〔この人に、忘れな草を!〕 黄色いリンゴは希望の色 ロズリン・ジンさん 死去
歴史家、ハワード・ジン氏の奥さん、ロズリン・ジンさんが5月14日、亡くなった。85歳。
ベトナム戦争、イラク戦争に反対し、発言を続けて来た歴史家の妻は、腕を組んでデモ行進する同志であり、静謐さと希望をキャンバスに描く画家でもあった。
ボストン・グローブ紙の訃報によると、彼女がハワード氏に出会ったのは、ニューヨークでの高校生の時。
結婚したのは1944年10月、ヨーロッパ戦線で爆撃機に搭乗していたハワード氏の最初の休暇中、ゴールインした。
戦後、ニューヨークで子育てしながら出版社に勤務、大学院で勉強する夫を支えた。
ハワード氏がアトランタのスペルマン・カレッジで教え始めると、ロズリンさんも地元の黒人劇団に唯一の白人として参加した。
夫がボストン大学に移ると、そこでソーシャル・ワークを学び、ソーシャル・ワーカーとして活動、ボストンの貧民区、ロクスベリーで子どもたちを支援するなど、社会活動に従事した。
絵を描き出したのは、20年前、現役を引退してから。死の直前まで、自分で階段を登り切り、アトリエにこもっていた。
昨年夏、卵巣がんと診断された。ニュートンの自宅から、ウイルフィートにある海辺の別荘に移り、1日に2度、泳ぐなど、最後の夏を楽しんだ。「人生、最高の夏だった」。
最後に描いた絵の一枚に、黄色いリンゴが描かれていた。友人に「リンゴを一個、どうしても描かなくちゃ、と思った。このきれいな黄色いリンゴを」と語った。
昨年、「ペインティング・ライフ」という画集を出した。その序文に、こう書いた。
「こんなにも苦難に満ち、それでいて自然と人間の形象において美しいこの世界で、わたしが見るもの――それがわたしに、希望の可能性を与えるイメージの造形に向かうよう迫るのです」と。
黄色いリンゴの色とは、ロズリンさんにとって、希望の可能性の色だったわけだ。
アメリカ史を民衆の視点から見つめ直し、反戦運動の先頭に立って歩き続けて来たハワード氏と、アメリカの希望を一個の黄色いリンゴに託し、キャンバスに描き遺して逝ったロズリンさん。
その、最後の一枚の中のリンゴの輝きは、夫に肩を抱かれて微笑む、記事に添えられた写真の中の彼女の笑顔と、きっと同じだけ、静かな光を放っているに違いない。
ご冥福をお祈りする。
⇒ http://www.commondreams.org/archive/2008/05/21/9095/print/
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Posted by 大沼安史 at 09:58 午後 | Permalink
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