「学校」(学級)が崩れ、「地域社会」(コミュニティー)が壊れ、不信が増幅し合い、憎悪が噴き上がる、この世の地獄……。
「いじめ」はそこから生まれる魔物のようなものです。それは「人を死に至らしめる病」であるかも知れません。
教室でのいじめ、職場でのいじめ……。
日本に蔓延する病理は、「サイバースペース(電脳空間)」にも拡大し、「ネット中傷」の暴走はとどまるところを知らないようです。
同じような「ネット中傷」がアメルカでも起き、いま大問題になっています。それによって、13歳の少女が自殺する悲劇が生まれたからです。
しかも、少女とネットで「対話」していた「相」手は実は、近所に住む、少女の元親友の母親が「創作」した「少年」だった!……
陰湿きわまりない、悲しい事件ですね。こういうことが二度と起きないことを願いつつ、事件のあらましを紹介したいと思います。
アメリカのミズーリ州の中心都市、セントルイスの北西50キロに、ダーデン・プレーリーという人口7400人のベッドタウンがあります。ミドルクラス(中流階級)が暮らすその住宅街の東の外れに、その少女は住んでいました。
マイヤー夫妻(ロンさんとティナさん)の長女、メガンさん(13歳)。
昨年10月26日のことです。雨の日だったそうです。
メガンさんはその日、通学先の中学校で、自分の誕生日(11月6日)パーティーの招待状を友だちに手渡し、帰宅するとすぐ、母親のティナさんにパソコンを使わせて、と頼みました。
メガンさんには個人のパソコンはなく、パソコンは親の立会い下、使用するというのが、マイヤー家の決まりだったからです。
メガンさんが帰宅するなり、パソコンを開こうとするには理由がありました。彼女が「マイスペース」に開いている自分のページ(アカウント)に、新しいメッセージが届いていないか、気になっていたからです。
参考までの付け加えますと、「マイスペース」は、アメリカで大人気の「ソーシャル・ネットワーキング(SNW)」サイト。SNWは、一言で言えばパソコンを通じた交流の場。「マイスペース」の場合、700万人もの登録者があるそうです。
彼女が「誰」のメッセージを気にかけていたかというと、「ジョシュア・エバンス」という「16歳の男の子」からのメッセージでした。
「ジョシュア」がメガンさんの「マイスペース」のページを初めて「訪ねて」来たのは、その一ヵ月半、前のこと。それ以来、メガンさんは「ジョシュア」と大の仲良しになり、ネット上で「お喋り」を楽しむようになっていたのです。
その「ジョシュア」から突然、おかしなメッセージが届いたのは、前日の25日のこと。
「これからも友だちでいられるか分からない。君って、友だちにベリー・ナイスじゃないって聞いてしまったんだ」という、「もう、付き合うのやめにしない?」メッセージだったそうです。
驚いたベガンさんは、「いったい何、言ってるの?」と返信しましたが、その日はそれっきりに。
そこでこの日、26日に何か返事が来てないか、とチェックしたわけです。
母親にパソコンを開けてもらい、自分のページに接続して彼女はビックリしてしまいました。
「ジョシュア」がひどいことを書き込んでいたからです。それも、彼女にだけ言うならまだしも、他の人にも悪口を言いふらしているらしい。
母親のティナさんは、ひどいことが書かれた、とは分かっていましたが、メガンさんの妹を予約した病院に連れて行かねばならず、「パソコン、閉じちゃいなさい」と言って家を出たそうです。
でも、メガンさんはスイッチを切らなかった。
ティナさんと妹が家を出て行くと、彼女は「ジョシュア」と「口論」を始めました。
病院に着くとティナさんは家に電話して、メガンさんに聞きました。「パソコン、閉じた?」
するとメガンさんは「ママ、みんなわたしにひどいの?」と言い、ティナさんは「どうして言うこと聞かないの。今すぐ、閉じなさい」と怒って電話を切ったそうです。
それから15分後、気になったティナさんは家に再び電話しました。
メガンさんは泣き声で電話に出ました。「あの人たち、わたしのこと、掲示板に書いたらしいの。わtしがズベタでデブだと」
(メガンさんは太っているのを気にしてダイエットに取り組み、かなりの成果を収めていました。欝でも苦しんでいたそうです)
ティナさんは家に戻ると、パソコンのある地下室に直行しました。パソコンの前にメガンがいました。そして、その画面に、ひどい言葉が出ているのに気付いた。
ティナさんが叱り付けると、メガンさんは「わたしのママだと思っていたのに。わたしの味方だと思っていたのに」と言って、2階の自分の部屋に駆け上がって行きました。
階段で父親のロンさんとぶつかりそうになりました。それが、メガンさんの生前の「最後の姿」になったのです。
夕方、ロンさんと一緒に台所に立ち、晩ご飯の支度をしていたティナさんが突然、胸騒ぎを感じました。あっと思ってメガンさんの部屋に行くと、クローゼットのなかで首を吊っていました。
メガンさんはその翌日、病院で亡くなりました。
わずか13歳で死を選んだメガンさん……。くやしくて、苦しくて、悲しかったんだと思います。
ティナさんとロンさんも「あのとき、ちゃんと話を聞いてやれば」と、どれだけ後悔したことか。両親の心中を察すると、言葉もありません。
ロンさんがパソコンを調べたところ、「ジョシュア」からの最後のメッセージには、「クソまみれの人生を生きて行け。お前なんか、この世にいなくていい」というようなことまで書いてあったそうです。
さて、メガンさんの葬儀も終えた一ヵ月半後のことです。
母親のティナさんに、近所に住む、あるシングルマザーから電話がかかって来ました。メガンさんと同じ年の娘を持つ人で、用件を告げずに、大事な話があるから少し離れたオハランの町のカウンセラーのところへ来てほしい、というのです。
ティナさんが駆けつけると、シングルマザーは、開口一番、「ジョシュアという子は実はいないの」と彼女に告げました。
驚いたティナさんに、さらにショッキングな「真実」が打ち明けられます。
「ジョシュア」とは、ティナさん一家の近くに住む、ローリー・ドリューという成人女性が創作したキャラクターだというのです。
ティナさんはその一家とは家族ぐるみで付き合いがあり、マガンさんはその家の娘と小学校が同じで、以前は親友同士でした。
その子とマガンさんは、どうも喧嘩別れしたらしく疎遠になり、マガンさんは別の中学校に転校さえしていたのです。
その子の母親が(その娘と一緒に、らしい)「ジョシュア」に成りすまし、偶然の出会いを装って「マイスペース」を通じ、メガンさんにコンタクトを取って来た。
ハッキリした理由は分かりませんが、どうやら、メガンさんから何らかの「言質」を取ろうと探りを入れていたようです。(その母親は娘さんと一緒に、アルバイトの人に手伝ってもらって、メガンさんとのやりとりを記録に残していたといいます)
シングルマザーがなぜこうした事情を知っていたかというと、彼女の娘が「ジョシュア」サイドでメガンさんとのやりとりに参加していたからです。
メガンさんが救急車で運び出されたとき、この娘さんの元に例の母親が電話をよこして、口止めをかけたことも、シングルマザーの告白で明らかになりました。
事実を打ち明けられたティナさんは家に戻ると、夫のロンさんとフットボール・テーブルを持ち出し、斧とハンマーでメチャクチャに叩き壊しました。
そのテーブルは、よりによって例の母親一家から預かっていたものです。
ティナさんとロンさんは母親一家とかねがね親しく、メガンさんが亡くなったときも、いち早く弔問に訪れ、葬儀にも列席してくれたそうです。
信頼していたのに裏切られた! そんな思いで怒りにまかせて斧とハンマーをふるい、残骸をその母親の家のドライブウエーに散乱させました。
残骸を撒き散らされた側は警察に訴え、損害賠償の裁判を起こしました。それがメガンさんの悲劇が明るみに出るキッカケとなるのですが、ティナさんとロンさんはこれまでこのことをずっと黙っていました。FBI(連邦捜査局)の捜査の行方をじっと見守って来たからです。
それがメガンさん一周忌が過ぎた今月になって一気に噴き出し、ニュースとなって全米の人びとの知るところとなったのは、地元のFBIが事件化する罪名が見当たらないとの結論を下したのです。
これに対しティナさん、ロンさん夫妻が怒ったのは当然ですが、それ以上に激昂したのは、地域の人びとです。
「ジョシュア」を創作した家の前を車で通り過ぎながら、「人殺し」と叫ぶなどまだかわいい方で、「家の中に死体がある。殺人らしい」などと偽の通報をしたり、その家の商売を妨害したり。
挙句の果ては、その「住所」「氏名」「写真」「電話番号」までネットで「公示」する人まで現れているそうです。
これまたネット中傷による人権侵害、ここまで来ると、やはり行き過ぎですね。
しかし、注目しなければならないのは、こういうマイナスな側面だけでなく、マガンさんの悲劇をきかけに、建設的な議論が出ていることです。
地元の市議会は「ネット中傷」に対して懲役や罰金を課す条例づくりに乗り出し、検察当局も適用法令があるのでは、として再捜査に入っているそうです。
「ネット中傷」は「電脳世界」でのことではありますが、「現実における具体的な犯罪」であることに間違いありません。
「ネット刑法」とか「ネット民法」の整備が、世界的に必要な時代なのかも知れませんね。
さて、メガンさん一家と、ネット中傷した家族とは、同じ区域で2年半、一緒に暮らして来ました。それなのに、どうして、こんなことになってしまったのでしょう。
アメリカの「郊外」も荒涼たる、寂しい世界なのだな、と思わざるを得ません。
「マイホーム」が並ぶ、住宅地に発生した「憎悪」と「敵意」……それがネットで純化・増幅され、「デジタルな凶器」となって結果的に人を死に至らしめた、この「現実」。
母親のティナさんは、「ジョシュア」が初めてメガンさんの「前」に「現れた」ときのことを覚えています。
ハンサムな偽の写真と、貧しい家に育った悲しい身の上話を添えて、「ジョシュア」は突然、現れた。
それはメガンさんにとって、ほんとうに大切な、夢にまで見た男の子との出会いだったに違いありません。
だから、彼女はティナさんにこう言った。
「ママ、ママ、ママ、この人のこと見て。すごく素敵(ホット)! ねえ、ねえ、彼と付き合っていいでしょう?」
その「ジョシュア」が悪意の創作であることを知らずに、彼女は逝った!
なんだかホントに口惜しいですね。
ティナさんにはまた、何で早く気づかなかったのだろう、と後悔していることがひとつあるそうです。
それは「ジョシュア」がメガンさんに電話を一度もかけて来なかったことです。「彼」は自分の家にも電話がない、ケータイも固定電話もまだ、と言い続けていた。
不思議に思ったけれど、詮索しなかった。
これまた口惜しく、残念なことです。