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2008-05-11

〔コラム 机の上の空〕  ツバメが飛ぶ「母の日」

 昼過ぎ、雨が上がったので、散歩に出た。川沿いの道を歩き出すと、糸のように繊細な雨が降り出した。

 川面をツバメが飛んでいる。
  到着間もないツバメたち。夏場を過ごす「別荘」を確保して、よほど嬉しいのだろう。斜めに降り続ける春雨の中、曲芸飛行を演じている。

               ◇

 ツバメを見て、思い出した。
 新聞記者をしていたころ、中学校の軒下に巣作りしたツバメの一家を取材したときのことを。
 カメラマンのNさんを肩車したときのずっしりした重みを、肩と腰の感覚で覚えている。
 Nさんの撮った写真は、巣の中の子ツバメたちを守ろうと、翼を広げて威嚇するお母さんツバメの姿だった。

               ◇

 Nさんは優しい人だった。苦しみの中で記者活動をしていた当時のわたしを気遣い、励ましてくれたNさんだった。

 取材ヘリの事故で死んだNさんの葬儀に出て、優しさのわけ(少なくともそのひとつ)を知った。Nさんもまた別の意味で、苦しい日々を過ごしていた。

 遺された母子の姿が痛々しかった。

               ◇

 橋にかかったところで、雨脚が強くなった。まるで北斎の構図で、中学生くらいの男子3人組が自転車を連ね、勢いよく橋を渡って、坂を登って行った。

 そのまま上流へ少し行くと、右手の水田に一羽の白鷺がいた。雨の中、身じろぎもしないで、白磁のように佇んでいる。

 白鷺は舎利子。わたしの守り神。
 白鷺はむろん、あくまで白鷺であり、守り神そのものではないが、守り神になり得る何か、ではある。

 わたしはこの川沿いの道で、白鷺に何度、救われたか知れない。

               ◇

 川沿いの道は住宅街に入り、買い物帰りの女性とすれ違った。

 ふと、死んだ母を思い出した。

 わたしの、宝物のような、幼い子どもの頃の記憶がひとつ。
 100メートルほど離れた農家からもらい水した母親が、肩に天秤を通し、水桶を二つ下げて、白い道をこちらに歩いて来る……。
 川のそばの借家には水道はもちろん、井戸もなかった。風呂桶の水を張るのに、母は何度、その道を往復したことだろう。

               ◇

 隣駅まで歩き、蕎麦屋に入り、スーパーで買い物をして電車で帰って来た。そして、ライティングデスクの上のラップトップPCに向かった。

 ワープロ代わりに使って来た古いパソコンで、修理に出していたのがようやく戻って来た。
 独り暮らしのわたしの、大切な「話し相手」だ。

 こんどの木曜日の朝、「遅ればせながら」と前置きし、ラジオできっと話すであろう「母の日」にちなんだ話題を書き始める。

               ◇

 いま、パソコンの左にあるのは、一冊の詩集。
 フランシス・リッチイさん(57歳)という、ニューヨークに住む一人の母親が書いた、「戦士(ザ・ワリアー)」である。 

 フランシスさんの一人息子、ベンさんは陸軍士官学校を出て、特殊部隊に加わり、秘密の任務を帯びてイラクに送り込まれた。

 出征した息子を思い、シングルマザーの母親は詩を書き続けた。

               ◇

  そこには何かが……
  あのヘルメット、塊の中に
  暖炉のそばの装備の山。前に
  見知らぬ兵士がかぶり、いま息子のものに
  死に行く人びとのように私に語り掛けるヘルメット
  最早、語ることもできないのに
  抵抗できないほどの引く力、重力のように
  あるいは愛のように
     私はふれてみたかった
   (「出征の一週間前に」より)

               ◇

          幽霊の
  ような月が、息子の雨具に半分、かかっている
  もう何人、死んだの
  まだ足りないから?
  他の世界に飛んで行けないから?
  私はあなたをつかんでいたい
  でも、あなたは私のものじゃない あなただけの
  国 手の感触
  生まれたばかりのあなたの頭に触れた
  眠っていたのよ
  頭の骨のできあがる前のあなたは
  (同)

               ◇

  ……髭の、クリシュナ神のように
  ローブの下に隠れて 
  どこにでも
  誰にでもなれる
  そうなるわ 
  あなたが死んだら
  どこにでもいるの
  幽霊……いや神さまに
  (「交信不能」より)

               ◇

 詩集の最初の方に、「ツバメ」という詩がある。

 息子のベンさんが士官学校を卒業した日、卒業式が行われたグラウンドをツバメが飛んでいたという。

 どこからともなく、突然、会場に現れたツバメたちに誰も気づいていないようだ。
 卒業とともに、突然、兵士に変わる息子のベンさんのように、唐突に出現したツバメたち。

 そのツバメにベンさんを重ね合わせて、フランシスさんはこう綴った。

  いま、私は信じている 翼のまなざしを
  ツバメの一羽一羽に 色彩のきらめき
  届かない祈りの伝言を乗せて
  貸してもらった双眼鏡をのぞくと
  そこにあるのは整列 
  私は彼の顔を探す

               ◇

 フランシスさんのベンさんは、イラクから無事生還し、カリフォルニアの大学に進学したという。

 母親のもとへツバメは帰り、こんどは大学へと飛び立った。

               ◇

 今日、「母の日」。横浜は夕方から晴れ間がのぞき、いま、西の窓のすりガラスは光り輝いている。壊れそうだけれど、静かで平和な、日本の夕暮れ。

 5月の第2土曜日を「母の日」とする決まりは、息子を戦場に出すまいと決心した、あるアメリカの母の訴えから始まったものだという。  

Posted by 大沼安史 at 05:49 午後 3.コラム机の上の空 |

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