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2008-01-06

〔コラム 机の上の空〕 米国から「ラコタ共和国」が分離・独立

 「もう、こんな国になんか、いられない」――そんな気持ちになるのは当然のことだ。

 イラクで戦争をするわ、住宅バブルは弾けるわ、医者にもかかれないわ……ブッシュのアメリカにいたら、よほどの金持ちでもないかぎり、どこかへ出て行きたくもなるだろう。(国家崩壊、全般的な貧困の進む、東洋の斜陽の属国=日本に行きたがる者はいないだろうが……)

 そんな「アメリカ合州国」で昨年(2007年)の暮れ、「ラコタ共和国」が分離・独立し、新国家として新年を迎え、世界に承認を求めている……。
 初夢の続きを見ているのではない。夢物語ではなく、現実の話。

 ただ、知られていないだけのこと。フランスの高級紙、ルモンドなどは大々的に報じたが、肝心のアメリカではマスコミからソッポを向かれ、知る人ぞ知る状態だ。
 アメリカだって元々は、独立宣言をして、英国から分離・独立した国。ラコタだって同じことをしただけなのに……。

                    ◇

 「ラコタ共和国」は、北米先住民族(インディアン)の「ラコタ」の人びとによる新しい国だ。「合州国」ができる前からあったから、「古くて新しい国」と言うべきかも知れない。
 「国土」は、アメリカの中北部、サウスダコタ、ネブラスカ、ノースダコタ、モンタナ、ワイオミングの各州にまたがる広大な地域。
 ただし、現在、占有している土地は、いわゆる「保護区」(6ヵ所)に限られており、今後、ワシントンの連邦政府を相手に、「先取特権」の確認を求める裁判を起こし、領土の回復を図る考えだ。

 「ラコタ」の人びとは、スー族7部族の連合体で、「ラコタ語」を話す。18世紀の半ばの人口は推定で2万人。21世紀初頭の現在は7万人(その半数が「保護区」で生活している)だから、人口は増えている。

 そんな「ラコタ」の人びとが、ワシントンの国務省に出向き、合州国からの「一方的脱退」を通告したのは、暮れの12月17日のこと。
 ヴェネズエラや南アフリカなど、先住民族に対して理解のある各国にも新国家としての承認を求める公文書を送付し、「ラコタ」のウェブ・サイトで「(昔から継続していた)独立」を宣言した。

 ではなぜ、ラコタの人びとは「再独立」に立ち上がったのか?
 理由は大きく分けて二つ。ひとつは、これまでさんざん、だまされ、裏切られて来たことで、もうひとつは、合州国の国民として、悲惨な生活(生存)を強いられているからだ。

 ラコタの人びとの悲しい歴史のなかでも最も悲しい出来事は、1890年12月に起きた「ウンデド・ニー」(サウスダコタ州の地名)の悲劇だ。騎兵隊が150人を超えるラコタの人びと(婦女子を含む)を虐殺した事件である。

 度重なる「条約(ララミー砦条約)違反」に怒ったラコタの人びとは土地の返還を求めて、合州国を相手に訴訟を起こして来たが、連邦最高裁が1980年に「補償金」の支払いを命じる判決を下しただけで、先祖代々の土地はついに還らぬまま。(ラコタの人びとは、なお補償金の受け取りを拒否している)

 「貧困率97%」「平均寿命44歳」が物語るように、条約締結から155年過ぎた今になっても、悲惨な生活は変わらず、これ以上、連邦に留まる意味がないと、独立を通告した。

 アメリカで、ID(身分証明書)代わりに使われている「運転免許証」を破り捨て、連邦政府に対する納税拒否を宣言している。

 「ラコタ共和国」は、ラコタの人びとでなくても国民になることができる。合州国の国籍を放棄するだけでいいのだそうだ。
 「国内」での税金はゼロ。「中央」による「統制」の縛りもなく、各コミュニティーがそれぞれ一個の自治体として、生きてゆく……。
 つまりは、「旧大陸」の白人たちが侵入する以前の「新大陸」に戻るわけだ。

                    ◇

 「ラコタ」の人びとの「独立宣言」を読んで、思い出したことがふたつある。

 ひとつは、インディアンの学校のことだ。

 これは前に一度、書いたことだが、1980年代の半ば、ミネソタ州のAIM(アメリカ・インディアン運動)の学校、「サバイバル・スクール」を訪ねたことがある。

 そのインディアンの自治学校に、これから取材に行く、と知り合いの白人に言ったら、嫌な顔をされた。その白人は「進歩的」な、知的な人だったが、それでもそんな反応だった。
 インディアンの人びとの土地と生活を奪ったことは、白人入植者の末裔にとって、原罪のようなもの。それを認めたくないらしい。

 サバイバル・スクールは刑務所内にも分校を設置していた。自分たちの言葉を教え(学び)、民族の誇りを取り戻してもらう(取り戻す)のだ。
 その学校のディレクターは、日系3世の男性だった。ナカジマというその若者に会えて、嬉しかった。

 もうひとつは、わたしにとってたった一人の、インディアンの旧友のことである。

 わたしがミシガンの大学町にいた頃、下宿の屋根裏部屋に、インディアンの男が住んでいて仲良くなった。いくつかの大学、コミュニティー・カレッジで、英文学を教えている詩人だった。数歳年上の、もの静かで、孤独な男だった。
 
 有色人種がほとんどいないその町で、わたしも孤独で、わたしも白人でなかったから、ウマが合った。

 スティーブ・クロウというその詩人は、自分はスー族だと言った。

 その彼が、「ラコタ」独立をどう思うか、聞いてみたい気がする。 
                      
 
⇒  http://www.republicoflakotah.com/portfolio.html

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Posted by 大沼安史 at 12:55 午後 3.コラム机の上の空 |

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