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2009-04-29

〔コラム 机の上の空〕 オレンジは希望の色  日向康さんの最後の小説を読む

 雨の週末、これまで読もう読もうと思いつつ、読まずにいた日向康さんの小説、『オレンジ色の斜光』を読み通した。400字詰め原稿用紙換算で、ざっと1200枚もの大長編だが、一気に引きずり込まれた。

 冤罪事件に端を発した誘拐事件を軸に、戦後日本の歴史的な現実を、小説的現実に交差させて見事に描き切った、推理小説仕立ての、素晴らしい物語だった。

 この小説(毎日新聞社刊)が出たのは、2000年。20世紀の最後の年。

 日向康(ひなた・やすし:一九二五~二〇〇六年)さんは、栃木県の生まれ、終戦の年の8月に陸軍士官学校を卒業、戦後、仙台で林竹二氏(元宮城教育大学学長)に師事し、宮城学院大学の教授を務めた作家。足尾鉱毒事件の田中正造を追った『果てなき旅』で大仏次郎賞を受賞した人でもある。

 私は日向さんがお亡くなりになる10年ほど前、仙台市内の自宅を訪ね、お会いしたことがある。その時、『オレンジ色の斜光』という小説を書いているとはおっしゃられたが、それがどのような物語なのかは、お話しにならなかった。

 その『オレンジ色の斜光』を読み上げた今、それが私たちの生きる「戦後日本」の「希望の物語」であることが、ようやく分かった。

 今の日本にどれだけ「戦前・戦中」的なものが居座り、「過去」がこの国の「現在」をどれだけ支配していようとも、歴史は動いている。街は今日もオレンジ色の光に包まれながら暮れ、またも夜明けに向かおうとする……そんな日向さんのメッセージが、圧倒的な読後感となって伝わった来た。

 この長編の中でその「街」は、二度、オレンジ色の斜光に包まれる。一度は、事件解決に執念を燃やす下積みの刑事、「竹仲義次郎」の前で(306頁)輝き、二度目は、物語の終わりに、もう一人の主人公、似顔絵画きの「庫谷志郎」と竹仲刑事の二人が語り合う、夕べの窓辺に溢れ返る(637頁)。

 希望の瞬間、街はオレンジ色に輝く。

 オレンジ色の斜光――それはフランス人の言う「グラン・スワール」の光でもある。人々が、圧制が遂に倒れたその日に、晴れて迎える「大いなる夕べ」の光である。

 歴史の欺瞞を鋭く切り裂く光は、どんな場所でも、キリリとあたたかく、オレンジ色に輝くものである。

 そのことを日向さんは私たちに告げるために……私たちを励ますために、この大長編を書き、完成させたのだ。 
 
 没後3年。日向康さんに、そしてそのお仕事に、ここであらためて敬意を表する。 

〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める仙台の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」を転載したものです。

⇒  http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/

Posted by 大沼安史 at 08:28 午前 3.コラム机の上の空 |

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