〔コラム 机の上の空〕 ありがとう、オスカー・ピーターソン
ジャズ・ピアニストのオスカー・ピーターソンが亡くなったと聞いて、悲しいというより、ありがとう、という思いが先に湧いた。
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この10数年というもの、苦しくなると、いつもCDを引っ張り出し、「自由への賛歌」をリピートで聴き続けて来た。
鼓舞してくれる演奏ではなかった。優しく慰める演奏でもなかった。
でも、黙って聴いていると、どこか隅の方から心の入り込んで来て、まるで白血球のように苦しさの塊を着実に分解してくれる。晴れ間が生まれる。
それはたぶん、あのトレモノの効果のせいだろう。
聴いているうちに、トレモノの波に洗われているうちに、苦痛は和らぎ、どこか下の方から、白い砂浜のような安心感が湧いて来る。
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安心は動機を生み、離脱する力を与えてくれた。だからわたしは、翻訳の仕事を続けて来れたのだ。
自分の過去を離脱し、アルファベットの連なりを、その瞬間において一つずつ辿りながら、先へ、先へと併走する。
それは過去からの逃避であったかも知れないが、現在(現実)になんとか踏みとどまろうとする努力だったような気もする。
「自由への賛歌」を飽かず聴き続ける安心感の中で、わたしは「現在」を過ごすことを繰り返し、いま、ここに至っている。
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リベラシオン紙の死亡記事(電子版)で、昨年4月の生演奏のビデオを見て(聴いて)、素直に脱帽した。
1年半前というと、80歳か81歳のときの熱演。
脳溢血でマヒした左手を少しかばっているようにも見えたが、迫力ある演奏だった。
オスカー・ピーターソンはその年齢にして、ジャズという今を、未来へ向けて生きられる時間を、見事に、精力的に生き抜いて見せた。
曲目は「ケーク・ウォーク」。スローな「自由への賛歌」と反対に、速いテンポの演奏。
慰めてくれはしないが、あの巨体で胸倉をつかみ、ぐいと引きずり上げ、鼓舞してくれる演奏ではあった。
生前の安心プラス死後の励まし。
ありがとう、オスカー・ピーターソン。
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http://www.liberation.fr/culture/300214.FR.php
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Posted by 大沼安史 at 12:08 午前 3.コラム机の上の空 | Permalink

















