〔いんさいど世界〕 ホロコースト、忘れまじ アウシュビッツ行き、「記憶の列車」出発 半年かけてドイツ国内諸都市をめぐり、「終着駅」へ
Zug der Erinnerung ……ドイツ語で「記憶の列車」。
歴史の記憶を今によみがえらせる「列車」の運行がドイツで始まっています。
どんな記憶をよみがえらせるのか?
「ホロコースト」の記憶です。ナチス・ドイツの手で、ヨーロッパのユダヤ人らが絶滅収容所に送られ、悲惨な死を迎えた、あの「ホロコースト」の記憶です。
それを忘れないために、ドイツで「列車」が走っている。
「記憶の列車」が「始発駅」のフランクフルト駅の「1a番線」に入線したのは、今月7日の昼過ぎのことでした。
ただの列車ではありません。
ナチスがユダヤ人らの輸送に使った貨物機関車と同型の「58型」蒸気機関車(1921年製)が、気笛を鳴らしながら、3両の客車を引いて入って来たのです。
昔、ユダヤ人たちが詰め込まれ、各地の絶滅収容所などに送り込まれた貨物列車が再現されたのです。
3両の客車は展示用で、車内には「ホロコースト」の資料などが展示されているそう。つまり、「動く展覧会」。
この「記憶の列車」は、「ホロコースト」という歴史的事実を風化させまいと、反ナチ運動家のクラースフェルド夫妻らドイツ人の実行委員会が企画したものです。
「ホロコースト」では150万人もの子どもたちや若者が犠牲になっていますが、そのうち、ドイツで暮らしていた子どもや若者は12809人。そのほとんどが帰って来ませんでした。
「記憶の列車」は、こうしたドイツのユダヤ人の子どもたち、若者に捧げられたものです。
8日にフランクフルトを出発した「列車」はマンハイムやカールスルーエを経て、現在(22日)、ストットガルトに停車しています。
半年かけて巡回するドイツ国内の都市は30ヵ所以上。3000キロを走破して、来年の5月8日の終戦記念日に、終着駅のポーランドのアウシュビッツに到着する計画です。
主催者側は各都市の駅のプラットホームに停車して展覧会を開きたい考えでしたが、「ドイツ鉄道」側がなかなか「うん」と言わず、結局、「駅のすぐそばに停車する」ことで妥協が成立したそうです。
それでも、とにかく「列車」の運行に漕ぎつけるあたり、さすがドイツの人たちですね。
これが日本なら「自虐的だ」との反対の大合唱で、立ち往生しかねないところです。
主催団体がなぜ、「列車」に「駅」にこだわったかというと、それが当時のふつうのドイツ人たちが輸送されるユダヤ人らを目にする最後の機会だったからです。
それはユダヤ人の側でもそうでした。「駅」に停車したとき、あるいは貨物車の隙間から見たふつうのドイツ人が、かつての「同胞」を見る最後の機会だったわけです。
一緒に、ふつうに暮らしていた人びとがなぜ引き裂かれなければならなかったか?
そこにナチスの煽った人種主義の怖さがあるのですね。
7日のフランクフルト駅1aホームには、ホロコーストの地獄を行きぬいたドイツ在住ユダヤ人女性、マルゴット・クラインベルガーさん(76歳)も姿を見せました。
マルゴットさんは病身にもかかわらず、入線セレモニーに出席するため足を運んで来たのです。
マルゴットさんは11歳のとき、ハノーバーから貨物列車に乗せられ、テレジアンシュタットというところ運ばれたそうです。
細い声で、彼女はこう言いました。「街ではどこでも迫害されるので、汽車に乗ればよりましなところへ行けると思いました。ほとんど誰も生きて帰れませんでした」
「列車」内の展示場には、マルゴットさんの少女時代の写真も展示され、同世代の子どもたち(「記憶の列車の子ども」たちがガイドしているそうです。
戦後ドイツの反省と再生の原点を訪ねる、「アウシュビッツ行きの歴史列車」。
それを走らせた、ドイツの人たちの勇気と正義心に拍手を送りたいと思います。