〔コラム 机の上の空〕 笑いの圧殺、または、ビルマ的「オーウェル世界」
英国の女性ジャーナリスト、エマ・ラーキンさんが書いた『ビルマでジョージ・オーウェルを探す』(ペンギン、2004年刊行)に、いつも「高笑い」で答える、ビルマ人観光ガイドのことが出ている。
「政治」にちょっとでも触れた質問をすると、ガイドの彼は決まって「高笑いをし、そのあと黙りこんでしまう」のだそうだ。まるで、質問を耳にしなかった、かのように……。
何年か前、彼女がビルマ入りして取材していたときのことである。だから、「今」のことではない。
質問に対する「高笑い」、そして「沈黙」は、ガイドの彼の暗黙の同意であり、事実の確認だったろう。
僧たちの平和デモに血の弾圧が行われた今はもう、「高笑い」「沈黙」で「答える」こともできなくなっているのではないか。
◇
ラーキンさんの本に、「歯医者のジョーク」というのが紹介されている。ビルマ人の「知人」の何人かとテーブルを囲んだ雑談していたときのこと、その一人が「ことさら眉をひそめ、ニヤリ笑いの兆し」を見せた……。
とっておきの「冗談」を披露しようというのである。
「あるとき、ひとりのビルマ人が近隣の国まで旅し、歯医者を訪ねました。歯医者は遠くから、わざわざ訪ねて来たのに驚き、こう言いました。『お国には歯医者はいないのですか?』。ビルマ人は答えました。『いますよ、いますとも。歯医者はいっぱいいます……でも問題がひとつあります。われわれは、ビルマじゃ口を開けられないんですよ』」
言論の自由のないビルマ。軍政に対する「風刺」「あてつけ」さえ許されないビルマ。
◇
僧たちが平和デモを続けていた9月25日、マンダレーの街で、コメディアンのウ・パル・パル・レイさん(60歳)が逮捕された。
パル・パル・レイさんは「髭の兄弟」一座の座長。
一座はビルマの伝統演芸「アーニャイ・プウェイ」の流れを受け継ぐ寄席芸人集団で、人形劇や笑劇を出し物に、かつては国内各地を巡業していたが、軍政当局にビルマ人の前での上演を禁じられ、いまはマンダレーで外国人観光客相手の「小屋」を開いている。
そのレイさんのとっておきの「政治ジョーク」も、その「歯医者のジョーク」であることを、ニューヨーク・タイムズ紙のマンダレー発の記事(10月29日付け)を読んでわかった。
レイさんのは、レイさん自身がインドまで出かけて行って歯医者にかかるバージョン。
「一人称」の主体的・政治的なジョークである。
◇
1996年に続く2回目の逮捕だった。
その年の1月、「髭の兄弟」一座は、ヤンゴンのスーチー女史宅で巡業公演を行う。外国の大使らも観に来たその席で、レイさんは軍政をあてこすり、公演後、逮捕された。
7年の刑を言い渡されたレイさんは、国際的な救援活動が強まる中、2001年7月に釈放された。
そのレイさんの十八番に、「ツナミ(津波)のジョーク」というのがある。
ミャンマー(ビルマ)の将軍が亡くなって、大きな魚に生まれ変わった。そこに、大津波が押し寄せて来た。大魚は海面に浮上し、津波に向かって叫んだ。「津波よ、止まれ。お前さんのすること、もうこの俺さまがしていることだから、押し寄せたって無駄だよ」と。
◇
軍政はまさにビルマの地上のすべてを破壊し尽くし、民衆の自由を流し去った。その実態はラーキンさんの著書に詳しいが、一言で言えば、ジョージ・オーウェルが描いた『1984年』のあの世界である。
人びとが互いに監視しあい、密告しあい、権力者の意のままに操作され、無慈悲に抹殺されてゆく、あのオーウェル的世界の現代版、それがいまのビルマ(ミャンマー)である。
オーウェルは大英帝国の警察官として5年間、ビルマに駐在し、その後、作家に転身(最初の著作は『ビルマの日々』)し、やがて『1984年』を書くことになるが、その彼がビルマの現状を目にしたら、どんな思いを抱くことだろう。
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レイさんの2度目の逮捕は、「アムネスティー・インターナショナル」や、「英国ペンクラブ」などの手で全世界に報じられ、救援活動が広がった。
幸いなことに今回は、ニューヨーク・タイムズが現地取材で事実経過を確認し、紙面で報じるや否や、翌30日になってレイさんは釈放された。軍政当局としては、「国際世論」が高まる前に釈放してしまえ、と判断しただけのことだろう。
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ラーキンさんによれば、ビルマで教師など公職に就くには、「33問の口頭試問」にパスしなければならないという。
あなたはいまの政府を支持しますか?
この国にもっともふさわしい政治体制は何ですか?……
それらの問いに「支持しません」「デモクラシーです」などと答えようものなら、結果は目に見えている。
「デモクラシー」と正直に答え、教職に就くチャンスを自ら閉じたある男性は、こうした「踏み絵」について、ビルマ国民の「思考力」を奪う狙いが込められている、とラーキンさんに語ったそうだ。
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奪われる思考力、言論の自由、笑い……。これはまさに、「ウィンストン・スミス」が直面した「オセアニア」における「1984年」状況だが、ビルマの「2007年」状況では、権力者がまだ、「地下」または「内心」を完全に支配しきれないでいる。
それのひとつの現れが9月の僧の決起であり、その後も続く、レジスタンスの動きであるのではないか。
1988年の学生・市民の民主化デモの際、学生たちは縁起をかついで「4つの8」を期して行動を起こした。(8年8月8日午前8時)
ことし9月の民主化デモでは、僧たちが聖なる数の9にこだわり、9日から9日間、準備をしたあと、9月18日(18は9の倍数)にデモを始めた。
僧までも殺した軍政に対する、ビルマ民衆の最終的な決起がいつ起こるか?
「旅回りの役者」や「あどけない子ども」がするという「ダバウング」という「聖なる予言」が出たという知らせは、まだビルマから伝わって来ない……。
⇒
http://web.amnesty.org/pages/mmr-051007-feature-eng
http://afp.google.com/article/ALeqM5jbLSnmWgGGvSId2MBMIiM7Td3mPA
http://www.iht.com/articles/2002/02/07/edpringle_ed3_.php
http://www.scoop.co.nz/stories/print.html?path=WO0711/S00520.htm
Posted by 大沼安史 at 09:45 午前 3.コラム机の上の空 | Permalink
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ビルマにおける僧侶と軍部の衝突は、叙事詩的だ。片や2,5 続きを読む
受信: 2007/12/31 14:05:14

















