« 〔教育コラム 夢の一枝〕 「わたげ」10年の歩み | トップページ | 〔ビルマから〕 サイクロン直撃 »

2008-05-01

〔教育コラム 夢の一枝〕 「コペンハーゲン合意」

 1984年5月、わたしはニューヨーク・マンハッタンの安宿を根城に、1ヵ月、この街を歩いた。週決め料金の安宿のロビーには、いつも登山靴をはいた白人の娼婦がいて、そのうち挨拶を交わすようになった。

 運動靴を履いたわたしは1ヵ月間、ニューヨークの下町を歩き回った。ウェストサイドの公立オルタナティブ校、「ドーム・プロジェクト」、イースト・ハーレムの第4学区(SD4)の新しい公立学校の群れ……。

 そんなある日、コロンビア大学の近くに行ったので、キャンパスを覗いてみようと思って立ち寄ったところ、セキュリテー・ガードに構内立ち入りを阻まれた。
 コロンビア大学の卒業式の日だった。

                 ◇

 アメリカの改革者、バラク・オバマの自伝を読んで、次の大統領になろうとする彼が、その年、コロンビア大学を卒業したことを知り、少し変な気がした。
 あの日、オバマは、コロンビア大学の卒業式に出ていた(はず)! それもイースト・ハレームの外れの、自宅アパートから出て!

 オバマとわたしはもちろん、会ったこともないが、イースト・ハーレムに通い込んだわたしとしては、勝手な親近感を感じざるを得ない。

 「2項対立」の不毛を「コモン」(共通項)を足場に乗り越えようとするオバマは、あの、「イースト・ハレームの奇跡」を身近に感じて(知って)、学生時代を過ごした男なのだ。

                 ◇

 ニューヨーク第4学区(SD4)、イースト・ハーレム。この学区で1970年代の終わりから、どんな学校改革が行われたか、は今さら言うまでもなかろう。

 ニューヨークの公立学校の教師の誰もが転勤したがらないこのスラムで、そこに踏ん張る教師たちが、さまざまなタイプの新しい公立学校群を産み出したことは、アメリカの教育史に燦然として残る、歴史的な偉業である。

 中でも有名なのは、デボラ・マイヤー女史が創設したCPE(セントラル・パーク・イースト)。

 そのほか、演劇学校、海洋学校、理数学校など、さまざまな公立校が、新校舎のいらない「学校内学校」形式でどんどん開校し、文字通り、百花繚乱の季節を迎えていた。

                 ◇

 このイースト・ハーレム、SD4のように、公教育システムそのものが、官僚制の統制・画一主義を打破し、教師たちのイニシアチブで、多様な、新しい公立学校群が生まれるのは、たしかにひとつの理想ではある。

 が、公教育の官僚制が、それを認めようとしないのは、アメリカにおいても、アメリカでなくても、フツーのことである。統制&支配……新たな学校の創出を、公教育に巣食うエデュクラシー(教育官僚制)は、阻もうとする。

 教育官僚制と化した公教育が、新規参入を認めない惰性態と成り果てているのだ。

                 ◇

 そういう硬直化した教育官僚制の統制に対し、公教育の枠組みの中で、どのようにして、フレッシュな新しい、公的な学びの場を生み出していくか?……そんな問題意識の中で生まれたのが、アメリカの「チャータースクール」である。

 生徒1人あたり、公校教育費の7割ほどを交付する「チャータースクール」とは、公立学校の教師集団により、ニューヨークのスラム学区、SD4で生まれた、子どもたちのための新しい公立学校群を、SD4のような奇跡の学区ではない、フツーの学区で創設する仕組みを指す。

                 ◇

 その「チャータースクール」に対して、日本の「進歩主義者」たちから悪罵が浴びせかけられているのは、残念かつ淋しい限りのことである。

 公教育の破壊、市場原理の導入、公教育を圧殺する「ネオリベラリズム」による総攻撃……

 ならば、彼らに、こう問うてみたい。

 過疎化して統廃合され、廃校が決まった地域の公立校を、チャータースクールとして守り抜こうとしている、ミネソタのド田舎の元公立学校教師集団は、「ネオリベ」なのか?

 自分たちで「学校共同組合」を創り、チャータースクールという、もう一つの公立学校群を生み出し、自ら運営している教師たちは、「市場原理主義者」なのか?

                 ◇

 あきれ果て、開いた口がふさがらなかったことがある。

 「チャータースクール」を、「階層化ですよ(笑い)」と嘲笑った(としか、わたしには思えなかった……)、ある日本の高名な教育学者が、その一方で、CPEのデボラ・マイヤーがマサチューセッツで始めた学校のことを、これこそ「学びの共同体」と称賛していたことだ。

 マイヤー女史が、マサチューセッツで開いた学校がチャータースクールであることを、知ってから知らずか……。

                 ◇

 同じことは、「教育バウチャー」についても言える。

 「教育バウチャー」は、あの市場原理主義者、ミルトン・フリードマンが提唱したことだから、絶対に認めめらいない、という議論である。

 たしかに、フリードマンの議論は、バウチャーの全面導入による公教育の全面解体を促す(市場原理に曝す)もので、それに対しは強烈な反駁を加えなければならないが、だからと言って、フリードマンのクソ親父と一緒に、バウチャーの理念まで廃棄処分にしていいものではない。

 アメリカの大都市、ミルウォーキー、クリーブランドで導入されたバウチャーの推進者は、民主党の黒人女性・州議会議員であることを忘れてはならならないし、スウェーデンでの幼児教育バウチャーの実施例まで、「ネオリベ」の一言で、その意義を否定し去ってはならない。

                 ◇

 先日、米国の雑誌、「フォリーン・アフェアーズ」(2008年3・4月号)を読んでいて、日本の「ネオリベ」批判者たちに聞かせてやりたい一文に出くわした。

 ロバート・カトナー氏の「コペンハーゲン合意」なる論文である。

 この論文は、デンマークの雇用の「安全」と「柔軟性」を、二項対立として考えるのではなく、両立可能にしているデンマークの経済的な秘密((「フレセキュリティ」ー」=「フレキシビリティー」+「セキュリティー」)を検証したものだが、そこにこんな一節がある。

   (デンマークでは)私立校、宗教学校がその運営費の85%を政府からの補助金で得ることができる。アメリカでは、右翼によって推進されている「学校バウチャー」だが、デンマークでは  政府によって財政支援されている私立学校が、社会的な安全弁として左翼よって受け容れられている。(P82参照)

 カトナー氏はバウチャー的公的援助を、デンマークでは左翼が容認している、と驚いているのだ。これは経済を専門とする氏の「初めて知った」驚きだが、ついでに一言付け加えれば、アメリカでもバウチャー導入論は右派のみならず、左派からも出ているのである。

                 ◇

 横道に逸れかかった話を元に戻すと、もちろんわたしもまた、「ネオリベ」批判者の「善意」を疑うものではない。公教育を破壊してはならない、という彼らの主張に、わたしもまた大賛成である。

 が、問題は、守るべき・創るべき「公教育」のあり方なのだ。

 日本の文科省による「公教育」は、戦前から続く「国家教育」であり、「ファシズムの教育」である。

 それに対して、どんなレジスタンスで立ち向かい、どんな新しい教育の場を築いていくか……それがわたしたちに求められていることである。

                 ◇

 最後にもう一度言おう。

 日本の「ネオリベ」批判派は、たとえば世界がいま注目する「基礎所得(ベーシック・インカム)」について、どんな見解をお持ちなのか?

 「基礎所得」の分配は、フリードマン一派とは一線を画する、アメリカのエガリテアリアン(格差是正主義者)たちが求める「バウチャー」と、その本質においてどこが違うのか、と。

                 ◇

 昔、新聞記者をしていたころ、コペンハーゲンを訪ねたとき、デンマークの文部省からもらった英語のパンフレットに、「デンマークには、子どもしか資源がない」と書かれてあった。デンマークはだからこそ、教育を、子どもを大事にすると。

 そのデンマークについてキリスト者、内村鑑三は明治の末、ドイツとの戦いに敗れ、国の南部を失ったこの小国が、植林を通じて「己の国を改造」「さらに新たによき国を得た」ことを、日本は学ぶべきである、と講演で語った。(岩波文庫、『デンマルク国の話』)。

 そして、21世紀初めの今、そのデンマークを、経済破綻と社会崩壊の最中にある、アメリカの経済学者(カトナー氏)が、再生のモデルにしようと呼びかけている。 

                 ◇

 内村鑑三は上記講演の中で 日本の「軽重浮薄な経世家」を批判し、そんな「愚かなる智者」ばかりでは国を滅ぼしかねないと、述べているが、「ネオリベ」批判の「一つ覚え」で創造の芽を摘み取ることは、まさに亡国の大罪であろう。

 デボラ・マイヤー女史に見習い、日本の教育に、子どもたちが硫化水素で「集団自決」せず、自由に安心して学べる、多様な、希望のフレセキュリティーを! 

 不毛な嘲笑と悪罵の2項対立の平行線を超える、オバマ的「第三の道」の柔軟さを!

 日本の教育にも、柔軟(脱官僚主義)と安全(脱市場原理主義)が共存する「コペンハーゲン合意」が、この国の死活の問題として求められている。

  

                 ■ 

☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
          低価格(四六版並製 500部50万円 より) 全国書店配本可
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 10:29 午後 2.教育改革情報 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136311/41059374

この記事へのトラックバック一覧です: 〔教育コラム 夢の一枝〕 「コペンハーゲン合意」: