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2007-12-24

〔コラム 机の上の空〕 駱駝(ラクダ)は死んでも、ドラゴン(竜)は生きる……?

 英紙オブザーバー(電子版、12月23日付け)に、怖い記事が出ていた。
 駱駝(ラクダ)が中東、北アフリカで謎の大量死を遂げているのだそうだ。
 何気に読んでいるうち、怖さが増した。

                ◇

 突然の大量死は、昨年から始まったそうだ。
 このうち、サウジアラビアの首都、リヤドの南では、2000頭のヒトコブラクダが死んだ。
 非公式な推定では5000頭近くに達する――。『サイエンス』誌が17日(月)の週に報じて、明らかになった。

 サウジ政府が西側機関にラクダの血液を送って検査を依頼した結果、犯人らしきものがふたつ、分かった。ひとつは養鶏に使う抗生物質。もうひとつはマイコトクシン(真菌毒)。ラクダの飼料に含まれていたようだ。

 が、専門家はそんなものでラクダが死ぬわけない、と首をかしげている。

 地球温暖化=真犯人説も出ている。砂漠の暑熱化がさらに進み、病気を運ぶ昆虫が発生してラクダに取り付いた、との見方である。

 その記事に、強烈な写真が付いていた。
 一頭のラクダが地面に倒れ、死体から体液のようなものが流れ出ている。そばには、野犬かハイエナが一匹……リヤド近郊の砂漠の道路脇で撮られた写真だそうだ。

                ◇                

 ラクダは、われわれ日本人にとって、「忍耐」のシンボルでもある。
 一週間、飲まず食わずで、それでもゆっくり砂丘を越え、静かに歩いてゆく「砂漠の舟」。
 その驚異的な持久力は、コブの中に脂肪を蓄えることができるのと、血液を冷却する赤血球機能を持っているからだ。

 そして、あの「月の砂漠」の美しいイメージ。

 素っ頓狂なカワイイ顔をしていることもあって、日本でもラクダ・ファンが多い。〔サイト検索をしてみて分かった〕。
 そんなラクダ愛好者たちが「突然死」の報に触れたら、きっと嘆き悲しむことだろう。

                ◇

 我慢強いラクダまで死んでゆく、わたしたちのエコ・ロジー(地球環境)。そうした「自然環境」の極度の劣化に加え、われわれのエコ・ノミー(経済環境)も、いまや死に体である。

 まるで温暖化ガスのように、生産・生活の営みとは無縁の圏外に「超格安マネー」が「大量放出」され、その挙げ句、世界の各地で発生した「バブル」は弾けて、「世界恐慌」一歩手前のような危機的事態が広がっている。

 蟻のような日本の一般国民は、これまで何十年もの間、懸命に働き続け、コツコツ貯めて経済成長を下支えして来た。そんな下々の世界を見下しながら、日本の政府と中央銀行は、「別世界」へ向けて「円」の大出血を続けた挙げ句、遂に行き詰った。「財政破綻」と「国家崩壊」に、とうとう行き着いてしまった。

 特権層が浮かれまくったあとに、寒々とした貧困の荒地が広がる。権力者が吸い尽くしたあとに、生活の砂漠が広がる。

 オブザーバー紙の写真の、地上に横たわるラクダとは、われわれ日本の庶民のことかも知れない……。

                ◇

 それにしても、もしわれわれが「ラクダ」なら、生活苦になど無縁の権力者どもは一体、何者なのか?

 その「答え」に代えて、本ブログで先に引いた、英国人ジャーナリスト、エマ・ラーキン女史のミャンマー・ルポ、『ジョージ・オーウェルをビルマに探して』に出ていた、ビルマの昔話風の小噺を紹介することにしよう。

                *

 昔むかし、あるところに竜が住んでいました。
 

 竜は毎年、山から下りて村に現れ、食べ物や酒とともに、村一番の美しい娘をさらってゆくのです。

 竜が村を襲うたびに、毎年、若者が一人、竜を退治しに山に向かうのですが、誰一人、戻って来ません。

 ある年のこと、村の長老が山に向かう若者をこっそり追いかけました。若者の身に何が起きるか、その目で確かめてみようというのです。

 若者は竜に近づくや否や、剣を引き抜き、なんと一刀の下に竜を斬り殺してしまったではありませんか……。

 若者は竜退治を終えると、その場で竜の残したものを食らい、酒を飲み始めました。

 すると、若者の体は次第に竜に変身して……遂に、恐ろしい山の竜へと姿を変えてしまったのです……

                ◇

 アメリカの「波止場の哲学者」、エリック・ホッファーは数多くの箴言(アフォリズム)を遺した、わたしの大好きな人だが、その箴言の中に、「竜(ドラゴン)とは、獣に化けた人間である」という「定義」がある。

 ラーキン女史も書いているように、軍政権力がはびこるビルマでの言い伝えでもそうなのだから、ホッファー氏の言う通り、「竜」とはたしかに、獣に化けた人間、人間が化けてしまったものに間違いないだろう。〔獣が人間に化けたものを、ホッファー氏は「悪魔」だと言っている……〕

 それでは、いまの日本社会において、「竜」となった人間とは具体的に誰を指すのか?

 答えは至って簡単――。それはたとえば、あの守屋前防衛省事務次官である。

 彼もまた国家権力の牙城に入って、「竜」に変わった男なのだ。

 わたしは30年以上も前、仙台の東北大学法学部のキャンパスで、その守屋クン(1年先輩らしい)と言葉を交わしたことを、なぜだか覚えている。

 黄色っぽいジャンパーを着た守屋クンは、いま以上に、優しく、善良そうな顔をしていた。

 そう、あのかわいいラクダのような、丸い笑顔で……。

                 ◇

 石破防衛大臣は「モスラ」や「ゴジラ」が出てきたら自衛隊を出動させると言ったそうだが、至急、退治しなければならないのは、国民をないがしろにし、骨の髄までしゃぶり続けて来た、主に国家公務員上級試験合格の、霞ヶ関・永田町・市ヶ谷界隈に生息する「高級ドラゴン」どもである。
 
 それにしても「ドラゴン桜」とは、よく言ったもの。

 「守屋ドラゴン」の「尻尾切り」で、コトを収めてはならない。


http://www.guardian.co.uk/science/2007/dec/23/animalbehaviour.scienceofclimatechange/print

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Posted by 大沼安史 at 05:39 午後 3.コラム机の上の空 |

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