニューヨーク・タイムズの電子版(5月28日付)に載っていた。

 Hello&Hug――ハローはもちろん、あのハロー。ハグは、「抱き抱き」のハグである。
 この「ハロー⇒ハグ」を、アメリカの10代が、大規模に始めている……なんだか、面白そうな「ニュース」なので、しっかり(?)、読み込んだ。

 で、感想は、ムム、ナ・ナニイ! い、いまどきの若いもんワ~!……偉い、凄い、ガンバレ、いいぞ!

 さすが「オバマ」をホワイトハウスに送り出した、アメリカの若い世代のやることは凄い! 立派だ!

 「ハグ」でもって連帯のコミュニティーを生み出そうとしている……そんな気がして、嬉しくなった。

 で、その「アメリカン・ヤング・ハグ(?)」の実体だが、「ハグ」にもいろいろあって、最も、一般的なのは、「基本友だちハグ(basic friend hug)」。

 これは、いわゆる、ふつうの(???)ハグ。これが最もポピュラーだそうだが、その熱烈バージョン(?)、「ベア・ハグ(熊抱き)」も、もちろん人気テク。

 その最新の発展型が、「ベア・クロー(熊爪)」。
 これは男の子が女の子をハグする技で、両肘を両サイドに突き出しながら、抱き抱きするのだそうだ。(これ、たぶん、プロレスから来た技!?)

 もちろん、いきなり「ハグ」は、目下、熱愛中でないかぎり、なし。

 最初は「ハイ5(ファイブ」(これ、分かりますよね)で始まり、続いて「フィスト・バンプ」(たぶん、こぶしの甲を合わせる……)、このあと「スラップ・オン・ザ・バック(背中に手を回して、手のひらでやさしく叩く)をして、最後に「ハグ」する、由緒正しき作法があるという。
 ハグ、小笠原流!?

 こうした「ベア(熊)系」の「ハグ」だけではない。後ろから抱き抱きする「シェーク&リーン」というのもあるそう。
 これってたぶん、背中に取り付いて、カラダを揺さぶって(シェークさせ)、2人で1本の、細身(リーンな)の棒(ステック)みたいになってしまう技じゃないかな。

 それから、「トリプル」というのも。男の子と女の子が3人で同時に決める、難度の高いハグ技だそうだ。

 で、アメリカの、どこで「ハグ」が異常発生しているか、と尋ぬれば、学校!、学校」! 中学!、高校!
 若者たちの集団生活の場で蔓延しているそうなのだ。

 慌ててしまったのが、学校の「管理者」たち。廊下の渋滞などを緩和するため、ハグ禁止令とか、ハグ3分間ルールを施行、規制に乗り出す学校も出て来た。

 なんと無粋な! 「いじめ」とか「校内銃乱射」などより、よっぽどいいことなのに、ねえ!

 で、この「ハグ」蔓延を、どうみるか、だが、エイミー・ベストさんて、女性社会学者によると、1970年代に始まった(ああ、あのヒッピーたちの……?)「アメリカ人全体のあいさつ進化」のひとつの現れ、とか。

 つまり、カラダを触れ合い、人間的な接触を求める、全体的な文化潮流の変化が底にあって、そこから生まれた新たな若者文化だというのだ。

 それも、草の根に生まれ、広がった現象。文化史的なルーツを辿ると、黒人男性たちの、「ダップ」といわれる「ハグ」に遡るという。

 ああ、なるほど、そうか。
 「ダップ」して連帯する黒人文化を起源とし、このクソな「分裂社会」を「触れ合い連帯」で再生しようとする若者たち……そう考えると分かりやすいし(?)、そう考えるのが自然じゃないかな?

 「ハグ」による認め合い。同じ人間なんだという共感。

 オルタナティブ・スクールのある女性教師は、タイムズ紙の記者に対し、「(ハグは)、誰もがみんな、年齢、自意識を超え、大切にされたいと思っている、そんな願いの核心を突くもの」と指摘している。
 まったく、その通り。

 「オバマ」を担ぎ出したアメリカは、若者世代が「ハグ」し合いながら、その先頭に立ち、競争社会・分裂社会・自己責任社会を乗り越える、共生社会づくりに進みだしているのかも知れない。そんな、希望のイメージが膨らむ。

 そういえば、オバマも凄い「ハグ」男。奥さんのミシェルさんも相当な「ハグ」女で、選挙キャンペーンでは、一度に2人も「ハグ」してたっけ!

 でね、日本の社会もまた、その縮小型である日本の学校社会もまた、陰湿な「いじめ」が横行する分裂社会。

 とりあえず、学校で、「ハグ」しようぜ!

⇒ http://www.nytimes.com/2009/05/28/style/28hugs.html?_r=2&hp

 

Posted by 大沼安史 at 09:32 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-05

〔写真NEWS〕 新発見! 天安門事件 「戦車の前に立つ男」

 ニューヨーク・タイムズ(電子版)に、「天安門事件」で戦車の前に立ちはだかった、あの男性の新発見の写真が掲載された。

 ⇒  http://lens.blogs.nytimes.com/2009/06/04/behind-the-scenes-a-new-angle-on-history/

 画面左上に、白ワイシャツ姿の男性が立っている。手前には逃げまどう人の姿が……。

  男性の後ろ姿は、この写真でも悲しく見える。

 どうしたわけか……。

 戦車と人間。

 無防備な、ワイシャツの男性と、砲と銃を備えた鋼鉄の重戦車。

 戦車の向こうには、出動と発砲を命じた、独裁国家の権力者たちがいる。

 その圧倒的な権力の暴風を、一身に受けようとする姿が、痛い。

 「戦車」が、実は自国の民衆の決起を蹂躙するものであることを、身をもって示した、瘠せた一人の中国人男性。

   今にも、血の赤に染まろうとする、白い旗

   身をもって、それを掲げる、一本の葦 

Posted by 大沼安史 at 07:45 午後 | | トラックバック (0)

〔コラム 机の上の空〕 天安門事件20周年 日本政府の悲しき沈黙

 天安門事件20周年……
 
 英紙ガーディアン(電子版)のサイトで、特集ビデオを観た。
 (⇒ サイト内のマルチメディア参照 http://www.guardian.co.uk/ )

 パンパンパンと乾いた音が耳に残った。
 病院のフロアが一面、血で染まっていた、という証言が耳に残った。

 犠牲者の母の「頬が冷たかった」という言葉の字幕が目に残った。
 広場に残ることを決意し、座り込んだ学生たちの姿が目に残った。

 英紙フィナンシャル・タイムズのサイトに入ると、米政府が「最も強い調子で、中国人権問題に関する声明を発表」という記事が出ていた。

 (⇒ http://www.ft.com/cms/s/0/96c78f34-504e-11de-9530-00144feabdc0.html )

 ヒラリー国務長官が、「殺され、拘禁され、行方不明になった人について」公開説明を要求していた。

 米国務省のサイトに入ると、ヒラリーの声明が出ていた。

 (⇒ http://www.state.gov/secretary/rm/2009a/06/124292.htm )

 経済危機もあり、このところ中国指導部に擦り寄る姿勢を見せていた米政府だが、「天安門」では違っていた。
 ことが「人権」というデモクラシーの原則にかかわることだから、厳しい姿勢をとるのだろう。

 日本の外務省のサイトに入った。
 
 見当たらないので、検索(⇒ http://search.mofa.go.jp/mofaj/index.php?sort=date%3Az&q=%E5%A4%A9%E5%AE%89%E9%96%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6&site= )をかけた。

 なかった。

 日本政府に、人権外交はない。

 日本政府の「沈黙」は、「戦時中」と「戦後」の「忌わしき過去」を、それぞれ起源とする「双子の沈黙」のように思える。

 ひとつは南京事件など、中国侵略の歴史的事実を否定していることから来る沈黙。

 もうひとつは、「60安保」の際、日本の天安門広場というべき国会前で、樺美智子さんという、一人の女子大生の命を奪っていることから来る沈黙である。

 「6月4日」の「天安門」は、「6月15日」の「国会前」に、時空を超えて結びつくものだ。

 日中両国民衆の「連帯の橋」は、ここに架かる。

 来年は「60年安保」50周年。
 「人権」を尊重しない権力者たちに、退場を迫るべき時が来た。 
 

Posted by 大沼安史 at 06:38 午後 3.コラム机の上の空 | | トラックバック (0)

2009-06-01

「平和」をイマジンするために……「M資金」・「六〇年安保」・「九条」のことなど

◎ 以下は、仙台市の市民出版社「本の森」から、近く出版する、小生(大沼)の   小説 『NONOと頑爺のレモン革命』 「あとがき(に代えて)」です。 

                          

 「小説」に「あとがき」が不要なことは百も承知で、この本の読者に知っていただきたいことを「追記」したい。

 それは本書、『平和の聖火』の根幹に、「フィクション」ではない、「事実」があるということである。

 そうした「事実」の基盤の上に、著者である私(大沼)にとって、もうそれ以外あり得ないものとして――著者にとっての「真実」として、この物語は生まれた。

 それは、偶然の積み重ねによるものであったが、必然の成り行きでもあった。

 私という、「戦後日本」を生きて来た、一人の「日本人」の前に、驚くべき「事実」がいくつか現れ、その度に、「物語」の筋道が刻み込まれたのである。

 本書を産み出す最初の動因は、平成十三年(二〇〇一年)の春、私の前に現れた。

 あの独特のピンクの紙面の、「フィナンシャル・タイムズ(FT)」を読んでいた時のことだ。 FT紙の「週末特集」(同年4月7日付)のトップに、ジリアン・テット(Gillian Tett)東京特派員の調査報道記事(Mischief or conspiracy?)が載っていた。

 日米の関係者に取材して書かれた、「還付金残高証明書」をめぐる「謎」に迫るその記事は、実に驚くべき内容で、読み進むうち、われわれ一般の日本人というのは、何も知らない――何も知らされていないのだな、という思いにつくづく囚われた。

 正直なところ、テット記者の記事を読んで、私は初めて「還付金残高証明書」というものを知った。二十五年も新聞記者をして、日本の政治経済や社会問題に首を突っ込んで来たはずなのに、そんなもの、聞いたこともなかった。

 そんな「封印」された事実を、ジリアン・テットという、英国人の若い女性記者は明るみに引き出し、「謎解き」さえ試みていたのである。

 脱帽させられた。

 「シリーズ五十七年・日本国債」とも呼ばれる「還付金残高証明書」は、昭和五十七年(一九八二年)に、日本の「大蔵大臣」が「発行」した、とされるものだ。

 額面は「百億円から五千億円」。発行高は、なんと「数兆円」にも達する。

 この「証明書」は、日本銀行、あるいは第一勧業銀行(当時)に持ち込めば、額面相当の満期十五年の日本国債と交換できる――とされていた。

 日本政府(当時の大蔵省=現・財務省)は、これが世界の金融センターに出回り始めてから十年も経った平成五年(一九九三年)になってようやく、大蔵省のホームページで、詐欺狙いの「偽物」宣言をすることになるのだが、ジリアン・テット記者はこの政府説明を鵜呑みにせず、「秘密と論争」に包まれた「還付金残高証明書」の「起源」を探ろうとした。

 その結果、テット記者は、日本政府の説明とは違った、もうひとつの有力な「説」に行き着く。

 それは主に、かつてケネディ政権でアドバイザーを務めた米国の弁護士、ノルバート・シュレイ(Norbert Shlei)氏の証言に基づくもので、「還付金残高」とは、一九六〇年代にアメリカ側から日本側に「還付(返還)」された対日政治工作資金、すなわち「M資金」の「残高」である、という説だ。

 これによれば、この「還付」された「M資金」の残りを「掴み取った」のは、大蔵大臣、首相を務めた田中角栄ら日本の政治家たち。

 田中角栄はこの還付金を、仲間の名義で「日本国債」を買うことで隠匿したが、七〇年代になって、田中角栄の「取り巻き」たちがその現金化を目論み、問題の「還付金残高証明書」を印刷・発行した。

 そして、一九八〇年代半ばになって、「M資金」の金が盗まれた、との噂が内外に広まり、「残高証明書」の保有者から、補償を求める動きが出た――というのである。

 テット記者は、南米のウルグアイ政府もこの「残高証明書」をつかまされたくちだが、交渉役にA・ヘイグ元米国務長官を立てて、日本政府からの借款の返済に充てることに成功した、という話も紹介している。

 しかし、こうした彼女の調査報道で、一体何が最大の驚きだったかといえば、噂の「M資金」は幻でもなんでもなく、「歴史の現実」だった(可能性がある)と示唆した点だ。

 アメリカが戦後、「M資金」を使って、自民党政権の育成、支援を続けて来たという憶測は昔からあり、私も知らないわけではなかったが、ジリアン・テット記者の報道は、その「残金」の対日返還(還付)という「事実」にも触れ、さらにはその後の使われ方にも踏み込んだもので、「M資金」なるものの「実在」(の現実的可能性)を、私の脳裏にしっかりと焼き付けたのだった。 

 (ジリアン・テット記者は東京勤務のあと、ロンドンの本社に戻って、コラムニストになったが、二〇〇三年には、長銀がアメリカのファンドに買収され、新生銀行になるプロセスの真相に迫った『Saving the Sun』を、そしてつい最近は、世界的な金融大破綻の元凶となった、新型ディリバティブ取引の実態を暴露した、『Fool's Gold』を出している。二〇〇八年には、英国の最優秀ジャーナリストにも選ばれた気鋭のジャーナリスト。そんな彼女だからこそ、東京勤務の最後に、「M資金」という、誰も解けなかった謎の解明に挑むことができたのだろう……)

 「M資金」――なぜ「M」資金であるのか、それすらも分かっていない、この「対日政治工作資金」をめぐる、第二の衝撃は、それから三年後の平成十六年(二〇〇四年)六月、こんどは身近なところからやって来た。

 私が創立にかかわった仙台の市民出版社、「本の森」が、沈没船の引き揚げに意欲を燃やし続ける、仙台市在住の実業家、藤野卓児氏の著書、『眠れる財宝』を出版したのである。

 藤野氏が外国のサルベージ会社に依頼して引き揚げに取り組んで来た「沈没船」こそ、実は本書、『平和の聖火』に出て来る、オランダの病院船、「オプテンノール号」であるのだが、驚くなかれ、この船は戦時中、日本の病院船に改装され、終戦後間もなく、帝国海軍の「財宝・軍需物資」を満載し、帝国海軍の手で「舞鶴(イニシャルは「M」!)」沖に沈められた船であることが、藤野氏のその本で分かった。

 しかも、舞鶴沖の海底に今なお眠る「オプテンノール号」の船腹には、すでに「二十二ヵ所」もの穴が開けられており、「ダイナミックポジションという装置を備えた大型潜水艦によるものと考えられる」とのこと(同書一一六頁)。

 ジリアン・テット記者が調査報道で突き止めた「現実的可能性」の土台の上に、この藤野氏の「発見」を重ねて考え合わせるなら、結論はひとつ――日本海軍が再起の日のために、舞鶴沖の浅海に、軍需物資(タングステンなど)や貴金属類を船ごと沈めていたのを、占領米軍が察知して密かに回収、「(MaizuruのMの)M資金」の暗号名で戦後の対日政治工作に使い、その後、日本側に還付した残金が「残高証明書」に変わり、新たな疑惑の種子となっている――という話の線が、この時、浮かび上がったのだ。

 「ロッキード事件」で田中角栄とともに逮捕された、大物右翼の児玉誉士夫氏は、戦時中、海軍の嘱託として、上海に「児玉機関」を設立、軍事物資の調達にあたり、それを日本本土に(おそらくは、国際法で攻撃してはならないと定められた「病院船」を使って)移送していた人物。

 このこともまた、ひとつの補強材料となって、「M資金」をめぐる「封印」された「歴史の事実の物語」が、私の中で明確な輪郭をもって膨らんで来たのである。

  私の中に生まれ、心の底に錨を下したこの「見方」が、今回、この『平和の聖火』として結晶化するまでには、その後、いろんなことがあったが、中でも大きかったのは、平成二十年(二〇〇八年)八月に出た、ニューヨーク・タイムズ、ティム・ワイナー(Tim Weiner)記者の『灰の遺産(Legacy of Ashes)』(邦訳、『CIA秘録』、文藝春秋社刊)の衝撃だった。

 「CIAの秘密の武器は……冷たい現金だった」という書き出しの、同書「第十二章」は、米国CIA(中央情報局)の対日政治工作を暴露したもので、たとえばそこには、「M資金」残金の日本返還(還付)の裏づけともとれる、

   「一九五七年六月、岸(信介)は(渡米の際、米側に)一連の内密の支払いではなく、CIAによる財政的支援の恒久的な財源を求めた」(Kishi wanted a permanent source of financial support from the CIA rather than a series of surreptitious payments.)  ――といった「事実」の指摘さえあった。 (この点については、私の「個人ブログ」の以下の頁を参照 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2007/08/post_4ac3.html )

 

 私は戦後の昭和二十四年(一九四九年)の生まれの「七〇年(学生)世代」で、「六〇年安保」(小学六年生だった)の「当事者」ではないが、東大生の樺美智子さんが国会前で亡くなったこと、そしてその日が「六月十五日」だったことは、何かで読んだか聞いたかして心に刻み、これまでずっと忘れずにいた。

 あの、本のタイトルにもなった、「人知れず微笑まん」という言葉とともに……。

 そしてその「樺美智子さん」のことを、彼女と「同年代」の今の若い人(私の知る限りのことだが……)が、「全員!」、「聞いたこともない」ことを知り、私なりに伝える努力をしなければならない、と思い続けて来た。

 私の「M資金」をめぐる「物語」の舞台が「六月十五日の国会前」になり、物語のメーンキャラクターの一人として、樺美智子さんの「再来」のような「ジャンヌ・ダルク」が登場するのは、このためである。

 それともうひとつ、私に『平和の聖火』の執筆を強烈に促したのは、あの小田実(まこと)氏だった。

 私は小田実氏と面識がないから、当然、小説を書けと直接言われたわけでもないが、「ぐずぐずしないで、何か書け」とドヤされているような気がして、大きな励みとなった。

 言うまでもなく、小田実氏は、私たち「七〇年世代」の、(言わせてもらえば)「憧れ」の的だった人だ。「行動力」と「言葉」を持った人だ。「ベ平連」を立ち上げ、反戦・平和運動を続け、あの「阪神大地震」では、被災者を救う市民立法運動を巻き起こし、遂に国会を動かして、法律を創った人だ。

  『平和の聖火』の、もう一人の主人公として、名前の「読み」が違うだけの「小田実(みのる)」氏に決起してもらったのは――「震災難民村・東京コミューン」の「村長」として、国会デモの先頭に立っていただいたのは、市民運動家として、波乱の人生を果敢に踏破した小田氏へのオマージュであるわけだが、私自身に、この『平和の聖火』の執筆を特に強く迫ったのは、病床の小田氏の姿だった。

 癌と闘い続けていた小田氏が、その死のベッドで、最後の小説、『トラブゾンの猫』を、それこそ最後の力を振り絞って口述している(NHKの教育テレビで見た)、その姿だった。

 凄い人だな、と思った。ほんとうに偉いな、と思った。

  『トラブゾンの猫』――トルコの黒海沿岸、トラブソンの「廃墟」に住む、猫たちの物語……。

 どんなストーリーになるのだろう?――と考えているうち、ミヒャエル・エンデの『モモ(MOMO)』の、冒頭のシーンが浮かんだ。

 古代ローマの遺跡のような「廃墟」に住みついた、得体の知れない、謎の少女、MOMO。 「時間」(つまり「歴史」)を盗む「灰色の男たち」の仕掛けを見破り、亀さんの導きで、遂に時間泥棒たちをやっつけるMOMO。

 小田実氏の病床に始まった連想は、「廃墟」を通じて、「MOMO」のイメージを喚起すると同時に、舞鶴沖に沈んだ、オランダの病院船に行き着き、「小田実」と並ぶ、物語のもう一人の主人公、日本人の血を引く「オランダ人女性、NONO」を浮かび上がられた。 (その女性の名前を、なぜ、NONOとしたかについては、本文中の注記を参照)

 政治ファタジーとでも呼ぶべきこの小説には、小田実さん、樺美智子さん以外にも、私に直接、間接的に影響を与えてくれた「人物」が、似通った名前で次々に登場して来る。みんな、私が尊敬申し上げる人たちだ。

 人物だけでなく、現実世界に実在する、私にとって大事な「事実」――たとえば、アメリカのボストン郊外に実在する、「サドベリー校」など――にも総出演してもらった。

 その意味で本書は、還暦を迎えた、「七〇年世代」(といっても、デモの後ろの方でウロチョロしていただけだが……)の一人である筆者の、人生――いや半生の(これが精一杯の)総決算である。

 すでにお気づきのように、私が書いた(いや、書かされた?)、『平和の聖火』のメッセージは、実に単純である。「歴史の封印を解き、歴史の真実を見詰め、平和を、九条を守り抜く」――そう、それだけのことだ。

 ただ、問題は、では、平和を、九条を、どのようにして守り抜くか?――ということ。

 ここでひとつ、ハッキリ言えるのは、平和も九条も、「非暴力」によって守り抜かねばならない、ということだ。

 「平和」を「平和」の中で、守り通して行く。「九条」を「九条」の精神で守り抜いて行く。

 この点に、いささかの間違いがあってはならない。

 権力の否定を、自己の絶対化に変造する過ちは、二度と繰り返してはならない。

  さて、次の問題は、その平和的な手段や如何に、ということだが、そこで登場するのが、誰にでも、いつでも、どこでもできる「イマジン(Imagine)!」である。

 想像こそ、力! 想像こそが、平和をつくる!

 「イマジン!」こそ、「平和」の基本になければならない。

 本書がジョン・レノン氏とオノ・ヨーコさんの「ベッド・イン」で始まり、国会前で、あのようなフィナーレを迎えることになるのも、みな、そのためだ。

  「M資金」のような金で買われたものではない、民衆がデモクラシーの力でもって生み出し、維持し続ける「平和」……『平和の聖火』は、そのための想像力に「点火」するものだ。

 そして、それぞれの心に灯った「平和のキャンドル」が、希望となって輝く。

  望めばいいのだ! 想えばいいのだ。

  War is Over! If you want it!

 戦争はなくなる!みんなで望めば!

  「イマジン」はまた、「平和」も創るが、「愛」も育てる。

 ラブ&ピース。

 憎しみを、敵意を、侮蔑を――イデオロギー対立を、善悪二元論を乗越えてゆくもの、それが「イマジン」による「愛」なのだ。

 不毛な二項対立……それは、たとえば「日の丸」論争についてもいえる。本書でNONOが言うように、「日の丸」の白地の「赤」の向うには、実は「緑」があるのである。そんな視点に立てば、「日の丸」も違って見えるはずだ。

 「イマジン」は「平和」の沃野を拓き、その大地の上で、認め合い、許し合い、ともに創造する、デモクラティックな「愛」を降り注ぎ、世直しの「緑の苗」を育ててゆくものである。

 あの「国会」前で、倒れた「小田実」を助けた、「日本のジャンヌ・ダルク」の少女の名前が「早苗」でなければならないのは、そのためである。

  本書が「九条」を守るのに、いくらかでも役に立てば――そのための想像力を少しでも刺激するものになれば、それは著者として、望外の喜びである。

 イマジン、ラブ&ピース!

                        二〇〇九年六月 仙台・連坊にて

                                 大沼 安史 

 〔追記〕 本書は、拙著、小説『緑の日の丸』(本の森)の続編である。本文中の「注記」を、若者たち、特に子どもたちに対する「呼びかけ」の形にしたのは、この国の未来を担う世代に知ってもらいたいが故である。

Posted by 大沼安史 at 03:51 午後 | | トラックバック (1)