「マイカー」のことを昔、何と言っていたか? 「自家用車」って言っていたんですね。いまの若い人たちが聞いたら、「何、それ?」ということでしょう。
昔は「カーナビ」なんてのもなかった。「カン(勘・感)ナビ」に頼らざるを得なかった。
「クルマ」もずいぶん進化したものです。
自動車(オートモーヴィル)は20世紀に生まれたものですが、21世紀の今を迎えて、その「進化」にますます拍車がかかっています。誕生以来、1世紀の時を経て、「爆発進化」の時代を迎えているような感じがします。
そう思ったのには理由があります。世界的なモーターショーの舞台に、生物が海から陸に上がったときのような(?)とんでもない「進化」を遂げようとしている――そう実感させられる「新車」が次々に登場しているからです。
従来の「クルマ」の概念(コンセプト)を超えた、画期的な「コンセプト・カー」が続々と世界デビューを果たしている。それも、日本車が新しい流れの先陣を切っている……。
ぼくのような「クルマ」に疎い人間がなぜそんなふうに言えるのかというと、「世界」がそう言っているからです。世界のメディアがそれこそぶったまげて報道しはじめている。それで、ぼくのような「ペーパー・ドライバー」まで、なんとか新潮流においてきぼりにされずにすんでいる(?)わけです。
ことし9月のドイツ・フランクフルトで開かれたモーターショーで、ある1台のクルマに注目が集まりました。日産のコンセプトカー「Mixim(ミクシム)」です。
これはもちろん、このコーナーのスポンサーが日産だから取り上げているわけではありません(毎週木曜朝のこのコーナーを、ぼくはもう、実は10年間も担当させてもらっているのですが、これまで日産のニの字もなかった!)。イギリスの高級紙「インディペンデント」のような「クルマ嫌い(?)」の新聞まで「絶賛」しているので、それで紹介する気になったわけです。
さて、この「ミクシム」ってどんなクルマかというと、スポーツタイプの電気自動車です。2012年までには「On the road」する予定――ということは、5年以内に走り出すわけです。
画像はネットで見ていだくとして、コトバだけで説明しますと、水滴を横倒しにしたような流線型のまるい車体。映画の「バットマン」のクルマみたいに、コウモリの羽根のように両側のドアがはねあがる仕組み。3人乗りで、運転席は車体前方の中央に位置しています。クルマって右ハンドルとか左ハンドルっていって左右どちらかに位置していますが、「ミクシム」の場合、真ん中に居座っている。
助手席というものがないのですね。
パセンジャー・シートは、後部に2座席ついています。
リチウム・イオン・バッテリーで駆動し、最高時速180キロ。1回のチャージによる走行距離250キロ。
さて、この「ミクシム」、どこが注目のポイントかというと、中央ドライバー・シートの「センター・バーチャル・ディスプレー」に、実際の車外の様子(リアル)とバーチャル映像が組み合わされた合成映像が映し出され、それを見ながらドライブしていく、まるでコンピューターゲームのような、まったく新しい「運転体験」をできるところがミソだそう。
車名の「ミクシム」というのも、Mix(ミックス。混ぜる)から発想したもので、「リアルとバーチャルを融合させた新しい運転体験の創造」を意味しているものなんだそうです。
これはもう「クルマ」なんてイメージを超えた、「確認済み走行物体(IMO=アイモ)」とでも呼んだ方がいいようなものですね。
この「ミクシム」がフランクフルトで大評判になったあと、次の大舞台、10月26日開幕の東京モーターショーで注目の的になったのが、「PIVO2」というコンセプトカー。
ふだん、「商品」の写真をなかなか載せない世界ナンバー1の経済紙、フィナンシャル・タイムズ(FT紙、電子版)までが、トップに掲げる、センセーションを巻き起こしました。(ぼくも、このFT紙でPIVO2のことを知った次第です)
さて、この「PIVO2」もまた日産の出品で、車体が360度回転し、なんと真横にも走行できる、電動の優れもの。運転席には運転者の表情や会話を「読解」して話しかける「顔型ロボット」がいて、たとえばドライバーが眠そうな顔をしたら、「300メートル先にコーヒーショップがあるよ」と、元気な声で教えてくれるんだそうです。
まるで、マンガのドラエモンがクルマになったような感じがします。
まあ、ここまでは「ミクシム」と「PIVO2」の単なるプロフィールの紹介ということで、それはまあそれだけのことですが、問題はなぜ、こうした「日本車」が世界の注目を浴びているか、そのホントウの理由は何か、ということです。
いま、なぜ、「ミクシム」であり「PIVO2」なのか?
英紙インディペンデント(9月11日付け)に、なるほどと思わせる(「ミクシム」に関する)解説記事が出ていたので、それを紹介することにしましょう。
その魅力の秘密は、その「MANGA-STYLE(マンガ・スタイル)」にあるのだそうです。
ええ、あの「漫画本」の「マンガ」のことですが、ここで言う「マンガ・スタイル」とは、世界の若者文化に大きな影響を与え続けている、日本が誇る、アニメを含んだ文化概念としての「マンガ」なんですね。
日本のサブカル(チャー)が世界の人びとの心を虜にし、そんな共通舞台に躍り出たクルマが「マンガ・スタイル」のコンセプト・カーだというわけです。
「ミクシム」をデザインしたのは、ユー・エウンサンという、日産の若い韓国人女性デザイナーです。
その彼女がインディペンデント紙のインタビューに、日本のアニメやコミックに影響された、と語っています。
つまり、「マンガ」はいまや、国境を越えた、世界共通の文化言語。
その想像力の新たなスタイル(かたち)のなかから、さまざまなアイデア、デザインが生まれ出てくる、そういう時代になっているのですね。
「PIVO2」をデザインしたのも、日産の28歳の若手デザイナー。学生のころ、「ロボコン」に出たこともある、マンガ世代の人のようです。
マンガ、畏るべし。バカにしちゃならないことなんですね。
アメリカのシアトルの大学に、マリー・アンチョドギーさんという女性ジャパノロジストがいるのですが、彼女によると、日本のアニメを原文で読みたくて日本語を勉強しようというアメリカ人学生も増えているんだそうです。
日本のコミック、アニメが世界に広げる「マンガ・スタイル」的創造力。それを体現した「ミクシム」なり「PIVO2」に、早く乗ってみたい気がします。